ブラック家の兄弟



 ホグワーツではグリフィンドール寮の問題児四人組のうち二人が毎日のように頭に花を咲かせている姿が新たな名物となりつつあった。
 最初のうち、面白がったセブルスがわざと彼らの前に姿を見せ、色々と挑発して単純な彼らが例の言葉を口走り、見事に頭に花を咲かせる光景が良く見られた。
 やがて馬鹿なお子様だが頭の回転が悪くない彼らは花が咲く条件を理解したが、一年間好んで呼び続けた蔑称は感情的になるとぽろりと口を出て、うっかり頭に花を咲かせては悔しさに悶絶していた。
 自業自得なのでそんな彼らに同情する気もなく、セブルスにあまり挑発し過ぎないように忠告をしつつ、静観するに徹していた。
 件の二人はシドに中和剤を寄こせと詰め寄ってくるが、シドは中和剤を渡す気はなかった。
 セブルスの蔑称を口にしなければ、頭が花が咲かないのだ。たったそれだけのことを彼らが遂行すれば良いだけだ。
 いつまでも実行できずに頭に花を咲かせる彼らに問題がある。
 一週間ほどでタンポポ、チューリップ、コスモス、水仙、ポピー、スノードロップ、ブルーベルの七種類が見事にコンプリートされた。
 その一週間の間に色々な教授達から、彼らの花が授業中に目にうるさいと苦情が来たが、この魔法薬の意味を説明すると微妙な顔をしながらも引き下がってくれた。
 減点しても罰則を与えても懲りずに悪戯をする問題児達に教授達も手を焼いていたのが、積極的にシドに中和剤を提供させない彼らの様子から伺えた。
 例の魔法薬はイギリス魔法薬学と現代エジプトの魔法薬学を文献を参考に、祖母の英知を借りて作り出したオリジナルの物だ。
 エジプト特有の材料や調合方法も混じっているために、現在のエジプト魔法薬学を知る者でなければ魔法薬の材料の分析は出来ても、構造を解明して中和剤を作るのは例え魔法薬学の教授であっても難しい。
 すでにスリザリンの寮監は「素晴らしい才能だ!」と上機嫌でシドに魔法薬の中和剤の調合方法をしつこく聞いてきて、非常に鬱陶しい思いをさせられた。
 彼は自ら魔法薬を研究して中和剤を作る向上心は持ち合わせてなく、魔法薬馬鹿を自認するシドからすれば、やはりホグワーツの魔法薬学の教授は尊敬するに値しない人物だった。
 中和剤については「一族の秘密だ」と言って教えることはなかった。
 本日の授業が終わったシドはセブルスと厨房へと向かっていた。二年になって初めての料理教室をするためだ。
 厨房へ向かいながら、グリフィンドールの彼らはそのうちセブルスの別の蔑称を作り出す可能性があるため、次の教育的指導な魔法薬をセブルスと一緒に考えて話し合っていた。
 何種類もの花を咲かせて頭の上にお花畑を作り、花のまわりに蝶を飛ばすようにするセブルスの案も悪くないが、シドとしてはあの眼鏡達には蝶より蜂のほうが教育的指導には向いてる気がした。
 「蜂か。それはあいつらを攻撃するのか?」
 「蜂は実害のない種類だよ。周囲の生徒達が怖がるから。僕としてはマグルの童話に出てくるような毒々しい色合いの毒きのこも捨てがたいと思うよ」
 「シドはマグルの本を知ってるのか?」
 驚いたようにセブルスが声をあげた。
 「小さい頃に親戚がマグルの童話は変わった魔法使いが出てきておもしろいって沢山本をくれたからね。あと親戚には生粋のマグルが配偶者の人もいるから、マグルのことは結構知ってるよ」
 実際は前世の知識が大半を占めているが、親戚の配偶者にマグルがいるのも、童話を大量にもらったのも事実なので嘘はついていなかった。
 「そういえばシドはマグルのプライマリースクールも知っていたな」
 他愛もない話しをしていると、普段は人の姿をあまり見ないはずの厨房への通路でなにか言い争っているような声が聞こえてきて、セブルスと顔を見合わせた。
 「厨房への道はここしかないね」
 「そうだな。だが、わざわざ喧騒の中に入り込んでいく気もしないな」
 「同感だよ」
 言い争う声は両方とも男子生徒の物だ。それほど低くない声音がまだ低学年の子供だろうと推測できる。
 片方が怒鳴りつけるように話し、もう片方は冷静に話している。言い争うというより、一方が因縁をつけているように聞こえる。
 「ぎゃあぎゃあとうるさいですよ。あなたが気に入らないのは勝手です。だからってそれを僕に押しつけないでくれませんか」
 「なんだと!」
 「僕がスリザリンに入ったからといって、なぜそれをあなたに責められなければならないのかと言っているんです。
 僕から言わせてもらえば、なぜあなたがグリフィンドールなのか、それが不思議でならない」
 徐々に聞こえてきた内容にため息をつきたくなる。寮問題ほど言い争うに不毛なものはない。
 特にスリザリンとグリフィンドールでは何を言っても平行線で結論解決することなどないのだから。
 「あなたの気質はスリザリンでしょう。ああ、血筋のことではありませんよ。あなたの性格を言っているんです」
 つまりグリフィンドールになった相手は狡猾だと言っている。
 スリザリンを狡猾だと毛嫌いし、グリフィンドールの勇猛果敢を誇りとするグリフィンドール生にはこれほどの侮辱はない。
 「名家の長男に相応しく傲慢で自分勝手。己のためなら弟であろうとも簡単に犠牲にする。いや、犠牲にしている自覚すらあなたにはない。己のための踏み台など気にも止めない。それが自分の嫌いな母親寄りな弟ならば、なおさら気にする必要もない。その冷酷さは少なくともグリフィンドールではないでしょう」
 幼い声が淡々と告げる内容は重かった。どうやら言い争っているのは兄弟のようだ。
 兄グリフィンドール、弟がスリザリンになり、兄がスリザリンになってしまった弟を責め立てている、そんな現場にシドとセブルスは居合わせてしまい、非常に気まずい気分になった。
 このような深刻な話しを通路などでしないで欲しい。だからこそ滅多に生徒のこない厨房への地下通路を選んだのだろうが、絶対に生徒が来ない場所でもない。
 「おまえが犠牲? なに言ってるんだ? 意味わかんねえぞ」
 兄の方だろう、困惑した声がした。気のせいか、その声に聞き覚えがあった。
 セブルスも同じことを考えていたようで、小さな声で「ブラックか?」と聞いてきた。
 その名にシドは納得する。あのうるさい怒鳴り声は確かにシリウス・ブラックに似ていた。
 シリウス・ブラックの弟についての原作知識はあった。
 前世の姉の妄想にまみれた内容なので、どこまでが事実なのか判断に困るが、最終的に闇の帝王に逆らい若くして亡くなった人物のはずだ。
 「少しはその優秀な頭を使ったらいかがです? その頭にある知識は詰め込まれただけで、使い方を知らないんですか?」
 弟は冷静かつ辛辣だった。
 盗み聞きする趣味はないが、まさかこんな言い争いに出くわすとは思わず、うっかりと不用意に近付き過ぎていたせいで、その場から動けなくなっていた。
 その上で彼らは少しつづこちらに移動しながら話しているのが、徐々に近付いてくる靴音でわかる。
 相手がブラック家ならばここで顔を合わせるのは得策ではない。
 兄は騒がしい短気な子供だ。弟はシドの記憶では純血主義者であり、闇の帝王の崇拝者のはずだ。
 闇と敵対するセルウィン家がブラック兄弟の諍いを目にするのは、後々に面倒な事態を引きおこしかねない。下手にブラック弟に敵意を持たれても面倒で鬱陶しいのだ。
 幸いなことに、話しに熱中している向こう側はそれまでのシド達の靴音には気づいてなく、シドはセブルスの腕をつかむと柱の影に身を潜めた。
 「ブラック達に会うと面倒そうだ。彼らが通り過ぎるまで隠れていよう」
 声を潜めて告げれば、驚いた顔をしていたセブルスは納得したように頷いた。
 「ではお聞きしましょう。仮に僕がスリザリン以外の寮に入っていたなら、我らが親愛なる母上はどうなさると思いますか?」
 「ヒステリー起こすだろ」
 小馬鹿にしたシリウスの声が響いた。
 「ええ、間違いなく。あなたには吼えメールが送られたと聞きました。スリザリンを至高としてスリザリン以外を認めない母上が、あなたはおろか僕までもがスリザリンに選ばれなかったら、ご自分が生んだ息子二人がブラック家の名誉を汚したら、どういう行動に出るか、一度でも考えたことがありますか? 吼えメールどころの騒ぎでは治まりませんよ」
 まだ幼い声が楽しげな笑い含ませて、ひどく厳しい現実を語る。
 彼らの話を聞いていると、どちらが兄かわからなくなってきた。
 短気で考えの足りない兄より、弟の方がよほど冷静で物事を見極めている。
 「一、怒り狂った内容の吼えメールを送ってくる。
  二、僕をスリザリン寮に変更するようにホグワーツに抗議文を出す。
  三、今のホグワーツはブラック家の子息が教育を受けるに相応しくないと、僕達もしくは僕だけを退学させる。
  四、三の退学ののち、ブラック家の屋敷に軟禁しブラック家の教えを再教育する。ああ、我らが母上はあまり悠長なことは好まれませんね。『服従の呪文』をかけて、僕達もしくは僕をブラック家に相応しく洗脳するのも母上ならやりかねませんね」
 「おい」
 「五、怒りと屈辱に我を忘れて僕達に『磔の呪文』を向けてくる」
 戸惑い気味の声をあげたシリウスが息が飲む音が聞こえた。
 「六、出来損ないは必要ないと『死の呪文』を向けられる。これはまずあり得ないと思いますが、母上を煽って怒らせれば絶対にないとは言い切れませんね。あなたは気が短く激情家な母上を苛立たせるのがとてもお好きですから。ああ、そういえばもう一つの可能性もありましたよ」
 シリウスは何も言わなかった。
 「七、新しい息子を作って出来損ないの息子達を処分する」
 「なんっ」
 「昨年からもう一人ぐらい子供が作れないかと母上が癒者を屋敷に呼んでいます。母上もまだお若いですからね、頑張れば難しいことではないでしょう。かの一族でも長兄とは二十歳以上も年の離れた子供が生まれました。そのことで母上も最近はかなりその気になっておられるようで、癒者が頻繁に屋敷に来ていますよ」
 件の一族がどこか考えるまでもなかった。セブルスがこちらを見たのがわかった。
 「おわかりになりましたか? 僕がスリザリン以外を選ぶというのは、母上の機嫌を損ねたうえで、己の命を無駄に危険に晒す愚行でしかないのです。いま僕が言った内容はどれも我らが愛しい母上が実行しそうなことでしょう。僕の考え過ぎだと言い切れますか? 七に至っては半分現実にしようとしているのに」
 小さな子供を言い聞かせるように弟は述べる。
 「二度と僕がスリザリンであることを責め立てるような愚かしいまねはしないで下さい………あなたがグリフィンドールに決まった瞬間に、僕に寮を選ぶ権利はなくなったんです」
 「お、おまえはスリザリンに入りたがっていただろ!」
 「そう言わなければあの母の元では生きていけない」
 声を荒げるシリウスに弟はきっぱりと言い捨てた。
 靴音が近付いて来た。
 柱は大きく物陰の闇は濃いが、それでも一定間隔に灯っている灯りの下では、完全に姿を隠すのは難しい。
 杖を出し、無言呪文によって目くらまし術を自分とセブルスにかけた。
 黒髪の少年が厳しい表情をして通り過ぎて行くのが見えた。
 シリウスがグリフィンドールに入ってしまったために、スリザリン主義の親の期待を一身に背負わざる得なくなった少年の背中はまだ小さい。
 シドはその後ろ姿を完全に見えなくなるまで見送った。兄のシリウスの靴音は逆に遠ざかって行くのが聞こえた。
 「名家の子供は大変なんだな」
 複雑な表情をしながら『僕には理解できそうにない』とセブルスは小さく息を吐いた。
 「家による。ブラック家は地位も金もあるけど、家族が幸せではないね」
 「ああ、シドの家とは大違いだ」
 「あれが普通の名門の家と思われても困るけど」
 母親が子供に『許されざる呪文』をかけるだろうと子供が予測し、それを兄弟が否定しない。
 兄が母親を嫌い、どうやら弟の方も表面上は取り繕っているがあまり母親を好きではないようだ。
 兄と弟の仲もとても良いとは言えない。兄は常に喧嘩腰で、弟の兄に対する話し方は年上に敬意を払った敬語ではなく、他人行儀で慇懃無礼な敬語だった。
 目くらまし術のを解き、セブルスを促して厨房へと歩き出す。
 先ほどまでの楽しい気分は今はなく、思いがけず他人の重すぎる家庭事情を聞いて憂鬱だった。
 「チョコチップクッキーとかぼちゃプリンとチーズケーキ。メープルスコーン」
 「シド?」
 「気分が落ち込んだから美味しいお菓子を沢山作ろうか」
 セブルスもこの重苦しい気持ちをどうにかしたかったのか、シドの提案に頷いた。
 「今まで作ったことのあるお菓子ばかりだな。かぼちゃのプリンには自信があるぞ」
 後半部分はなにを考えたのかほんの少しだけ不機嫌そうにセブルスが言う。
 「じゃあかぼちゃプリンはセブルスに任せる。あとでリリーを誘ってお茶会をしよう」
 「お菓子が沢山あるならメアリー達も誘っていいか? シドのお菓子に興味があるみたいだ」
 基本、お茶会は三人で「お茶会の部屋」でしており、お茶会が終わるとお菓子の詰め合わせをリリーにプレゼントしている。
 友達と一緒に食べてと渡しているので、友人達がシドのお菓子を知っているのは不思議ではなかった。
 「あの子達ぐらいなら問題ないよ。セブルスは良いの? あの三人が揃うと愛好会の話しばかりになると思うけど」
 「………リリーが楽しければ僕はそれで良い」
 短い沈黙が彼の葛藤を物語っていた。
 セブルスのリリー至上主義が報われる日が一日でも早く来て欲しいと願わずにはいられない姿だった。
 「例のお茶会の部屋に招待はできないよ」
 セブルスとリリーはともかく、他の者をあのセルウィンにとって特別である部屋に入れる気にはなれない。
 「ああ、それはシドが決めることだ。あの部屋はシドの家の物だから」
 ここ数日天気が良いので外でお茶会を開くことになった。
 秋の湖は少し寒いが景色は美しいし、文句のつけようのない美味しいお菓子を提供すれば、多少の寒さも忘れて喜んでくれるだろう。
 もちろん主催側としては防寒のための用意もしっかりとするつもりだが。
 リリーとその友人達に振る舞うお菓子作りに俄然やる気を出したセブルスの微笑ましい姿をシドは目を細めて見守った。





 この後、美味しいお菓子を作ろうといそいそと厨房の扉を開けた二人は、一心不乱にローストチキンにかぶりつくシリウス・ブラックの姿を目撃することになる。























へたれ犬はやけ食い中です

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