奇人変人と純血主義

 

 学年が一つ上に上がっても、ホグワーツでは基本的にやるべきことは変わらない。ひたすら教科書と向かい合い学ぶだけだ。
 選択教科が増えるのは三年生からで、二年の授業は一年生の頃と変化はなく、シドには少し物足りない。
 だからと言って三年になって選択教科が増えたからと言って、それに心が躍るかと言えばそうでもない。
 兄と姉の教科書を読んでいたので、マグル学も古代ルーン文字もある程度なら理解できる。占い学関係はどうも相性が悪く、シドは苦手だった。
 三年生になったときに楽しみに思えるのは魔法生物飼育学ぐらいだ。
 あれは教科書や参考書を見ているだけでは理解できない。やはり飼育学は実物を見なければいけないだろう。
 その上で魔法薬の材料になりそうな生き物がいないかじっくり観察して勉強するのは今から楽しみにしている。
 それを何気なくセブルスに話すと、セブルスも同意見で三年になったら絶対に魔法生物飼育学を選択すると意気込んでいた。
 変身学のための教室へ向かっていると、女生徒達のきゃあきゃあとうるさい声が追ってきた。
 横目でそちらを見れば、学年問わずの女生徒達がいる。
 入学当初の時のような鬱陶しい女生徒達の視線にシドは辟易していた。どうやら学年末の試験で主席を取ったのが原因らしい。
 シドがどれほど女生徒に告白されても誰とも付き合わず、ひたすら魔法薬学に夢中だったのは既にホグワーツでは有名だった。
 一年生の後半頃には時間を取られるだけの告白騒ぎも落ち着きを見せていたのに、主席を取った事実は女生徒達の何かを刺激したようだ。
 それに加えて入学したばかりのスリザリンの一年生達が積極的に名門セルウィン家の人間に近付こうとして話しかけて来る。
 もちろん、シドは興味も関心もなかったので無視していた。男子生徒達はそれで諦めたが女生徒達はしつこかった。
 食事時も集団で側に座って競うように話しかけてくる。
 いくら無視しても彼女達はめげることはなく、やがて彼女達はシドの友人であるセブルスに興味を向けた。
 セルウィンの友人から懐柔しようと考えたのだろうが、セブルスの名を聞くなり態度を豹変させた。
 「スネイプ様という名はあまり聞いたことがありませんわ。どちらのスネイプ様でしょう?」
 「あら、スコットランドのミーイル家の親戚筋にそのような方がいらっしゃったと思いますが、そちらの方ではなくて?
 かの家は金髪が特徴の一族だったと記憶してますけど」
 「セルウィン家のご親族の家の方でしょうか?」
 嬲るように口々に告げる少女達の中にも思慮深い子が存在した。
 万が一、セルウィンの親戚筋の可能性を考えて、彼女は丁寧にセブルスに問いかけた。
 少女の言葉に彼女達はシドを視線を向け、その可能性に思い当たったのか、慌ててセブルスに取り繕うような笑顔を向けた。
 まだ十歳を過ぎたばかりの子供が他人を見下し、上位にある者に媚びる。
 長年見慣れた光景は何度目にしても不快でたまらなかった。それはセブルスも同じだったようで、最初こそ少女達のコロコロ変わる態度に呆気にとられていたが、次第に不快気に眉間に皺を寄せて「僕は混血だ」と冷たく言い捨てた。
 「なぜ汚らわしい混血がセルウィンと一緒にいるの?」
 シドは持っていたゴブレットを乱暴な音を発ててテーブルに置いた。少女達は驚いてこちらを見た。
 「セブルスが僕の友人だからだろう」
 精神的にはるかに年下の女の子に相手にムキになるのは大人気ないと心のどこかで思いつつも、セブルスを侮辱された事実と、見知らぬ女の子のプライドを傷つけること、どちらに重きを置くかと問われれば考えるまでもない。
 「セルウィン家は純血主義ではない。僕自身も血筋で友人を選んだりはしない。セブルスは大切な友人だ。友人を侮辱されて黙っているほど僕は温厚じゃない」
 一年の女生徒達を睨みながら冷淡な声音で告げれば、少女達は屈辱に顔を赤くして、射るようにシドを睨みつけてきたが、小娘の睨み付けなど痛くも痒くもなかった。
 「あなたは名家の人間でありながら、汚らわしい混血を友と言うのですか?」
 スリザリン生らしい生粋の純血主義の少女が顔を真っ赤にしてヒステリックに告げたが、次の瞬間には周囲が驚くほど血の気が引いた青白い顔色になった。
 こちらを凝視したままの大きなグリーンの瞳には冷ややかに彼女を睨み付けている自分のの姿が映っていた。
 ゆっくりとシドは席を立つ。不意にセブルスが腕をつかんできた。
 「落ち着け。女子供相手にムキになるなんてシドらしくない」
 「身内を大切にするセルウィン家の僕が、身内同然の友であるセブルスを二度も侮辱されて黙っていると思うの?」
 身内に対する怒りの沸点はシド自身が思っているよりはるかに低かったようだ。
  とくにセブルスのことを何も知らない小娘に侮辱されたのは不愉快だった。
 強い怒りが溢れ出て止まらない。
 身内のために周囲の被害すら気にとめず暴走する傍迷惑なセルウィンの血は確実に自分の中にも存在していた。
 実戦を経験している者の殺意を孕んだ怒りの感情を前に、セブルスを侮辱した少女は完全に血の気が引いた白い顔で失神した。
 周囲のスリザリン生達はもとより、こちらに注目していた生徒達は言葉もなく脅えた目でシドを見ている。
 倒れた少女に駆け寄ったのは見覚えのあるスリザリンの女生徒だった。
 金髪のふわふわとした巻き毛に気の強そうな顔立ちは、失神した少女ととても似ていた。
 彼女は慌てる様子も見せずに失神した少女を友人達と一緒に抱き起こした。
 「妹が失礼したわ」
 少女は女生徒の妹だったらしい。少女達は初対面の時に名乗っていた気がするが、興味のなかったシドは記憶に留めていなかった。
 「このような非礼は二度とないように言い聞かせるので、この子を許してあげて欲しいの。ミスター・セルウィン」
 失神した妹を心配する素振りはなく、シェルウォークは冷たく妹を一瞥すると、青ざめた固い表情のままシドを見上げてきた。
 彼女は妹と違ってシドのセルウィンとしての性格を身を持って体験している。
  シドの友人であるリリーに危害を加えようとして、強制的に高所で空中散歩をさせられて以来、彼女はセブルスやリリーに対して敵意を向けることはなくなった。
 それほどの恐怖体験をしていながら、彼女はシドに言い寄ることもやめていなかった。もちろん、言い寄られたところでシドは無視していたが。
 「三度目の侮辱は許さない。そう君の妹に伝えてくれ。ミス・シェルウォーク」
 ジェーン・シェルウォークは小さく頷くと友人達と一緒に妹を連れて大広間を出て行った。
 遅れてやっと異変に気づいたらしいスリザリンの寮監がやって来たが、スリザリン生達はシドを恐れて口を噤み、シドもなんでもありませんとしらを切った。
 「やり過ぎだ」
 席に腰を下ろすと、セブルスが咎めるように言った。
 彼も他の生徒達同様に顔色が悪く表情が強張っていて、セブルスを怯えさせてしまったとシドは一瞬にして深く落ち込んだが、彼は思いがけない発言をした。
 「ああいう殺気は同寮の女生徒じゃなく、鬱陶しいグリフィンドールの馬鹿達に向けろ。そうすればあいつらもハエみたいにしつこく絡んでこなくなる」
 「………セブルスはそう思うんだ?」
 「ああ」
 しっかりと頷くセブルスはどこまでも本気だった。
 「君は殺気を放つ僕を恐いと思う?」
 「僕が原因でシドがああいうマネをしたのに、なぜシドを恐いと思わなければならないんだ。 確かに迫力はあったが、あれならシドの家で見た時のブライアンさんの方が恐かった」
 「ああ、うん。笑顔で怒る兄様は迫力あって恐いよね」
 彼が本気で怒ったら地獄を見ることになる。
 過去に一度だけブライアンがぶち切れたところを見たことがあった。
 兄と姉が在学期間中のある年のクリスマスの夜。
 姉の特殊な趣味により兄の友人があわれな犠牲になったのが原因で、イギリス魔法対古代エジプト魔術の魔法大戦が繰り広げられた。
 特殊な古代エジプト魔法に姉も善戦したものの敵わず、酒が入ってご機嫌になっていた好戦的な親族が我も我もとブライアンに挑みにかかり、結果として屋敷が半壊する惨事となった。
 死者がでなかったのはさすが身内第一のセルウィン一族だった。
 ちなみにまだ幼かったシドは参戦することもなく、穏和なはずの兄に多大な恐怖心を抱きながら、フィリスに勧められるままに彼女特製のミートパイを食べて現実逃避を計っていた。
 そんな過去がありながらも、こりずに兄を妄想の題材に使う姉ハーティは、尊敬はしたくはないが純粋にあらゆる意味ですごい人だとは思っている。
 「あと感情的になったシドはフィリスさんに雰囲気が似ていて驚いた」
 「お祖母様に似てた?」
 「ああ。どう似てるかと言われると説明しにくいが………フィリスさんが僕をからかう時の悪戯を思いついた時の雰囲気に似てた。シド、おまえ何を考えていた?」
 「あの子達の家柄すべてを調べたうえで、セルウィンの身内を侮辱した件について、セルウィンの総力をあげて糾弾し、相手に一番ダメージになるように謝罪させるにはどういう手段を用いるべきか考えていたけど」
 「やめろ! あれぐらいのことでそこまで考えるな!」
 「セブルスがそう言うなら今回は不問にするけど」
 仮に祖母や両親が知ったらシドを同じことを言い出すはずだ。少なくとも相手方の親に警告が行くだろう。
 一族が認めた身内認定の友人を侮辱するのは、セルウィンに対する宣戦布告に他ならない。
 彼らにその意思がなくとも、傍迷惑なまでに身内贔屓なセルウィンはそう受け取るのだ。
 そう説明すると「絶対にフィリスさん達には知らせるな。た、大切に思ってくれるのは嬉しいが、そこまでいくと過保護だ。僕は小さな子供じゃない」と不機嫌そうに呟いたが、口元は緩んでいた。
 「わかったよ。それから、うるさくしたうえに巻き込んで嫌な思いさせてしまってごめん」
 純血主義が蔓延るスリザリン寮で混血である事実は、年下の一年生に簡単に侮蔑の言葉を吐かせる。
 「シドの周囲がうるさいのは慣れた。それに僕が混血なのは事実だ。もうあの手の嫌味は聞き飽きてる」
 「その嫌味を言った相手わかる? 名前と顔を教えて」
 「何をする気だ。別にシドが知る必要はない」
 嫌味を言われて黙っているほど僕もお人好しじゃないとセブルスは不機嫌そうに言い捨てた。
 つまり相手がスリザリン生であろうとも、それなりの対応はしたようだ。
 セブルスは原作のように純血主義に傾向することなく、実力主義者になりつつある。
 おかげで純血主義のスリザリン生との溝は深くなるばかりだ。
 「セブルスがスリザリンに選ばれたのは、それだけ偉大な才能があるという証明だ。純血の血だけで選ばれるよりよほど尊い価値がある」
 実際、セブルスは学年末試験で学年3位だ。
 純血を謳っている者達は馬鹿にしている相手に負けたのだ。そんな彼らが何を言おうともセブルスには負け犬の遠吠えぐらいにしか聞こえないだろう。
 「言い過ぎだ」
 シドの賛辞にセブルスは顔を真っ赤に染めて睨みつけてきた。
 照れているセブルスの睨み付けは可愛いばかりでまったく恐くない。
 「僕はそう思ってるよ」
 「か、勝手に言ってろ!」
 不意にグリフィンドール席から絶叫のような悲鳴が聞こえた。
 聞き覚えのある声だと思ったのは隣の席の友人も同じで、セブルスはシドと目が合うなり途端に脱力した様子を見せた。
 「リリー達はいつもこっちを見てる。なんだか怖い」
 好きな子が自分を見ている。甘酸っぱい期待でも抱きそうな状況だが、リリーを含む少女達はきゃあきゃあと盛り上がって何かを必死に書き留めており、あの姿に甘酸っぱい幻想を抱くのはさすがにリリーに恋しているセブルスにも無理だったようだ。どこか遠い目をしてリリー達を眺めていた。
 リリー達だけではなく、他寮にも同じように何かを書き留めている生徒の姿が見えて、シドは軽い頭痛を覚えた。
 だが、彼女達のおかげで大広間に広がっていた息苦しい空気は霧散していた。

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