新入生歓迎会

  

 新入生を迎える新入生歓迎会を前に、大広間に集まった在校生達は夏休みの出来事を友人達とおしゃべりをして新入生が来るのを待っていた。
 スリザリン生は外国に旅行に行っていた生徒達が多く、異国のお土産話しに花を咲かせていた。
 「死喰い人狩り」がイギリス国内で行われているために、狙われる心当たりのある一族はこぞって外国に逃げ出していたようだ。
 シドは本を読みながら同寮達の話しを盗み聞き、外国の話しをしている人物達の顔を確認していく。
 将来の死喰い人候補の顔は一応覚えておくべきだろうと判断したのだ。
 隣の席ではセブルスがしきりに腕につけたバングルを気にして、服の上から触れていた。
 表情が緩んでいるのでかなり気に入ってくれたのがわかる。
 このセブルスの様子を祖父母や兄夫婦に報告すればきっと喜んでくれるだろう。
 ふと先ほどまでのコンパートメントの出来事を思い出し、思わず眉間に皺を寄せてグリフィンドール席を見た。
 印象的な赤毛は目立っていた。リリーは楽しそうに同室の友人達と話している。
 彼女はいまだに自分が投下した爆弾発言には気づいていないようだ。
 リリーがコンパートメントを出たあと、顔面蒼白で涙目になったセブルスをホグワーツに付くまでの数時間、愛好会の女の子達の習性や特性を必死に説明した。
 見目の良い男はもれなく被害に合いやすく、仲の良い男子生徒達は彼女達の妄想の餌食になりやすい。
 隠していてもいずれ知るかも知れないからと、自分とセブルスの本は間違いなく出回っていると言えば、セブルスはいつ倒れても不思議じゃないほど顔面蒼白なった。そして涙目で睨まれた。
 「僕のせいなのかい?」
 「………ちがう」
 「こればっかりは諦めて我関せず、知らない振りを貫くしかないよ」
 「抗議すれば」
 「無理だと思う。ホグワーツの女生徒の中にどれだけいるかわからない愛好会の人間のうち、僕達の本を書いている人間を割り出して説得するなんて出来ると思う? 
 以前にリリーが話してたけど僕達は旬らしい。書き手はきっと一人や二人じゃないはずだ」
 彼女達の妄想を止めるのは不可能なのだから仕方がないのだ。
 自分達が彼女達の間で旬な存在であり、自分達を題材にしたあやしげな本を書く女子生徒が沢山いると知ると、セブルスは両手で額を覆って項垂れた。
 「リリーもなのか?」
 「ああ、リリーは僕とセブルスの本は創っていないはずだから誤解しないように。リリーは僕達との友情の為にその本は創らないことを約束してくれたから」
 非常に残念そうにしていた事実は教えなかった。セブルスは知りたくないだろうから。
 「リリーはあの趣味に目覚めて妄想するのが楽しいんだよ。僕とセブルスのことも妄想するのが楽しいだけであって、本当にそうだとは思っていないはずだ」
 リリーは現実と妄想の区別はついている。そう願いたかった。
 「本当にそうなのか?」
 疑わしげに問われて、恥を忍んで自分と兄が姉の本のモデルにされている事実まで語った。
 兄と大人になったシドで禁断の兄弟愛の本が既に姉が学生時代の頃から出回っていたらしい。
 それを六年生の愛好会のハッフルパフ生から聞いた時は危うくその場に崩れ落ちそうになった過去がある。
 「シドとブライアンさんが?」
 「あの手の趣味の人は親兄弟も妄想の題材にする。だからと言って本当に僕と兄様がそうだなんて思ってはいないよ。題材として魅力的らしいね。さすがにホグワーツには出回っていないと思うけど、姉様は闇の帝王を題材にした本も創ってるから」
 「………………はあ?」
 長い沈黙の後に怪訝な声をあげたセブルスは悪くないとシドは思った。これが普通の反応だ。
 姉から話しを聞いた時に大爆笑をしたセルウィン家の面々はやっぱり奇人変人に相応しいのだろう。
 ちなみにシドは心の底から闇の帝王を気の毒だと思っていた。
 「闇の帝王を題材………その、男同士の本のか?」
 「そう。姉様は一度誘拐された時に面識があるんだ。闇の帝王はすごい美形だって喜んでいた。セブルス、大丈夫? 顔色が白くて目が虚ろになってるけど?」
 慌てて肩を揺さぶる。
 「大丈夫なわけあるか。非常識すぎるぞ、シドの姉は!」
 「その点に関しては返す言葉もない」
 突拍子もない人物が被害に合っていると知り、愕きのあまり逆にセブルスは冷静になった。
 「シドは落ち着いているな。愛好会の連中に変な本を創られるのは嫌じゃないのか?」
 「セブルス。年端もいかない弟の未来の姿を想像して兄との禁断の兄弟愛の本を創る姉が側にいれば、愛好会の子達がどんな本を創ろうとも僕は動じないよ」
 遥か遠い昔、今生の姉の趣味を知って愕然とした幼少期の自分を思い出して告げれば、なぜかセブルスは謝ってきた。
 「そ、そうか。悪かった」
 結局、リリーがはやくあの趣味から卒業してくれるのを願い、愛好会の間で出回っているだろう自分達の本については知らない振りを決め込むしか対処方法はなった。
 そして、彼女達が自分達の友情を妙な誤解と妄想に塗れた見方をして来ても気にしないようにしようと結論が出た。
 二年生の一番はじめの時間をとてつもなく不毛な話し合いで使ってしまったせいか、長時間の移動とは別の理由で精神的に疲労した。
 ホグワーツについてすぐに大広間に移動になった。シドの心境としては新入生歓迎会などどうでも良いから部屋で美味しい紅茶を飲んでのんびりと一息つきたかった。
 相変わらずの鬱陶しいほど他の生徒達の視線が不愉快だった。
 長い休暇の間はこんな不快な視線とは無縁な他人に会わない生活を送っていただけに、久しぶりの不躾過ぎる不快な視線は苛立ちを誘う。
 本を読んでいるだけの自分を見るぐらいなら、うるさいグリフィンドールの四人組を見れば良いのにと、否応なく他人の目を惹きつける容姿の持ち主はうんざりとした気分でそう考え、ふと何かに気づいたようにグリフィンドール席に再び目をやった。
 「グリフィンドール席が靜かだね」
 率直な感想を言えば、セブルスが何を言ってるんだという顔で見てきた。
 「充分に騒がしいと思うぞ」
 確かにグリフィンドール席は賑やかだ。
 「いつも大広間で一番うるさいはずの連中が大人しい」
 弾かれたようにセブルスが件の四人組を見た。彼らは固まってなにかを話し合っている。
 「あいつらまた何か企んでいるのか?」
 「休暇中は無駄に時間があるから、馬鹿なお子様の馬鹿さ加減がレベルアップしていても不思議じゃない」
 シドの辛辣な発言を周囲のスリザリン席の生徒も聞いており、以前のハロウィンの一件を思い出したのか、幾人かの生徒達が上級生の方へ向かうのが見えた。
 念のための警戒を報告に行ったのだろう。
 スリザリンの上級生が嫌そうにグリフィンドール席を見つつあるなか、やっと新入生歓迎会が始まり、新入生が大広間に入ってきた。
 真新しい制服に緊張と好奇心に染まった一年生達の姿が見える。
 「小さいな」
 一年生達をみてセブルスが言った。
 「去年自分があそこにいたと思うと不思議な気分になる」
 「確かに。一年はあっという間だった気がするよ」
 主に魔法薬学漬けの生活だった。話しの合うセブルスという友人も得て、入学当初の予定よりははるかに充実した楽しい日々を過ごした。
 寮を決めるための古びた帽子が歌い出す。
 新入生にセルウィンゆかりの者はいない。
 だから新入生に興味など持てるわけもなくシドは再び本を開いた。
 エジプトの古い魔法薬学書を英訳した物で、二年の進級のお祝いに兄夫婦が贈ってくれた本だ。見たこともない材料や調合方法が興味深い。
 ふと間近から視線を感じて顔をあげると、ジッとセブルスがこちらを見ていた。正確に言えばセブルスの視線はシドの持っている本に釘付けだった。
 新入生の寮決めより珍しい魔法薬学の本の方が気になるらしい。
 「一緒に読む?」
 「いいのか?」
 「セブルスなら構わないよ」
 自分達でも出来そうな調合について話し合い、いくつか目星をつけていく。
 エジプトでしか入手できない材料については、調合に必要であればいつでも頼って良いと兄夫婦に予め許可をもらっているので、喜んで兄夫婦の厚意に甘えることにした。
 「体温を低く保つ薬? これは何に使うんだ?」
 「おそらく女性の奴隷に服用させていた魔法薬だと思う。エジプトは人間の体温よりはるかに気温の高い国だから、涼をとるために体を密着させて抱き合っていたらしいよ。人肌の方が気温より低くて涼しいんだ。女性の奴隷がその役割をしていたと兄様に聞いたことがある。
 これは権力者が通常体温以下の涼しさを求めた結果の魔法薬だと思う。材料を見る限り、あまり体に良いものじゃなさそうだ」
 奴隷の扱いの軽さが魔法薬の調合書からも理解できる。
 「そうだな。この薬草は続けて服用すると危険なはずだ」
 セブルスが指さした薬草は確かに少量なら害はないが、続けて摂取すると体を蝕む種類の薬草だった。
 組分けは確実に進んでいるが、シドとセブルスがそちらに一切興味を示さず、本を見ながら真剣に語り合っている姿はスリザリンでも浮き、そして注目を集めていた。
 その内容に周囲のスリザリン生やスリザリンの席についたばかりの初々しい新入生達は引いていた。
 もちろん魔法薬の話しに熱中している二人は気づいていなかったが。
 やがて組分けが終わるのと同じ頃にシド達の話しも一区切りがついた。
 シドとセブルスに色々な意味で圧倒されたのか、二人の周囲はいつも通りに空間があった。
 校長が挨拶にもならない挨拶をし、テーブルの上に沢山の料理が現れた。
 新入生達から愕きの歓声が、空腹に耐えていた在校生からも歓喜の声が上がっていた。
 「ローストビーフ食べる?」
 「ああ、頼む。シドはホーレン草とひよこ豆のソテー食べるだろう」
 「お願いするよ。ホーレン草多めでね」
 お互いに自分の分と相手の分を取り分けるのはいつの間にか自然についた習慣だった。
 「ローストビーフ美味しいよ」
 もぐもぐと咀嚼しながらこくりとセブルスは頷く。
 そんなセブルスをシドは目を細めて見守り、各寮のとある愛好会に所属している女生徒達はそんな二人の様子を歓喜の悲鳴を上げながら凝視していた。
 もちろん周囲に関心のないシドは女生徒達の悲鳴に興味を持たなかったし、セブルスもこの一年間で謎の女生徒の悲鳴には慣れつつあるので、うるさいと不快に思う程度で理由を知りたいとは思わなかった。
 「………リリー達がこっちを凝視してる」
 「本当だ。知り合いの女の子にああもギラギラした目で見られると怖いな」
 獲物を見つけた飢えた肉食獣のような目だ。それが一対ではなく沢山あると精神的に逃げ出したくなる。
 シドでさえそう思うのだから、セブルスは目に見えて青ざめて脅えていた。
 「リリーがなにを考えてるのか知りたくない」
 「賢明な判断だよ」
 きっと彼女達の脳内はベーコンレタスのことでいっぱいのはずだ。
 「気づかなかったことにして食べよう。愛好会については見て見ぬふりが一番だって話しあったばかりだ」
 「そうだな」
 テーブルの上の大皿が料理が食べ盛りな子供達によってきれいになくなると、次はデザートがテーブルを埋め尽くす。
 あれだけ食べた後でも喜んで甘い物に手を伸ばす少年少女達を見て、自分にはマネできそうにないと心の中でシドは苦笑した。
 「シドは糖蜜パイ食べるのか?」
 自分の分を取ったセブルスがシドに聞いてくる。
 「ありがとう。でも糖蜜パイは遠慮しておく。自分でフルーツ取るよ。セブルスはフルーツ食べる?」
 「リンゴとブドウを頼む」
 「わかったよ」
 不意に風に吹かれるによう大広間の蝋燭が次々と消え始めた。
 生徒達がざわつきはじめる中で蝋燭はすべて消え去り、大広間は天井が映し出す星空だけとなった。
 「あいつらの仕業か?」
 「たぶんね」
 花火の打ち上げ音のような音がして、幾つもの色鮮やかな大広間の夜空を彩った。
 ただこれだけなら悪戯仕掛け人にしては悪くない演出だった。
 やがて大きなナイヤガラの仕掛け花火の中に「入学おめでとう」の文字が浮かびあがり、教師や生徒達から歓声があがった。
 「悪戯仕掛け人より、ささやかなプレゼントを贈ります」と文字が変わり嫌な予感を覚えて咄嗟に杖を握った。
 フッと花火が消えるのと同時に大広間の蝋燭に火が灯る。
 天井から雨あられのように色とりどりの紙に包まれたキャンディーが降ってきた。
 大粒のキャンディーが落ちてきて体に当たるのは地味に痛い。
 キャンディーを一つ拾って中身を見た。
 甘いキャンディーの匂いに混じってほのかに薬品の匂いがする。
 「こんな物を大量につくる情熱を他にまわせばいいのに」
 言いながらセブルスに渡す。
 「薬の匂いがするな。なんだこれは?」
 「さあ? さすがに人体に害のない物だろうと言いたいけど、あの眼鏡達のやることだから保証はできない」
 シド達の会話を聞いていたスリザリン生達は慌ててキャンディーを床に投げ捨て、そして無邪気にキャンディーを食べようとするスリザリン新入生からキャンディーを奪い取っていた。
 やがてスリザリンのテーブル以外の各寮から悲鳴があがりはじめた。
悪戯仕掛け人を疑うことなくキャンディーを口にした者達の体に異変が現れていた。
 「趣味が悪い」
 吐き捨てるようにセブルスが言う。
 「あれは食べたキャンディーと同じ色と考えるべきかな。しかし、人間の肌の色をマーブル模様にして一体どんな得があるのか知りたいな」
 「マーブルだけじゃない。水玉、ストライプ、ボーダーにチェックもある」
 「あれは楽しいのかい?」
 「被害者達はあきらかに嫌がってるように見えるぞ」
 肌色と青のマーブル、肌色地に緑色の水玉、赤いストライプなど、他にも多種多様な肌の色と模様になった生徒達が続出している。
 スリザリン生に被害者がなかったために、ここぞとばかりにスリザリン生達は鮮やかな顔色になった他寮の生徒達を嘲笑しはじめた。
 これは悪戯仕掛け人にとって予想外の事態のはずだ。
 校長が鷹揚に笑いながら、飴の効果は明日の朝には消えるだろうと言ったので、被害者達はホッとした様子を見せた。
 シドは床に落ちているキャンディーをいくつか拾い集めた。
 「このキャンディー調べてみない? 使われている魔法薬が気になる」
 「そうだな」
 二人はどこまで魔法薬学馬鹿だった。


1/1ページ
スキ