奇人変人の家へようこそ3

 窓から注ぎ込まれる眩しい朝日に目が覚めた。
 夜、寝る前はきっちりと閉められていたカーテンは、現在はきれいに開かれていて、眩しい太陽の光をさんさんと室内に取り込んでいた。
 カーテンを開けた記憶はない。恐らくしもべ妖精達が開けて回っているのだろう。
 まだ寝ぼけた頭で室内を見回す。
 自分が寝ているベッドとソファとテーブルのセット。
 奥の方にクローゼットがあり、続きの間にはバスルームとトイレ、洗面所がついている。セブルスの為に用意された客室だ。
 ホグワーツのベッドとは比べものにならない上質な天蓋のカーテンが朝日に照らされている。柔らかいベッドは驚くほど寝心地が良かった。
 寝る前の時間を過ごすための本などもベッド横のサイドテーブルに置いてあって、至れり尽くせりだった。
 さすがに昨夜は色々と疲れ果てて本を読む気力などなかったが、本を手にとってみれば、明らかにシドが用意したであろうセブルス好みの闇の魔術の本だった。
 「………これを読み始めたら眠れないぞ」
 夢中になって読んで、気づいたら朝になっていそうだ。
 あり得そうな自分の行動に自嘲しながら棚の置き時計を見れば、起きるにはまだ早い時間を針は指していた。
 ぱっちりと目覚めたために二度寝をする気にもならなく、身支度を調えてからこの本を読むことに決めた。
 ぴかぴかに磨かれた鏡がある洗面所で顔を洗いながら、セブルスは昨日の出来事に思いを馳せた。







 本棚から溢れるほどの本がある図書室で、シドの許可を得て夕食の時間まで本を読ませて貰った。
 面白くて興味深い内容を頭に叩き込むようにして読んでいると、すぐに夕食の時間になった。
 落胆に思いがわかりやすく顔に出ていたようで、「明日も図書室に来るから」と苦笑気味にシドが言った。
 夕食の席で男装の麗人の母親クローディアの歓迎を受けた。
 クローディアは母が持つファンの会報の写真そのままに凛々しい美青年にしか見えなかった。
 世の女性を虜にする王子様オーラがキラキラと眩しかった。
 クローディアの横にはカルロがおり、ブライアンと妻子の姿もあった。
 エジプト魔術のためにブライアンと一緒にホグワーツを中退したという女性リディアは栗色の瞳と髪の知的な顔立ちをしていた。
 兄妹の双子の子供達は顔立ちと髪の色はブライアンに似ており、瞳の色は母親リディアの栗色だった。二人とも物珍しげにセブルスを見て来た。
 フィリスは先ほど会った時と同じ姿だった。ただフードだけは外していて、鼻から上を銀色の仮面が覆っていた。
 仮面は植物の蔓の模様が複雑に描かれていて、左目の下に赤いバラが咲いている。
 仮面に隠れた顔立ちは確かにシドに似ていた。見える範囲の顔には祖母と呼ばれるような加齢の痕は一切なく、ハリのある白い肌に瑞々しい唇、艶やかな黒髪はシルクのような光沢を放っていて美しかった。
 美青年な外見であるクローディアと並んでもなんら遜色のない美女だ。
 闇の帝王さえ恐れる破滅のヴィーラ。その素顔は好奇心を刺激されるものではなく、身も心も支配される恐怖心を生み、セブルスは彼女を直視しないよう心がけた。
 噂の姉の姿は諸事情によりいなかったが、その夫はいた。
 元ホグワーツのマグル学の教授ユージンは口髭を蓄えた穏やかな落ち着いた男性だった。
 シドの姉とは十一歳の年の差があるとシドが教えてくれた。
 祖父は昼前まで館にいたが、現在は出かけてしまったらしい。それをフィリスから聞いてシドが驚いていた。
 「今日はセブルスが来るとわかっているのに出かけるなんて」
 シドが批難の響きを滲ませてフィリスに言った。
 「水盆になにか映ったみたい。タイに行くと言って慌ただしく姿くらましで出かけたの。ミスター・スネイプの滞在期間中には戻ると言ってたわ」
 「タイですか?」
 「ええ、タイよ」
 「お祖父様だから心配は無用だと思いますが」
 「そうね。お土産を楽しみにしてらっしゃい」
 祖母と孫はなにやらわかり合った会話をしたあと、シドの祖父が水盆占いが得意で、その占いの内容のために急遽タイに旅立ってしまったのだと説明してくれたが、当然ながらセブルスには理解不能だった。
 「お祖父様は魔力を帯びた宝石、魔法石専門のトレジャーハンターなんだよ」
 名門の元当主がそれで良いのかと混乱したセブルスは悪くなかった。
 大抵の人間がそう考えるはずだが、相手がセルウィン家ならあり得ると納得する。
 何代も続く奇人変人の名前は伊達ではなく、セブルスもこの面々の親族なのだからトレジャーハンターの一人ぐらいても不思議じゃないとすぐに考えを改めることができた。
 シドの祖父がトレジャーハンターになったのは妻フィリスの為だった。
 彼女のヴィーラの魔力を押さえる魔法具は強い魔力を持った魔法石が必要で、その魔法石を求めて祖父自らが探しに出ているのだ。
 話しを聞いてセブルスはちらりとシドの父カルロを見た。
 彼の病的な愛妻家魂はどうやら父親譲りのようだ。カルロを見ていた視線をシドへと移す。
 祖父と父親、そして兄にも病的な愛妻家の徴候がある。だとするとシドも父親達のような病的な愛妻家になる可能性が高いのだろう。
 「セブルスが言いたいことはわかるよ。でも僕の為に口には出さないでほしい」
 「ああ、わかった」
 自分も将来的に彼らのような病的な愛妻家になる可能性はまだ子供のシドには受け入れがたいようだ。
 苦悩に満ちた表情で懇願するように言われれば頷かざるえなかった。
 夕食は頬が落ちるかと思うほど美味しかった。美味しさのあまり言葉もないセブルスにリディアとユージンが「気持ちは良くわかる」と笑っていた。
 セルウィンの何代か前の当主に美食家がおり、彼の影響でセルウィン家の食事は普通のイギリス家庭より何倍美味しくなっていた。
 シドが食にうるさく、また菓子作りが得意なのはこの恵まれた食環境のせいだろうか。
 夕食の席や食後のお茶会で色々な質問を受けた。
 ホグワーツでの生活や自分の好きなこと、シドが学校生活の話しをしてくれないと彼らは残念そうに嘆き、ここぞとばかりにシドの普段の生活についても興味津々に尋ねてきた。
 シドの学校生活を自分が語って良いものかと隣の席のシドに視線をやれば、彼は仕方ないというようにため息を吐き、自分の学校での生活を語り出す。
 その内容に間違いがないか、家族達に何度も確認を求められてその度に頷いた。
 結局、シドの学校生活の態度は家にいる時とあまり変わりないようだ。
 魔法薬学と闇の魔術に傾向没頭し、他人に興味のないセルウィン家らしい奇人変人。
 ただ、フィリスに「シドは性格に問題があってもこの顔だから女の子に人気があるでしょう?」と問われて、素直に頷くと、恋愛に逸話を持つ人々は色めき立った。
 「相手は直感で決めろ」という両親に、「気の合う相手が一番」と笑い合う兄夫婦、ユージンは「シド君に好意を寄せられて断る子はいないと思うけど、相手の迷惑にならないアプローチが第一だよ」とどこか遠くを見て言い、それを聞いたシドの顔が引きつっていた気がした。
 「生憎と僕は年上の大人の女性が好みなので、少なくともホグワーツ生には興味ありません」
 セブルスは既に知っていたシドの好みだが、家族の面々は初耳だったらしい。
 「シドは考えが大人だからね。同い年や学生が相手では子供に思えてしまうのだろうね」
 苦笑気味にブライアンが言い、「この年齢にして大人の女性が好みとはシドは大物になるな」とカルロが笑った。
 「おまえは女性の選び方まで生意気ね」とフィリスは呆れたようにため息を吐く。
 「ふむ。それで年上以外はどんなタイプが好みなのだ?」
 興味津々にクローディアが問いかける。
 「……趣味が合って一緒にいて幸せを感じる相手が一番だと思いますが」
 シドの趣味というか、彼の関心の大半を占めているのは魔法薬学だ。
 彼と同じぐらいに魔法薬学馬鹿な女性が果たしているのか、疑問に思ったのはセブルスだけではなかったらしい。セルウィン一族は一様に難しい顔をしていた。
 「言っていることは理想的で正しいけれど、そんな相手がいるか微妙ね。おまえの知識に張り合える相手を探すことから初めなくては」
 「ですからお祖母様。あと十年は僕に恋愛話しを期待しないで下さい」
 自分の恋愛についてうるさく騒ぐなとシドの心の声が聞こえた気がしたが、フィリスはそんなシドの態度が可笑しかったようで声をあげて笑い出した。
 「そういう者に限ってある日突然恋に落ちるのよ」
 「なら良い出会いを期待してます」
 シドの返事は投げやりだった。
 「シドの一刻も早い運命の出会いを願おうか。ところでスネイプ君は好きな子はいないのかい?」
 「は?」
 不意にカルロが話しを振ってきて面食らった。
 「君ぐらいの年齢の子供なら初恋のひとつやふたつぐらいあるものだろう?」
 「父上、初恋は一度きりのものです」
 シドが鋭い訂正をするが、セブルスの脳裏にはカルロの言った初恋の相手がポンっと浮かびあがり、その赤毛の少女の無邪気な笑顔を認識した途端に自分の顔に熱が溜まるのがわかった。
 「スネイプ君は嘘がつけないようだ」
 質問したカルロが苦笑する
 「こんな可愛げがシドにもあればいいのだが」
 「期待した目で見ないで下さい、母上」
 「若いくせに枯れ老人のようなどこかの坊やと違って、若者らしい甘酸っぱさが可愛らしいわ。ミスター・スネイプ。あなたの初恋の相手はどんな子が聞いてもかまわないかしら」
 紅いバラのように艶やかに彩られた口元に柔らかな笑みが浮かぶ。
 ヴィーラの魔力のせいだろうか、普段なら羞恥心が勝って絶対に口にできないし、なにより自分の心の内を他人に話すのは抵抗があるはずなのに、フィリスの問いの答えはすんなりと口をついた。
 「ホグワーツに入る前からの幼馴染みです」
 恋愛話しが好きらしいフィリスとリディアが盛り上がって怒濤の質問攻めにあった。
 シドが止めてはくれるものの、女性陣の勢いは治まらなかった。
 しかもフィリスに質問されると真実薬でも飲まされいるかのように嘘がつけず、また質問の拒否もできず、強い照れに襲われながらも結局リリーのことを話してしまった。
 セブルスの初心な様子に自分達の学生時代を思い出したのか、シドの両親達はお互いの学生時代のことを話し初め、美青年に見える男装の麗人と色気たっぷりの雰囲気を纏った男は、徐々に妖しく甘ったるい空気を垂れ流しはじめて、純情な青少年であるセブルスの目には毒だった。
 「あの二人は放っておいていいよ。気の済むまでいちゃついたらこっちの世界に戻ってくるから」
 「そうなのか」
 「だから気にしないで。あと、あまりお祖母様を直視しちゃいけない。お祖母様の質問にすべて答えてしまうのは心を奪われかけている証拠だから」
 シドのとんでもない発言に思わず彼を凝視した。
 「免疫のない人間は男女問わずセブルスと同じ状態になるから心配しなくても大丈夫。さすがにこれ以上は見過ごせないけど」
 セブルスに道ならぬ恋を選ばせるわけにいかない。お祖母様に恋しても破滅しか待っていないしと、苦々しく告げたシドが次の瞬間奇妙な行動を取ってきた。
 気づけば間近にシドの顔があり、額に柔らかな物が押しつけられた。
 額にキスをされていると理解する前に、ふわりと全身が温かく優しい風に包まれた気がした。じんわりと温かななにかが体に広がっていくのがわかる。
 「なんだ、これは?」
 「僕のヴィーラの魔力をセブルスに吹き込んだ。いまの極限までヴィーラの魔力を封じている状態のお祖母様の魔力なら退けるだけの力があるから、これでお祖母様の質問にすべて正直に答えることはないよ」
 「すまない」
 これ以上恥ずかしい思いをしなくて済むなら嬉しかった。
 「礼には及ばないよ。うちのお祖母様が失礼をして悪かったね。リリーへの気持ちを知られるのはセブルスは照れ屋だから恥ずかしいでしょう?」
 「う、うるさい!」
 はっきりと言われると余計に恥ずかしくなってくる。思わず声を大きくすれば、シドは「本当にごめん」と真剣に謝ってきて、もともとシドが悪いわけじゃないからセブルスも焦った。
 「別に怒ってるわけじゃない。恥ずかしいけど僕が自分で言ったことだ」
 それでもシドは頑固に謝ってきて、結局そのやりとりと見ていた兄夫婦がその場を収めてくれた。
 噂の新たなセルウィンを見ることもできた。乳母が食事を終えた赤ん坊をクローディアの元へと連れてきたのだ。
 赤ん坊は母親の金の髪ときれいな水色の瞳を持った、父親似の整った顔立ちをした女の子だった。
 シドの両親のどちらに似ても将来は誰もが振り返る美人になるのは間違いなかった。
 赤ん坊は沢山の大人達に囲まれても泣くことなく、きゃあきゃあと笑って見せた。赤ん坊を間近で見た経験のなかったセブルスだが、小さく純粋な存在は素直に可愛いと思えた。
 ただカルロの妻と新しい娘に対する愛の自慢はどう聞くべきか困った。
 シドが「セブルスに迷惑かけないで下さい!」とカルロに抗議してくれ妻と娘自慢が終わってホッとした。
 シドの家族と色々な話しをしているうちに時間はあっという間に過ぎていた。
 元気だった双子達が眠気を訴えたのを期にお茶会は終了となった。
 沢山話したのと、セルウィン家の面々を前にした緊張感の疲労の為に、シドに案内された客室ついた頃には眠くてたまらなかった。
 そんなセブルスの様子を察したらしいシドは「色々疲れただろうから今日はゆっくり休んで。明日、また図書室や僕の研究室に案内するから楽しみにしてよ。セブルスの期待は裏切らないと思うから」と言って早々に部屋を出ていき、セブルスはベッドに倒れるようにして眠ったのだ。


 顔を洗ったあとに、昨夜シャワーを浴びてないことを思い出し、バスルームでシャワーを浴びることにした。
 シャンプーが寮で使っているシド特製の物だとハーブのほのかな香りで気づいた。
 きっとシドが用意してくれたのだろう。友人の心遣いが嬉しかった。
 セルウィン家は実際に会ってみると難解な性格の人間ばかりだった。
 病的な愛妻家のカルロ、男装の麗人のクローディア、古代エジプト魔術を操り怒ると怖いブライアン、「破滅のヴィーラ」の祖母に、トレジャーハンターな祖父。
 聞けば聞くほどに疑問が深まる謎の姉。ヴィーラの魔力を持つ魔法薬学馬鹿な友人。さすが何代も奇人変人と言われ続けている一族なだけあってバラエティ豊かだった。
 彼らは閉鎖的な一族でもあるためか家族仲がとても良い。強烈な個性がぶつかり合いながらも、彼らは常に楽しそうで笑顔に溢れている。
 母親とお互いに理解し合う前の自分の家庭環境を考えると、シドが生まれ育った環境は羨ましくさえ思えた。
 だが敵の多いセルウィン家なりの苦労はシドにもあったのだ。
 以前にシドが身内の闇祓いとの修行で全身に負ってきた生々しい傷を思い出して、単純にシドを羨んでいる自分を戒めた。
 彼らが強くあろうとするのは家族を守るためだ。お互いを大切にし信頼しあっているから、セルウィン家は笑顔に満ちているのだろう。
 髪を魔法で乾かし身支度を整えると、はやる気持ちを抑えてサイドテーブルの本を手に取る。
 古い闇の魔術の本は興味深かった。小さな文字で書面いっぱいに書かれた文章を舐めるように読み進めていく。
 どれだけ時間が過ぎたのか、全神経を目の前の本に集中していたセブルスは突然肩を揺すられ、弾かれるように本から顔をあげた。
 「あ、やっと気づいてくれた。おはよう、セブルス」
 目の前に苦笑を浮かべたシドがいた。
 「急に現れるなっ!」
 「ドアをノックしたよ。声をかけたけど返事がなくて、まだ眠っているなら起こそうと思ったけど、セブルスしっかり起きていて身支度も終わってるし。その本、気に入ってくれたみたいだね」
 何度声かけても気づかないほど夢中になってたとシドは笑う。
 「興味深い本だ……怒鳴って悪かった。それから、おはよう、シド」
 「うん。おはよう。昨日は良く眠れた?」
 「ああ」
 「そう、よかった。僕の家族相手にして疲れていたみたいだから心配だったんだ。もうすぐ朝食だから行こうか」
 「わかった」
 本を大切に抱えるとテーブルの上にそっと戻しておく。続きを読むのが楽しみでたまらなかった。
 セルウィン家の食事は朝食も美味しかった。
 ここの食事に慣れると自宅に戻った時に非常に困りそうな心配事が脳裏を過ぎったが、とりあえず育ち盛りの胃袋を満たすのを優先させて、問題は後回しにすることにした。
 午前中はシドの魔法薬学の研究室に行った。
 広い室内には見たこともない珍しい材料や道具、シドが作った魔法薬が沢山あり好奇心のままにシドを質問攻めにした。
 シャンプーやハーブのオイルに香水、なぜか石鹸などもシドは作っていて、彼の物作りの方向性がセブルスには理解できなかったが、高等魔法薬学の本を参考にシドと一緒に魔法薬を作るのは楽しかった。
 昼食の後に湖に水草を採取しに行くために外に出た。
 澄み渡った青空に太陽が輝き、少し暑さを感じたが水辺へ行くには気持ちの良い天気だった。
 セルウィン家の館は外からみると城そのもので、大きな屋敷なので予想はしていたが呆然とセブルスは城を見上げた。
 広大なホグワーツほどではないが、それでも充分に大きな城砦だ。魔法界屈指の名門の名は伊達ではないらしい。
 湖は透明な水がきれいで、水草はもとより泳いでいる魚も見ることができた。
 シドに教えて貰いながら水草を色々採取して、その効能について勉強した。
 それが終わるとシドは再び図書室に案内してくれ、夕食の時間まで二人で図書室に閉じこもり、夕食に呼びに来てくれたクローディアに「シドが二人になったようだな」と笑われた。
 彼女は頭痛がするほど読書が苦手で、好き好んで本ばかり読む人間が理解できないらしい。
 それでなぜホグワーツを卒業できたのかと不思議に思ってると、
シドが「世の中には直感だけで試験をパスできる人間もいるんだ」と努力をして試験に挑んでいる人間すべてを敵にまわすような説明をした。
 しかもクローディアだけではなくカルロもその部類の人間だった。
 「自分の両親ながら出会うべくして出会ったって気がするよ」
 お似合いすぎて他に言葉もないとシドは呆れ気味に言った。
 「そう褒めるな。私達はおまえ達が魔法薬学にかけている情熱をクィディッチに傾け、その結果、勉学が疎かになっただけだ。
 それに試験はなぜか答えがわかるのだから大した問題ではないだろう。
 そんな私達の子供達が勉学に対して優秀なのは不思議なものだな。おそらくクライドとフィリスに似たのだろう」
 シドの祖父母は成績優秀だったようだ。しかし、彼女の発言から考えると、セルウィン家は子供の成績に関してはうるさくないらしい。
 滞在期間中、夕食後にはシドの家族達と話しをして過ごした。
 彼らの会話は聞いていて飽きないし、フィリスから薬草学と魔法薬学、ブライアンはエジプト魔術について教えてくれるので興味深かった。
 全身をローブですっぽりと覆ったフィリスに温室で珍しい薬草を見せて貰い、シドと一緒に彼女から魔法薬の調合も習った。
 シドに教えた人だけあって、とても手際が良く説明もわかりやすかった。
 「シドが興味を持つだけあるわ。ミスター・スネイプには魔法薬学の才能がある」とフィリスに褒められ、思わず正面からかろうじて見える艶やかな唇を見つめてしまい、ふらりとその場に跪きそうになったが、シドに止められて事なきを得た。
 「お祖母様の虜になりたいの? お祖母様を直視しちゃいけないよ」と凄味のある笑顔でシドに怒られて怖かったが。
 フィリスの相手を破滅に導くほどのヴィーラの魔力は確かに恐ろしいが、普段は笑い上戸の魔法薬学に関しては尊敬できる博識な魔女で、そんな好感を持てる相手を見ないようにして話しをするのは難しかった。
 魔法薬学、薬草学、闇の魔術にエジプト魔術を教えて貰い、沢山の本を時間が許す限り読んだ。
 シドと一緒に調合も沢山した。何度か調合の失敗をして爆発騒ぎを起こしたが、シドの家族達はいつものことと冷静だったのが印象的だった。
 勉強ばかりでは体が鈍るとカルロとクローディアに箒を渡され、双子やまだ歩き始めたばかりのシドの姉の娘と一緒に飛行訓練もした。
 歩くと同時に箒に乗る訓練をしている子供達との追いかけっこは疲れた。
 スピードが速い上に突然コントロールを失って大暴走をはじめる。
 セブルスはシドに教えて貰っているおかげか学年では飛べる方だ。
 ある程度のスピードなら出せるが、高い場所になるにつれて安定して飛ぶだけで精一杯になる。
 高い所は得意ではないのだ。
 高所をゆっくり飛んでいる所に暴走した子供達が何度も自分に向かって突っ込んでくるので、正直生きた心地がしなかった。
 子供達には両親とブライアン、セブルスにはシドが常に付き添っていて身の安全は確保していてくれたが、あの子供達とは二度と一緒に飛びたくなかった。


 クローディアに「おまえ達は暇さえあれば勉強ばかりしている」と言われるほどに、セルウィン家では新しい知識を頭に詰め込むことに没頭して過ごし、一週間はあっと言う間に終わろうとしていた。
 明日の午前にはセルウィン家を去るため、荷物の整理をしていると紅茶を持ったシドが部屋に来た。
 ナイトティーは柑橘系の良い香りがして穏やかな気持ちになった。
 「結局、お祖父様は間に合わなかったか。せっかくセブルスが来てくれたのに申し訳なかったね」
 「いや、謝られることじゃないが………」
 タイに魔法石を探しに出かけたシドの祖父は現地でトラブルに巻き込まれ、帰りが遅れる旨の手紙が来ていた。
 トラブルの言葉に驚いたのはセブルスだけで、シドを含めた一族の人間はセブルスに会えないのは残念だと口々に言い、誰も祖父の心配はしていなかった。
 聞けば祖父が現地で消息不明や音信不通になるのは良くあることらしい。
 「明日の午後にはセブルスがいないと思うと寂しいよ」
 「………僕もだ」
 恥ずかしげもなくそう述べたシドの言葉にセブルスは思いがけない嬉しさを覚え、それと同時に気恥ずかしくなってそっぽを向きつつも頷いた。
 ホグワーツでもいつも一緒だったが、セルウィン家ではさらに好きな分野を思う存分に没頭する時間を共有した。
 この一週間で一緒にいることが当たり前に思えていたから、明日から一人で読書や勉強をするのは寂しい気持ちになる。
 リリー以外の誰かが側にいないことを寂しいと思うなんて、ホグワーツ入学前は考えたこともなかったとセブルスは少し昔の自分を感慨深く思い出す。
 自分にとってリリーだけが大切な存在だった。
  彼女が暗闇に一人でいる自分の光りだった。けれど今はそこにリリーと一緒にシドがいる。
 「なに?」
 セブルスの視線に気づいたシドが問いかける。
 「シドの家は楽しかった」
 家族達は強烈な個性を持っているが、みんなセブルスには優しかったし、誰もが率先して知識を与えてくれて勉強になった。
 シドとの勉強漬けの日々も充実していて楽しかった。
 そう告げるとシドは大輪の花が咲くように微笑んだ。


 翌日、朝食の後に煙突飛行の暖炉がある部屋で、シドの家族達に別れを惜しまれた。
 「また遊びに来なさい。歓迎するよセブルス君」とカルロに言われ、「箒の指導をしてやろう」とクローディアに宣言された。
 フィリスは温室で取れた薬草をお土産にくれた。
 ブライアン達には「シドの良い友人でいてほしい。君のおかげでシドが子供らしくなった」と笑顔で、だが真剣な目で言われて驚いたが、シドの友人でいるつもりなのでセブルスは頷いた。
 滞在中になぜか懐かれた双子達とシドの姉の娘に「帰っちゃいやだ」と大泣きされて困った。また遊びに来るからと彼らに何度も言ってやっと泣き止んでもらった。
 「じゃあそろそろ行こうか」
 「ああ」
 一族の人間が一緒でなければ使えない暖炉の為、シドが漏れ鍋まで送ってくれることになっている。漏れ鍋では母が待っているはずだ。
 「お世話になりました」
 見送ってくれたセルウィン家の面々に礼を述べれば、彼らは笑顔で手を振ってくれた。
 「漏れ鍋」
 シドのかけ声とともに、巨大な穴に渦を巻いて吸い込まれていくような感覚に襲われ、煙突の中ではぐれないためにシドに強くしがみついた。




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