死喰い人狩り
休暇が三週間過ぎた頃にセブルスは課題をすべて終わらせた。
母の蔵書を読み調合の実験をし、簡単な家事の手伝いをするのが日課になりつつある。
「まあ、死喰い人狩りがはじまったのね」
仕事が休みの朝、フクロウが配達してきた日刊予言者新聞を受け取ったアイリーンが驚きの声をあげた。
マグル狩りならわかるが死喰い人狩りは初めて聞く言葉だった。
興味を引かれてアイリーンが見ている新聞を覗き込む。
そこには魔法省に十数人の死喰い人が出頭して来たこと、死喰い人と疑いがあった純血主義の一族の邸が何者かによって襲撃に遭い、
住人が「闇の印」をさらけ出した状態で倒されていた旨が書かれていた。
死喰い人は優秀な闇の魔法使いが多いと言われている。その彼らを何者かが襲撃し、魔法省に突き出すか倒すかしているのだ。驚かずにはいられなかった。
「これは?」
「あら、セブは知らなかったの? 死喰い人狩りよ」
記事から視線をあげて当たり前のことのように母は答えた。
その表情にもし闇の帝王を怒らせてしまったらと言う恐怖心は微塵も感じられなかった。気のせいか瞳がキラキラと輝いて嬉しそうに見えた。
「クローディア様の出産が間近なのだわ」
クローディアはシドの母親の名前だ。なぜここでシドの母親が出てくるのかわからない。
首を傾げるセブルスに「ああ、もうセブってばなんて可愛いの!」と叫んでアイリーンが抱きしめてきた。
最近、アイリーンは今までの親子の時間を取り戻すかのようにスキンシップが激しい。
とくに「可愛い!」と抱きしめてくることが多く、男が可愛いと言われても嬉しくないのだが、この上なく嬉しそうな母の顔を見ると抗議の言葉は飲み込まれてしまう。
「お母さん」
最初こそ驚いて照れてしまったが、このスキンシップも次第に慣れてきた。
「あら、ごめんなさい。セブがあまりに可愛いから我を忘れてしまったわ」
「………死喰い人狩りとシドの母親になんの関係があるの?」
「それは死喰い人狩りをセルウィン家がやっていると言われてるからよ」
「はあ?」
アイリーンの説明によると、昔から不定期的に闇の魔法使いが一掃される事件が発生している。
闇祓いが手も足も出なかった闇の魔法使いが虫の息で魔法省の闇祓い部門の部屋に捨てられていたり、不正の証拠が大量に届けられ大量検挙に役だったり。
違法な闇魔法の実験をしている容疑があった魔法使い達がある日忽然と消息を絶ち、そのまま行方不明になったりと、闇に関する魔法使いの数が一気に減少する出来事が過去に多く起きている。
この出来事はもともと闇の魔法使い狩りと言われていた。
死喰い人狩りと呼ばれるようになったのは、近年の犠牲者が圧倒的に死喰い人ばかりなせいだ。
そして死喰い人狩りと呼ばれるようになってから、ある法則性に気づいた人々が出始めた。
死喰い人狩りが行われた年にセルウィン家では必ず子供が生まれているのだ。
もともと死喰い人狩りはセルウィン家の仕業だという噂は囁かれていた。
なにせ昔から闇の魔法使いに狙われ続けてきた一族であり、死喰い人と戦って勝てる強い魔法使い達だ。
彼らが闇の魔法使いもしくは死喰い人を狩る理由は充分すぎるほどあり、新たな一族の誕生に伴い、幼い子供の危険を減らすために敵を倒しているとなれば納得がいく。
セルウィン家は犯行を認めも否定もしてない。
魔法省も死喰い人狩りは願ってもないことなので、犯人捜しを一切せずに放置してある。
公然の秘密、暗黙の了解として死喰い人狩りは行われていた。
奇人変人の一族がやることはセブルスの常識の範囲を軽く超えてしまっていた。
身内を大切にする一族なのはシドの話で聞いていたが、ここまでやるとは正直思っていなかった。
「死喰い人が少なくなるのは良いことだわ」
アイリーンの言葉に素直に頷いた。それはセルウィン家を狙う者が少なくなること。つまりシドを狙う者が少なくなることを意味していた。
セルウィン家は新たなセルウィンの誕生に親戚達が屋敷に集まって、毎日お祭り騒ぎの状態にある。
愛妻家の父カルロは仕事を放り出して母に付きそい、それは子供が生まれる時に見慣れた光景らしく、心得たように父の部下達は最重要の書類だけを父の元へと運んでいる。
親族達は意気揚々と祝いの為の狩りに出かける。これもセルウィン家の伝統だ。
だが、狩りの為の重要な資料を屋敷のあちこちに落とすのはやめてほしいとシドはしみじみと思う。
無造作に落ちている資料は魔法省にでも届ければ、死喰い人の一斉検挙の証拠になりそうな資料の数々だ。
一族が増えるのが嬉しいのはわかるが、どれだけ浮かれているんだ親戚一同と呆れてしまう。
落ちている資料を拾っては狩りの為の会議室となった部屋に運んでいくしもべ妖精達だが、拾った先から新たな資料が落ちている。
しもべ妖精達は嬉々として仕事をするが、見ている方は不憫に感じてならない。
だからと彼らの仕事を取るわけにもいかず、労をねぎらって作ったお菓子の味の確認を頼むと称して振る舞ったりした。
大人達が狩りに出かける間、子供達は屋敷に預けられる。
面倒を見るのを押しつけられるのはもう慣れたもので、やんちゃ盛りの子供達だがセルウィンの血がそうさせるのか、魔法を教えると言えばみんな一様に真剣に話しを聞き、魔法の練習に励む。なので子守事態は大した苦にはならない。
問題は学校が出した課題に勤しんでいる学生を狩りに連行させようとする大人達だ。
祝い狩りに異論はない。生まれてくる弟妹の将来の障害になりそうな輩は今のうちに潰しておくに限る。
『誕生の際の祝い狩りに参加するから、いまの内に課題を全部終わらせておきたい』と何度も言っているのに、浮かれてた親戚達は酔っぱらいが絡んでくるかのごとくしつこい。
特に闇祓いの親戚が一番うるさくて、一度切れたこともある。あのときはお互いに結構なケガをした。
親戚は全身包帯だらけにしながら『よし、この調子で狩りに出かけるぞ』と本当に狩りに行こうとして他の親戚に怒られていた。
祖母の魔法薬でケガはすぐに治ったものの、闇祓いの親戚に『やっぱりおまえは戦いの才能がある』と喜んでさらに祝い狩りに誘うようになってきた。
断るのが面倒になってきたので、ストレス解消の場として何度か祝い狩りに参加した。
最大の祝い狩りとなるのは新たなセルウィン誕生の際だ。
親族はターゲットを闇の帝王にしようと話し合っている。
姉と祖母が乗り気で、彼女達に狙われた闇の帝王に少しだけ同情した。
だが、恐らく闇の帝王は甥や姪が生まれた時のようにセルウィンの追っ手から逃げ延びるだろう。
彼がターゲットになるのは今回が初めてではない。シドが知っているかぎり四名の新たなセルウィン誕生の狩りのターゲットにされていた。
闇の帝王が一番恐れている人物がセルウィンにはいる。
彼女の魔の手から逃れる為に闇の帝王は屈辱を覚えながらも逃亡の道を選ぶはずだ。
祝い狩りで闇の帝王が逃げ伸びれば、それからセルウィンの人間は闇の帝王を執拗に追ったりはしない。
祝い狩りの時期が過ぎれば興味を失う。
セルウィン一族はお祭り好きで自分本位でなにより気まぐれなのだ。
ある日、フクロウが手紙を持ってきた。差出人はセブルスからで驚いた。
こちらから手紙を送れば返信はしてくれるだろうと思っていたが、最初にセブルスから手紙がくるとは思っていなかった。
手紙にはセブルスにしては珍しく怒濤の勢いでテンション高く文字が綴られていた。
セルウィン家からの手紙で母親が父親を見限って追い出す決心をしたこと。
シドの両親に感謝している。母親と調合をしたりして毎日が楽しい等。
祖母の一件で両親はセブルスの親に謝罪の手紙を書いたらしい。
初耳だった。一応、あの人達も大人らしい行動をしているのかと驚いた。
セブルスの母親が夫を家から追い出したのは意外だった。
原作ではセブルスの両親には詳しく触れていなかったが、てっきりずっと不仲な夫婦を続け、そんな実家をセブルスが嫌ったまま卒業を迎えるのだと思っていた。
しかも母親が変わる切っ掛けを与えたのがセルウィン家からの手紙だ。
あきらかに自分がセブルスと接触し友人になったことで原作が変化しつつある。
「セブルスが幸せになるなら原作なんてどうでもいいけど」
喜びが溢れるような手紙を見ていると微笑ましかった。
きっとセブルスは嬉しすぎる気持ちを誰かに伝えたくて溜まらなかったのだろう。
その相手にリリーではなく自分が選ばれたのはどこかくすぐったい気持ちになった。
照れ屋なセブルスのことだ、今頃この喜びの感情を露わにした手紙を出したことを死ぬほど恥ずかしがって後悔しているに違いない。
追い打ちをかけるような返信を書くと拗ねて休暇の後半に家に遊びにきてくれなくなりそうなので、今の家の状況の愚痴を綴ってみた。
でもやっぱり喜んでいるセブルスをからかってみたくて、お菓子のレシピを作成して同封してみた。
10日後に遅い返信が来た。かぼちゃのプリンが美味しかったと綴ってあるわりに返信がこれほど遅かったのは、セブルスが一人で照れて拗ねていたせいだろうか。
休暇中にセブルスは公園でリリーと会った。
偶然通りかかったリリーの妹は最初セブルスが誰かわからなく、リリーがなぜか得意げに自分を紹介すると『嘘よ!』と叫んで走り去ってしまって困惑していたと書いてあって苦笑が漏れた。
己の外見が劇的に変化した自覚のないのも困った物だった。
しばらくしてから死喰い人狩りについて質問の手紙が送られてきた。
祝い狩りは狩人の正体を隠しつつも盛大に行われ、狩られた死喰い人が連日新聞に載っている状況だ。
セブルスも母親から死喰い人狩りのことを聞いたのだろう。
セルウィン家が死喰い人狩りをしているのか。シドは参加しているのか。
もし参加しているならケガをしないように気をつけろと箇条書きで書かれていた。
セルウィン家は死喰い人狩りを公言していない。そして否定もしていない立場にある。
返信にはセブルスの想像に任せるよと綴り、いよいよ母の出産が近いのでしばらく手紙は書けないと続けた。
おまけとして返信には恒例となったお菓子のレシピを同封した。
お母さんと一緒に作ってみてのメッセージを忘れずにつけて。
黒羽が美しいフクロウのアリシアに手紙を持たせたところで、例の闇祓いの親戚がノックもなしに部屋に入ってきた。
「シド、クローディアの陣痛がはじまったぞ。狩りの準備をしろ」
「アリシア、お願いするよ。母上の容態は?」
フクロウが飛び立ったのを確認してから、狩りに行く気満々の完全装備の男に問う。
「順調だそうだ。産婆があれほど高齢出産の危険性のない女も珍しいと驚いてるらしい」
母に付き添うのは父だ。そして一族の女子供が新たなセルウィンの無事な誕生を祈り、戦える者は祝いの狩りへと出る。
狩る闇の魔法使いが高名であればあるほど生まれた子供に幸福がもたらされると言われている。
簡単に言えば強い魔法使いを倒すことで一族を狙っている他の闇の魔法使いもしくは死喰い人を牽制するのだ。
一族がなにより大切なセルウィン家はこの狩りに重きを置く。
「まあ母上ですから」
「確かにな。ハーティ達はもう出てるぞ。嬉々として闇の帝王を追いに行った」
「姉様とお祖母様の最強タッグか。闇の帝王が可哀想に思えてきた」
外出用のローブを着て、愛用の杖を持つ。
狩りは生まれてくる可愛い弟か妹の祝福の為に。
愛しい新たな一族の未来の為に。
「さあ、狩りをはじめようか」
シドの独り言に嬉しそうに闇祓いの男は頷いた。