学年度末バーティ



 学年度末パーティーの大広間は寮対抗杯で一位を獲得したグリーンとシルバーのスリザリンカラーに染まっていた。
 普段ははしゃぐことの少ないスリザリン生も今日ばかりはみんな楽しげだった。
 特に宿敵グリフィンドールに大差をつけて勝ったことに上級生達は機嫌が良く、馬鹿にしたようにグリフィンドール席を見ていた。
 ジェームズやシリウスが悔しそうな顔しているのを見るのは確かに気分が良く、セブルスは口元がにやけそうになるのを必死に我慢した。
 グリフィンドールを見て笑っていたとリリーやその友人達に思われて嫌われたくなかった。
 ジェームズらは成績優秀な為にレポートで確かに点数は得るが、同時に悪戯で獲得した点数以上の減点をもらっている。
 それが積もり積もって寮杯の点数を大量に減らしており、彼らを見る上級生達の視線はかなり厳しいものばかりだった。
 しかし、空気の読めないストーカーは上級生達の目に気づかすに必死にリリーに話しかけて無視されていた。
 グリフィンドールの問題児達が大量に減点されているなかで、地味に毎日点数を得ていたスリザリン生がいる。
 彼は寮杯にまったく関心のない人物だった。
 隣に座っている友人はパーティー開始まで本を読むと言って読書に勤しんでいた。
 シドはレポートを出せば必ず教師に褒められて点数を得る。
 実技をしても同じく。特に魔法薬学で得た点数はかなりの物だ。
 一年のスリザリン生はその事実を知っているので、シドを誇らしげに見ていた。
  当のシドは寮杯にも熱い視線にもいたって無関心で、『イタリアのマンマのお菓子作り』という題名の料理本を読んでいる。
 夏休み明けの料理教室はイタリアのお菓子の可能性が高く、楽しみになってきた。
 「まだはじまらないの?」
 本を閉じたシドが小さく伸びをしながら告げた。
 「校長がまだだ」
 ちらりと漆黒の瞳が興味なさげに教授達の席を見て、「アルツハイマー」と謎の言葉を告げた。
 「なんだそれは? 人の名前か?」
 「簡単に言うとボケた老人のこと。何かにつけ疑い深くなって、日にちや時間の感覚が曖昧になり、通い慣れている道で迷ったりする」
 つまりシドはダンブルドアがボケて時間がわからなくなった上に、ホグワーツで迷子になっているために、まだこの大広間に現れていないのだと言っているのだ。
 シドの辛辣な言葉に絶句する。それは話しを盗み聞いていたスリザリン生も同じで、周りが妙な沈黙に覆われた。
 スリザリン生には珍しくはないが、シドはどうやらダンブルドアが嫌いらしい。
 やがてダンブルドアが現れて、大広間がシンと静かになる。
 校長の挨拶のあとに寮対抗杯の結果が読み上げられ、一位のスリザリン席から嵐のような歓声があがり、なぜかセブルスは何人もの女生徒達に抱きつかれた。
 セブルスより身長が高く明らかに上級生達だ。押しつけられた柔らかい胸の感触を思い出して顔に熱が溜まる。
 「セブルスはお姉様達にモテモテだね」
 「そういうおまえは右頬に口紅がついてるぞ」
 「ああ、さっきどさくさにまぎれてね」
 女の子達は積極的だとハンカチで口紅を拭いながら平然と告げる。
 成人した年上の女性が好みと断言するだけあって、シドは動じることがなかった。
 テーブルの上にずらりと現れた料理を堪能する。
 もうすぐ夏休みになり、ホグワーツの食事が食べれなくなるのが残念で仕方なかった。
 実家ではまともに食べることができないのだ。
 しっかりとした食習慣を覚えた今では実家での空腹の日々は辛い物になりそうで、今のうちに少しでも食べておこうとセブルスは食べることに専念する。
 「ああ、そうだ。セブルス」
 「なんだ?」
 「夏休みにうちに遊びにきてよ」
 口の中の食べ物を噛まずにごくりと飲み込んでしまった。
 「今ミニトマトを丸呑みしなかった?」
 シドが喉がつまっていないかと確認してくる。
 「平気だ。少し驚いただけだ」
 奇人変人と名高いセルウィン家に招かれたのは純粋に驚きでいっぱいだった。
 学生時代に寮の壁を越えて学生結婚したシドの両親やエジプト魔術に傾向した兄、例の愛好会を作ったリリーが尊敬してやまないシドの姉。ヴェーラの血を引く祖母。
 正直に言えば興味や好奇心はあったが、魔法界でも指折りな名家へ遊びに行くのは自分は場違いな気がして気がひけた。
 それに現在、シドの家は慌ただしいはずだった。
「シドの家はいま忙しいのだろう?」
 なにせ彼の妹か弟がもうすぐ生まれるのだ。
 シドとは十歳弱、一番上の兄弟とは二十歳以上も年の離れた弟妹の誕生だ。
 シドの両親はとても仲の良い万年新婚夫婦であり、あと二三人兄弟が増えても不思議じゃないらしい。
 「だから夏休みの後半になると思う。その頃には家も落ち着いてるから」
 「迷惑に」
 「迷惑なら誘わない。心配しなくてもうちの家族はセブルスにかみついたりしないよ。むしろ食いつく勢いで僕の初めての友人のセブルスをかまい倒すと思う」
 「その言葉のどこに安心できるんだ!」
 相手がハロウィンに悪戯心たっぷりのアメや孫に妖しい媚薬を送りつけてくる奇人変人だけに笑い話しだと聞き流せない。
 「貴重な蔵書たくさんあるよ。研究もし放題だ」
 「………」
 とても魅力的な誘惑だった。
 名家の蔵書でシドが貴重と言うのだから良い本が沢山あるのだろう。
 魔法薬学に優秀なシド個人の研究部屋も多いに興味がある。
 「これが一番重要なのだけど、家族がセブルスに会いたがってるんだ。
 僕の初めての友人だし、お祖母様の件で迷惑もかけてるから、夏休みには絶対に家に招待しろって父上に命令されてる。
 セブルスにOK貰えないと僕は夏休み家に帰れないんだよね」
 「めちゃくちゃだ」
 「そうだね。まあセルウィン家だし仕方ないよ」
 その一言に思わず納得してしまい頭を抱えた。
 「セブルスがOKしてくれないと僕はホームレスだ」
 にっこりと笑顔での脅迫にセブルスは頷くしか道は残されていなかった。












 荷物を詰め込んだ旅行鞄を引きながらホグワーツ特急に乗り込む。
 友人達と別れを惜しんで歩みが遅い生徒達の中をシドは悠々と歩いていく。
 明らかに彼に声をかけたそうにしている女生徒は沢山いたが、シドは気にもとめずに歩を進めて、空いているコンパートメントを見つけ出した。
 「ここ空いてるよ、セブルス」
 「ああ」
 リリーに一緒のコンパートメントに乗らないかと誘ったが、例の愛好会の女の子達と話しをすると断れた。
 『女の子には女の子達の時間があるんだよ』とシドが慰めてくれたが、あの趣味に負けたのかと思うと落ち込まずにはいられなかった。
 この一年でリリーが妙な趣味から目が覚めてくれなかったのが残念だった。
 楽しそうにしているリリーを見ると自分も嬉しくなるが、その内容があれでは素直に見守ることもできない。
 コンパートメントの扉を閉めるとシドが杖を取り出し呪文を唱えた。
 聞き覚えのあるそれは防音と扉を開かなくする魔法だった。
 「休暇中の魔法の使用は禁止されてるぞ」
 「今日はまだ夏休みじゃないから問題ないよ。いつにまして視線が鬱陶しくて不愉快だ」
 学期末試験の結果が出てから、女生徒達のシドを見る熱の籠もった眼差しは今まで以上に多くなった。
 シドは全教科平均122点という前代未聞の馬鹿げた点数を叩き出したのだ。
 百点満点の試験で平均で122点。
 魔法薬学や闇の魔術の防衛術などの得意科目に至っては、どうやったらこんな点数がとれるのかと、思わずシドの襟首を掴みあげてしまうような点数だった。
 当然ながら二位と大差をつけての学年トップ。
 次席のシリウス・ブラックが呆然と張り出された成績表を見ていたのをよく覚えている。ブラックに限らず、最初その成績表を見た者は皆絶句していた。
 セブルスはリリーと同点で3位だった。
 『さすが幼馴染み。仲が良いね』とシドにからかわれたが、衝撃の点数を前に自分の順位など気にしていられなかった。
 それはリリーも同じで、とんでもない数字にセブルスと同じくシドの襟首を両手で掴んで迫っていた。
 『リリーとセブルスって間違いなく幼馴染みだよね』と困ったように苦笑していた。
 頭が良いとは思っていたが正直ここまでとは思わなかった。
 あまりに大差をつけられると妬む気も起きず、むしろシドをいつか追い越してみせると新たな目標が自分の中で芽生えた。
 他に誰も入ってこないコンパートメントの中で、シドは紅茶セットとお菓子を魔法で出した。ふわりと良い香りのする紅茶が満たされたカップを受け取る。
 シドが淹れる紅茶はいつ飲んでも美味しく、小さな幸せを心にもたらす。
 「おいしい」
 「そう。良かった」
 お菓子はシドがしもべ妖精に帰りの汽車で食べて下さいと渡された大鍋ケーキだった。
 厨房によく出入りするシドはしもべ妖精達にとても好かれているのだ。
 紅茶を飲み育ち盛りな胃にケーキを収め、本を読んだり話しをしているうちに、時間はあっと言う間に過ぎた。
 車窓からマグルの町並みが絶えず見えるようになってきて、制服から私服に着替える。
 「そういえばリリーはシドの家に誘っているのか?」
 「誘うのが遅かったみたいだ。夏休みの後半は愛好会の友人達の家に………強化合宿に行く予定が入っていたよ」
 「………そうか」
 がっくりとセブルスは肩を落とす。
  一体なにを強化しに行くのか。切実に誰かにリリーを止めてもらいたかった。
 ちらりとシドに視線をやれば、諭すように肩を叩かれた。
 「リリーのすべてを受け入れられる器の大きな男になることがセブルスの目標だね」
 言葉だけ取れば努力のしがいのある目標だが、あの趣味を受け入れるために器の大きな男を目指すのは前途多難の気がした。どうもやる気が起きない。
 汽車は無事にキングズ・クロス駅についた。
 セブルスもシドも混雑が嫌いな為にある程度生徒達で降りてからコンパートメントを出た。
 プラットフォームに出ると生徒達とその父兄で賑わっていた。
 母親が迎えに来る予定だが、周囲を見回してもまだ姿はなかった。
 「迎えが見つからない?」
 「遅れているようだ。シドは?」
 「こう人が多いとね」
 シドは誰が迎えにくるかわからない状況にある。家族が『駅についてからのお楽しみ』と手紙を送って来たのだ。
 『もし姉様だったらセブルスはすぐに僕から離れて。セブルス可愛い系だから姉様の視界に入ったら拉致監禁される』と手紙を受け取った当初、シドはひどく焦って物騒な発言をした。
 現在、シドが緊張感に満ちた表情で周囲を見回しているのは姉を警戒しているからのようだ。
 一体どんな姉だと疑問がつきないが、シドの様子を見ている限り、世の中知らないほうが幸せなこともあると自然に思えてくるから不思議だった。
 挙動不審なまでに周囲を見回していたシドが動きを止めた。
 不思議に思ってシドの視線の先を追えば、背の高い青年が立っていた。
 金の髪がキラキラと光りに輝いていた。
 ダンブルドアとは違う色合いの濃い空色の瞳が黒縁の眼鏡の奥に見え、柔和な印象を与える穏やかな笑みを浮かべた青年の整った顔立ちは見覚えがある気がした。
 「やあ、シド。久しぶり」
 「兄様」
 青年は両腕でシドを抱きしめた。
 不意に周囲の女生徒達が悲鳴をあげ、何事かと周囲を見回したが、いつも通りにシドが注目されているだけで、悲鳴があがるような事態はどこにも起きていなかった。
 「背が伸びたね」
 「成長期なので」
 「いっそうお祖母様に似てきたね」
 「兄様は母上そっくりですよ。母上の方が凛々しいですが」
 「相変わらずだね。シドらしくて安心する」
 青年はシドの黒髪をわしゃわしゃと撫でた。大人びているはずのシドが、兄であろう人物の前では年齢相応の子供に見えて少し妙な感じがした。
 「ところで噂のシドの初めての友人を紹介してくれないのかい?」
 隠そうともしない好奇心丸出しの視線が向けられて、思わず後ずさった。
 「兄様」と兄を窘めたあと、シドは二人の紹介をはじめた。
 「彼はセブルス・スネイプ。スリザリン寮生で僕と同室です。セブルス、僕の兄のブライアン・セルウィン。奇人変人のセルウィンの人間だけど、怒らせなければ無害だから」
 「ブライアン・セルウィンだ。よろしく」
 「セブルス・スネイプです」
 柔和な印象と色白で痩せた外見に反してシドの兄の手はごつごつとしてマメが沢山あった。
 「君はセルウィンの家では有名だよ。身内以外に興味のないシドが初めて友人と認めた人物だ。みんな君に会いたがっている。家族で一番最初に君に会えて嬉しいよ」
 「はあ」
 正直、なんと応えて良いかわからなかった。
 「迎えに来たのが私で正解だったね。彼はハーティが泣いて喜びそうなタイプだ」
 「兄様が来てくれて本当に良かったです」
 見目麗しい兄弟は示し合わせたように深くため息をついた。
 「シド?」
 「セブルスの人生に最大のトラウマを残すような最悪の事態は免れたってこと」
 「意味がわからないぞ」
 さらりととんでもない発言をする。姉が迎えにきた場合一体なにが起きたのだろうか。
 「わからない方が君の為だよ。スネイプ君」
 大人に「君は知らない方がいいんだ」と必死に諭すように言われれば、それ以上の追求はできなかった。
 シドの姉でありブライアンの妹への謎だけが深まっていった。
 「休暇の後半は家に遊びに来るんだよね?」
 「お邪魔する予定です」
 「心から歓迎するよ」
 嘘偽りのない言葉と笑顔はただただ眩しかった。
 「ありがとうございます」
 「ところでスネイプ君の迎えはまだ来ていないのかい?」
 「遅れてるみたいです」
 シド達は母親が迎えにくるまで一緒に待ってくれようとしていたが、そんな迷惑をかけるわけにもいかないので丁重に断った。
 「手紙送るよ」と手を振ってシドは帰って行った。
 少しずつ人が減っていくプラットホームを見回す。母らしい人物は見当たらない。
 交通機関が遅れているのか。
 手紙を出してあるので、まさか忘れているわけではないだろう。だた、あの父親に迎えに行くなと殴られて家に閉じ込められている可能性は否定できなかった。
 家の住所はわかってる。マグルのお金も少しだが持っている。
 母親が来ないようなら自力で帰ることも可能だ。
 本音を言えば、あの父親がいる家になど帰りたくないが、他に行くところがないから仕方なかった。
 自分はまだ子供で一人で生きていける術はない。無力な自分が腹立たしくて情けなく、早く大人になりたくてたまらなかった。
 「………もう少しまってみるか」
 歩く人の邪魔にならないように柱の側に移動する。
 「セブ?」
 不意に躊躇いがちな聞き覚えのある声がかけられた。
 声の方を見てセブルスは大きく目を見開いた。よく知っているはずなのに、まるで別人のような姿の母が立っていた。
 「お母さん?」
 「やっぱりセブなのね!」
 涙目になった母が抱きついてきた。
 ふんわりと優しい石鹸の香りがして思考が停止する。
 「よく顔を見せてちょうだい。まあ、なんて可愛らしくなったのかしら。ホグワーツの食べ物が良かったのね。こんなに顔色も良くなって」
 いつも父の暴力に怯え、情緒不安定で陰気に沈んだ表情をしていた母が溌剌とした笑顔を称えていた。
 青白かった肌は健康的な色になり、疲労からくる目の下にあった濃い隈は跡形もなく消えている。
 貧しい生活環境の中で身なりに気を使っている余裕もなく、母はいつも薄汚れた古着を着ていたのに、今は清潔な洋服を着て石鹸の香りを纏っていた。
 あまりの母親の変化に呆然と母を見る。
 「セブに話したいことが沢山あるわ。謝りたいことも沢山あるの。でも話しは長くなるから家に着いてからにしましょう」
 母は荷物を持ってくれて、逆の手でセブルスと手を繋いだ。
 「お帰りなさい。セブ」
 優しく告げられた声はまぎれもなく母のもので、信じ難い劇的な変化に思考がついていかないものの、繋いだ手の温もりはじんわりと温かくて心地良かった。
 「ただいま。お母さん」













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