はじめての進級試験

 

 魔法薬学の一件からグリフィンドールの四人組が騒々しい悪戯をしなくなった。
 ジェームズがきのこが生えそうなほどじっとりと落ち込んでおり、他の三人はジェームズを励ますのに忙しいと風の噂で耳にした。
 ジェームズは両親に怒られたことに落胆していて、命を危ぶむほどの危険を周囲にかけた件に関してはまったく反省しておらず、
リリーが怒り狂ってシドやセブルスに報告してきた。リリーの怒りの形相に涙目になっていたセブルスが可哀想だった。
 殺人未遂者扱いに落ち込まずに両親の叱責に落ち込むジェームズ・ポッターはよほど両親に甘やかされて生きてきたのだと推測できた。
 進級のための試験が近づいているので寮が静かになって良かったと、リリー達に笑顔で礼を言われた。
 リリーの笑顔が眩しければ眩しいだけ、ジェームズがどれほど嫌われているのが否応なくわかる。
 反省を知らないストーカーは嫌われてもまったく気にしてなさそうなのが問題だが。
 悪戯仕掛人達もきのこを生やしたジェームズに加えて進級試験の問題もあり、はじめての進級試験を前に彼らも真面目に勉強に取り組みはじめたため、試験が終わるまでは確実に静かだとみんなが一様に安心している状態だ。
 とくにグリフィンドール生の喜びの声が大きく、どれだけ騒がしかったのか考えると心の底からグリフィンドールに行かなくて良かったとシドは思った。
 試験の為に今まで以上に図書館に通った。
 山のように出る課題やレポートを片付けながら、試験のための復習もする。
 シド本人はあまり成績に興味はなかった。
 魔法薬学馬鹿としてはプライドをかけて魔法薬学だけは良い成績を取りたいと考えていたが、他の教科はどうでも良かった。
 しかし、一緒に勉強しているセブルスが進級試験に燃えていた。そしてリリーも試験に気合いを入れていて、好きな女の子には絶対に負けたくない男のプライドのせいで、さらにセブルスの勉強にも熱が入った。
 そんな二人と勉強していたシドはつられるように真面目に全教科の試験勉強をした。
 勉強漬けの日々で生徒達がピリピリしていくなか、更にストレスの苦痛を与えるかのように試験当日はうだるように暑い日だった。
 筆記試験の大教室は人口密度が高い為に暑苦しいほどだ。
 シドはちらりと隣の席のセブルスを見る。
 暑さの原因の一つはセブルスなんじゃないかと思うほど、現在のセブルスは試験に向けて燃え盛っている。
 遠くの席でリリーがセブルスと同じように燃えて教科書を読んでいるのが見えた。
 さすが幼馴染み。勉学に対する情熱がそっくりだった。
 前世で小中学高校を卒業して、大学まで行っていた記憶があると、今さら試験にそこまでの情熱は持てないが、セブルスやリリーに対して兄のような気持ちでいると、彼らより成績が悪いのは情けないので、それなりな成績を取ろうと頑張ることにした。
 カンニング防止の魔法がかけられた特別な羽根ペンで問題を解いていく。
 教科書を読むなり授業を聞いていればわかるような問題ばかりだったので拍子抜けした。
 実技試験の最初は「妖精の魔法」だった。
 パイナップルを机の端から端までタップダンスさせて一体どんな意味があるのか謎だが、とりあえずパイナップルにタップダンスを踊らせた。
 変身術の実技はねずみを「嗅ぎたばこ入れ」に変えることだった。ねずみを女性が好きそうな繊細な紋様が施してある優美な箱に変えた。
 ヒゲもシッポもなく、美しい紋様の嗅ぎたばこ入れをマクゴナガルは絶賛した。
 魔法薬学の実技は一番楽しみにしていたが、簡単な「忘れ薬」の調合だったので落胆した。
 一年の試験だから仕方ないが、シドにとっては基礎に近い。基礎こそ大切だとは思うが、簡単すぎてすぐに調合が終わってしまい残りの時間が退屈だった。
 他の教科の試験も順調に終わらせていき、最後は魔法史で試験は終わった。
 試験終了を教授が告げると同時に生徒達が歓声をあげた。
 「これで自由だ」と歓喜の声を上げている少年少女達を見て「若い子は元気だな」と年寄り臭いことを考えてしまった自分にシドは少しだけ落ち込んだ。
 「試験の出来が悪かったのか?」
 そんなシドにセブルスが心配げに声をかけてきた。
 「違うよ。ちょっと思うところがあってね。セブルスは魔法史はどうだった?」
 「思っていたより簡単だったな」
 「確かに」
 「昼食の後に全教科の答え合わせをリリー達と約束してる。シドも行くだろう」
 「行って良いの?」
 セブルスの恋路の応援はしても邪魔をする気はない。思わず問えば、「僕はリリー達と言ったぞ。メアリーやエディトもいる」とうっすらと頬を赤く染めた顔で睨まれた。
 「ああ、なら参加するよ」
 セブルスもリリーも真面目だ。答え合わせが終わるまで、試験が終わったと自由を満喫する気はないようだ。
答え合わせではみんな進級に問題ない点数がとれていて安心した。あとは実技の結果次第だ。
 ずっと勉強で室内に籠もっていたので、気分転換に湖に出かけた。
 セブルスを誘ってみたが、彼は連日の勉強疲れが試験の答え合わせが終わるなり一気に襲ってきたようで、「夕食まで休む」と言ってふらふらになりながら寮に戻って行った。
 うだるような暑さの中で湖面から吹いてくる風が涼しく気持ちが良い。湖の木陰では涼を求めてやってきた生徒達が試験疲れでぐったりと横になっていた。
 勉強で凝り固まった体をほぐすように大きく伸びをする。
 「やっと魔法薬の調合ができる」
 試験期間は部屋での調合はやめていた。調合に夢中になって試験勉強を忘れるし、セブルスから調合が気になって勉強に集中できないとクレームも来たので断念した。
 ふと湖の上空の箒に乗って飛んでいる生徒達が視界に入った。
 上昇下降を繰り返して遊んで歓声をあげている少年が二人。ふわふわと飛んでいる少年が一人。ふらふらと湖面すれすれを危なげに飛んでいる少年が一人。
 試験が終わって開放感いっぱいになり箒に飛び乗ったのだろうグリフィンドールの例の四人組の姿にシドはため息をつく。
 気分転換に湖に来たのに、うるさい子供の叫び声など聞きたくなかった。
 落ち込んでいると噂だったジェームズも復活したようだ。落ち込んだままの方がリリーが喜んだのにとても残念な結果になったと再びため息が出た。
 リリーの平穏で楽しい学生生活にストーカーは不要だ。原作通りでいけば、のちのちセブルスにいじめをするであろう人物。
 シドにとってジェームズ・ポッターという原作の人物は可愛いリリーとセブルスの未来を害する者に他ならない。
 そのうち事故に見せかけて消そうかと考えたが、偉大と言われてるくせに何故か自分に対して妙な疑いを持っている痴呆気味な鬱陶しい校長の存在を思い出して舌打ちする。
 今の段階ではジェームズはストーカーであり考えの足りない粋がった馬鹿なお子様にしか過ぎない。結論を出すにはまだ早すぎる気もする。
 「成長過程で性格がまともに変われば問題ないが」
 すべてを自分の都合良くにしか解釈しないストーカーには無理な注文だろう。
 友人達にジェームズの軌道修正を期待するのも時間の無駄にしかならない。
 同じレベルの馬鹿なお子様と影の薄い残りの二人。ストーカーが服を着て歩いているジェームズを止めるには役不足だ。
 ふと視界の先にいる四人組のうち、二人がこちらに向かって飛んでくるのが見えた。
 近づいて来る二人の顔はニヤニヤと笑っており、一年生にしては上出来なスピードでシドの左右をすれすれで通過して行く。
 二人の馬鹿にしたような歓声とは逆にシドは冷めた目で再びこちらに飛んで来る二人を見た。
 煽るように両肩を通過しようとした二人の箒を掴む。
 「止まれ」
 箒はシドの命令に従いピタリと動きを止めたが、乗っていた二人は勢いのまま前方に放り出されて草の上を派手に転がった。
 飛行訓練で魔力を暴走させ、制御不能で飛び回る甥姪を救出の為に追うのに比べたら、この二人の飛行速度など欠伸が出るほどに遅い。
 「なにしやがる!」
 草の上で勢い良く起き上がったシリウスが怒鳴りつけてきた。
 「それは僕の台詞だ。湖に涼みにきた人間にずいぶんと乱暴なまねをする」
 「ヒマそうな奴がいたから遊んでやろうと思っただけだ」
 どこのチンピラだと喉まで迫り上がってきた言葉を飲み込む。口に出してしまったなら、この少年は更にうるさく怒鳴りつけてくるのだろう。
 セブルスほどじゃないが、連日の勉強のせいで多少疲れているので、耳障りな大声を出す不愉快な相手を苛立ちのあまり実力行使で黙らせてしまいそうになる。
 「あいにく君達のように暇じゃない。それよりあの眼鏡を放っておいていいのか?」
 シドが視線を向けた先にはジェームズが草の上に仰向けに転がっている。着地の時に打ち所が悪かったのか気を失っていた。
 「ジェームズ!」
 シリウスが慌てて駆け寄っていく。湖上にいた残りの悪戯仕掛人達もこちらに飛んで来るのが見えた。
 よほど焦ったのか、湖面すれすれをふらふらと飛んでいた少年は箒の制御を失い湖に投げ出された。
 少年は泳げないらしく溺れていた。もうひとりの少年が慌てて近づくが、どう助けたら良いのかわからず箒に乗ったままおろおろしているだけだった。
 シリウスはシリウスで、ジェームズの気絶にパニックを起こしぎゃあぎゃあと何か叫んでいる。
 この年齢の子供に緊急事態の対処を冷静にしろとは言わないが、大声で騒げばどうにかなるというものでもない。
 それでもシリウスの叫び声に何事かと生徒達が集まってきた。
 上級生の姿もあったので、シリウスよりはまともに対処してくれるだろうと、シドは踵を返した。
 歩きながら湖で溺れている少年を見る。
 箒に乗っていた姿は背の低い小太りな少年だった。特徴的におそらくあれが裏切り者となるネズミ男だ。
 上級生が魔法で溺れている少年を助け出すのを横目にシドは騒々しい湖に完全に背を向けて寮に向かって歩き出す。
 「セブルスと一緒に部屋に戻れば良かった」
 騒々しい子供の叫び声は耳障りで仕方なかった。






 その日の夕食後、大広間を出ようとしたところでリリー達に会い、現在ホグワーツ中に広がりつつある噂を教えてくれた。
 あの後、シリウスはジェームズの気絶や友人が湖に落ちたことすべてをシドが魔法を使ってやったと校医に主張した。
 しかし、その主張のすべてを彼らを医務室に運んだ上級生達に咎められた。
 あの湖には涼みに来た生徒達が多かった。目撃者は沢山いたのだ。
 シドは杖を出していなかったので魔法は使っていない。最初にちょっかいを出したのは明らかにジェームズ達だ。
 溺れた少年に至っては勝手に箒から落ちて溺れたのだ。誰がどう見てもシドは無関係だと皆が口々に証言した。
 その上で倉庫から許可なく勝手に箒を持ち出して飛んでいた事実も判明し、彼らは寮監から減点を食らった上で罰則を言い渡された。
 シリウス達を諌めた上級生の中にグリフィンドールの最上級生の生徒がおり、メアリーが教えてくれた彼の言葉は痛烈だった。
 『相手がスリザリン生だからと事実無根の嘘をでっちあげるのは卑劣な行為だ。君はグリフィンドール向きじゃないな。
組分け帽子はなぜ君をグリフィンドールにしたのか不思議でならない。人を陥れようとするいまの君こそスリザリンに相応しいだろう』
 「正論ね」とメアリーが何度も頷いていた。
 その最上級生は絵に描いたようなグリフィンドール生で、勇猛果敢で直情的。曲がったことは大嫌い。他人を陥れるなど言語道断な人物として有名らしい。
 話しを聞いてシドは父親を思い出していた。
 彼もまた絵に描いたようなグリフィンドール生の性格をしているのだ。その最上級生とはさぞ話しが合うだろう。
 己の言動がスリザリンに相応しいと断言され、シリウスは夕食も食べれないほど落ち込んでいる状態にあるようだ。
 「自業自得だ」
 嫌悪感を丸出しのセブルスの言葉にシドは頷いた。
 馬鹿なお子様につける薬を魔法薬で作ることができないかと呑気に考えながら。







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