ストーカー撃退方法



 ホグワーツの教授達はレポート課題を出すのが大好きだ。
 レポート課題を抱えていない日はないと言っても過言ではないほど毎日課題が出ている。
 生徒達はレポートを書くための参考書を求めて必然的に図書館に集まることになる。
 夕食後にシドはセブルスと一緒に図書館に向かった。
 変身術と魔法薬学のレポートを書くためだ。
 魔法薬学は問題ない。変身術は実技は難なくこなせるが、理論が小難しいレポートの作成が面倒だった。
 夕食の後の時間のせいか、図書館は比較的空いていた。
 「先に面倒な変身術を片付けようか。魔法薬学のレポートはじっくり書きたいし」
 「シドは好きな物は最後までとっておくタイプか」
 「それもあるけど、先に魔法薬学をやると参考の本を読み耽って変身術のレポートを忘れそうだから」
 「ありえるな」
 魔法薬学と変身術。どちらに重きを置くかと問われれば間違いなく魔法薬学を選ぶ。
 それはセブルスも同じで、彼も変身術のレポートを先に終わらせると決めたようだ。
 二人とも人が多く騒がしいのが嫌いなために、人の少ない図書館の奥へと進んでいくのだが、途中で見覚えのある綺麗な赤毛を見つけた。
 リリーはグリフィンドールカラーが集まっている席で同室の子達と勉強をしていた。
 すぐにセブルスもリリーに気がついたようだが、眼鏡をかけたストーカーが一緒の席にいるのに気がついて忌々しそうに舌打ちした。
 「よく見て」
 こっそりとセブルスに耳打ちする。
 ストーカーは一生懸命に話しかけているが完全に無視されていた。
 リリーは本を見ながらレポートを書いておりジェームズを一瞥もしていない。
 「正しい対応だ。ストーカーは相手にしないのが一番だからね」
 そんなストーカーを面白がるように笑いながら見ているのが、沸点の低い短気なシリウス。
 他にも二人男子生徒がいるようだが、彼らは真剣にレポートを書いており顔は見えなかった。
 一番最初にシリウスがこちらに気づき、いつものように睨み付けてきたが気にせずに無視する。
 「あなた達もレポート?」
 突然様子が変わったシリウスの視線の先を追ったメアリーが声をかけてきた。
 その声に反応してその机のグリフィンドール生達がこちらを見る。
 「変身術と魔法薬学をね」
 リリーの同室の子達とは良好な関係を築いている。
 「わたし達は妖精の魔法と同じく魔法薬学よ」
 「課題ばかりで嫌になるわ」
 リリーがレポートの教科を述べ、うんざりしたようにエディトがため息をついた。
 「お互い大変だな」
 「あら、あなた達は魔法薬学は大変だなんて思っていないはずよ。二人ともいつも薬の出来が良くて教授に褒められてるじゃない」
 彼女達とはシドよりもセブルスの方が交流が多く、彼女達と普通に会話をする。
  リリーの友人だからセブルスも邪険にはできない上に、彼女達はひどくセブルスに対して好意的なのだ。
 笑顔で話しかけてくる相手に向かって悪態をつけるほど、現在のセブルスの性格はひねくれていない。
 課題を愚痴り合う姿は学生らしくて微笑ましい。だが、それがグリフィンドールとスリザリンなのだから、周囲から見れば異常な出来事だった。
 「ちょ、ちょっと、君達なに普通に話してんの! スニベルス達はスリザリンだよ!」
 「うるさいわ。ポッター。図書館では静かにして」
 騒ぎ立てるジェームズをメアリーがピシャリと一刀両断する。
 「ねえ、セブ、シド。この項目がどうしてもよくわからないの。二人はわかる?」
 ジェームズの叫びを無視したリリーが魔法薬学の教科書を見せてきて、シドとセブルスはその箇所に目をやる。
 「わかんないところがあるなら僕に聞いてよ! リリーのためならどんな難題でも解いてあげるよ!」
 楽しげに述べてリリーから強引に教科書を取り上げる。リリーは心底嫌そうな顔でジェームズを見ていた。
 「見ていて痛々しいぐらいに空回ってるの」
 「テンションが高くて図書館だとうるさいし」
 メアリーとエディトが声をひそめて辛辣な発言をした。
 確かに空回っているし、必死すぎる様が痛々しい。必死なせいか声も大きくて図書館ではうるさく、他の生徒に迷惑だった。
 「やめろ。ポッター。リリーが嫌がってる」
 「はあ? なに言ってるの。僕はリリーに勉強を教えてあげて」
 「セブ、わたしの前には誰もいないわ」
 ジェームズの声を遮ってリリーがきっぱりと笑顔で述べた。
 笑っていない翡翠色の瞳と緩やかに弧が描かれた口元の笑みのギャップが凄まじい。
 おそらくリリーは完全に怒っているのだろう。
 青ざめた顔をしたセブルスが一歩後ずさり、状況を理解したシリウスもさすがにまずいと思ったらしく、「そろそろやめておけ」とジェームズを諌めた。
 それでも空気の読めないストーカーは一切気にせずにリリーにしつこく話しかける。
 リリーは分厚い参考書を手に取ると、容赦なくその本でストーカーの顔を殴りつけた。
 カエルが潰れたような声を上げてジェームズは本棚に突っ込んでいく。
 リリーの見事な攻撃に感心しながら、その一方でせっかくの本が傷んだら問題だなと呑気なことをシドは考えた。
 「いやだわ。暖かくなってきたからハエが出てきたみたいよ」
 にっこり笑うリリーにセブルスは壊れたおもちゃのように首を縦に振る。
 シリウスや他の二人の男子生徒も青ざめて倒れている友人を呆然と見ていた。
 「リリーは過激さんね」
 「相手は変態だから仕方ないわよ。リリー、手にケガとかしていない? 以前に変質者を殴ってひねったでしょ?」
 目の前で気絶しているジェームズを無視して、メアリーはリリーの心配をする。
 その言葉に弾かれるようにセブルスがリリーに駆け寄り「大丈夫か?」と訊いていた。
 図書館司書が「また貴方達ですか!」と怒ってきたが、気絶しているジェームズを見て絶句した。
 リリーがなにか言う前にメアリーが司書の前に進み出た
 「変態がしつこくつきまとってきたので撃退したんです。彼の迷惑行為は先ほどから何度も注意しているマダムも知っていると思います」
 その一言で司書は納得したのだから、シド達が来るずっと前から図書館で騒がしくしてたと容易に推測できた。
 司書が気絶しているジェームズを医務室へと運んで行った。
 付き添おうとした友人達は「あなた達が来ると医務室がうるさくなります。レポートを書きなさい」と一蹴された。
 「ポッターも黙っていれば顔だけは良いんだからリリーの妄想対象になるのに」
 ジェームズは妄想対象になるのを望んでいないと思う。心の中でそう突っ込みつつも、エディトの発言は聞かなかったことにする。
 「必死すぎる男の子はみっともないって、面白がっていないで友人に教えてあげたら?」
 いまだ呆然と立ちすくんでいるシリウスに冷たくメアリーは言う。
 どうやら彼女は他の女生徒達のようにシリウス・ブラックの外見や家柄で騒ぐタイプではないらしい。
 「ジェームズの行動を誰が止められんだよ」
 「そこを止めるのが友人でしょ。リリーに殴られて愛のムチだなんて喜ぶ変態をリリーに近づけないでちょうだい。見ていて気持ち悪いのよ」
 心から嫌なのだろうメアリーの発言にシリウスも同意なのかがっくりと肩を落とす。
 「いや、そりゃあそうだろうけどよ」
 あれでも普段は普通で面白い奴なんだぜとフォローをしているが、リリーを含めた女子三人は信じていなかった。
 変態な姿しか見ていないのだから無理もない。
 「リリー、わからないと言っていた箇所を詳しく説明している本を見たことがある。一緒に探そう」
 必死になってセブルスが張り付いた笑顔のままのリリーに話しかけている。
 若干腰が引けているように見えるのは目の錯覚だろう。
 「本当? 助かるわ。教えて!」
 途端にリリーが嬉しそうに微笑んだので、周囲の人間が安堵の息を漏らした。
 シリウスでさえホッとした表情を見せたのだから、よほどキレたリリーが怖かったらしい。
 「荷物預かるよ、セブルス。いつもの奥の席にいるから」
 「ああ、頼む。行こう、リリー」
 いつもとは違う意味で必死なせいか、セブルスはリリーの手を握って案内しはじめた自分に気づいていないようだ。
 気づいたら焦って真っ赤になるんだろうなと想像すると少しだけ微笑ましい気分になる。
 「ああいう気の利いた優しさがポッターにあれば良いと思う。殴られてハアハア言う相手って普通は気持ち悪いよね?」
 「頼むから俺に聞かないでくれ、ボーモント」
 真っ正面からエディトに不思議そうに問われてシリウスが泣き出しそうな顔をした。
 女生徒二人のシリウス弄りをしばらく鑑賞したのち、シドは二人に声をかけてその場を離れた。
 去り際にシリウスに睨まれたが無視をする。沸点の低いすぐ怒鳴りつけてくる子供と関わり合いになりたいとは思わない。
 いつも座っている席は空いていた。
 荷物を置き、レポートを書くための参考書を探しに本棚へと行く。
 変身術の参考書を片手に席に戻ると、顔を赤くして自分の手をジッと見つめているセブルスがいた。
 緩んでいる口元が彼の幸福度を表しているようだった。
 「おかえり、セブルス」
 「ああ」
 「リリーの手は柔らかかった?」
 ついからかってしまうと今まで以上にセブルスの顔が赤く染まる。
 なにか文句を言いたいらしいが、羞恥心が勝っているセブルスは言葉が出てこず、赤い顔のままにらみつけてきた。
 参考の本を見ながら変身術のレポートを書き上げ、使っていた本をセブルスに渡す。
 「この本は使えるよ。お勧め」
 先ほどからセブルスの羽根ペンが進んでいなかった。
 何度も席を立って参考の本を探しているので、席を立った時にレポートを見せてもらい、セブルスが悩んでいる部分を理解した。
 自力で解こうとするセブルスの向上心は認めるが、ある程度悩んだら頼って欲しいと、彼を弟のように思っている兄心がそわそわとざわめいた。
 わからないところをシドが教えても良いのだが、それではきっと自力で理解しようとしているセブルスのプライドを傷つける。
 だから「教えたい!」と己の内部でうるさく騒ぐ兄心を抑えつけて、シドは参考になる本を差し出した。
 「シドが参考に使っていたなら調べる価値のある本だな。ありがとう」
 「どういたしまして」
 さっそく本を調べはじめたセブルスはやがてページを捲る指を止め、食い入るようにとあるページを読み始めた。
 存在を忘れられていた羽根ペンがやっと出番を得て、羊皮紙に文字を綴っていく。
 シドも魔法薬学のとある薬草の効能についてのレポートを書き出す。
 基本中の基本、一年生が書くに相応しい題材はシドには簡単すぎて参考の資料を探しに行く気にもならなかった。
 この手の勉強は魔法薬学に興味を持ったかなり幼い頃に終わってしまっている。
 それでも自分が学んだ古い本には書いていない新しい記述が最新の本にあるかも知れないので、一通り書いた後に参考書を求めて席を立つ。
 「変化なしか」
 目当ての最新版の薬草図鑑は兄や姉の時代と変わらない内容が載っており、レポートに追加して書く項目はなかった。
 立ち読みしていた分厚い図鑑を本棚に戻し、なにかおもしろそうな本はないかと本棚にずらりと並ぶ本の背表紙を眺めながらゆっくりと移動していく。
 ふと気になる本を手に取り中身を流し読みして、その本を片手に席に戻った。
 セブルスは変身術のレポートが終わり、魔法薬学のレポートのための参考書を探しに席を立っているようだ。
 羊皮紙を丸めて片付け、じっくりと本を読む。
 「レポートは終わったのか?」
 参考の本を持って戻ってきたセブルスはシドが読んでいる本を見て呆れたように言った。
 「終わったよ。ところで、このチョコレートブラウニーおいしそうだと思わない?」
 「アネットのお菓子本」と題名のついた菓子作り本には美味しそうなクルミの入ったチョコレートブラウニーの写真が載っていた。
 掲載された写真の中でふっくらとした女性が作り方を何度も再現している。
 女性が得意げにブラウニーの乗った皿を見せてくる写真を見て、興味を惹かれたセブルスが「確かにおいしそうだ」と頷いた。
 「作るのか?」
 「リリーが変態のせいで疲れているみたいだからお茶に誘おうかと思って」
 ジェームズを殴るのに一瞬の躊躇いも見せなかった。よほどストーカー行為にストレスが溜まっていたに違いない。
 こういう時はリラックスできるおいしいお茶と甘いお菓子に限る。
 「だから一緒に作らない?」
 リリーの誕生日の為にお菓子作りを教えてから、セブルスは料理に目覚めつつある。
 魔法薬学と同じく、苦労して作って出来上がった達成感がたまらなく嬉しいらしい。
 しかもお菓子作りは終わった後に美味しく食べることが出来るし、そのお菓子を理由にリリーをお茶に誘うこともできる。
 セブルスにすればお菓子作りは楽しいこと尽くめなのだ。シドが誘えばセブルスはすぐに頷いた。
 セブルスがレポートを終わらせるまで、女の子向けの可愛らしい表紙のお菓子作りの本を読むシドは周囲の生徒に怪訝な目で見られたが、シドはまったく気にしなかった。









1/1ページ
スキ