子供に興味はないから




 ダイアゴン横丁は買い物をする人々で賑わっていた。
 ざわつく人混みの中、ちらちらと道行く人々の視線を独占するのは、シドの隣を歩いている男装姿のクローディアだ。
 背が高くローブ越しにも長い脚がはっきりとわかる。キリリと貴公子然に整った顔立ちは少女から老婆まで骨抜きしていた。
 男装の麗人はそんな周囲の視線を気にせず、あきれた顔で自分を見上げる息子を見た。
 「どうした? 人の顔を見てため息を吐くとは失礼な奴だ」
 「なんでもないです。いつものことですから」
 「ああ、そういうことか。気にするな。いつものことだ。私の顔はよほど鑑賞価値があるらしい。私としてはカルロだけが見ていれば問題ないのだが」
 「子供相手に惚気ないで下さい」
 父親の名を出してにやりと笑う母親にシドは半眼になる。
 「私は鍋と教科書を買って来よう。その間にマダム・マルキンの店に行ってなさい。場所はわかるね? 買い物が終わったら私もすぐに合流する」
 子供の頃から何度も来ているので迷子の心配はない。クローディアもシドから年頃の子供らしくキョロキョロまわりばかりを見て迷子になるような可愛げは五歳頃には消え去ってしまった事実を一抹の物足りなさと共に理解しているので、迷子の心配は一切していなかった。
 マダム・マルキンはシドが入店するなり嬉しそう駆け寄ってきた。
 「セルウィンの坊ちゃん。お久しぶりですこと。お母様はご一緒じゃないの?」
 藤色ずくめの服を着たずんぐりした魔女はポッと少女のように頬を染めた。彼女もクローディアのファンなのだ。
 「………母は後でこちらに来ます。ホグワーツの制服一式をお願いします」
 「まあ、坊ちゃん、今年入学なのね。さあ、こちらにどうぞ」
 店の奥に行くと、黒髪の男の子が踏台の上に立って、ローブの丈を合わせていた。けだるそうに立っていた少年はシドを見るなり驚いたように目を見開いた。
 「おまえ、セルウィンの」
 「マダム。あの深紅のドレスローブきれいだ。姉様に似合いそうだ。もう少し色の深いのがあったら出してくれませんか?」
 少年の驚きの声に気づかず、シドの意識は飾ってあるドレスローブへと向かっていた。
 「はい、ハーティ様のですね。サイズはおかわりないかしら?」
 マダムはにこやかに返事をし、シドも穏やかに頷く。
 「問題ないと思いますよ」
 「おい、無視すんな。セルウィンの次男!」
 怒鳴り声に驚いて踏台の少年を見る。
 黒髪の少年がこちらを睨んでいた。
 「いかにも僕はセルウィンの次男だけど、君は誰? 初対面の人間に怒鳴られる覚えはないよ」
 「初対面ってなぁ、本当、おまえいい加減にしろよ!」
 苛立ったように怒鳴られても、意味のわからないシドは不愉快になるばかりだった。
 もともと子供は好きじゃない。なにせ前世の記憶を含めると現在の精神年齢は三十歳を超えている。三十路越えなのだ。
 無邪気に振る舞うのは抵抗があり、同い年の子と一緒にいるのは色々気を使って苦痛以外なにものでもなかった。
 子供に対してそんな意識でいるシドは、結果として子供の顔や名前を覚えるのが苦手だった。
 「おまえがそのブラック家の長男坊に会うのは私が知っているかぎり三回目だ。いい加減に人の顔を覚えてやれ」
 突如背後で聞き慣れた声がした。シドはもちろん少年やマダムまで驚いているところを見ると、誰も彼女の入店には気づかなかったらしい。
 「だから気配を消さないで下さいと言ってるでしょう、母上!」
 「やはり鍛錬が足りんようだな」
 くつりとクローディアは笑う。
 「はやすぎやしませんか?」
 「あらかじめ連絡しておいたからな。一式は用意されていた。
 彼はシリウス・ブラック。ブラック家の長男だ。おまえにこうやって紹介するのも三度目になる。いい加減に覚えてやれ。ミスター・ブラック。久しぶりだ。ホグワーツ入学おめでとう」
 少年のフルネームに「ああ」と心の中でシドは納得する。
 子供を相手にするのは面倒なので紹介された端から名前と顔を排除してしまうシドだが、中には意識的に綺麗さっぱりと記憶からその存在を消し去る人物がいたりもする。原作に関係のある人物などだ。
 関わり合いになるのが面倒なのだ。
 傍観者でいられるのなら傍観者でいたい。
 闇の勢力との戦いも『名前を言ってはいけない人』とやらにも興味はない。
 ただ好きな本を読んで魔法薬学の研究をしていればこの魔法の世界に不満はなかった。
 以上の理由により、原作に関わり合いになる人物はシドの記憶から消え去り、シリウス少年は紹介される端から何度もシドに忘れられ、頭にきている様子だった。
 さすがにシドも自分が悪いとは思うが、傍観者を気取りたい以上近づきたくないし、シリウス・ブラックという人物は映画を見る限り好きではない記憶もあった。
 悪戯仕掛人の若きスネイプ少年に対する仕打ちは悪戯の域を超えている。完全なるイジメにしか見えなかったのだ。
 映画の記憶はそのまま目の前の少年を優越感に満ちた傲慢な人物に見せ、シドは彼に好意を持つことができない。
 シリウスはクローディアに話しかけられるとたじろいだ。
 威圧感のある男装の麗人を少年は苦手としているらしい。寸法が終わるなり逃げるように店を出て行ってしまった。
 「姉様に似合うドレスローブを見つけました」
 「………少しはブラックを気に掛けてやれ。気の毒になってきたぞ。あちらはそれなりにおまえに興味があるようなのに」
 出て行ったブラックを気にすることなく、にこやかな笑顔でドレスローブを持ってきたマダムへと視線をやる。
 「興味ありませんので」
 「興味なくともこれから頻繁に会うと思うぞ。あのブラックも今年ホグワーツ入学のはずだ。
 ふむ。確かに良いドレスローブだ。手触りもすばらしい。ハーティに似合いそうだな」
 「僕はローブの寸法を合わせてきます」
 「わかった。では私は私の買い物をするとしよう。マダム、男物のシャツを見せてくれ。カルロにプレゼントしたいのだ」
 こちらの両親は仲が良い。
 子供から見ても、中身三十路過ぎの精神からみても、鬱陶しいほどに愛し合っている万年新婚カップルだった。


 制服の次は杖を買いにオリバンダーの店へ行く。
 いまシドが使っている杖はセルウィン家の四代前の当主の物だ。
 偶然図書室の本棚の奥から見つけ、「シドの好きにしなさい」と父親から譲り受けた。
 気性が荒い杖だがシドの手にしっかりと馴染み、魔力の相性も良いと思っている。
 「新しい杖が必要ですか? 僕はこれで充分です」
 「私もそう思うが一応専門家の意見を聞いてみようと思ってね」
 オリバンダーは最初に杖を振った時のことを聞いてきた。
 「手に馴染んで体が温かくなりました。小さな薄紅色の花びらが沢山降ってきて、銀色の風が一陣、室内を駆け巡りました」
 「あと甘酸っぱいフルーツの香りがしたな。プラムのような」
 シドの説明にクローディアが補足した。
 オリバンダーは杖を凝視しながら店の奥に入っていき、羊皮紙の束を持ってきた。
 「これは確かにうちの商品でしょう。桃の木。不死鳥の羽根。27センチ。よくしなる。
 四代前の店主が売っておりますな。ミル・セルウィン様に。振って頂けますかな」
 オリバンダーに促されるままに杖を振れば、優しい風とともに薄紅び花びらが舞い散り、ふわりと花びらが一カ所に集まると小さな少女のような形を作り、くるくると可愛らしく回り、ふわんと花びらは大きく膨らんで視界を薄紅色に染め上げたあと、溶けるように消えてなくなった。
 「ブラボー! すばらしい。その杖は君のご先祖様が買った物じゃが、今は杖は間違いなく君を所有者に選んでおるよ。 その杖は君の物じゃ。大切にしなさい」
 笑顔のオリバンダーにそう告げられた。









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