チョコチップクッキーとへたれ犬
クリスマス休暇が終わり、再びホグワーツで勉強に没頭する日々がはじまった。
休暇中は静かに読書と研究実験に集中できる環境とは無縁だっただけに、シドはホグワーツに戻って来れたことを喜び、休暇中の読書時間を取り戻すかのように図書室に通った。
親戚の闇祓いの訓練で受けた傷も大きな裂傷以外はほぼ完治している。
毎日面倒がらずに背中や利き腕に薬を塗ってくれたセブルスにはいくら感謝しても足りないぐらいだ。
図書室で天井まである高い本棚にぎっちりと詰まった本の数々を見上げながら、今度セブルスにお礼をしなけばとセブルスが喜びそうな物を考える。
セブルスが好きなのは魔法薬学と闇の魔術だ。本を贈ろうかと一瞬考えたが、以前に一度実家が本を贈っている。
それにセブルスなら「たかが薬を塗ったぐらいでそこまでされる謂われはない」と受取を拒否しそうだ。
「なら……上級生向けの魔法薬の調合に誘う……悪くないな」
セブルスは難易度の高い魔法薬の調合に挑戦するのが好きなようだ。
シドの魔法薬の開発調合にも興味を持ってくれて、手伝ってくれることも何度かある。
調合が成功するととても嬉しそうに一緒に喜んでくれるので、調合していてシドも楽しいのだ。
必要な材料は大抵揃っているし、なければ実家から取り寄せるか、もしくは魔法薬学の教授の準備室からでも失敬すれば問題はない。
魔法薬学人生を謳歌している中で、鬱陶しい気分にさせてくれているのだから、それぐらいの見返りは要求して当然だとシドは考えていた。
シドの中で魔法薬学の教授の評価はどこまでも低かった。
「問題はなんの調合にするかだ」
魔法薬学の上級生向けの本がある棚に向かっていた。
周囲に一年生の姿はなく、レポートを書くために頭を抱えている上級生を一瞥し、分厚い本を一冊手にとって中身を見ていく。
適当に読み流したところで、ため息とともに本を棚に戻した。今の本はハズレだった。
魔法薬学の教科書もそうだが、調合方法が間違って記載されている本は案外多い。
シドが興味をそそられる魔法薬が見つからず、今日のところは断念して図書室を出た。
図書室を出ると冷たい空気に全身が包まれる。通路から見える外の景色は一面の雪に染まっていた。
「寒いな」と呟いた息が白い。寮に戻るために歩いていると、ふと視界のさきに友人達の姿を見つけた。
リリーが輝く笑顔でセブルスになにか渡している。
「Happy Birthday! セブ! これプレゼントよ」
「あ、ありがとう。リリー」
耳まで真っ赤になってセブルスはプレゼントを受け取った。
微笑ましい様子にせっかくふたりきりのところ邪魔しちゃ悪いと踵を返そうとした瞬間、リリーと目が合ってしまった。
「あら、シド。こんにちは」
さらに声を掛けられてしまっては、気づかなかった振りをして立ち去ることもできない。
僕は悪くないからと心の中でセブルスに言い訳しながら、何食わぬ顔でふたりに近づいた。
幸いにしてリリーにプレゼントを貰った感激に浸っているセブルスはふたりきりだったという事実には気がついていなかった。
「やあ、リリー。いま聞こえたけど、もしかして今日はセブルスの誕生日なの?」
「そうよ」
「教えてくれれば良かったのに。Happy Birthday!セブルス。君が生まれてきてくれて嬉しいよ」
前半はリリーに言って、後半はセブルスに告げた。
言い終わるとなぜかリリーが興奮したような悲鳴をあげ、セブルスは驚愕の表情で見てきた。
その顔がみるみるうちにリンゴのように赤く染まり、勢いよくそっぽを向かれてしまった。
なにか怒らせる発言をしたのかと不安になったが、「ありがとう」とうわずった声でセブルスが言ったので、どうやら彼を照れさせてしまったのだと理解した。
「リリーからのプレゼント開けないの?」
可愛らしくラッピングされた袋を大切そうにセブルスは持っていた。
「そうよ。開けてみて。セブが気に入ってくれると良いんだけど」
袋の中は緑色の暖かそうな手袋だった。
「セブは寒いの苦手でしょう? 指先も冷たくなるし。良かったら使ってみて」
「大切に使うよ!」
喜びのあまりセブルスは意気込んで述べた。
「喜んでもらえて嬉しいわ」
リリーも嬉しそうに微笑む。
ふたりのまわりにふわふわとした微笑ましい空気が漂っていて、見ているシドもほんわかと幸せな気持ちになれた。
話をしているふたりに「用事があるから」と告げてその場を離れ、こっそりと一時的にふたりの姿が他人に見えなくなる魔法をかけておく。
あの平和な空気をリリーのストーカーに台無しにされたくなかった。
通路の端にいるから人がぶつかってくる心配もないだろう。
図書室を出た時は寮に戻って本を読もうと思っていたが、予定がかわった。
シドは寮とは別の方向へと歩き始める。壁の絵画達が声を掛けてくるのを横目に通り過ぎていると、手前の通路から知った顔が現れた。
グリフィンドールカラーの相手はシドを見るなり立ち止まったが、シドはかまわずに進んでいく。
「おい、セルウィン」
立ち尽くすシリウス・ブラックの前を通り過ぎる時に声をかけられた。
声だけなら無視したが、同時に腕を掴まれたので仕方なくそちらを見た。
「なに、ミスター・ブラック?」
シリウスは珍しく睨み付けてこなかった。
「……ケガは平気なのかよ」
思いがけない発言に思わず真っ正面から自分の腕をつかんでいるシリウスを見た。
この時、シドはシリウスの顔の造作をはじめてまともに見た。
それまで興味のないうるさい子供としか認識していなかったため、ジェームズと一緒にいる短気な黒髪の男のイメージでしか覚えていなかったのだ。
現にシリウスの瞳の色が灰色だと今初めて知った。
顔立ちは整っていた。身長も年齢にしては高い方だ。前世の姉が泣いて喜び妄想そうな将来有望な外見をしている。
『妄想できそうな美形がいたら写真送ってね』
クリスマス休暇の際に会った姉の言葉が思い出される。妄想対象になる外見の男の子の写真を送れと命令されたのだ。
すぐにシドはシリウスの写真を送ることを心の中で決めた。
ついでにジェームズのもと考え、それならふたりが一緒にいる写真のほうが手っ取り早いと結論づける。
性格の説明を手紙で書けば、あとは好き勝手に妄想して、話を作ってくれるはずだ。
ジッと自分を見てくるシドの態度に怯んだようにシリウスは腕を放した。
「いや、すげえ血が出てたから。それになぜかおまえのケガが全部俺のせいになっていて迷惑してんだ」
「出血が派手なだけで大した傷じゃない。もう治っている。それに噂は日頃の行いの問題だろう」
「なんだと!」
「事実だ。それからいちいち怒鳴るな。大声を出さなくとも聞こえている」
露骨に嫌そうな顔をすれば、シリウスは更に表情を険しくし、苛立たしく舌打ちした。
名門の出身とは思えないほど柄が悪い仕草だ。
「話しがそれだけなら僕は失礼する」
なにか言っているシリウスを無視して歩き出す。迷惑なことに靴音が追ってきた。
しばらくの間、無言で歩き続けた。地下への階段の入口で後ろの人物に振り返る。
「どこまでついて来る気だ?」
「別について行ってなんてねえよ。俺はこっちに用事があるだけだ」
「そうか」
なにを言っても無駄のようだ。すぐ興奮して怒鳴る子供相手に口論する気も起きない。
地下への階段を下りていき、絵画に描かれている梨をくすぐった。
途端にそこに扉が現れ、シリウスが驚愕の声を上げるのが聞こえた。
扉の向こう側、厨房の中は屋敷しもべ妖精達が忙しく働いていて賑やかだった。
「なんだよここ」
「厨房」
簡潔に一言で答える。
「こんな場所あったのか。ジェームズ達にも教えないとな」
絵の梨をくすぐればいいんだなとぶつぶつと呟いているシリウスを放っておいて、こちらに近づいてくるしもべ妖精に目をやる。
「セルウィン様。お坊ちゃま。ようこそいらっしゃいましたのです」
厨房の常連であるシドはすでにしもべ妖精達に顔を覚えられている。
キイキイとした声をあげながら、しもべ妖精達はシドを歓迎した。
「キッチンを貸してほしい。あとこれから言う材料を揃えてもらいたい」
材料を言うと他のしもべ妖精達がわらわらと材料を集めはじめる。
「はい。わかりましたのです。こちらのキッチンをお使いくださいませ」
しもべ妖精のひとりがエプロンを持ってきてくれた。
人間用のそれは厨房を訪れる生徒が女生徒の為か、フリルのついた可愛らしい白いエプロンだった。背後でシリウスが盛大に笑い出した。
「……ありがとう」
しもべ妖精の気遣いは無下にできない。下手なことを言おうものなら、彼らは自傷一直線だ。
ローブを脱ぎ、制服の上着も脱いで作業をしやすい服装になり、その上からフリルのエプロンを身につける。
「さて、やるか」
材料を計って用意し、ボールにバターと砂糖を入れて混ぜる。さらに卵も割りよく混ぜる。
前世の姉は腐女子なのが玉に瑕だが、頭も良く仕事もバリバリとこなし、明るく元気な性格なためにご近所の主婦達の評判が良かった。
よく「優しい出来た姉さんで幸せね」と近所のおばさん達に言われた。
だが、彼女は絶望的に料理が下手だった。
それは前世のシドである幼い川瀬蓮が食中毒で何度も病院に搬送されるほどで、彼女の手にかかれば食材はキッチンで謎の化学変化を起こし毒物へと変貌していた。
このままでは食中毒死か餓死かの選択を悟った蓮は、己が生き延びるために近所の面倒見の良いおばさん達に頭を下げて料理を教えてもらうに至っている。
姉の料理下手は一度煮魚を作っていて異臭騒ぎを起こしたために近所にも知れ渡っており、しかも何度も食中毒で病院に運ばれる蓮の必死の頼みに切迫した危機感を察したらしく、涙ぐみながら承諾してくれた。
蓮が小学校入学前の話である。当時は自分が料理を覚えて姉に振る舞うことで、仕事に忙しい姉の負担が減るのがとても嬉しかった。
もともと料理の才能があったようで、教えれば覚えて器用に作ってしまう子供におばさん達はどんどん己の得意な料理を教え込み、
家庭料理から弁当、お菓子作りまでできるようになっていた。
己の命を守るために習得した料理の腕は、転生を経てもしっかりと覚えていた。
「なんで名門の子息が料理なんてできるんだ?」
薄力粉を振るいにかけていると、いつの間にかしもべ妖精にテーブルセットと紅茶を用意させて寛いでいるシリウスが声を掛けてきた。
「趣味」
久しぶりのお菓子作りでシドは機嫌が良かった。なのでシリウスの問いも無視しないで答えていた。
「さすが奇人変人だな」
「その奇人変人を背後から観察してるミスター・ブラックはよほど暇なのか」
振るいおわった薄力粉をベーキングパウダーと一緒に先ほどのボールに入れて混ぜる。
「ブラックって呼ぶな。俺は名字が大嫌いなんだ」
暇人と馬鹿にされた事実ではなく名字の方にシリウスは反応した。
原作で彼が実家の人間とソリが合わず、最終的に家を出ていることを思い出す。
嫌いだからと人にそれを押しつけるのはどうかと思うが、直情的かつ短気なこの少年にそれを伝えたところで怒鳴りつけてくるだけだろう。
いい具合に混ぜた生地に最後にチョコチップを入れた。
シリウスは椅子から立ち上がり、シドの背後で作業を見ている。
生地を適当な大きさにちぎり形を整えてから、あらかじめ温めたオーブンに入れる。あとは焼き上がりを待つだけだ。
「チョコチップのクッキーか?」
「そうだ」
自分の使ったキッチンを片付けようとすれば、我先にとしもべ妖精達が集まってきて、片付けをやってしまった。
シリウスが使っているテーブルセットにはもう一脚椅子がいつの間にか用意されていた。
つまり焼き上がりまでここへお座り下さいとしもべ妖精達は言っているのだ。
ご丁寧に紅茶まで運ばれてきては座るしか道はなかった。
紅茶はいつも通りに喉を潤す程度の味だった。
無性に自分で淹れた紅茶が飲みたくなり、チョコチップクッキーに合う紅茶は何がいいかと考えはじめる。
セブルスに言葉だけのお祝いじゃあ足りなかった。もっと彼を祝ってあげたい。喜ばせて笑顔を見たいと思う。
セブルスは好物のチョコチップクッキーを喜んでくれるだろうかと、可愛いくてたまらない弟の成長を見守る兄のような気分で考える。
そんな幸せな気持ちはシリウスの一言でどこかへ吹き飛んだ。
「おまえ実は女か?」
危うく紅茶を噴き出しかけて咽せた。
「僕は自分がセルウィン家の次男だと認識してる」
言外に寝言は寝ながら言えと冷ややかな声音で告げる。
突拍子なさすぎて、シリウスの正気を本気で疑った。
残念そうな思いが正直に顔に出ていたらしい、シリウスは「俺は別に狂ったわけじゃねえよ!」とテーブルを叩いて怒鳴った。
「同じ男とは思えないやたらきれいな顔してるし、こんな風に料理もできるなら女だと思うだろ」
「顔と料理だけで女扱いするとは単純すぎる」
「それにおまえは奇人変人のセルウィンで、あの男装の麗人の子供だ。性別をごまかしてたって不思議じゃないだろ」
「そう言われると妙に説得力があるな。やっぱり母上のせいか」
奇人変人のセルウィン家なら何をしていても不思議じゃない。その認識は魔法界では正しい。
クローディアの実例もあり、その上、ヴィーラの血を引く美貌の祖母に似た為に、幼い頃は男の恰好をしていても女の子と間違えられた経験が多かったのも事実だ。
だが、幼い頃ならともかく、いまの年齢で女の子に間違えられるのは不愉快だった。
「生憎と僕は胸にふくらみもないし、下は君と同じ物がついているだけだ」
変な誤解をされてはたまらないと、シリウスの腕を掴むと、その掌を自分の胸にぺたりとあてさせた。
「平らな男の胸だろう?」
さすがに紳士の端くれとして、下半身を他人に触らせる気は起きなかった。
成り行きに呆然としていたシリウスは声にならない声をあげて、シドの腕を乱暴に振り払った。
「乱暴だ。君が馬鹿な妄言を吐くから男だと証明してやったのに」
驚きと怒りのためか、シリウスの顔は真っ赤に染まっていた。
短気だ。些細なことでいちいちキレていて疲れないのかと、精神年齢三十路過ぎの思考で血の気の荒すぎる少年を生暖かい目で見た。
「僕は男だ。二度と女扱いするな」
しもべ妖精を呼んで、新しいティーセットと紅茶の葉、沸かし立てのお湯を頼む。
今まで飲んでいた紅茶はすぐに下げられた。
自分の分だけ淹れるつもりだったが、気の利きすぎるしもべ妖精達はシリウスのも片付けてしまったので、仕方なく二人分を用意する。
大人の良識として子供の目の前でひとりお茶する気にはなれないのだ。
紅茶を満たしたカップを置くと胡散臭そうな目で見られた。
「ただの紅茶だ」
目の前で淹れるところを見ていながら警戒する理由がわからなかった。
魔法薬も魔法もかけていないのは己の目で見たはずなのにと呆れてしまう。
「………うまい」
紅茶を一口飲んだシリウスが驚いたようにシドを見た。
「飲み終わったら暇人を止めて出て行ったらどうだ。厨房は君にとって楽しい場所じゃないだろう」
「さっきしもべ妖精にチキンを頼んだ。それを食べるまで俺はこの場を離れないぜ」
シリウスは誇らしげに宣言する。
彼の好物がチキンだと前世の姉が言っていたのを思い出した。
しもべ妖精がシリウスにローストチキンを運んで来て、シリウスはすぐにチキンに飛びついた。
夕食の仕込みがはじまったのか色々な料理の匂いが漂ってきている。
ホグワーツの料理は味覚音痴と悪名高いイギリスにしては美味しい方だ。
様々な国の子供が集まるため、色々な国のメニューにも挑戦している。基本、西洋人に合わせているために、とても油が多く大味だ。
シドが生まれたセルウィン家には何代か前に食道楽の当主がいた。
彼の命令の下、しもべ妖精達に色々な料理を習わせた実績があり、セルウィン家では様々な国の料理を美味しく食べることができた。
さすがに極東の国、日本の料理はなかったが。
炊きたてのご飯とみそ汁。納豆に焼き魚と漬け物。刺身に寿司。
夏場の焼き鳥にキンキンに冷えたビールが愛おしい。高校帰りに立ち寄った駅前のラーメン屋のチャーシュー麺が懐かしい。
日本食が無性に恋しくて堪らなくなる。
今度ロンドンに行った時に日本料理屋がないか探そうと決めた。
オーブンが焼き上がりを教えてくれ、きれいな色に焼き上がったクッキーをケーキクーラーに移して冷めるのを待った。
完全に冷めたのを確認してから一枚食べると、シドには甘すぎる味が口に広がったが、サクサクとした食感は良かった。
しもべ妖精を呼んで味を見て貰う。
「子供の味覚に合うと思うかい? 僕は甘さ控えめが好きだから甘さの調整が苦手なんだ」
「とても美味しいのです」
味見をしたしもべ妖精はキイキイと声を上げながら絶賛した。
「なんだこれ! すげえサクサクでうまい!」
いつの間にかシリウスがクッキーを頬張っていた。
「勝手に食べるな」
呆れた声を出しつつも、シリウスの反応で子供の味覚に合っていることに安心して、クッキーを袋につめる。
「子供の味覚って、それ誰かにやるのか?」
右手にチキン。左手にクッキー。肉と菓子を一緒に食べるシリウスに言葉も出なかった。一体どういう味覚障害を起こしているのだろうか。
「はっ! おまえの友人なんてリリーとスニベルスしかいないか」
馬鹿にしたようにシリウスは笑った。
「ミスター・ブラック」
「おい、俺を名字で呼ぶんじゃねえ!」
「セブルスはセブルス・スネイプという名がある。そんなふざけた名前じゃない。
自分が呼び名にこだわるなら、他人の呼び方にも気をつけるべきだ。僕は友人が馬鹿にされて笑っていられるほど温厚じゃない」
「へえ? なにやるっていうんだ?」
「両手に食べ物を持ってすごんでも間抜けなだけだと、イギリス紳士として忠告しておくよ」
途端に真っ赤になって両手の食べ物を皿に置いた。
「君は僕が用意した物を二種類も口にした。紅茶はともかく、勝手に食べたクッキーはどうしてそれが普通のクッキーだと証明できる?
なぜ僕がそのクッキーになにも入れていないと確信できるんだ? 自慢じゃないが僕は魔法薬学が好きでね、遅効性の毒物を作るのは難しくない」
ゆっくりと見せつけるようにシドは笑う。
毒の話しに青ざめていたシリウスの顔が再びなぜか赤く染まり、遅効性の毒の存在に恐がらせるつもりが、予想外の反応に内心首を傾げる。
「不思議だ。君の友人がうるさいほど僕を危険なスリザリンだと言っているのに、君はのこのこ僕についてきて、僕の作った物を警戒心もなく勝手に食べている。
もしかして………君は奇人変人と罵るわりに僕のことを嫌っているわけじゃないのか?」
揶揄を含んで疑問を口にすれば「う、自惚れんじゃねえぞ!」とシリウスがチキンとクッキーを落としかねない勢いでテーブルを両手で叩きつけた。
しもべ妖精達が何事かと己の手をとめてこちらに注目する。
「お、俺が、おまえを………だなんてっ! あるわけねえだろ!」
耳が痛くなるような腹の底から出す大声で怒鳴りつけ、シドを睨み付けるとそのまま厨房を出て行った。
その顔はあまりの怒りの為か今まで以上に真っ赤で表情は険しかった。
「………短気すぎやしないか」
あの少年はどこまで沸点が低いのだろう。
転生を経験している精神年齢三十路過ぎは既に人生達観しかけているので、シリウスの激情家ぶりはとても真似できそうにない。
遠くから見ている分には面白そうな人物だが、自分に関わるとなると面倒な性格の持ち主だ。
はっきり言って激情ぶりがうざく思えた。
出来上がったクッキーを持ってセブルスとリリーをお茶に誘った。
お茶会の部屋でクリスマス休暇中に手に入れた上質の紅茶とクッキーを振る舞い、セブルスはクッキーを美味しいと喜んで食べてくれたので、セブルスの好みに合ったことに安心した。
リリーも大絶賛して食べてくれた。
売っている店を教えてほしいと頼まれ、正直に手作りだと答えると、「シドは菓子作りもできるか」と感心と呆れ半分の顔でセブルスに言われ、リリーは「男の子に料理で負けた」と肩を落として項垂れていた。
この後、1月30日のリリーの誕生日プレゼントについて、セブルスにお菓子作りを相談され、誕生日まで数回のお菓子作り教室が決定した。