クリスマス休暇明け
クリスマス休暇が終わり、ホグワーツに行くための機関車に乗る。
両親が駅まで送ってくれたので非常に目立った。
クローディアは老いも若きもなく女性を虜にする気品ある王子様外見で、着ている服も当然のように男装。
ホグワーツ出身の同年代の女性なら誰もが知っているらしく、旦那子供そっちのけで頬を染めて彼女に見入っている。
父親のカルロはセルウィン家当主として有名だ。奇人変人で名高いイメージが強いが、セルウィン家は魔法界でも発言力や財力で影響力の強い名門だ。
その当主であれば、名門名家の者に注目されて当然だった。
その注目されている二人は、万年新婚夫婦なためにお互いしか見ていない状態にあり、
『このままどこかへ旅行に行こうか』『カルロとならどこへでも行くぞ』と息子を見送りに来たんじゃないのかとシド本人から抗議の声が上がるまで二人の世界にいた。
一応、親らしく体に気をつける旨を言われたが、その言葉をそのままそっくりクローディアに返しておいた。
男装が男以上に似合うクローディアも数ヶ月後には嫌でも女性の服を着るようになると聞いたのはクリスマスの夜だった。
入学当初に来た手紙の内容を彼女は有言実行したのだ。
驚き呆れつつも、自分の母親だからと妙に納得してしまったあたり、自分も間違いなくセルウィンの人間なのだと痛感した。純粋に弟か妹の誕生は嬉しかったが。
他の一族達は家族が増えることに大喜びで、聖夜に新たな祝宴が開かれた。
コンパートメントに入る頃にはシドはぐったりと疲れていた。
誰もいないコンパートメントに入り、額を片手で押さえて力なく座り込んだ。
クリスマス休暇中は慌ただしかった。
他の名門名家のように客を招待した気取ったパーティーなど開催しないし参加もしないが、セルウィンの一族が屋敷に集まるのが恒例となっている。
基本、この期間に静かに読書や研究はできない。甥姪や一族の小さな子供達の面倒を見なければならないからだ。
騒々しさやうるさい子供が嫌いなシドだが、一族の人間は別だ。
彼らは可愛いし生意気なところも子供らしいと思う。『シド兄様』と慕ってくれるのも悪い気はしないし、頼られると守ってやらなければならない気にもなる。
彼らの面倒を見るのは苦痛ではない。問題は子供より数倍厄介な大人達だった。
荷物から小瓶を取り出す。オレンジ色の魔法薬がわずかに残っており、その最後の一口をシドは飲み込んだ。
スウッと体に溜まった疲労が抜けていくのがわかる。上質な疲労回復の魔法薬だ。
「セブルスに感謝だ」
セブルスからクリスマスプレゼントに贈られてきた物だった。
即効性で効果も抜群。しかも一度の服用は少量で一口分。効果に感激したシドが調べようとしたが、量が少なくて断念した。
ホグワーツに戻り次第、セブルスに調合方法を聞こうと決めていた。
クリスマス休暇中に実家に戻り、腐女子な姉や一族の子供達の相手をしなければならないと愚痴った時、よほど疲労感を漂わせていたらしく、『母から教わった回復薬だ。これを飲んで休暇を乗り切れ』と激励の言葉がクリスマスカードに綴られていた。
精神的にも肉体的にも既に疲労で限界だったシドは感激のあまり涙目になった。
休暇中、限界が来るたびにこの薬を飲んで救われた。セブルスにはいくら感謝しても足りないぐらいだった。
ふと、慌ただしくこちらに走ってくる足音が聞こえた。
窓の外を見れば、先ほどより家族連れが多くなっており、機関車に乗り込んできている生徒も増えていた。
ドンドンと勢い良く扉がノックされ、「シド、お願い! 助けて! 変態に追われてるの!」とリリーがシドに抱きつくように入ってきた。
「変態? ああ」
すぐに理解してコンパートメントの扉を閉めようとするが、一足遅かった。
がっちりと扉を掴んだ男がはあはあと肩で息をして「リリー」とにたりと笑った。
くるくるの髪の毛がいつも以上に好き勝手な方向に向き、外と機関車内の急激な温度の変化と、彼自身が走ったせいで体温が上がっているためか、眼鏡が白く曇っていて表情が見えず、口元の笑みだけがひどく不気味に見える。
リリーはすぐにシドの背中に隠れた。
「変質者の入室は断っている。出て行ってくれ」
「だ、誰が変質者だって言うんだい!」
「息を乱しながら女の子を追っている者を変質者以外の何と呼べと?」
シドの正論にジェームズはグッと言葉に詰まる。気持ちを仕切り直したいのか、それとも単に視界が悪いのか、曇った眼鏡を上着で拭いた。
眼鏡をかけ直したジェームズは驚いたようにシドを見た。
「そのケガはなに?」
ジェームズを追ってきたのだろうシリウスもこちらを見るなり大きく目を見開いた。
「おい、それどうしたんだ?」
二人の様子に背後からこちらを見たリリーも息を飲んだ。
「どうしたの、シド? 包帯だらけじゃない!」
顔の一部にガーゼや湿布。首や手首、手の甲に指先。制服から露出している場所にはもれなく白い包帯が巻かれている状態だ。
目や頭部は死守した為に顔は比較的傷が少ない。
「大丈夫だ。魔法薬の実験で失敗しただけだよ。一週間ぐらいで治るから心配しないで」
今にでも泣き出しそうなリリーの頭を撫でて優しく言う。
「実験に失敗って、君はどんな劇薬を使ったんだい?」
詰問の声が鋭くなった。こちらを見ている眼差しも敵意に満ちている。
以前の郵便盗難防止の呪いの件を根に持っているのだろうか。
彼らは結局、夕食の時間まで頑張って意地を張ったが、体の生理的欲求に負けてセブルスに叫ぶように謝罪している。
大広間のみんなが見ている前で失禁する恥とセブルスに謝罪する屈辱を天秤にかけ、肉体が限界に達して死に物狂いで謝罪をするに至っている。
どちらにしろシドから見れば自業自得だった。
「スリザリンの君のことだ、きっと強力な毒だろう?」
「君に教える必要はない」
「人に言えないってことはそれだけ後ろ暗いんだね。リリー。なぜこんな奴のコンパートメントに来たんだ。危ないじゃないか。こいつは得体の知れないスリザリンなんだ」
嬉々として言うジェームズに露骨にため息を吐いて見せる。
「なにその態度は?」
「他人を貶める言葉を吐く自分の姿を鏡で見るべきだ」
「はあ? 何言ってるんだい?」
「どれだけ醜い表情をしているかわかる」
11歳とは思えないほどだ。子供だから残酷なのか、そういう性格なのか。どちらにしろ、好意が持てないのは確かだった。
「シドの言う通りだわ。ポッターの楽しそうに人を馬鹿にしてる顔を見ると気持ちが悪くなってくるもの!
あなたセブにもそうしてた! わたしは大嫌いなポッターが追ってきたから、大切な友達のシドに助けを求めてここに来たのよ。わたしの友達を侮辱しないで!」
「リリー、君はだまされているんだ。彼はスリザリンなんだ。グリフィンドールのリリーを仲良くしようなんて思うわけがない」
叫ぶように言うジェームズにリリーは鼻で笑った。
「なに言ってるのよ。シドはとても優しい人よ。あなたのように誰かを馬鹿にしたりしないもの。それにシド以外にもスリザリンに女の子の友達がいるわ」
それは例の愛好会の人間だろう。共通の趣味は犬猿の仲の寮の壁を越えたようだ。
「自分がスリザリン嫌いだからってわたしを巻き込まないで!」
「落ち着いて、リリー」
さすがに声が大きい。通路を通る生徒達が何事かと見ているし、内容も内容だ。
グリフィンドールの一年生がスリザリンを擁護している。
趣味によって寮の壁を越える愛好会の人間なら問題ないだろうが、第三者からすれば、リリーはグリフィンドールでありながらスリザリン贔屓の裏切り者に見え、彼女の立場が危うくなる。
「でも」
「うるさいお子様は追い出せばいい」
ふとリリーから視線をあげるとすぐ目の前にシリウスがいた。
通路にいたのにいつの間にかコンパートメントの中に入ってきたようだ。
すぐ側にリリーがいたために反応が遅れた。
シリウスは苛立った表情で「毒の傷がどんなものか見てやるよ」と手を伸ばしてくると、躊躇なく頬のガーゼを毟り取った。
「つっ」
無理矢理毟り取られたせいで頬の傷口が開いた。頬から顎にかけて液体が流れる感触に流血していると理解する。
鮮血がポタポタと顎をしたたり、床にいくつもの赤い飛沫を描いていく。
リリーが喉の奥から絞り出すような悲鳴をあげた。
「お、おい、どこが毒だよ」
シリウスが一気に青ざめ、「どう見ても切り傷だ」と同じく青ざめたジェームズが派手な流血に後ずさりながら述べた。
「なにをやってる!」
鋭い声と共に背の高い赤毛の生徒がコンパートメントに入ってきた。
グリフィンドールカラーのネクタイに監督生のバッチをしており、シドを見るなりシリウス達同様に青ざめた。
「一体、なにをしたんだ!」
怪我をしているのがスリザリン生だから、仲の悪いグリフィンドール生が攻撃をしたと思ったのだろう。
彼はシリウス達を睨み付けた。
「君、大丈夫か?」
「流血が派手なだけだ。うるさく騒ぐな。それから扉を閉めろ。騒ぎを大きくするな」
傷口を片手で押さえたまま鬱陶しげに告げ、目で扉を閉めるように監督生に指示する。
下級生に命令されたことに不愉快げな顔をしながらも、これ以上の騒ぎはまずいと思ったらしく素直に扉を閉めた。
「リリー、僕の荷物から青い袋を取ってほしい」
「う、うん。わかったわ」
「その中に蓋が銀色の小さな丸いケースがあるからそれをとって。ああ、蓋を取ってくれると助かるよ」
言われるままにリリーは蓋を取って、とろりとしたピンクのクリームが入っているケースをシドの方へ向ける。
「ありがとう」
指先にたっぷりとクリームをすくって、血の流れる傷口にクリームを塗り込んだ。
「血止めの応急処置。大丈夫。傷口が開いただけだから」
銀色の蓋を鏡代わりにして顔を見る。生々しい傷口は見えているが、流血は止まったようだ。
自分の作った魔法薬は良く効くと心の中で自画自賛する。
「ガーゼと包帯を」
「わたしがやるわ。自分じゃあできないはずよ」
がっちりと代えのガーゼや包帯が入った袋を握りしめてリリーが言う。
半分涙に濡れた眼差しは反論を許さず、確かに鏡なしで治療をするのは難しかったのでリリーにまかせることにした。
「なにがあったんだ?」
「その人がガーゼを剥ぎ取ったせいで、シドの傷口が開いたのよ」
シリウスを指さしてリリーは声を張り上げた。
「ならその怪我は彼がやったものではないんだね?」
攻撃して傷つけたのと、元からある傷を開いたのでは天と地ほどの違いがある。
シドが頷くと監督生は少しだけ安堵の表情を浮かべたが、すぐに同寮の一年生達を睨み付けた。
「説教なら外でやって下さい。怪我人なので安静にしたい」
問答無用で杖を振り、監督生ごとジェームズ達もコンパートメントの外に放り出した。彼らが入ってこれない魔法をかけ、ついでに遮音魔法もかけておく。
傷の手当てをしたリリーの手は震えていた。何度も失敗をしながら、それでも震える指で真剣に手当てをしてくれた。
「沢山の血を見るのは初めて?」
「当たり前よ!」
「そうか。怖い思いさせてごめんね」
「シドのせいじゃないわ。あの人達が悪いのよ!」
ついにボロボロと泣き出してしまったリリーにシドは慌てた。リリーを泣かせたらセブルスに恨まれると瞬時に脳裏に浮かんで本気で焦った。
「泣かないで、リリー」
「泣いてないわ。わたしは怒ってるのよ!」
至近距離で涙に濡れた翡翠の瞳に睨み付けられた。
「わたしを好きだって言いながら、わたしの言葉をまったく聞かないポッターも腹が立つし」
「確かにね」
どういう思考回路をしているのか、彼は自分の都合の良い言葉しか聞こえないし、都合の良い解釈しかしない。
原作にそんな人物がいた記憶がある。名前は覚えていないが、確か闇の魔術の防衛術の教師だった。
実際、その手の人間を近くで見ると鬱陶しいことこの上ない事実がわかった。
「こんなひどい怪我をしてるのに、平然としてるシドにも腹が立つの!」
「そう言われても」
この程度の怪我は怪我とも言わないほど慣れているので騒ぐほどのものでもない。
「この切り傷なに? 薬品を浴びたものじゃないわ」
「薬品を入れていた容器で切ったんだ」
「本当に?」
リリーの目は疑わしそうだったが、シドが頷いたのでそれ以上の追求してこなかった。
柔らかい感触が顎に触れた。リリーが首や頬の下などの血を拭いていく。
「ハンカチ、汚れるよ」
「いいの! ほら、手も血まみれじゃないの!」
可愛らしいウサギの刺繍がしてあるハンカチを渡された。
「ありがとう」
「どういたしまして。シドのきれいな顔に傷が残ったら愛好会のみんなが悲鳴をあげるわ」
続けられたリリーの言葉にがっくりと肩が落ちる。
「年上の女性なら傷跡がセクシーとか言い出すよきっと」
「そういう見方もあるの?」
「先輩達に確認してみると良い」
「シドって愛好会に反対しないのね。セブは真っ青になって反対してたのに。やっぱりハーティ様の影響なの?」
「長年その趣味の姉がいるとあきらめもつく。でも僕にそっちの趣味はないよ。あとリリーが僕とセブルスの話を作るのはダメだ」
「ええっ? 今一番旬なのよ!」
さきほど怒っていた時より強い剣幕さで詰め寄られた。
「僕は気にしないけど、セブルスが悲しむ。一番仲の良い友人であるはずのリリーからそういう目で見られていると知ったら、
彼は繊細だから傷つくだろ。セブルスの友人として彼が傷つくのを黙って見ていられないよ」
「セブを傷つけるのは嫌だけど、今の楽しい妄想を捨てなきゃいけないのも嫌だわ。 メアリー達とお話作るの楽しいの。セブに対して今みたいにすっごく優しいシドを見て、妄想するななんて拷問だわ」
「…………………」
前世と今生の姉の姿がリリーにダブって見えた。腐女子はいついかなる時でも妄想をしなければ生きていけない生き物なのだろうか。
実際に問いかけると力一杯頷きそうな気がするので、とてもリリーには聞けないが。
「…………リリーがセブルスで話を作っているのを絶対にセブルスに知られないようにすること。これが守られないなら僕も黙っていられない」
好きな趣味をやめろと言われて素直にやめるとは思えない。この手の趣味の根の深さは前今生の二人の姉で嫌というほど理解していた。
なので仕方なく妥協案を提示すると、リリーが表情を輝かせた。
趣味はやめたくないが、セブルスを傷つけてしまうのも彼女の本意ではないようだ。
リリーはセブルスの前では彼の妄想の話をしないことを約束してくれた。
「そういえば、クリスマスプレゼントをありがとう。美味しかったよ。あのお菓子」
リリーからはクッキーの詰め合わせが贈られてきた。
「本当? よかったわ。シドもありがとう。あの羽根ペンすごく使いやすいわ」
趣味によって羽根ペンの消耗が著しくなると予想したシドは羽根ペンをリリーに贈った。
姉が使いやすいと絶賛していた品なので、リリーが気に入る自信はあった。
「喜んでもらえて嬉しいよ」
同じ品をリリーと同室の二人にも贈った。
彼女達とはハロウィンから何度か話す機会があった程度だ。彼女達が愛好会の人間なのであまり関わりたくないと思っていた。
そんな二人からクリスマスプレゼントが贈られてきた時は驚き、そして慌ててプレゼントを手配した。
なにが良いのがわからなくて、考えた末にリリーと同じ物にした。
あの二人に限らず、何度か話した程度の相手からのプレゼントが多くて困惑した。中にはまったく話したこともない他寮の人物も多くいた。
そのことを首を傾げてリリーに言えば、「なに言ってるの」と呆れた声で返された。
「シドは人気があるからよ。ハロウィンで女の子達の色水の汚れを消してくれたでしょう?
それでシドが優しい人だってグリフィンドールの子達も理解したの」
シドに憧れてる子も多いのよと面白がるようにリリーは言ったが、子供に好意を持たれても嬉しくないシドにはまったく興味がなかった。