君の災難



 目が覚めるとここ数ヶ月で見慣れた天蓋が見えた。
 静寂に覆われた室内を蝋燭のオレンジ色の灯りが照らしている。
 「うっ……」
 異様に重い頭を片手で押さえ、ベッドから起き上がろうとするが、体がひどく怠くて上半身を起こすことすらできなかった。
 頭がクラクラして思考が定まらない。全身が恐ろしいほどの疲労感に襲われていた。
 鉛のように重い体の内部に妙な熱が燻っているようで不快だった。
 かろうじて頭を動かして隣のベッドを見れば、魔法薬学馬鹿な友人の姿はなかった。
 自分がベッドに眠っているのなら今は夜だ。
 夜中にシドが魔法薬の研究実験をするのは珍しくはないが、室内から姿を消すのははじめだ。
 一体どこへ行ったと考え、ふとそれ以前になぜ自分がベッドで眠っているのか疑問に思う。セブルスはベッドに入った記憶はなかったのだ。
 目を閉じればすぐに眠ってしまいそうな意識の中で、自分が眠る前の記憶を探す。
 うっすらと思い出したのは、初めて見るシドのひどく焦った表情だった。
 そして「これ飲んで!」と有無を言わせず何かの薬の瓶を口に突っ込まれた奇妙な記憶が蘇ってきた。
 強い薬草の苦みを覚えているし、口の中にまだその苦みが残っていて、セブルスは顔をしかめた。
 急激に意識がなくなったので飲まされたのは睡眠薬だろうか。けれど睡眠薬ではこの体の異様な怠さは説明できない。
 それになぜシドに薬を飲まされたのかわからない。
 シドの焦った表情から考えると、悪戯や遊びで薬を飲まされたわけではないことだけは理解できるが。
 シドが何に焦っていたのか考えてみる。あの時、自分はなにをしていたのだろう。
 定まらない思考で考えを巡らすがうまく思い出せない。
 次第に目を開けているのも辛くなってきて、己の意識が遠のくのを感じながら目を閉じた。





 ふわりと温かい物が額に触れて、その優しい感触にセブルスは目を覚ました。
 天蓋を背に、起き抜けに見るには眩しいほど秀麗な顔立ちが心配そうにこちらを覗き込んでいた。
 「シド」と名を呼んだつもりが、口からは擦れた音が出て咳き込んだ。ひどく喉が乾いていた。
 「起きられる?」
 言いながらシドはセブルスの体をベッドから起こし、ゴブレットを手渡してきた。
 「オレンジジュース。喉、乾いてるだろ」
 一口飲んだあとに、強い乾きが襲ってきた。なぜこんなに喉が渇いてるかわからないまま、ゴブレットの甘いオレンジジュースを飲み干す。
 空のゴブレットに物足りなさを感じる前に、再びシドがオレンジジュースが満たされたゴブレットを渡してきた。
 「なにがあった?」
 空になった二つ目のゴブレットを受け取るシドに問いかける。
 「セブルスはなぜ自分がベッドにいるか覚えてるかい?」
 「おまえが薬を飲ませたからだ」
 問答無用で口に瓶を突っ込んで。
 「うん。そうだね。その薬は睡眠薬が含まれた強力な鎮静剤だ」
 「鎮静剤?」
 「そう。セブルスを犯罪者にしないために眠ってもらう必要があったんだ」
 突拍子もない発言に言葉もなかった。なにを言っているんだと訝しんでシドを睨むが、彼は至って真面目な顔をしていた。
 「原因はこれだよ」
 小さな瓶がシドの掌にあった。見覚えがある小瓶だ。
 「バラのエッセンシャルオイル」
 「正解。これは実家から送られてきた物をきちんと確認しなかった僕の責任だ。本当にごめん。もっとしっかりと確認しておくべきだった」
 苦渋の表情で告げたシドが頭を下げてきて、意味がわからないセブルスは本格的に困惑して焦った。





 フクロウ四匹がかりでシドに小包が届けられたのは夕食の時間だった。
 寮の部屋に戻って開けた小包の中にはびっしりと小瓶が詰まっていた。
 シドが実家に送るように頼んでいた、リリーのシャンプーを作るために必要なエッセンシャルオイルだった。
 当初に言っていた数より多いオイルの瓶にシドに問えば、
「バラだけに限定すると家族に恋人に贈ると誤解して暴走されそうだから全部送ってもらった」と苦笑気味に説明してきた。
 名門セルウィン家の人間はよほど恋愛話が好きらしい。
 エッセンシャルオイルはバラの他にハーブや季節の花々があった。
 小さな瓶は百近くあり、これを全部シドが作った事実に呆れつつも、せっかくだからバラの他にもリリーの好みの香りがないか調べることにした。
 「強い香りのするバラのオイルは省いておくから」
 「そうだな。リリーは優しい香りの方が好きだと思う」
 シドも瓶の蓋を開け、匂いを確認しながら香りの強弱で瓶を分けていく。
 「このラベンダーの香りもリリーは好きそうだ」
 「じゃあそれも候補のひとつにいれておこうか」
 シドの家の温室で育てた花の香りは良い匂いではあったが、オイルを幾つも嗅ぎ比べていると、鼻の奥に花々の、特に数の多いバラの匂いが染みついたようで気分が悪くなってきた。
 「一度にやる作業じゃないな。鼻が馬鹿になってきた」
 どうやらシドも同じ状況にあるらしい。
 「何度かにわけてやって、リリーの好みの香りを厳選した方が良さそうだ。もう匂いの違いがわからなくなってきた」
 「同感だ」
 「一息つこうか。紅茶でも飲む?」
 「今は匂いも味もわからないと思うぞ」
 「確かにね。鼻を洗ってくるよ」
 そう言ってシドはバスルームに消えて行った。
 作業台の上のオイルの小瓶はまだまだ沢山あるが、今日はもうこれ以上花の香りを嗅ぐのは遠慮したかった。
 香りを確認しないまま手に持っていた小瓶に視線を落として、ふとあることに気づいた。
 他の瓶には花の名前とオイルを作った日付が書かれていたが、手に持った瓶には日付しか書かれていなかった。
 「………日付がシドが入学した後だ」
 だとするとこれはシドが作った物ではなく、シドの家族が作った物だろうか。
  奇人変人のセルウィン家の人間の作った物に警戒心を持ちつつも、シドの肉親が作った物という好奇心に負けて蓋を開けて香りを嗅いでみた。
 ふわりとむせ返るような芳醇で濃厚なバラの香りに包まれた。
 今までのバラとは段違いに強くねっとりと絡みつく甘い香りにくらりと意識が揺れ、慌てて瓶に蓋をした。
 「なんだ?」
 血の巡りが急に良くなって体が熱くなってきた。ドクドクと心臓がうるさく鳴り、吐き出す息が不思議なほど熱を持っていた。
 急激な己の体の変化に戸惑いながら、原因であろう小瓶を凝視する。
 これは一体なんだろうか。
 「セブルス?」
 バスルームから戻ってきたシドが、小瓶を凝視しているセブルスに不思議そうに声をかけてきた。
 「顔赤いけどどうかし………それまさかっ!」
 シドはひどく焦った表情でセブルスから小瓶を奪い取った。
 小瓶の蓋をあけて香りを確認すると、セブルスとは対照的に血の気が引くように青ざめた顔色になっていった。
 「最悪だ」
 苦々しい呟きを漏らし、セブルスを一瞥すると彼の机の方へ向かっていく。
 引き出しから取り出したのは薬の小瓶だ。シドは引き出しに保存魔法をかけた魔法薬を沢山保管しているのだ。
 シドは有無を言わせず、今のセブルスの体調の変化の説明すら一切せずに、「これ飲んで!」と言うなり、口の中に瓶を突っ込んできた。
 突然のことに文句を言おうにも瓶が邪魔で言えず、なにより強烈な薬草の苦みに文句どころではなくなった。そしてその後の記憶が一切なかった。
 「このオイルは特殊な方法で栽培されたバラから作ったもので強い媚薬作用がある」
 問題のオイルの瓶を片手に苦悶の表情のままシドは説明した。自分の体の変化は媚薬によるものだったらしい。
 「なぜそんなものが」
 「このオイルを作ったお祖母様が小包に入れたみたいだ。同封の手紙に文字を魔法で消して書いてあった。油断したよ。まさかこんな危険な物を送ってくるとは思わなかったから」
 次から実家から来たものは危険物がないか三回ぐらい確認してからセブルスに見せるよと、シドはどこまでも真剣に告げてセブルスを混乱させた。
 「そんなに危険なのか?」
 確かに11歳の子供に媚薬を送ってくるのは非常識だが、シドの家族に対する警戒の仕方が尋常ではなかった。
 「さっき言ったはずだよ。セブルスが犯罪者にならないために眠ってもらったって。
 この媚薬は一滴を水で百倍に薄めて、それを染み込ませた紙を燃やして出た煙を吸う使用方法だけど、それだけで強い媚薬作用がある。
 原液は劇物に等しいよ。まだ男としての体ができあがっていないセブルスだから効果が鈍かっただけだ。
 これが性交可能な年齢の男だったら、理性を失って媚薬の効果が切れるまで周囲の人間を襲い続けるはずだ」
 シドの説明に開いた口がふさがらなかった。シドの祖母はなんて恐ろしい物を孫に送り付けてくるのか。
 それにシドが淡々と説明する内容が11歳の身としては羞恥に駆られる。
 薬学的な話とはわかっていても、性交という言葉は純情なセブルスには刺激が強すぎた。
 「理性を失って暴れられても困るし、11歳のセブルスの体はまだ熱を排出できるほど成熟していないと判断して、乱暴だとは思ったけど、媚薬の効果を強力な鎮静剤で相殺させてもらった」
 「………………」
 ゆっくりとシドの言葉を脳内で反芻する。
 彼が何を言っているのか理解した途端に、一気に顔に熱が溜まった。それはつまり男の男たる由縁の箇所の話だ。
 「ああ、実際のところどうかはわからないよ。うん。そういうのは個人差だし。僕の独断で11歳は男としての機能はまだ未熟だと判断しただけだから」
 赤い顔で絶句したセブルスに、自分の発言がセブルスの男としてのプライドを傷つけたかと何か勘違いしたシドがフォローするように言ってきた。
 シドは思春期の少年らしい羞恥やからかいを含んだ反応は皆無で、この何事にも大人びた友人が本当に自分と同い年なのか疑問を抱かずにはいられなかった。
 「なにを考えてそんな危険な物をシドの祖母は送って来たんだ?」
 当たり前の疑問を口にすれば、「今年は出来が良かったかららしいよ」と肩を落としたシドが疲れ果てた様子で答えた。
 どうやら奇人変人の家系のシドでもこの無茶苦茶ぶりは楽観視できないようだ。
 「シドがこのオイルを嗅いで平気なのはなぜだ?」
 シドはしっかりと小瓶の匂いを嗅いだはずなのに平然としている。
 シドは考え込むように口元を指先で覆っていたが、やがて「まあ、隠していることじゃないし問題ないか」と一人納得して頷いた。

 「このオイルのバラはヴィーラが魔力を注いで育てることによって強い媚薬成分を花弁に含む特殊なバラなんだ。そしてこのバラを作りだしたのは僕のお祖母様だ」
 「シドの祖母はヴィーラなのか」
 驚きのあまり呆然とシドを見つめた。
 「正確には混血。お祖母様の母がヴィーラ。だから僕にもヴィーラの血が流れてる。僕はお祖母様のヴィーラの血が濃いらしくて、ヴィーラの人間を虜にする魔力を注いで作られたこのオイルはヴィーラの魔力を持つ僕には効かないんだ」
 ヴィーラの魅力が同胞のヴィーラには効かないのと原理は同じだとシドは告げた。
 セブルスはジッとシドの顔を観察した。
 確かに彼は同じ男とは思えないほど綺麗な顔立ちをしているし、黙っていて魔法薬学のことを話さなければ独特の気品と魅力に溢れた雰囲気を持っている。
 実際、シドに好意を持って言い寄ってくる者や、彼の関心を引こうと悪態をついて詰め寄ってくる人物は男女学年問わず多く存在する。
 自分が関心を持った者にしか興味のないシドは大抵は無視しているが。
 人を虜にするヴィーラの血が流れてると言われれば妙に納得できた。
 それからシドはセブルスが三日間眠り続けていたと説明して、セブルスを多いに驚かせた。
 その三日の間に強力な媚薬の効果が切れるまで、鎮静剤を何度も飲ませていたこと、授業の無断欠席はまずいので事情を校医に説明し、セブルスが病欠であることを認めさせたらしい。
 「よく校医が信じたな」
 生徒が強力な媚薬に蝕まれ、その進行を抑えるために同室の者が鎮静剤を飲ませた。
 上級生の部屋でなら起きそうな問題だが、それがまだ幼い一年生の部屋で起きたとなると、校医がそう簡単に信じたとは思えなかった。
 「お祖母様の作る媚薬は強力すぎて大人の間では有名みたいだ。
 校医には絶対に瓶の蓋を開けるなと叫ばれたし、あの鬱陶しい寮監は研究したいから分けてくれと擦り寄られた。うっかり原液を吸って廃人になっても知りませんよと言って追い払ったけど。それに校医には一度ここに来てもらった。
 僕の処置が間違っているとは思わないけど、校医を納得させるためには必要だった」
 シドは小さく息を吐く。その横顔はどこか憔悴して見えた。
 「まさかシドがずっと診ていたのか?」
 校医に診せたにもかかわらず、なぜ自分が自室にいるのか不思議だった。
 普通は医務室で治療を受けているはずなのに。それを口にすればシドが答えた。
 「この媚薬について知識を持つのが僕だけだった。ヴィーラの媚薬じゃあ校医はお手上げだよ。セブルスの治療は僕に一任された。
 鎮静剤を作って飲ませるのにもこの部屋にいた方が都合が良かったんだ。だから医務室には移動させなかった。
 これは僕の責任だから、セブルスの具合が良くなるまで僕が世話させてもらうね」
 薄暗い蝋燭の明かりで気づかなかったが、シドの顔色はあまり良くなかった。
 「まだオレンジジュースあるけど飲むかい? もうすぐ厨房から食事が届くことになってるから、お腹空いてるだろうけどもう少し待って」
 差し出されたゴブレットを受け取る。確かに喋ったことでまた喉が渇いてきたし、胃に物を入れたせいで胃が活動しはじめて空腹を訴え出した。
 ほどなくしてテーブルの上にパッと料理の皿が載ったトレイが現れた。 
 「三日なにも食べていないから胃に優しい物を頼んだ」
 野菜のスープや果物、パンに柔らかく煮込まれた肉。美味しそうな匂いはすぐにセブルスの胃を刺激した。
 「慌てないでゆっくり食べて」
 スプーンを渡してくるシドにムッとする。
 「僕を三歳児扱いしていないか」
 「病み上がり扱いはしてるね」
 「僕よりシドの方が病人みたいな顔色をしてるぞ」
 「少し寝不足なだけだから心配ないよ」
 魔法薬を作ると言ってシドは調合器具のスペースへと移動していった。
 空腹に負けて夢中になって食べ物を口に詰め込み、八割ぐらい食べ終わったところでやっと周囲を見るだけの余裕が出てきた。
 スープを口に運びながら集中して調合の作業をしているシドに視線をやる。
 調合器具の周辺は薬草などの残骸が散乱していて、あまり片付けていないようだった。
 魔法薬学に対して几帳面なシドにしては珍しいことだ。
 すり潰した材料を大鍋に入れてかき混ぜる。調合方法は完全に頭に入っているのだろう、彼の動作に無駄は一切ない。
 薬はセブルスが食べ終わるタイミングを計っていたかのように運ばれてきた。
 ゴブレットにはとろりとした藍色の液体が入っている。
 「これを飲んで明日の朝に熱が下がっていればもう大丈夫だから」
 自分ではわからないが熱があったらしい。
 鎮静剤の比べれば飲みやすい藍色の薬を飲み下すと、すぐにベッドに寝かしつけられた。
 「ゆっくり眠って」
 シドは優しく額を撫でて、魔法薬の匂いがする指で何度も髪を梳く。
 その優しい手付きは心地よくて安心できた。
 


 魔法薬に配合した睡眠薬が効いたのだろう、ベッドに横になったセブルスはすぐに夢の世界に引き込まれた。
 柔らかい黒髪の感触を楽しんでいた手を額に充てる。
 まだ微熱があるのを確認してから、額に冷たい濡れタオルを置いた。
 薬が効けば明日の朝には熱は引くはずだ。
 杖を振って調合器具周辺を片付ける。色々と立て込んでいて、片付けまで気が回らなかった。
 強い媚薬はわずか数時間で鎮静剤の作用を消し去ってしまい、そのたびに薬を飲ませなければならなかった。
 そのため薬作りは時間があるときに常に行われていた。
 それに加えてこの三日間の間、シドはすべての授業に出席して真面目に授業を受け、ノートを取っていた。魔法史の授業でさえ眠らずに受けた。
 すべては人的災難にあったセブルスの為だ。
 彼はこんな馬鹿な理由で授業に遅れるのを不快に思うはずだ。
 シドとしてもセブルスに対して申し訳ない気持ちでいっぱいで、自分にできる限りの誠意を見せ謝罪をしたかった。
 授業を真面目に受け、空き時間は薬をつくり、数時間毎に薬を飲ませるためにろくに睡眠も取っていなかった。
 疲労を訴える体を魔法薬で誤魔化していたが、さすがに心身ともに限界だった。
 ベッドに行くと朝まで眠ってしまいそうなので、椅子に座って深く息をつく。
 校医に容態を説明したさい、彼女は祖母の媚薬に子供に持たせる物ではないと憤慨していた。
 校医から校長に連絡が行き、校長が両親に向けて手紙を書いたらしく、すぐにシドの元に家から手紙が届いた。
 悪いと思っているような謝罪文はなく、祖母の媚薬の取り扱いは丁重にとの注意と、どうでも良い世間話に、あとは不運にも被害にあったセブルスへの謝罪の為に、彼の好む物を教えてほしい旨が書かれていた。
 ちらりと机の上の両親からの手紙を一瞥する。
 返信にセブルスは魔法薬学が得意で、上級生並の知識があると書いたので、お詫びの品は魔法薬学系の物が送られてくるだろう。
 その時は変な仕掛けがないかしっかりとチェックさせてもらうつもりだ。
 今回、小包の中にあった祖母の手紙を見落としてたのは痛恨のミスだった。
 同封されていた両親からの手紙は最初に隅から隅までしっかりと読んだ。
 ハロウィンのキャンディーが証明したように、奇人変人に相応しく悪い意味で童心を忘れない両親はなにをするかわからないので、いつも警戒して自衛しているのだ。
 まさか両親の他に祖母までも悪戯を仕掛けてくるとは思わなかった。
 祖母の手紙は両親が書いた手紙を入れてあった封筒の内側に書かれていた。しかも魔法で文字を消していたのだ。
 ホグワーツ生活ですっかり油断していた己の迂闊さを呪いたくなった。
 『好きな人を虜にするのも、気に入らない相手を犯罪者にするのもシドの自由よ。上手に使いなさい。今年は特に出来が良いわ』
 この文章を見つけた時、脱力のあまり目眩がした。
 媚薬は瓶が絶対に割れないように保護呪文をかけ、シドでなければ蓋を取れない魔法もかけ、机の奥底に厳重に封印しておいた。
 媚薬の効果は三日かかってやっと消えた。
 体内の熱を解放できればもう少し早く媚薬が抜けたが、11歳の体は男としてまだ未熟だ。
 強い媚薬が体に熱を生み、強い鎮静剤がその熱を押さえ込む。
 この二つの薬が体内で常に戦い続けているのだ、肉体にかかる負担は計り知れない。
 実際、目覚めたセブルスは体が怠そうだった。
 疲労しているセブルスの為に栄養剤を作ろうと椅子から立ち上がる。
 座ったままジッとしていると眠ってしまいそうだ。媚薬が抜けたとは言え、まだ発熱しているので気が抜けない。
 翌朝、目が覚めたセブルスに迷惑をかけたことを再び頭を下げて謝った。
 シドの責任ではないだろうとセブルスは言ってくれたが、思春期の年頃の少年に心身ともに無理をさせた負い目に、精神的に三十路過ぎの大人としてはなにか償いをしなければ気が済まなかった。
 「シドは苦労性だ。送りつけてきた祖母のせいにしておけばいいものを」
 心底呆れたようにセブルスは言う。
 「僕の気が済まないんだ。奇人変人でも家族のしたことの責任ぐらいは取るよ」
 主張を曲げないシドにセブルスは小さく息をつく。
 病み上がりの人間に鬱陶しく感じさせるなと呟かれると身の置き場に非常に困ってしまったが、主張を変える気はなかった。
 「この頑固者めが。なら飛行訓練の練習と上級生が習うレベルの魔法薬学の調合を僕に教えたら許してやる。それでこの件は終わりだ」
 少しの考え込む仕草を見せた後にセブルスはきっぱりと述べ、その内容にシドは何度も頷いた。







 数日後、バラの香りのシャンプーを贈られたリリーは喜びのあまりセブルスとシドに抱きつき、セブルスを真っ赤な顔で硬直させた。
 そんな様子をシドがニヤニヤしながら見ていたのは言うまでもない。















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