ハロウィンの悪戯



 ハロウィンの朝は甘ったるいお菓子の香りで目が覚めた。
 甘い物はお茶の時につまむ程度で、苦手というわけではないが特別自ら好き好んで食べるというわけでもないシドだが、今朝ばかりは甘い物が大嫌いになりそうだった。
 胸焼けするほどに空気が甘いのは拷問だった。
 なぜセブルスを含め他の生徒達がおいしそうな匂いだと喜んでいるのかわからない。
 「大丈夫か?」
 朝一から青ざめた顔で気分が悪そうなシドに心配げにセブルスが声をかける。
 「大広間に行きたくない」
 朝食はまだ普通の物だろうが、部屋にいるだけでこの匂いだ。
 用意された朝食にも甘ったるい匂いが染みついていそうでとても食べる気になれない。
 「食事をきちんと摂れと僕に言ったのは誰だ」
 「僕だね」
 成長期にきちんと食べないと体が大きくならないこと。
 しっかり食事を摂っているリリーが大きくなってセブルスより背が高くなったら困るだろと、からかうことも忘れずに。
 偏食家で小食なセブルスに毎日三食栄養バランス良く食べることを教え込んだのはシドだ。
 「甘い物が苦手だったのか?」
 「あまり強烈すぎるはダメみたいだ」
 「嗅覚を鈍くする魔法はないのか」
 「鼻がまったく利かなくなる魔法なら知ってるけど」
 五感の一つが完全に機能しなくなるのは身体的に良いものではない。
 なにかあった時に反応が遅れては困る。
 特に今日は悪戯が許されるハロウィンだ。なにがあるかわからない。
 「あまり使いたくないな。気付けの薬を飲んで精神力で乗り切ってみる」
 机の中から小瓶を取りだし、どろりとした赤い液体を飲み込む。薬草の苦みが今ばかりはとてもおいしく感じられた。
 「セブルス。お菓子用意してるの?」
 「いや、してないぞ」
 大人びたというか、年齢の割に大人ぶった生徒が多いために、スリザリン生はイベント事ではしゃいだりはしない。
 上級生の目が厳しい為に、一年生ですら子供らしく騒ぐことができない。
 スリザリンは上級生や名門旧家などによる鬱陶しいほどの縦社会なのだ。
 「じゃあこれあげるよ」
 瓶の横にあった袋をセブルスに渡す。不思議そうに袋を開けたセブルスは首を傾げる。
 「キャンディー? 僕はTrick or treatとは言っていないが」
 「うん。スリザリンの生徒はTrick or treatなんてしないだろうけど、他の寮の生徒は違うからね。例えばリリーとか。
 一応持っていた方がいいよ。それともセブルスはリリーに悪戯されたいのかい?」
 ついニヤニヤと笑ってセブルスを見てしまう。彼はギロリとシドを睨み付けてきたが、頬がうっすらと赤いので迫力は皆無だ。
 最近、この話題でセブルスをからかうのが楽しいと知ってしまった。
 もちろんあまりからかいすぎると怒らせてしまうので、ほどほどにしなければならないが。
 セブルスはリリーの趣味については、己の中で決着をつけたようだ。
 楽しそうなリリーの邪魔はしたくないと呪文のように延々と己に言い聞かせているセブルスを目撃した身としては、リリーがあの特殊な趣味から早く卒業してくれるのを願うしかなかった。
 大広間に行く通路で仮装をしている生徒達を何人も見た。
 天使に悪魔や魔女の定番に、ミイラ男に吸血鬼、西洋のありきたりの魔物達などが笑顔でお菓子を強請っている。
 「あの格好で授業に出るのか?」
 訝しげにセブルスが呟く。
 「ハロウィンだから教授達も大目に見てくれるよ。ほら、教授も仮装してるし」
 魔法薬学のスラグホーンが吸血鬼の姿でご満悦な様子で歩いているのが見えた。
 「………あの教授は変わっているな」
 「鬱陶しい。姿も性格も」
 シドの辛辣な言葉にセブルスが同情めいた視線を向けてくる。
 大好きな魔法薬学の調合時間に集中できない事実はひどくシドを苛立たせていた。
 調合中に鬱陶しく話しかけてくるスラグホーンに、苛立ちのあまり杖を握りそうになったのは一度や二度ではなく、その度にシドの様子に気づいたセブルスがスラグホーンに質問をして引き離していた。
 「………『生ける屍の水薬』でも作るか」
 ぼそりと思わず呟けば、「それはやめろ!」と青ざめた顔をしたセブルスに止められた。
 「やだな。誰も使うなんて言ってないのに」
 「誰に使おうとしてるか一目瞭然だ!」
 「僕の快適な魔法薬学生活の為に七年ぐらい教授が別の人間になっても問題ないと思わない? 
 ああ、でもベゾアール石で解毒されるか。あの石が効かない毒で、死んではいないけど長時間意識が戻らないような物なかったかな……」
 物騒な発言に恐怖を覚えたのか、セブルスが一人分の空間を開けて歩き出したが、その歩みがすぐに止まる。
 突然立ち止まったセブルスを不思議に思いながら、彼の視線の先を見れば、そこには三人の天使達が戯れていた。

 ひらひらとした真っ白なドレスを着た少女達の背中には控えめな大きさの純白の天使の翼があった。
 三人のうちの赤毛の少女がこちらを見るなり笑顔で駆け寄ってきた。
 「セブ、シド、Trick or treat!」
  笑顔満開で両手を差し出されてセブルスが硬直するのが見えた。
 もう少しリリーに対して免疫をつけるべきだと思うのはシドだけではないはずだ。
 純情にもほどがある。笑顔を向けられるたびに真っ赤になって硬直していたら、彼女を口説くまでに一体何年かかるかわからない。
 「ハッピーハロウィン。リリー。はい、お菓子」
 差し出された両手にキャンディーを数個落としながら、肘で隣のセブルスを小突く。
 衝撃で我に返ったセブルスも慌ててリリーの手にキャンディーを置いた。
 「きれいだ。リリー!」
 照れながらも言うべきことは言うセブルスだ。
 その必死の初心さが見ていて本当にむず痒い。
 「ありがとう。天使なのよ。似合う?」
 セブルスは何度も頷く。そんな様子をリリーの連れであった二人の天使達が温かい眼差しで見ていた。
 鈍すぎる相手に純情少年が一生懸命にアピールする様は見ていて微笑ましいのだ。
 相手が例えスリザリン生でも今のセブルスを邪険にはできないだろう。
 実際、彼女達はシドと目が合うと困ったように笑うだけで、スリザリンに対する嫌悪感はまったく感じられなかった。
 シドを含めてセブルスの見守り態勢に入っている。
 「私、メアリー・オーレン。リリーと同室なの。よろしく」
 肩までの金髪の少女が自己紹介をしてくる。スリザリン生相手に不思議なほど好意的だ。
 「はじめまして、ミス・オーレン。僕はシド・セルウィン」
 差し出された白い手を握る。次に黒髪の少女が声をかけてきた。
 「エディト・ボーモントよ。同じくリリーと同室なの」
 「シド・セルウィン。よろしく」
 「あなたハーティ様の弟なのよね」
 オーレンの言葉に膝から崩れ落ちそうになった。
 姉を様付けで呼ぶのはリリーが所属している愛好会の暗黙の了解となっていた。
 「リリーから愛好会の話は聞いたと思うけど、そのうち愛好会の各寮の代表が挨拶に行くわ。ハーティ様についてあなたに頼みたいことがあるから」 
 これはボーモントの台詞で二人ともリリーと同じ趣味の人間だと判明した。
 「各寮の代表?」
 「グリフィンドール・スリザリン・レイブンクロー・ハッフルパフの五年生よ。彼女達が各寮をまとめているの」
 なぜ代表が五年生かと聞けば、それ以上になると勉強が大変になり創作活動が困難になるからだとボーモントが説明してくれた。
 「僕に頼み事?」
 「それは代表の人達が言うことになってるの」
 「わかった。彼女達から接触してくるのを待てば問題ないかい?」
 「ええ、お願いするわ」
 こくりと頷いたオーレンとボーモントが不意に両手を差し出してきた。
 「Trick or treat!」
 「はい。どうぞ」
 子供らしい笑顔の台詞に苦笑してキャンディーを渡す。
 「ありがとう」
 「きれいなキャンディーだわ」
 「ねえ、ミスター・セルウィン。あの子、私達に紹介してくれない? 
 リリーも話に夢中になっていて、私達に紹介する約束忘れてるみたいだし」
 二人の目線の先には真っ赤になってリリーと話しているセブルスがいる。
 「スリザリン生なのにいいのか?」
 「問題ないわ。最近、リリーとも熱く語りあっていたの。あの子は近い将来、絶対に私達に総受け対象として見られるわ。
 だって見た目も可愛いし、性格もあんなに純情なんだもの! 弟に欲しい! 撫で回して愛でたいわ!」
 「そうなのよ。だから一緒にいるミスター・セルウィンとのカップリングが今すっごく人気急上昇中なのよ! 今のうちにもっとあの子のことが知りたいの!」
 少女二人は可愛らしい天使の姿でありながら、食らいつくような勢いで邪な発言をした。
 しかも内容の全部が聞き流せないものばかりだ。
 まさか自分とセブルスが彼女達の妄想対象になっているとは思わなかった。
 「セブルスの前でその手の話題はタブーだ。リリーがそっちの道に走ったことにショックを受けてる。
 君達の言ったとおりに彼は純情なんだ。刺激のある話題はやめてくれ………君達としては純情な子は純情なまま育ってくれた方が創作活動のしがいがあるはずだ」
 途端にオーレンとボーモントがキラキラした瞳をシドを向けていた。
 「さすがハーティ様の弟だわ。私達に理解があるし、私達の好みも良くわかってるわ。その通りだわ。あの子はあのまま育ってほしい気がする」
 「純情なあの子がミスター・セルウィンを意識しはじめて慌てる様とか」
 「ミスターを見て顔を真っ赤にするところとか美味しいわ」
 彼女達は小声で盛り上がる。
 「うん。君達をセブルスに紹介するのは危険な気がするから、当初の予定通りにリリーに頼んでくれ」
 「別にとって食べるわけじゃないのに」
 「お話したいだけなのよ。あの可愛い子と」
 「そうそう。入学当初は目立たなかったのに、最近どんどん可愛くなって、やっぱりリリーに恋してるからなのかしら。
 私達的にはミスター・セルウィンに恋してるが最高なんだけど。あら、これで一話書けそうじゃない?」
 「そうね。もう少し話しを膨らませてみましょう」
 コソコソと話しに熱中しはじめた二人を放置して、頭痛を覚える頭を抱えながらセブルスとリリーの元へ行く。
 「メアリー達との自己紹介は終わったの?」
 「強烈な友人を持ってるね。リリーに聞きたいことが沢山できたよ」
 含みのあるリリーの笑顔にシドは軽い皮肉を交えて返す。
 幸いなことにセブルスには彼女達との会話は聞こえていなかったらしい。
 自分が彼女達の妄想のモデルになっていると知ったら怒るだろうし、それを止めないリリーにも絶望するだろう。
 この場合、絶望の比率が高すぎる。だから絶対にセブルスの耳に入れないようにしなければならなかった。
 「わたしの親友達なのよ。すごく趣味が合うの」
 その一言にセブルスの顔色が赤からスウッと青ざめて行くのが見えた。
 彼女のカミングアウトはセブルスにとってトラウマになりつつあるらしい。慌ててシドは話題を変えた。
 「リリー。そのキャンディー食べてみて。きっと気に入ると思う」
 「わかったわ? 見たことない物だけど、きれいな赤のキャンディーだわ。苺かしら?」
 苺味だわとリリーが感想を言った瞬間、ぽふんと音がした。
 セブルスは絶句し、こちらの様子に気づいたオーレン達が歓声をあげた。
 「可愛いわ。どうしたの? それ!」
 「え? なに? どうかしたの?」
 興奮気味に詰め寄られても自分の姿が見えないリリーにはわけがわからない。
 オーレンがリリーに小さな鏡を渡した。
 「な、なによこれ!」
 リリーの頭に白いウサギの耳が生えていた。 
  白ウサギか。天使の衣装とも違和感がないね。似合うよ」
 「ちょっと、シド。なにこれ!」
 「動物耳変身キャンディー」
 実はハロウィン直前に実家から送られてきたものだ。
 とりえず実家から来る物は怪しむ傾向があるシドは、そのキャンディーを調べて、悪戯グッズであることを突き止めた。
 「一時間で元に戻るよ。君達にあげたキャンディーもそうだよ。良かったら試してみて」
 「ウサギ耳だけ? 変なのないでしょうね?」
 「猫や犬とか普通の動物の他にドラゴン耳やアルマジロとか少し変わったのもあったね」
 それを聞いた少女達はキャンディーをポケットにしまい込んだ。
 リリーのようなウサギならともかく、天使の姿でドラゴンの耳が生えたら笑い者にしかならない。
 「わたしだけなんてひどいわ。メアリーも達も食べて。どれがどの動物耳になるかわからないの?」
 「残念ながら。リリーが寂しがってるし、はい、セブルス、あ~ん」
 キャンディーを包み紙から取り出してセブルスの口元に持っていく。
 オーレン達が黄色い悲鳴をあげたが、気のせいだと思い込むことにした。
 「なに普通に僕に食べさせようとしてるんだ。そんな物食べるわけっぐっ」
 「なら口開けちゃダメだよ」
 しゃべっているセブルスの口に青いキャンディーを放り込んだ。
 ぽふんと音がしてセブルスの頭に黒い猫の耳が現れた。
 「セブは猫の耳なのね!可愛い! あら、この耳動くわ」
 リリーは遠慮無くセブルスの猫耳を触っていき、感覚があるらしい猫耳はプルプルと震えているのが見えた。
 言うまでもなくセブルスの顔は赤く、その様子をシドとリリーの友人達は温かい目で眺めていた。
 「リリー攻めであの子受けもいけるわ」というボーモントの声は幻聴に違いないとシドは自分に言い聞かせた。
 猫耳を撫で回して気が済んだリリーに解放されたセブルスはシドの襟首を掴んできた。
 「シド、おまえはなにを考えているんだ!」
 顔が赤いのは照れのせいなのか怒りのせいなのか。おそらく八割は照れだと推測できる。
 「ハロウィンの悪戯」
 「おまえはTrick or treatも言っていないはずだ」
 「ああ、そう言えばそうだ。いきなり悪戯は礼儀に反するね。Trick or treat!」
 「今さら遅いぞ。馬鹿者!」
 不意にセブルスが思いがけない行動に出た。シドの持っているキャンディーを取り上げると、包み紙を外してシドの口元に持ってきたのだ。
 「食べろ。どんな耳が生えるか見ててやる」
 そして無理矢理口にキャンディーをねじ込んできた。
 「セブルス、君乱暴だ」
 キャンディーはリンゴの味だった。
 ぽふんと頭上で音がする。自分の頭に耳が生えているので、当然ながらシドはどんな動物耳が生えてきたのかわからない。
 「なに耳?」
 「セブルスと同じ猫みたいよ」
 鏡を見れば、確かにセブルスと同じ黒の猫耳が生えていた。






 猫耳の二人組は大広間のスリザリン席では異様に目立っていた。
 まだ幼さが残っているが秀麗な美形であるシドや、入学当初とは別人のように可愛らしくなったセブルスの猫耳は似合っていた為に女生徒には概ね好意的に受け入れられた。
 スリザリン気質の男の上級生が名門の人間が浮かれたことはするなと文句を言ってきたが、シドはこれを完全に無視し、憤った男は二人を見て眼福を味わっていた女生徒達に「あなたうるさいわ」と睨まれて逃げ出した。
 どこの世界でも女の集団は恐ろしい。
 スリザリンだけではなく、他の寮の席からも多くの視線は感じていてシドは心の中で首を傾げていた。
 派手な仮装の人間は沢山いるのに、猫耳を生やしただけの自分達がここまで注目されるのは不思議だった。
 視界の端にものすごい勢いで羽根ペンを動かして何かを書いているスリザリンの女生徒が数名いたが、知らない方が良いと本能が決断を下したので見なかったことにした。
 「一時間の我慢だよ」
 シドは周囲の視線を気にせずに普通に食事を摂っていたが、セブルスは食欲が湧かないらしい。
 皿に盛った料理はあまり手がつけられていなかった。
 「セブルスは意外と繊細だね」
 「おまえが図太いだけだ」
 ギロリと睨み付けられた。
 「ひどいな。甘ったるい匂いで体調を崩すぐらい繊細なのに」
 「笑わせるな」
 「とりえずその皿の料理は食べること。最初の授業はグリフィンドールと合同の魔法薬学だ」
 悪戯公認になるハロウィンに普段から悪戯をしてまわっているグリフィンドールの問題児達が大人しくしているわけがない。
 「困ったお子様がきっと騒ぎを起こす。食べておかないと精神的にも肉体的にも保たないよ」
 「………朝食の席にやつらがいないな」
 賑やかなグリフィンドールの席にストーカーをはじめとする問題児達の姿はない。
 「天使でウサギ耳のリリーがいるのに変質者が現れていないのは不気味だね」
 「ウサギ耳はシドのせいだ。やつらはなにか企んでいるのだろ」
 「だろうね。スリザリン嫌いの連中なら間違いなく魔法薬学の時間になにか仕掛けてくるよ」
 それでさえ普段の悪戯の標的は圧倒的にスリザリン生が多いのだ。
 ふと周囲を見れば、今の会話を聞いていただろうスリザリン生達が嫌そうな表情を浮かべていた。
 「用心するに越したことはないね。だから朝食はちゃんと食べようか」
 「わかったから、人の皿にベーコンを勝手に増やすな」
 文句を言いつつもセブルスはベーコンを食べはじめる。
 「魔法薬学になにか悪戯騒ぎを起こすにしても、それはいつもより少しだけ被害が大きいぐらいの代物だと思うよ」
 「なぜそう断言できる?」
 「恐らく大々的で一番派手な悪戯は全校生徒のいるハロウィンのディナーの時に仕掛ける。
  目立ちたがり屋の子供のやりそうなことだ。全校生徒の前で派手にやろうとしてるぶん、半端な悪戯だと馬鹿にされるからね。だからそちらに力が入るはずだ」
 「シドが言うと本当にやつらが夕食時になにかやりそうに思えてくるな」
 悪戯し放題のハロウィンの朝に、彼らが騒いでいない事実がまるでシドの発言を裏付けるようで、セブルスは苦々しく舌打ちをした。
 「考えすぎで終われば良いけどね」
 ちぎって口に入れたパンは甘いお菓子の匂いが染みついていた。




 朝食の後、魔法薬学の教室の地下へと移動する。
 教室にはすでに半分ほどの生徒が来ていた。グリフィンドールの生徒達は半分ぐらいが仮装をしている。
 シドにはグリフィンドール生達が仮装してはしゃいでいる姿が微笑ましく見えた。
 下手に大人びようとしているスリザリン生より子供らしくて好感が持てると考えるのは、本来の精神年齢がそうさせているのだろう。
 つまりはどうしても同級生達を「子供は子供らしくが一番」と三十路過ぎの大人目線で見てしまうのだ。
 三人の天使達が手を振ってくるのが見え、こちらも手を振り返すと周囲のグリフィンドール生達がざわめき、グリフィンドールの女生徒達がリリー達に一斉に話しかけているのが見えた。
 強い視線が猫耳に集中しているのがわかるが、一切気にせずに教室内を見回す。
 そろそろ教授がくる時間になりみんな席に座ったが、問題児達の姿はまだなかった。
 「シド」
 彼らの姿がないことに気づいたセブルスがこちらを見てきた。
 「うん。気を抜かない方がいいね」
 彼らは色々な意味で期待を裏切らないらしい。
 教授が教室に入ってくるなり、けたたましい破裂音が響いた。
 その音に驚いた吸血鬼姿のスラグホーンが派手に転んだが、それは既にシドの視界に入っていなかった。
 「プロテゴ」
 何かがドアから投げ込まれるのを視認するなり、盾の呪文を小さく唱えて杖をふる。
 次の瞬間には、教室内はハロウィンのパンプキンカラーに染まっていた。
 ドアから投げ込まれたのは単純な水風船だった。
 ただパンプキンカラーの水は派手に飛び散り、教室内はもちろん生徒達もパンプキンカラーに染まった。
 シドの予想を反して被害はスリザリンだけではなくグリフィンドールにも及んでいたのは驚きだった。
 当然ながら生徒達は悲鳴をあげた。
 そんな中、笑いながら姿を現した問題児達はある意味尊敬に値するほど空気が読めないようだ。
 「悪戯成功!」と喜ぶジェームズとシリウス。困ったように笑う残りの二人。
 彼らにパンプキンカラーに染まった仮装をした女生徒達が鬼の形相で詰め寄っていく。
 もちろんリリーもだ。純白の衣装も可愛い顔もまだらなパンプキンカラーに染まっていて、それを見たジェームズが真っ青な顔色になった。
 悪戯優先にしてグリフィンドールとスリザリンを区別するという基本的なことすら失念していたらしい。
 「着飾った女性の衣装を台無しにするなんて愚かだ」
 盾の呪文によってシドとその周囲の生徒達は色水の被害を受けていない。
 とりあえずこの場をスラグホーンが納めるかと思ったが、最悪なことに転んだ教授は気絶していて、起き上がる気配がなかった。
 グリフィンドールの女生徒達の迫力に押されてスリザリン生は文句を言うのも出遅れてしまったが、それでも苛立たしげにジェームズ達を睨み付けていた。
 スリザリン生達が行動を起こすのも時間の問題に見える。
 「セブルス、出よう。これじゃあ授業にならない」
 「あ、ああ。そうだな」
 教科書を持って教室を出ようとする。
 ふと耳に飛び込んできた嗚咽に自然と足が止まった。
 グリフィンドールの小柄な女生徒はマグル出身なのだろう、不思議の国のアリスのエプロンドレスを着ていたが、そのドレスもパンプキンカラーに染まっていて、よほどショックだったのかボロボロと泣いていた。
 彼女の友人達が焦って宥めているのが見えた。
 「………」
 面倒事も目立つことは嫌いだが、女子供の泣き顔は視界に入れたくないほど苦手だった。
 これがうるさく泣き喚く少女なら嫌悪感丸出しで無視できたが、さっきまで楽しそうに笑っていただろう少女が悲しそうに涙を流しているのは後味が悪くて気が滅入る。
 深いため息を吐き、呪文を唱えて杖を振った。結果を見ずに教室を出る。
 驚きの歓声が背後から聞こえたので、魔法はうまく発動したのだろう。






 「おまえはお人好しすぎるぞ」
 小走りでシドを追ってきたセブルスの声は機嫌が良さそうだった。
 「汚れが消えてリリーが喜んでいたから、僕からも礼を言うぞ。それから盾の呪文で守ってくれて………ありがとう」
 セブルスはリリーのことに対する感謝の言葉は自然に言えるのに、自分が守って貰ったことに対する礼の言葉はひどく素っ気ない態度だった。
 これがシド以外の人物だったら、セブルスの態度を不愉快だと感じるが、セブルスの照れ隠しだと理解しているシドは「どういたしまして」と口元で小さく笑った。
 心の中で「ツンデレセブルスは可愛いな」とジタバタしながら。
 「アリスの子が持っていたウサギのぬいぐるみが動き出して周囲が驚いていたが、あれもシドの仕業か?」
 「姪が泣いた時の対処方法だよ」
 「姪は幾つだ?」
 「三歳」
 「三歳児と同じ扱いか。シドが年上好みと言った理由が少しだけ理解できたぞ」
 「ああ、それだけど他言無用でお願いするね。下手に噂が広がると適齢期の娘を持った名門の親達がお見合いの話をこぞって持って来そうだからさ」
 長男ほど重要視されない次男も名門の血筋であれば話は別だ。
 セルウィン家は誰もが認める自由恋愛の家風であるが、この手の話は生まれた時から周囲の名門名家が話を持ってきていてうるさいのだ。
 「わかった」
 「次の授業までどうしようか」
 魔法薬学の時間が丸々空いてしまった。
 図書室に行こうかと考えたが、今日はどうも静かに勉強や読書ができる環境ではない気がした。セブルスの意見も同じだった。
 「お茶会の部屋で一息つくのはどう? その間にキャンディーの効果も切れるし」
 「昨日の夜に飲んだ紅茶………あれが出るならこの猫耳のことも忘れてやる」
 セブルスはシドがブレンドした紅茶をいたくお気に召したようだ。苦笑しながらシドは頷いた。



 


 ハロウィンの夕食時にやはりジェームズ達は派手な悪戯をした。
 大広間に派手な花火が打ち上げられ、その花火がカエルやトカゲ、クモになって大広間に降り注ぎ、阿鼻叫喚の地獄絵図になった。
  なぜそこでゲテモノをチョイスするのか理解に苦しんだ。
 花や蝶、お菓子などを降らせれば魔法薬学の時間に起こした悪戯の汚名も返上できたはずなのに、女生徒の怒りに油を注ぐ手段を選んだ彼らの行動がシドには理解不可能だった。
 ダンブルドアがすぐにゲテモノを消したが、他の生徒達の怒りは消えなかった。
 どうせならこの強烈に甘ったるい香りを放つお菓子の数々も消してほしいと苦々しく呟いたのを、セブルスに聞かれてうるさそうに睨まれた。
 スリザリン席は被害がなかった。
 朝のシドの発言を聞いており、なおかつ本当に魔法薬学の時間に問題が起きたために、一年生の何名かが上級生に相談したらしい。
 そして上級生がジェームズ達に警戒の目を光らせ、騒ぎが起きてすぐに「プロテゴ」を数名でかけてスリザリン席を守ったのだ。
 スリザリンは仲間内の結束は硬かった。
 「プロテゴ」を使ったのは上級生達。
 彼らをまとめていたのは美しいプラチナブロンドの髪を持った顔立ちの整った男だった。
 前世の姉が言っていた「でこっぱち殿下」ことルシウス・マルフォイ。
 「へたれ属性の愛妻家」は現在スリザリンの監督生をしていた。





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