奇人変人の恋愛騒動

  

 姉から贈られたホグワーツの見取り図には「お茶会用の部屋」と名前のついた部屋があった。
 実にタイムリーな部屋の存在に興味を引かれて、朝早くから地図を見ながら移動階段を登り、隠し扉の入口は姉の地図に書いてなかったので自力で見つけ出し、それらしい部屋の入口になるだろう絵を見つけた。
 部屋の開け方は絵の黒豹がシドを見るなり、「セルウィンの血筋の者だな」と問い、自分の口に手を充てるように告げてきたので困らなかった。
 そして開いた絵の向こうには、見晴らしの良い景色が眼下に広がる部屋が存在していた。
 姉が卒業したあとは使われていなかったのだろう室内にはうっすらと埃が積もっており、シドは魔法で部屋をきれいにした。
 テーブルの上には姉が残したシド宛の手紙があった。
 この部屋を作ったのが祖父であること。
 四季を楽しむお茶会の部屋としてセルウィンの子供達に伝えられていることなどが書かれていた。
 窓の外には秋に染められつつある景色が広がっている。
 秋の雨の景色も情緒があるが、銀世界の冬も春の新緑も夏の湖もきっと美しいはずと期待できた。
 「お祖父様は趣味が良い」
 今日はこの場所に決定して、お茶会のためのお菓子やケーキを朝食の準備で忙しい厨房に頼みに行く。
 しもべ妖精は快く引き受けてくれた。
 紅茶はシドが用意する予定だ。
 セブルスが気に入ってくれている紅茶をリリーに振る舞いたかった。
 自分の淹れた紅茶を飲んで「おいしい」と言うセブルスの顔を思い出し、シドは口元が緩むのがわかった。
 仏頂面もセブルスらしいと思うが、彼の子供らしい表情を見るととても幸せな気持ちになる。
 彼は実家でまともな食生活をしていなかったらしく、小食の上にひどい偏食家だった。
 原作でホグワーツで食事をしているのに土気色や青白い肌はおかしいと考えていた謎はすぐに解け、そしてシドは世話を焼く母親よろしくセブルスに食事指導をした。
 どんな食べ物を摂取すれば血の巡りが良くなり、脳に栄養が行って勉強がはかどるか。
 背を伸ばすにはなにを食べるべきなのかなど、セブルスがうるさいと一蹴せずに関心を持つように仕向けて。
 結果、セブルスの偏食は治り食べる量も増えて顔色もどんどん良くなった。
 リリーはそんなセブルスを見て「最近のセブは可愛いわ」と抱きつき、セブルスの顔をリンゴのように真っ赤にさせた。
 11歳の子供が異様に痩せていて顔色が悪いのをシドは見過ごせなかった。
 大切に思っている友人なら尚更だった。
 セブルスの外見にすでに原作の面影はないが、シドは一切気にしていない。
 自分をセブルスに関わらせた時点で原作は変わっているはずだし、不幸な未来が待っている原作に沿おうなんて気もさらさらなかった。
 午後にリリーの授業が終わるのを待って「お茶会の部屋」へと案内する。
 隠し扉や初めて見る通路に二人は不安そうな顔をしていた。
 黒豹の絵でリリーが脅えだしたが、部屋からの景色を見るなり大喜びした。
 友人という括りに入っているせいか、リリーのはしゃぐ声はうるさいとは思わない。
 セブルスもジッと窓から外を見ていた。どうやら気に入ってくれたらしい。
 紅茶の準備をしながらこの部屋の説明をした。部屋を作った祖父は「お茶会用の部屋」と子供達に伝えたが、学生時代はかなりのプレイボーイだったという彼の性格からするとこの部屋は女性を連れ込むために作ったものではないかと思われる。
 実際、姉もそう推測した文章を手紙に残していた。
 もちろんその旨は心に秘めておいて、一族の「お茶会用の部屋」だとセブルス達に説明した。
 リリーが知りたがっていた本題「ホグワーツのロマンス」の話をする。
 実際、母親や姉の話題を口にするのは精神的に疲労感を伴うが、笑顔のリリーには勝てないし、せっかくのお茶会なのだから二人に楽しんで貰いたかった。
 リリーが楽しければセブルスも楽しいだろうから、リリーを持て成すことが最優先だった。
 「素敵。それまで誰も二人が付き合っていること知らなかったって話しだもの、誰にもばれないようにこっそりと愛を育んでいたのね」
 両親の恋愛騒動は驚くほど美化されていて、とても事実を話す気になれなかった。
 女の子の夢を木っ端微塵に破壊するのは気が引ける。
  しかもあるだろうとは思っていた母親のファンクラブの会誌まで見せられると、頭を抱えるしか道はなかった。
 「この人は女性なのか? シドの母親?」と訊ねてくるセブルスの驚きに満ちた視線が痛くてたまらなかった。

「スリザリンの王子様」と呼ばれていた母親とグリフィンドールの熱血クィディッチ馬鹿だった父親カルロの関係は、いうなれば河原で殴りあって「おまえなかなかやるな」「おまえもな」とお互いの実力を認めあった男同士の友情のようなものだった。
 もちろん本当の殴り合いではなくシーカーとして競い合って、お互いの実力を認めていたのだ。
 二年生から好敵手と認め合った関係が変化したのは、七年生の最後のスリザリンとグリフィンドールの試合の後だ。
 この試合はスリザリンが勝利を納め、勝利に喜ぶクローディアをカルロは急に美しい女性であると認識した。
 クィディッチ一筋の熱血漢は雰囲気やらアプローチの手順を考えない男だった。
 目の前のスニッチを捕まえるがごとく一直線すぎる性格のカルロは、
片想いのときめきやら緊張の告白などを吹っ飛ばしてその場でクローディアに大声で求婚するに至っている。
 しかもクローディアがその求婚を承諾したせいで、さらにその場は混乱に陥ったようだ。
 当時のことを笑い話としてクローディアから聞いていたシドは、美化されすぎている話に喜んでいるリリーに申し訳ない気持ちになってくる。
 リリーはなぜか羊皮紙と羽根ペンを持ち出して、必死にシドの話を書き留めていた。
 こういう行動を取る人物を知っているせいか、ひどく嫌な予感がした。
 話は両親から兄へと移った。
 セルウィン家の跡取りでありシドの兄であるブライアンは幼い頃からエジプト魔術の虜だった。 
 レイブンクローの五年生になったブライアンは、図書室で同じエジプト魔術の本を探していた一つ年下の同寮の女生徒と意気投合し、思い立ったが吉日とばかりに翌日にはエジプトに向かって手に手を取り合って旅立っていた。
 後にシドが一番呆れたのが、当時二人の間に恋愛感情はなく純粋に同志だと思っていたということだ。
 当時、セルウィン家に兄からホグワーツを退学する旨と、同志を見つけたので彼女とエジプトに研究しに行くと書かれた手紙が届いた時は、一族総出で祝杯が挙げられた。
 まだ幼い子供で前世の常識が脳内にあったシドとって、奇人変人のセルウィン家の流儀は驚きだった。
 その上、文句を言いにきた女生徒の両親までもいつの間にか丸め込んで祝宴の席に着かせていたのを見た時は、自分はこの一族でやっていけるのか不安になったものだった。
 手紙一通ですべての報告を済ませた兄の行動にセブルスは唖然とし、リリーは「情熱的なのね!」と喜んだ。
 この場合、セブルスの反応が一般的に正しいはずだ。
 「それじゃあマグル学の教授にプロポーズしたって話は?」
 「まだあるのか?」
 セブルスの呆れた声にシドが苦笑する。
 両親に兄が恋愛関係でホグワーツを騒がせている。
 これだけでもう充分なのに、まだ騒がせた人物がいるとなれば呆れて当然だ。
 「姉様だね」
 「『先にプロポーズをする権利ぐらい私に譲ってくれてもいいのではないかね』ってマグル学の教授の返事が伝説として残ってるの。
 シドのお姉さん、ハーティ様が最初に告白して押して押して押し倒したって先輩から聞いてるんだけど本当なの?」
 リリーの過激な発言にセブルスが焦った声を上げた。
 「………突っ込みところが満載でどこから答えていいかわからないよ」
 姉の夫が元ホグワーツのマグル学の教授なのは知っていた。
 詳しい馴れ初めについては、彼が照れて話してくれないので知らなかったが、リリーの話が事実だとすれば、話したくなかった理由も充分理解できた。
 姉のハーティならやりそうだ。
 彼女から告白し、押し倒して迫るのも、自分の当然の権利だと彼女からプロポーズするのも、当たり前のようにやるだろうと断言できる。
 問題は『伝説のプロポーズ』がわずか数年前のことで、在校生の大半は目撃者の事実だ。
 どおりで教授や上級生達が「若い時から問題起こすなよ」「結婚相手は上級生になってから決めなさい」とうるさいほど言ってくるわけだ。
 教授陣は両親と兄姉の素行のせいで覚悟していたが、なぜ上級生にまで言われるのか謎に思っていたのだ。
 教授達は本気で警戒しているが、上級生達はどう見ても面白がって期待している。
 「頼むから僕にそんな恋愛劇を期待しないでくれ」
 ホグワーツ生なんて無理だ。
 道を踏み外したロリコン犯罪者の気分になる。
 むしろ子供相手にドキドキしたら自分に絶望して死にたくなりそうだ。
 考えるだけで色々疲れてきて、とりあえず恋愛についてはホグワーツ卒業後に真面目に考えることで己の中で話しをまとめた。
 小さく息をついて、温くなった紅茶を飲んだ。
 「シド。あなたはハーティ様が在学中に作った『ベーコンレタス友の会』という愛好会を知ってる? 学年、寮問わず結構な人数が在籍してるの」
 リリーは首を傾げて問う。赤毛が揺れて可愛らしい仕草だ。
 一瞬の間ののち、リリーが言った言葉の意味を理解して、紅茶を噴き出しそうになり無理矢理飲み込もうとして激しく咽せた。
 「おい、大丈夫か?」
 「大丈夫じゃない」
 リリーから絶対に聞きたくない言葉が聞こえた。
 まさかこの単語をホグワーツで耳にするなんて悪夢だ。
 「ベーコンとレタスの愛好会になぜそんなに驚くんだ?」
 「セブルスはずっとそのままでいて」
 意味がわからずに怪訝げに眉を寄せるセブルスが今は眩しかった。
 これが普通の反応なのだ。自分がこの反応ができなくなってどれぐらいたったのか、遠い過去を顧みてしまう。
 前世でも今の人生でも、なぜか五歳になる頃には姉にこの世界を教えられるなんて、どんな残酷な運命を背負っているのか、神がいるなら襟首を締め上げて問い質したい。
  前世の姉にかぎらず、こちらの世界の姉ハーティも腐のつく世界に生きる女性だった。
 「その様子だと知ってるのね?」
 「知ってるけど、そんなキラキラした目で見ないでほしい。そういう趣味に偏見はないけど、リリーそっちに目覚めたのかい?」
 「先輩達が本を貸してくれたの。すっごく素敵だった。こんな世界があるなんて今まで知らなかったわ。わたしホグワーツに来て良かったわ」
 「激しく道を踏み外してるよ」
 「どういうことだ?」
 不機嫌そうなセブルスの声にビクリと肩が跳ねた。
 君の好きな子は男同士の恋愛が好きな腐女子になりました、などと口が裂けても説明できるわけがない。
 「言いたくないけど…………」
 「言え!」
 困ったように眉を寄せてもセブルスは睨み付けるのをやめない。
 彼は話を逸らすことを許さないだろう。仕方なく当たり障りのない部分から説明する。
 「…………ベーコンレタスは隠語なんだ」
 「隠語? なんだそれは?」 
 「Bacon Lettuce。頭文字がBLでBoys Loveの隠語として使われているのよ」
 言い淀んだシドの変わりにリリーがさらりと言ってしまったので、シドは天を仰いで頭を抱えた。
 よりによってなぜ君が説明するのか。
 「………ボーイズラブ?」
 セブルスの声はぎこちなかった。表情も強張ってる。
 そんなセブルスに自分の大好きな事で頭がいっぱいなリリーは気づかず笑顔で答えた。
 「そう! とても素敵な世界なの! 可愛い男の子達も良いけど、大人の男性達の恋愛も見逃せないわ。
 先輩達は今年はブラックや変態だけど顔は悪くないポッター。それにシドがいるから当たり年だってとっても喜んでいたわ」
 「嬉しくない」
 美形と褒められても内容が内容だ。喜べる男がいたら会ってみたいと本気で思う。
 「大丈夫よ。シドは総攻めだって意見が大多数だから」
 「そこを心配してるわけじゃないからっ」
 ふと見たセブルスは顔面蒼白になって目も虚ろになっていて焦った。
 両肩を掴んで強く揺さぶる。
 「セブルス! 大丈夫かい? ショックなのはわかるけど、気を確かにもってしっかりして!」
 ぼんやりとしていた闇色の瞳がシドを見上げ、自嘲気味に「変な夢を見た気がする」と呟いた。
 「現実逃避したい気持ちはわかるけど、現実を受け入れて」
 「リリーが変なことを言うんだっ!」
 肩を掴んでいる腕をがっちりと捕まれた。
  「若気の至りの趣味に走り始めたみたいだ」
 「…………悪夢だと言ってくれ」
 「僕はセブルスにしっかりと現実を見て、好きなことを楽しく取り組んでいるリリーを見守ってあげるしかないと…………そう助言するしかできないよ」
 実際前世の姉の婚約者もハーティの夫もこの特殊な趣味については、「彼女が楽しんでいるなら問題はない」と黙認していた。
 彼女達に言わせると彼らは男の器が大きいのだとか。
 「おまえの姉がその愛好会を創立したとさっき言ってたぞ!」
 「そうだね。でもそれにリリーが所属するかは本人の意志だし、強要されたわけじゃないだろ」
 「当然よ。とても楽しくて毎日が充実してるわ!」と幸せそうにリリーが述べたので、渋々とセブルスはシドに詰め寄るのをやめた。
 「その趣味はおかしい。異常だよ。リリー」
 「おかしくないし、異常じゃないわ。だったらホグワーツの三分の一の女生徒が異常ってことになるのよ。セブ」
 「そんなに?」
 あまりの異常事態にショックを受けたセブルスはがっくりとソファに座り込んだ。
 「ホグワーツは娯楽が少ないからね」
 「そうなのよ! この趣味って羊皮紙と羽根ペンと考える頭と妄想対象になる美形がいれば良し、好きなカップリングによっては寮なんて関係なく友達が出来るのよ!」
 「うん。わかったから、リリー。セブルスがまだ立ち直ってないから、君の口から妄想とか言わないでおいてね」
 色々と葛藤しているセブルスは真っ赤になったり青くなったり、燃え尽きたように白くなったりと忙しい。
 だが、どれほど悩んでもリリー第一主義者であるセブルスが出す答えをシドは知っていたので、セブルスの心の整理がつくまでリリーの相手をすることにした。






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