姉からの贈り物



 天気の良い青空の午後に可愛いリリーとセブルスと一緒に、美しい湖を眺めながら美味しい紅茶と甘いお菓子で楽しいお茶会と洒落込みたかったが、生憎とお茶会の約束の日は朝から強い雨が降っていた。
 雨の勢いは強く、例えこれから晴れたとしても地面は濡れているだろうし、雨のせいで気温も下がるだろう。
 特に最近は秋が深まってきていて、肌寒さを感じてきている。とても外でのお茶会には賛成できない気候だった。
 他の生徒達がいる大広間はお茶会には不向きだ。
 スリザリンとグリフィンドールの仲の悪さは入学して数ヶ月の新入生にもしっかりと浸透していて、この二つの寮の生徒が一緒にいると無駄に目立ってしまうのだ。
 入学時に姉から贈られた『ホグワーツ見取り図 これであなたも神出鬼没』を眺める。
 姉が在学時に作ったホグワーツの地図だ。
 隠し部屋や隠し通路、姉が気に入った部屋などが記されている。
 所々にドクロのイラストと共に「ここ危険。入ったら命の保証なし」の記入。
 なにがあるのか詳しく書いていないあたり、とても姉らしく思えた。
 彼女はこの危険だという部屋に侵入して無事生還しているようだ。
 普通ならばこの記入が大袈裟だと考えるが、姉が危険だと判断するぐらいなのだから、本当に危険なのだ。
 少なくとも普通の生徒なら命の保証はない。そんな部屋を普通にあちこちに配置しないでほしいと学校側に文句を言いたい。
 おそらく出入り口は普通の生徒では絶対に見つけられないようにはなっているのだろうけど。
 「近づかないのが賢明だな」
 面倒は御免だとドクロマークの場所には絶対に近づかないことにする。
 地図上の「スイートハニーの部屋」とハートが描かれた部屋は見なかったことにした。
 8階の一室に「ここ便利すぎる部屋」と書かれていた。
 気のせいか「8階の部屋」に妙な引っかかりを覚えた。もしかしたら原作に関係のある部屋なのかも知れない。
 しばらく考え込んで、思い出した内容に頭痛を覚えた。
 「『必要の部屋』だ」
 自分の目的に合致した道具や本が溢れた部屋だ。
 この部屋の有効利用を前世の姉は嬉々として語ってくれた。主に男同士の18禁的な利用方法で。
 彼女から言わせるとここは『愛を語る部屋』らしい。
 こちらの姉がこの部屋をどう使用したのか興味はなかった。
 『便利すぎる』と豪語しているのだから、有効に活用したのだろう。
 ふとある一室に書かれた記述に目がいく。
 「…………確認してみるか」
 ちらりとセブルスのベッドを見れば、まだ朝早い時間のために彼は眠っている。
 物音を立てないように気をつけながらシドは自室を後にした。




 午前の授業が終わるとセブルスとシドは本日の授業は終了する。
 午後の時間はシドがリリーをお茶会に招待していて、リリーが知りたがっていた「ホグワーツのロマンス」を話すことになっていた。 
 セブルス達の授業は終わっていたが、リリーは午後からもうひとつ授業が残っていた。
 それが終わるとお茶に調度良い時間だった。
 正直なところ、「ホグワーツのロマンス」には興味はなかったが、シドとリリーとのお茶会は楽しみだった。
 大広間で待ち合わせをして、「準備はしてあるからついてきて」と告げるシドの後をリリーと一緒に歩いていく。
 よほど楽しみにしていたのか、リリーは上機嫌な笑顔だった。というか、どうも最近のリリーは常にスキップでもしていそうなほど浮かれている。
 理由を聞けば、「寮の先輩に素敵なことを教えてもらったの」と夢見るようにうっとりと言われて、リリーを可愛いと思いつつも尋常ではない様子に少しだけ顔が引きつるのがわかった。
 移動する階段をいくつか登り、シドが普通に隠し通路を見つけて開いた時にはリリーと一緒に驚愕の声をあげたが、シドはそんな二人の反応を見て楽しそうに笑っていた。
 「ねえ、ここがどこだかわかる?」
 こっそりとリリーが耳打ちしてくる。
 「わからない」
 三つ目の移動する階段を登ったあたりから、自分達の居場所が不明確になってきた。
 隠し通路を通った時点ではっきりとわからなくなった。
 ホグワーツの通路はどこも同じような造りで迷子になりやすいが、今通っている通路の絵画は一度も見たことがないので、初めて通る場所だと理解できる。
 前を歩くシドの歩みに迷いはなく、ふとこちらを見て「迷わないから大丈夫だよ」と安心させるように微笑んだ。
 「どこへ行くの?」
 「お茶会用の部屋を教えてもらったんだ」
 「誰にだ?」 
 「後で説明するよ」
 一枚の絵画の前でシドは立ち止まった。
 人間の大きさほどの黒豹が座ってこちらを見ている薄暗い画だった。
 闇の中にある金の双眸がまるで獲物を狙っているようでひどく不気味に見える。
 怖かったのだろう、リリーがセブルスの腕にしがみついてきた。
 「開けて」
 ギロリと黒豹はシドを睨み付け低く唸るが、シドは構わずに牙を剥く黒豹の口の部分に掌をあてた。
 途端に黒豹は唸るのをやめ、絵の中から姿を消した。
 額の中に油絵が描かれた闇はなく、ぽっかりと人間が通れる穴ができていた。
 「ここだよ」
 寮の部屋ぐらいの広さの室内には不自然なほど窓近くにソファとテーブルが置いてあった。
 その理由は大きな窓から一望できる景色で理解できた。
 雨に霞んだ景色は木々が赤や黄色に染まり、その奥に湖が広がって見えた。
 晴れていたなら美しい情景が現れるに違いない。
 「素敵だわ!」
 窓に張り付いていたリリーは悲鳴のように言った。
 「すごいわ。森も湖も秋はこんなにきれいなのね。雨なのがちょっと残念だけど、でもいい眺めだわ」
 「気に入ってもらえて嬉しいよ」
 いつの間にか何もなかったテーブルの上にテーブルクロスが敷かれ、白いカップとティーポット、沢山のお菓子やケーキの皿が並んでいた。
 「おいしそう」
 目の前の甘い物にリリーはこの上なく楽しそうで、見ているセブルスも嬉しくなってきた。
 「お菓子は屋敷しもべ妖精に用意して貰った」
 「屋敷しもべ妖精?」
 「人間の身の回りの世話や食事の用意をしてる妖精だよ。魔法界だと大体は名門や旧家の屋敷で働いている。ホグワーツでも厨房に行けば会える」
 「厨房なんてあるの?」
 「もちろん。地下にある」
 杖の一振りで料理が出てくるのがホグワーツ流であるし、厨房を知らない生徒の方が大多数なのも事実だった。
 実際、シドに言われるまでセブルスも厨房の存在を知らなかった。
 「さあ、どうぞ座って」
 室内は清潔だった。空気は澄んでいて、テーブルもソファも埃ひとつ落ちていない。
 「誰がこの部屋を教えてくれたんだ?」
 腰を下ろしたソファはふかふかだった。
 「直接的には姉様。この部屋、実は父方のお祖父様が空き教室を改造してつくったらしくて、代々セルウィンの子供達に伝えられてるみたいだ」
 入口の黒豹の絵はセルウィンの血筋の者にしか扉を開けない魔法がかけられており、他の者が扉を開けるのは不可能なのだとシドは説明する。
 「そんな部屋に一族以外の者が入って良かったのか?」
 「問題ないよ」
 そのうち危険な薬品の置き場所になってるかも知れないけどと、冗談ではなく近い将来現実になるだろうことをシドは笑顔で告げる。
 白いカップに紅茶が注がれる。シドはふとした日常生活の上での動作も洗練されていてきれいだ。
 中身が魔法薬学馬鹿だとわかっていても、その優美さに見とれそうになる。
 それはリリーも同じようでジッと紅茶を淹れるシドを見つめていた。
 ふわりと芳しい香りが漂ってきた。
 「どうぞ。口に合うと良いけど」
 「いい香りだわ」
 立ち上る香りを堪能したあとで、カップに口をつけたリリーはシドの紅茶を美味しいと絶賛した。
 「そう、よかった。セブルスはどうかな?」
 「シドが淹れてくれる紅茶はいつも美味しい」
 「ずるいわ。セブ。こんな美味しい紅茶をいつも飲んでるの?」
 「僕が飲みたい時にセブルスの分も勝手に淹れさせてもらってるんだ」
 勉強で疲れた時や一息入れたい時などに、絶妙なタイミングでシドは紅茶を運んでくる。 
 自分が飲みたいだけと言っているが、あまりにいつもタイミングが良いと疑わしく思えてくる。
 実際、シドの淹れる紅茶は美味しくて、一緒に出される甘い物も勉強で疲れた頭と体を優しくほぐしてくれてとても助かっているのだが。
 シドに勧められるままにお菓子に手を伸ばす。甘い物は嫌いじゃなかった。
 「さて、ホグワーツのロマンスだっけ? セルウィンの者が在学中に引きおこした恋愛騒動」
 シドは笑顔だったが、その口調は少しだけ疲れているように思えた。
 彼は家族のことを話す時に疲労感を漂わせている気がする。
 「そうよ。先輩に聞いたの。セルウィン家の人はとってもロマンチックな恋愛をして周囲の人達の羨望の的だって」
 「ロマンチックかは謎だけど、確かに周囲を驚かせていたのは事実だろうね」
 両親がグリフィンドールとスリザリンのシーカー同士だったのはセブルスも聞いているが、どうもリリーの口調からするとセルウィン家が周囲を騒がせたカップルは両親だけではないらしい。
 「スリザリンのシーカーに試合終了後にプロポーズしたグリフィンドールのシーカーの話はご両親なの?」
 「…………うん。まあ、そうだよ。全校生徒が見てる前だったらしい」
 「素敵。それまで誰も二人が付き合っていること知らなかったって話しだもの、誰にもばれないようにこっそりと愛を育んでいたのね」 
 物語のような求婚話にリリーの瞳はキラキラと輝いている。
 どうやらリリーはこの手の話が好きなようだ。
 新発見だった。リリーはまだ恋愛に興味がなさそうだったのに。
 もしかして気になる相手でもできたのかも知れないと、不安な思いに胸が気持ち悪くなる。
 それからシドはリリーの質問に答える形で色々話してくれた。
 シドの母親は中性的な容姿で、性格も並の男より男らしくなおかつシーカーをしていた為に、同性に凄まじく人気があり、当時は「スリザリンの王子様」と呼ばれていて寮に問わず人気があったこと。
 それはリリーもグリフィンドールの先輩から聞いていて、驚いたことに今でもシドの母親のファンクラブがあり、ホグワーツ生にもファンが多いのだと言う。
 リリーがファンクラブに所属する先輩に頼んで借りて来たシドの母親のファンクラブの会誌には、誰がどうみても美青年にしか見えない男物の服を着た人物が載っていた。
 シドはその人物を母親だと認めた。 なぜかひどくあきれ果てた顔で。
 学生時代の写真も掲載していたが、その写真もシドとは違う種類の華やかな美少年にしか見えなかった。
 「スリザリンの王子様」とグリフィンドールの名門セルウィン家の長男の恋愛話はリリーを大いに喜ばせた。
 彼女は頬を紅潮させてシドの話を聞きながら、忙しく羊皮紙に何かを書き込んでいる。
 「リリー………どうして羊皮紙と羽根ペンを出しているんだ?」
 「え? だって忘れないうちにメモしておかなきゃいけないもの」
 ペンを羊皮紙に走らせるリリーはレポートを書く時のように真剣だったので、なぜメモを取らなければならないのか聞くに聞けなかった。


 「一つ年下の女生徒とエジプトに駆け落ちしたのは」
 「兄様だね。五年生の時だ。それから駆け落ちじゃなくて手に手を取り合ってエジプト呪術の研究の旅に出たんだ。しかもホグワーツ退学も旅に出る連絡も両家とも手紙一通で終わらせたみたいだよ」
 「問題にならなかったのか?」
 非常識な内容にセブルスは唖然とする。
 「情熱的なのね!」と喜んでいるリリーがまったく理解できなかった。
 「当時、僕は小さかったけどセルウィン家ではあまり問題になっていなかったと記憶してるよ。むしろ………祝杯をあげていたような………相手の家の人が焦ったらしいけど」
 「その彼女とシドのお兄さんは結婚したの?」
 「成人するのと同時にね。今もエジプトを拠点に生活してる。甥と姪がいるよ」
 後にセブルスがシドから聞く話だが、この兄と女生徒は図書室で同じエジプト呪術の本を探していて意気投合し、思い立ったが吉日とばかりに翌日にはエジプトに向かって手に手を取り合って旅立っていたのだという。
 一番驚いたのが、当時二人の間に恋愛感情はなく純粋に同志だと思っていた事実だった。
 「それじゃあマグル学の教授にプロポーズしたって話は?」
 「まだあるのか?」
 セブルスの呆れた声にシドが苦笑する。
 「姉様だね」
 「『先にプロポーズをする権利ぐらい私に譲ってくれてもいいのではないかね』ってマグル学の教授の返事が伝説として残ってるの。
 シドのお姉さん、ハーティ様が最初に告白して押して押して押し倒したって先輩から聞いてるんだけど本当なの?」
 「伝説? ちょっとまて、リリー! 女の子がなんてこと言ってるんだ!」
 リリーの過激な発言に真っ赤になってセブルスは声を荒げた。
 シドと言えば苦渋の表情を浮かべて額を両手で覆っていた。
 「………突っ込みところが満載でどこから答えていいかわからないよ」
 「三年生以上はハロウィンの夕食の時の『伝説のプロポーズ』の目撃者だって聞いたわ」
 「姉様が全校生徒の前で夕食時に当時マグル学の教授だったお義兄さんの席に行ってプロポーズしたのは聞いてるよ。返事までは知らなかったけど。そうか………姉様が卒業したのが二年前だから知ってる生徒は沢山いるか」
 頼むから僕にそんな恋愛劇を期待しないでくれとシドは苦々しく呟いた。
 それはリリーやセブルスにではなく、セルウィン家の者だからとシドにも多大な恋愛ストーリーを期待している生徒達へ向けられた呟きのようだ。
 魔法薬馬鹿に周囲が期待するようなロマンチックな恋愛を求められても困るだろう。
 なによりシドはホグワーツの生徒は論外の年上好みだ。
 ホグワーツで恋愛などできるはずもない。
 「姉様がお義兄さんに一目惚れしたのは事実だよ。
 両親や祖父母に年上の男性を口説くにはどうすれば良いかと相談して、みんなが色々アドバイスしてた気がする。
 あまり興味がなかったから気にしてなかったけど。リリーの話を聞くかぎり、かなり積極的にアプローチしてたみたいだね」
 相談するシドの姉も姉だが、相談に乗ってアドバイスをする家族も家族だ。
 普通年上の教授への恋慕など止めるはずだ。親として。
 そんなセブルスの心の声はシドに届いたようだが、「だってセルウィン家だから」の一言でまとめられた。
 「シド。あなたはハーティ様が在学中に作った『ベーコンレタス友の会』という愛好会を知ってる? 学年、寮問わず結構な人数が在籍してるんだけど」
 リリーが首を傾げて問い、紅茶を飲んでいたシドは一瞬沈黙した後、紅茶で激しく咽せた。
 「おい、大丈夫か?」
 驚いて激しく咳き込んでいるシドの背中をさする。
 「大丈夫じゃない」
 ぐったりとしたシドは力なく呟いた。その顔は少し青ざめて見える。
 「ベーコンとレタスの愛好会になぜそんなに驚くんだ?」
 ずいぶんと特定の食べ物に限定した愛好会だが、青ざめるほど驚く物とも思えないし、寮学年問わずにその二つの食べ物の愛好会は人気があるようだ。
 「セブルスはずっとそのままでいて」
 涙目のシドがなぜか縋るように見てきて困惑した。
 「よくわからないぞ」
 「その様子だと知ってるのね?」
 「知ってるけど、そんなキラキラした目で見ないでほしい。そういう趣味に偏見はないけど、リリーそっちに目覚めたのかい?」
 「先輩達が本を貸してくれたの。すっごく素敵だった。こんな世界があるなんて今まで知らなかったわ。わたしホグワーツに来て良かったわ」
 「激しく道を踏み外してるよ」
 「どういうことだ?」
 聞き逃せない単語にセブルスはシドに詰め寄る。
 「言いたくないけど…………」
 「言え!」
 沈黙するシドを睨み付けると、困ったように眉を寄せた。
 「…………ベーコンレタスは隠語なんだ」
 「隠語? なんだそれは?」
 「Bacon Lettuce。頭文字がBLでBoys Loveの隠語として使われているのよ」
 言い淀んだシドの変わりにリリーが当たり前のように説明してきたが、セブルスには意味がわからなかった。
 どちらかと言うと理解することを脳が拒否した。
 今、リリーがとんでもない発言をした。
 己の血の気が引いていくのがわかる。
 頭が真っ白になる。
 「ボーイズラブ?」
 「そう! とても素敵な世界なの! 可愛い男の子達も良いけど、大人の男性達の恋愛も見逃せないわ。
 先輩達は今年はブラックや変態だけど顔は悪くないポッター。それにシドがいるから当たり年だってとっても喜んでいたわ」
 見慣れたはずの眩しいリリーの笑顔が、彼女の存在がとても遠くに感じた。
 聞き慣れないボーイズラブの意味は文字通り男の子同士の恋愛を意味し、そんな恐ろしい話をリリーが堪らないとばかりに語っている。
 これは悪い夢だ。
 自分はとんでもなく悪趣味な夢を見てしまっているのだ。
 「嬉しくない」
 憮然とした表情でシドがため息をつく。
 こんな悪趣味な夢に友人を出してしまって申し訳ない気持ちになる。
 罪悪感に苛まれないうちに早く目覚めたかった。





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