セブルス改造計画
通路の窓から緑から鮮やかな黄色や赤へ色を変えはじめた木々が見え、緑豊かなホグワーツには秋の気配が徐々に強く漂い始めていた。
暖かな日差しの中にも、ときおり頬を撫でる風は涼しいというよりひんやりと冷たくなっている。
入学してからの日々を迷宮のような校内に慣れることや、山のように出される課題などの勉学に慌ただしく費やしていると、一月はあっという間に過ぎていた。
昼食を終えてセブルスは図書室へと向かう。
今日の授業はあとは真夜中にある天文学の授業だけだ。
次の真夜中の授業まで午後はぽっかりと時間が空いたので、三つほど溜まっているレポートをこの時間のうちに終わらせてしまいたかった。
「セブ!」
耳に馴染んだ声が聞こえた。
声の方を見れば、赤毛の少女が笑顔でこちらに歩んで来た。
「リリー」
「ちょっとセブ、これどうしたの?」
突然、がっちりと正面から両肩を捕まれた。
リリーの顔がいつもより近くて、瞬時に顔に熱が溜まるのがわかる。
彼女はひどく真剣な表情でセブルスを見ていた。
「な、なにが?」
「この髪の毛よ! セブ、やっと石鹸で髪を洗うのをやめたのね。あれは髪に悪いものね!」
リリーは遠慮なくセブルスの髪を触りだしたので、セブルスは硬直した。
ねっとりとしていたセブルスの黒髪は今はしっとりとした艶を持っていて、一目で今までとの違いがわかる。
「すごいわ。ツヤツヤで柔らかい髪。女の子の間で噂になってたのよ。セブの髪が急にきれいになったって」
興奮気味にまくし立てるリリーは可愛かったが、同時に怖かった。
「どこのシャンプー使ってるの? 教えて!」
彼女の剣幕さに脅えながら、それでもこのままの状態は嬉しいけれど非常に心臓に悪いので、セブルスは一歩後ずさって、リリーから距離を取った。
「これはシドが」
「シドがセブにシャンプーを勧めたの?」
リリーの言葉にセブルスは頷く。
そうしてシドにシャンプーを勧められた時のことを思い出して、眉間に皺を寄せた。
「もしかしてセブルスって石鹸で髪を洗ってるの?」
寝る前にシャワーを浴びようとバスルームに向かおうとしたセブルスにシドが言ってきた言葉だった。
「そうだ」
この手の会話はリリーと何度かしたことがある。
真っ正面から問い質されたことはないが、彼女も自分の脂気の多い髪は気になるようだ。
「備え付けのシャンプーは使わないのかい?」
「匂いが好きじゃない」
「ああ、確かに魔法薬を扱う人間にはきついね。あのフローラルな香りは」
男女兼用で寮の各バスルームに設置してあるシャンプーは花の匂いがする。
セブルスは最初に使ったきり、次からはあまり匂いのしない備え付けの石鹸を使うことにしたのだ。
もともと家にいる時も全身を石鹸ひとつで洗っていたので問題はなかった。
「シドも使っていないはずだ」
彼は持参のシャンプーを使っていた。バスルームにはそのボトルが置いてあるのだ。
女生徒や安物が肌に合わない者は自分の好きなバス用品を持ち込んで来ている。
「僕もあの強い匂いがダメだったからね。う~ん。ねえ、セブルス。僕のシャンプー使ってみない?」
「遠慮する」
「そんな即答で拒否しなくても」
「別に僕は今のままで問題ない」
「今は問題なくても将来的に問題になるかもよ。セブルスが大人になった時に」
含みのある言葉にムッとする。
「………どういう意味だ?」
「石鹸は汚れと一緒に頭皮の皮脂も取るんだよね。頭皮の皮脂は頭皮の水分を保つためにある程度必要なんだよ。
でも石鹸は頭皮の油を取り過ぎちゃうんだ。そうすると乾燥肌になってしまう。
そうなるとね、肌を守るために頭皮が大量の皮脂を分泌する。いまのセブルスの髪みたいになる」
シドは多方面に博識だった。それが何の役に立つかは謎だが。
「………それがどうしたんだ?」
「問題はこれから。皮質の大量分泌は毛穴のつまりの原因になりやすい。毛穴が詰まると抜け毛が多くなるらしいよ」
「…………………」
「つまりこのままで行くとセブルスは将来的に禿げてしまう可能性があるってこと」
見惚れるほどきれいな笑顔のシドを殴りたい衝動に駆られた。失礼にもほどがある。
だが、将来禿げる可能性があるというシドの言葉はダメージが大きかった。
じわじわとその恐怖が胸に広がっていく。
若くして頭髪の乏しい自分を思い浮かべかけ、慌ててその恐ろしい未来予想図を頭から叩き出す。
わずか11歳にして絶対に想像したくない将来の自分の姿を思い浮かべてしまうところだった。
結局のところ、シドの脅しにも似た忠告を聞き入れた。
男にとって「禿げる」という言葉がいかにタブーか、早くも理解してしまった11歳の秋だった。
セブルスはシドとの詳しい会話の内容をリリーに話す気はなかった。
「シドのシャンプーを使わせてもらってる」
「彼の使ってる物は高級品のイメージがあるわ」
なにせ相手は名門の人間。
セブルスには既に魔法薬学馬鹿にしか見えないが、立ち振る舞いは気品に溢れているし、身につけている物に至っても、あきらかに庶民であるセブルスやリリーとは品質が違う。
だからリリーがそう考えてしまうのも無理はなかった。
「リリー、高級品だったなら僕も使うのを遠慮している」
素直にシドが勧めたシャンプーを使いはじめたのは、そのシャンプーが金持ち御用達のような高級品ではなく、シドが趣味と実益を兼ねて作った物だと説明を受けたからだ。
材料の一覧や作り方の工程を記した羊皮紙を見せてもらい、シャンプーの安全性を証明する使用実例はシド本人だった。
「彼、なんでも出来るのね」とリリーは驚きながら感心する。
シャンプーは特別珍しい材料はなく、安価で作れる物だった。
作るのを手伝うのと、別のシャンプーを作った時に使用感を教えてくれれば、材料費は気にしなくて良いと言われた。
シャンプーは少しだけハーブの匂いがした。
髪の保護の為のエッセンシャルオイルを入れているので、どうしてもハーブの香りがしてしまうらしいが、備え付けのシャンプーに比べればまったく気にならない。
数日使っているうちに髪の手触りが変わってきた。
毛先までねっとりとしていた髪が柔らかくなり、シドの黒髪のように艶が出てきた。
セブルス本人は服を脱ぐ時に、髪にボタンが引っかからなくなった程度に思っていたが、リリーの話を聞くかぎり女生徒の間では噂になっていたようだ。
「そういえばセブルスの髪に革命を起こしたシドはどうしたの? セブがひとりなんて珍しいわ」
いつもセブルスの隣にいるはずの人物の姿がないことに気づいてリリーは周囲を見回す。
「シドは寮で寝てるはずだ」
「具合でも悪いの?」
途端に心配そうな顔をするリリーは優しい女の子だ。
そんな彼女に心配されるシドにほんの少しの苛立ちを覚えながら、「違う。単なる寝不足なんだ」と事実を伝えた。
「夜更かしでもした?」
「二日間の徹夜の結果だ。シドは一度研究に集中すると止まらないらしい」
ここ二日間の夜の間はずっと机に向かってなにかを書き留めていた。
背後から覗き見たが、どうやら新しい魔法薬を考案中のようだ。必要な材料や調合方法が並んでいた。
深夜になっても起きているので、眠るように声を掛けたが、集中しているシドにセブルスの声は聞こえず、分厚い資料の本を眺めたまま彼は反応しなかった。
シドが魔法薬学馬鹿であることはリリーも知っていた。
三人で何度か魔法薬学の授業の話をした時に否応なく理解させられたのだ。
「外見とギャップがありすぎるわ」とリリーの感想はかつてセブルスも思ったことだった。
シドはリリーと同じでスラグホーンのお気に入りになりつつあるが、シドは調合中に側に張り付いて話しかけてくる非常識な教師を鬱陶しがっている。
きっぱりと「調合の邪魔です」と本人に言い切るほどに。
正直なところ、セブルスも魔法薬学にそれなりの自信はあるが、スラグホーンの様子を見ると彼のお気に入りになることは羨ましいとは思えなかった。
二日間徹夜しての研究原案はやっと一段落ついたついたらしく、今朝セブルスが起きるとシドは机に顔を伏せて眠っていた。
その日の授業は休むのかと思ったが、シドはセブルスが近づくと目覚めて、眠そうにしながらも朝の支度をはじめた。
午前の授業は変身術と薬草学だったために気が抜けず、午前の授業が終わるなりシドは昼食も食べずに寮に戻った。食欲より眠気が勝ったようだ。
「夕食前に起こしてくれと頼まれたから天文学の授業には出るみたいだ」
「あら、天文学の授業までこのあとはなにもないの?」
「ああ。図書室でレポートを終わらせるつもりだ」
「わたしはこの後魔法史なの。お昼を食べたあとだから眠っちゃいそうだわ」
真面目な彼女でも睡魔に襲われるらしい。
セブルス自身も魔法史では教師の話を聞くより、教科書を読み込む時間になっていた。
とにかくあの教師の話し方は尋常ではなく眠気を誘うのだ。
ちなみにシドは「無駄な抵抗はしない主義だから」と言い、睡魔に誘われるままに眠っているか、分厚い魔法薬学の本を読んでいる。
「じゃあそろそろ魔法史の教室に行くわね。レポート頑張って」
「ああ。リリーも魔法史を眠らないように頑張ってくれ」
「わかってるわ。いけない。言い忘れるところだったわ。
シドに今度ホグワーツのロマンスについて教えてほしい伝えておいてもらいたいの」
「ホグワーツのロマンス? なんだそれは?」
どこかで聞いたような気もする。少なくともセブルスが興味のある分野ではなかった。
「シドに聞けばわかると思うわ。とってもロマンチックな話だからぜひ聞きたいのよ」
もう時間がないと言ってリリーは走り出した。遠ざかる赤毛をセブルスは呆然と見送った。
リリーの謎のお願いの内容に首を傾げつつ、とりあえずシドに伝えておけば問題ないと納得して、当初の予定通りに図書室で溜まっていたレポートを仕上げた。
良い本が見つかって思ったより順調にペンが進んだ。時計を見ればそろそろ夕食の時間だった。
死んだように眠っているだろう友人を起こすために一度寮に戻る。
自室に戻るなり、セブルスは絶句した。
ベッドで眠っているはずの友人は調合器具の前で煤だらけになって頭を抱え、羊皮紙に忙しくペンを走らせていた。
「ナナイロニシキハチの分量と………ああ、あれの加熱の仕方がまずかったか。弱火の時間をもっと長くしてから………」
煤にまみれているのはシドの周辺だけだった。
足元を見れば、まるでそこに壁でもあったかのように煤汚れがくっきりと途切れており、それはシドの調合器具を中心にきれいな円が描かれているように見える。
魔法で作られた外部と遮断された空間。いわゆる結界の痕跡がわかりやすく残っていた。
実はこの現象を見たのは初めてではなかった。
朝起きて一番にこれを見た時は夢を見ていると思ってベッドに戻った記憶がセブルスにはある。
夜中になにか思いついた魔法薬学馬鹿な友人は、深夜に調合をはじめた。
眠っているセブルスを起こさないために、音も匂いも遮断する結界をつくり、そして調合に失敗して自分のまわりを煤と飛び散った薬だらけにしたのだ。
再び起きてその有様を見た時は、その高度な結界の魔法に驚くべきなのか、失敗した魔法薬の難易度の高さに驚くべきなのか、それを平然とやってのける同室の友人に驚くべきなのか、色々ありすぎて対応に困った。
「シド!」
魔法薬の思考の世界に旅立っている友人を呼ぶ戻すために大きな声で呼べば、シドはやっと羊皮紙から顔をあげた。
きれいな顔は今は煤にまみれている。
「おかえり、セブルス。散らかっていてごめんね。いま片付けるよ」
杖を振り、「スコージファイ」と清めの呪文を唱える。床や調合器具、そしてシドの汚れがきれいに消えてなくなった。
「加熱と分量を間違えたから大鍋が爆発したみたいだ」
「みたいだな。怪我はないのか?」
彼は爆発が起こった結界の内部にいたはずだ。煤だらけの姿がそれを物語っている。
「平気」
頭から足の先までジッと見たが、確かにシドに怪我はなく、本人は底に大きな穴が空いてしまった大鍋を見て落ち込みながら「レパロ」を唱えて鍋を直していた。
あの大鍋が直されるのを見るのは既に片手の指では足りなかった。
「寝不足で眠っていたんじゃないのか?」
「三時間ぐらい死んだように眠ったらすっきりしたよ。時間もあったから研究してた」
「隈ができてるぞ」
「え? 本当?」
シドは肌が白いから余計に目立つのだ。
「夕食が終わったら、時間まで眠っていろ。僕が起こすから」
「ありがとう。でもそうすると夜に眠れなくなりそうだよ」
そうして眠れないからと調合をはじめて徹夜するシドが目に浮かぶようだった。
「なら夕食に行くぞ」
「そうだね。昼も食べてないからお腹空いた」
片手で胃のあたりを押さえて呟く。
「シド。寝癖がついてる」
さらさらでまっすぐな髪の一部がぴょんと跳ねていた。
「………なおしてくるよ」
面倒そうにバスルームへと向かっていく。
奇人変人と言われていてもセルウィン家は名門だ。
身だしなみは徹底的に教え込まれているらしく、面倒そうにしながらもシドは身なりに気を使っていた。
だらしない姿をしているのが知られると、母や姉、祖母などの女性陣に叱られるらしい。
ただ、それを語ったシドの表情が次第に疲労に染まっていったのが不思議だった。
バスルームから戻ってきたシドからは寝癖も隈も消えていた。
「リリーがシャンプーのことを知りたがっていたぞ」
「さすが女の子は目ざといね。セブルスが劇的な効果を表したから無理もないけど」
猫のように目を細めてシドは笑う。
悪戯が成功した子供の目だった。
「なんかセブルスのこの艶のある黒髪って触りたくなる。リリーも撫でてこなかった?」
言いながら髪を一房指先に絡め取る。
セブルスといえば、リリーに撫でられた時のことを思い出して真っ赤になった。
「大正解?」
「うるさい!」
つい乱暴にシドの手を振り払っても、彼は楽しそうに笑っていた。
「うん。図星だね。シャンプーを知りたがるってことは使ってみたいんだろうね。作る量を増やすのは大した手間じゃないから問題ないけど…………」
顎に手をあてながらシドは何かを考えはじめた。
リリーが欲しがっているなら、セブルスはその望みをかなえてやりたかった。
「僕も作るのを手伝うぞ」
「ん? ああ、もちろん作るよ。 そうじゃなくて、リリーぐらいの女の子には僕等の使ってるシャンプーだと物足りないんじゃないかと思って。女の子は花や甘い香りの物が好きだろ」
「…………そうかも知れない」
実際、リリーの髪からはいつも花の良い香りがしている。
「リリーの好きな花わかる? エッセンシャルオイルをその花から作って配合してみよう」
「リリーはバラの花が好きみたいだ」
彼女の家の庭には美しいバラが咲き誇っていた。そしてその花がリリーは大好きだった。
「バラか。香りが強すぎると下品になるな。優しく香る程度のが好ましいから、香りの強くない品種を探してみるか。図書室にそれ系の本あるかな」
まさかここまで真剣にシドがリリー用のシャンプーの制作を考えるとは思わなかったので、セブルスは驚いた。
オイルのために数え切れないほどあるバラの中から該当する品種を探す気でいる。
「シドはリリーが好きなのか?」
思わずそんな言葉が口をついた。シドの行動がとても友人に対する物には思えなかったからだ。
彼がリリーに好意を持っているとなると、これからどう接していけば良いのかわからなくなる。
こちらを見たシドは不思議そうに首を傾げる。
「好きだよ?」
なぜ当たり前のことを聞くのかと言わんばかりの顔だったが、すぐに察したらしく、シドはにやりと口元で笑った。
「心配しなくても僕の好きは友人としてだよ。セブルスのライバルになったりしないから安心して」
「なっ」
一気に顔に熱が溜まった。
シドにはうすうす気づかれている気はしていたが、こうもはっきりと己の気持ちを暴露されると恥ずかしくてたまらない。
「シャンプー作りは僕の趣味。まあ、シャンプーに限らずだけど、色々作るのが好きだからさ。妹みたいな可愛いリリーのご要望ならはりきって応えたくなる。プレゼントして驚かせてもみたいしね。
セブルスもそう思わない? リリーをびっくり驚かせて喜ばせたくない?」
「………妹なのか?」
同じ年なのに。確かにシドは大人びているし、自分に対しても面倒見の良い兄のように接しているが。
「はっきり言っておくけど、僕は年上好みだから」
「はあ?」
驚くセブルスにさらに追い打ちをかけるようにシドは続けた。
「少なくともホグワーツ生は論外だ。成人してる女性が良い。でないと精神的に犯罪者の気分だ」
思いがけない衝撃の告白に小さく呟かれた後半部分はセブルスの耳には入っていなかった。
「おまえは11歳だぞ」
「君と同じ年齢なら11歳だね」
「確かにシドは大人っぽいけど…………」
「別にセブルスが悩む必要はないよ。君のライバルにならないことだけ頭に入れておいて。 さあ、可愛い妹のリリーのためのシャンプー作りはセブルスも協力してよ。
特にバラ選びね。これは間違いなくセブルスの方がリリーの好みを知ってるはずだから」
「ああ、わかった。でも、今の時期にバラは咲いているのか?」
ふと疑問が口をついた。リリーの家のバラを見たのは夏だった記憶がある。
バラは一年中咲いている花ではなかったはずだ。シドも気づいたらしい。
「ああ、そうか。生花を手に入れるのは難しそうだ。薬草学の先生も普通のバラの栽培はやってないだろうし、マグルの花屋に買いに行く………ホグワーツを抜け出せば出来なくもないけど…………」
「脱走はやめろ。絶対にリリーが喜ばない!」
不可能だとわかっていても、目の前の友人はやりそうで怖かった。
「わかってるよ。実家の温室の花を届けてもらう…………セブルス、朝食の席に大きなバラの花束が僕の席に届けられても友達でいてくれる?」
「…………」
「一種類づつ頼んだら大きな花束になるだろうし、うちの人間なら面白がってまるで愛の告白をするような豪華な包装をして届けるな」
バラを知られたらリリーへのサプライズにならないから困る。
うるさく周囲から詮索されるのも面倒だとの理由で、セルウィン家の温室から取り寄せは却下された。
セブルスも大きなバラの花を受け取るシドの近くにはいたくないので異論はなかった。
色々考えたすえに、入学前の夏のうちにシドが作ったエッセンシャルオイルを実家から送ってもらうことで一応話しはまとまった。
保存魔法が効いているため品質に問題はないらしい。
「詳しいことはオイルが届いてからね」
「わかった」
「種類多いから覚悟して」
にっこりと笑ったシドに嫌な予感がした。
名門の家の温室で育てているバラ。果たして何種類あるのか、庶民のセブルスには想像もつかない。
数を聞けば「50個はなかったと思うよ」と微妙な数字が返ってきた。
それが多いのか少ないのか判断に困るし、その数だけのオイルをシドが作ったのかと思うと、シドの物作りの情熱の方向性が理解できない。
この友人は一体なにを目指してどこへ行こうとしているのだろうか。
空腹を訴えるシドに促されて大広間に向かう。
ふと大切な伝言を忘れていたことに気づいた。
「リリーにホグワーツのロマンスを詳しく教えてほしいとシドに伝えてくれと頼まれた。ホグワーツのロマンスとは一体なんだ?」
「ホグワーツでセルウィン家の人間が起こした恋愛騒動」
簡潔な答えが返ってきた。恋愛「物語」ではなく恋愛「騒動」なのが気になった。
「今度リリーをお茶にでも誘った時に話すよ。時間、空けといてね。でないと僕とリリーの二人だけのお茶会になるよ?」
ニヤリと笑うシドはとても楽しげで、これからこうやってシドにからかわれると思うとため息を禁じ得なかったが、不思議と不快な気分にはならなかった。