【プチ小話】
リクトは空を見ている。
誰もいない崖下で、ひとり地面に横たわりながら。
それは一瞬の出来事だった。
ミカゲ、マシロ、ノアと四人で魔物退治を請け負い、森を探索していた最中――
標的外の大型の魔物に遭遇し、リクトは弾き飛ばされて、崖下の岩場へと叩き落とされたのだ。
彼はそっと身を起こし、体に異常がないか確かめた。
不幸中の幸い。落ちる途中で岩壁に生えていた木の枝や葉に何度も引っかかり、腕は擦り傷だらけだが、着地した先には何年も降り積もり重なった朽葉や苔が衝撃を柔らげたのか、致命的な怪我には至らずに済んだ。
そのままゆっくり立ち上がろうとして、ふと違和感に気づいた。
右足に力が入らない。どうやら足首を挫いたらしい。
痛みを感じない彼なら歩こうと思えば歩けるが、背後にそびえる崖の高さを見て、自力で登るのは無理そうだと判断したリクトは、仲間が助けに来るまで待つことにした。
そうして彼は、再び地面に背をあずけた。
ぼんやりと空を眺めていると、一羽の鳥が横切っていく。
――この光景を、前にも見たことがある。
あれは、治癒師の協会に保護されて間もない頃。
庭の樹に登って外を見ようとし、頭から落ちた時だ。
あの日に見上げた空も、今と同じように、どこまでも青く澄んでいた。
(そういえば、あの時に助けてくれたのはミカゲだったな。泣きながら、何度も何度も、必死に傷を治そうとしてくれて――)
今頃、ミカゲたちは自分を探しているだろうな。
そう思って、リクトはふっと笑った。
油断して、落ちて、怪我をして、また心配をかけて。
――あの頃と、何も変わらない自分。
そう思うと同時に、胸の奥に小さな不安がこみ上げた。
(もし、このまま……見つからなかったら――)
その瞬間、かすかに――あの日の記憶が脳裏によみがえった。
村が魔物に襲われ、ひとり物陰に隠れて、泣きながら震えていた、あの日。
ああ、心臓の音がうるさい。
落ち着こうとして、咄嗟に愛用のナイフを握り、いつもの「大丈夫」を唱えかけた、その時――
「あー! いたー! リーダー、ここにいたよー!」
上の方から、聞き慣れた元気な声が降ってくる。
崖の縁から、真っ白な猫耳がぴょこんと顔をのぞかせた。
マシロだ。そのすぐ後ろから、ノアもひょいと顔を出す。
「リーダー! 無事ー?」
「この馬鹿! いるなら大声で知らせろ!」
二人の顔を見た途端、不思議と胸の奥のざわめきが、すっと引いていった。
気づけば、呼吸も落ち着いている。
リクトはほっと息をつき、二人に声をかけた。
「ごめーん! あ……それとさ、ちょっと足をくじいちゃったみたいで動けないんだけど」
「え、リーダー、怪我したの!?」
その瞬間、森の奥から、ひやりとした空気が流れ込んできた。
マシロとノアが同時に森へ視線を向ける。
異様な空気を察したマシロは、「ひぇっ」と小さく声を漏らし、耳をぺたんと伏せて、尻尾を丸めた。
「ぎゃあああ! ミカゲが怖い顔して、こっちに向かってくるんだけど!?」
「あー……ははは」
「こりゃ、長い説教が始まるな」
ノアは淡々と、救助用のロープを準備しはじめる。
マシロはその空気に怯えながらも、必死に助けようとしていた。
――ミカゲには、あとで素直に謝ろう。
上から聞こえてくる賑やかな声を耳にしながら、リクトはそっとナイフをしまい、静かに笑みを浮かべた。
(大丈夫。今の俺は、独りじゃない)
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