【リクトの日記】
魔物騒動がようやく落ち着き、ミカゲと別れた数日後。
俺は、ミカゲに渡された地図を頼りに教えてもらったシェアハウスへとたどり着いた。
貰った地図には細かいところまでメモが書かれていたから、あまり迷わずに済んだ。
建物自体は、聞いていた通り確かに古めかしい。
だけど、外壁や柱、屋根や庭先の柵など一つ一つ丁寧に補修されている跡があって、とても大事にされているんだなってことが伝わってきた。
深呼吸をひとつ。
俺は緊張を押し込めて、ドアを叩いた。
「……はーい」
出てきたのは、とても綺麗な人だった。
赤い瞳に、深緑の長い髪から覗く白くて綺麗な二本角。
普段、街で見かける悪魔とは違う。独特の雰囲気を持った――初めて見るタイプの“悪魔”だった。
「いらっしゃい。どんなご用かしら?」
柔らかく包むような声。
まるで母親が子どもを迎える時みたいな、優しい響き。
ふと、幼い頃の母さんの顔が浮かんで――。
なんだか、胸の奥がちくりとした。
「あ、俺……リクトっていいます。今日からここにお世話になろうと思って……」
緊張で、声が少し裏返ってしまう。
恥ずかしい。でも、ちゃんと伝えることが出来た。
「まあ! 嬉しいわ。ようこそ、リクト君。私はエルトマ。ここを管理してるの」
……あ、いい人だ。
ほっとした、その時。
「ただいまー!」
明るく響いた声に思わず振り返ると、そこに立っていたのは、この間の魔物騒動で助けてくれた少年二人組だった。
二人はこちらに気づくと、猫耳の少年はふわっと笑って手を振り、もう片方は無表情のままこちらをじっと見てきた。
「あら、おかえりなさい。ノアちゃん、マシロ君」
「ノアー、この人だれ? 知りあーい?」
「……この前の魔物騒ぎで会ったやつ。覚えてねぇのかよ」
二人のやり取りはどこか軽妙で、見ていて肩の力が抜けた。
ああ、よかった。悪いやつらじゃなさそうだ。
そう言えば、助けてくれたお礼を言っていなかったことを思い出した俺は、ノアと呼ばれた少年に「あの時は助けてくれて、ありがとう」と言った。
ノアは一瞬、驚いたような不思議そうな顔をして――。
「別に。たまたまそこにいたからな」
と、少し視線を逸らした。
あれ……? 変なこと言ったかな、俺。
「え? なになに? なにかあったの?」
「お前には関係ない」
「えー、教えてよー?」
と、マシロと呼ばれた少年がノアに絡む様子を見ていたら、さっきまであった俺の緊張はいつの間にか解けていた。
シェアハウスの話を聞いてからずっと不安だったんだ。
俺みたいな"普通じゃない存在"が、他の誰かの居場所に入ってもいいのかなって。
でも、ここなら――もしかしたら、俺の新しい居場所になれるかもしれない。
そう思ったら、少しだけ希望が見えたような気がした。
だから思い切って、笑顔で声に出してみたんだ。
「二人とも、ここに住んでるのか? 俺はリクト・クローヴァ! これからよろしくな!」
俺の暮らしは、ここから始まる。
まだ俺の知らない世界と共に。
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