3話 如何にして理解を得るか
あなたの名前は?
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うちはオビト改め、トビと自己紹介をしたすぐその後。
今私は、奴ととある問題について交渉をしていた。
まあ交渉というほど大それたものではないし、私がビビっていて押され気味なんだけど。
内容はというと、私の家族にトビの説明をどうするかだった。
奴にとってはまどろっこしいだろうし、もしかすると自分で説明したかったのかもしれないが、そうされると私が非常に困る羽目になる。
だからこそ、私は一言目からこう切り出した。
「私が家族に説明しますから、トビさんは休んでてください」
そして当然、返されるのは胡乱げな声で。
「……何故だ?」
理由を求めてくることなどわかっていた。それでもやはり、私は答え倦ねてしまった。
私の家族──父さん、母さん、兄さんのうち、NARUTOを知っているのは母さんと兄さんだ。
父さんは漫画やアニメに興味を持たない人だから十中八九知らないだろう。
母さんもかつて私がNARUTOのアニメを見ていた時に時折同席していた程度。ほとんど知らないといって良い。
恐らくトビを見たところで「ああ、なんかこんな敵キャラいたな」くらいの認識だろう。
しかし、問題は兄さんだ。
兄さんは私と同じくらいNARUTOを読んでいるし、トビの正体もネットのネタバレ記事を踏んでしまったから知っている。
というか、兄さんがネタバレ記事を踏んだショックで私にトビがうちはオビトであることを共有してきたのだ。ぽろっと。
マジでしばき倒すぞとその時はかなりブチギレたものだが、今となっては感謝すべきかもしれない。
話を戻そう。
つまり兄さんに突然トビを見せたりすれば、驚きでまたぽろっとNARUTOについて漏らしてしまうかもしれない。
それは結構、いや、本当にマズい。
皆殺しルート……は飛躍しすぎでも、尋問必須なのは間違いなしだろう。
だから前もってNARUTOを知らないふりをするよう話しておきたい。
ほぼ知らないと言ってもいい母さんや父さんにも、トビの人柄を予め説明しておいて刺激しないよう忠告したい。
そう思っているわけなのだが……当然、トビにこんなことを馬鹿正直に話すわけにはいかない。
とりあえず考えていた口八丁を並べておくことにした。
「母さんたちも、流石にいきなりトビさんを見ればパニックを起こします。知らない人が家に居るわけですから。
それでは話になりませんから、なんとか私が落ち着いてトビさんと話せる状況にします」
ダメでしょうか? と内心の怯えをひた隠しにしながら冷静に尋ねる。
うん、急造の嘘にしては中々の出来では?
やっぱり火事場の馬鹿力って凄いんだな。これからは柔軟性とかコミュ力の時代だもんな。知らんけど。
変なことに感心しつつトビの出方を待つ。こういえばこいつとて、納得せざるを得ないだろう。
「……いや、良い。そうしろ」
「は、はい。ありがとうございます」
なんでイチイチ高圧的なんですかこいつ。そして私もなんで礼なんぞ言うなビビリにも程があるぞ。
これ、私は礼を言われる立場だと思うんだが……いやまあ、こいつから礼なんて言われたくもないけど。怖すぎるし。
不甲斐ない自分に嘆息する。
ともあれ話に蹴りがついたのは喜ばしい。今度はほっと一息ついた。
そして、会話の余韻すら押し潰すほどの沈黙が訪れた。
………………どうしよう、洒落にならないレベルで空気が重い。
いや本当に勘弁してほしい、苗字さんは引きこもり過ぎてコミュ障ドブカス陰キャになっちゃったクソガキなんですけど。
今の私では学校の友達と会話することさえ緊張するのにどうやって初対面で殺しにかかる男と会話しろと?
何も思いつかなくて困り果てた私は何気なくトビを見上げる(勿論、瞳は見ないようにして)。
やはり先程同様、よく見なければ気が付かないほど微かにだが、ふらついていることに気がついた。
強気で振舞っていても、調子が悪いことを隠しきれていない。
かなり苦しいことが素人目にも見てとれる。
私みたいな一般人のガキでも見抜けるとか、感情を殺すべき忍者でも取り繕えない相当な絶不調というわけで。
それでも隠そうとしているのは、こいつは誰にも弱みを見せられないような環境にいたからだろうか。
しかし、こんないつでも殺せるようなガキの前で休むことさえ、こいつにしてみれば警戒すべき行為なのか?
いや勿論、こんな奴に隙を見せられたいとか信用されたいとかは真面目に思わないし、思いたくもないけど。
ああもう、これはそういう話じゃなくって。
ジリジリと焦燥するような何かを感じる。
どうしてか、拳を固く握り込みたくなるほど感情が落ち着けなかった。
そりゃこいつからしたらこんな状況は不本意で、警戒を怠るわけにはいかないだろう。
だけど辛いことを我慢してたら、後から溜まった分がどっと押し寄せてくる。ただでさえ今も相当つらいのだろうに、見ていられない。
無意味に腹が立ってきた。それが最早誰に対しての感情かわからないけど、自分がするべきことはちゃんと理解できた。
その結果こいつに嫌がられようが怒られようが別にいい。後で悔やめばいいだけだ。
立ち上がって、トビに向き直った。
やっぱり怖いから目は合わせていないけども。
「あの、トビさん。休んでくれませんか? 座ってでも寝てでもいいので、お願いします」
「……何故頼む? 別に貴様に不都合はないだろう」
「えっ、いや、そりゃないですけど……いえ、あります」
自信満々、というわけではないが、少し恐怖心を捨ててトビに反論する。
不都合といえばあるに決まっている。
理由(という名の後付け)を説明するべく、私は若干捲し立てるような勢いで語った。
「そんなに具合が悪そうなまま、元の世界に帰る手立てを見つけるなんて、大変だと思います。
私としても……その、早くトビさんに帰ってほしいので。それじゃ困るんです」
穏やかな言葉に少しの本音を混ぜれば、ちゃんと本心らしくなるだろう。うん、こいつへの苛立ちとか嫌悪云々は隠しきれた。
私の言葉に黙り込むトビに、追い討ちをかけるように理由を上げる。
「それにその、もし帰る方法を見つけられたとしても、その体調のままだったら大変と思います。
ですから、その、休んでくれたら嬉しいなあ……みたいな感じです」
結局どもってしまって格好がつかなくなってしまった。畜生、私ってホント使えねえ。
それでも言いたいことは言えたんだし、まあ、良しとしよう。
「……」
しかし、トビはうんともすんとも言ってくれないのでやや不安になってくる。
え、何、なんで何も言わないわけ。
すっごく怖いから止めて頂きたい。貴方の先輩みたいにうんうん言ってくれない今だけでも。
怒ったのかとハラハラしてしまう。この程度で怒るとか怒りの沸点が低すぎるし、それはないと思うけど。
だとしたらどうして答えてくれないのか。そんなに私を無視したいのかああ悔しい。
どうしよう。取り消すか、今の言葉……と半ば本気で泣きそうになっていると。
「……そうだな。では、少し休ませてもらう」
よく通る低い声が、私の耳に入ってきた。
…………え、マジか。
まさか休んでくれるとは。うん、嬉しいんだけど、それ以上に驚きの度合いが強い。
耳を貸してくれるくらいの寛容さはあるのか。
しかしこいつに対して無反応というのは非常にアレなので、身体から抜けそうになった平常心をすぐに持ち直す。
引きつらないように気を付けて、良かったですと微笑み返す。かなり胡散臭い表情になってしまったかもしれないが気にしていられない。
「私、この部屋を一旦出ますから、ご自由にくつろいでください。あ、飲み物は机の上に置いてありますので、良ければどうぞ」
明るい声調になった私と対照的に、トビはあからさまに嫌そうな気配になった。
ただでさえ陰気だというのに、さらにうんざりとした声を漏らす。
「……他に部屋はないのか」
「あるにはあるんですけど、そこは部屋が汚いんで……逆に具合が悪くなると思います、本当に」
当たり前というべきか、トビは私の部屋で休むのが相当嫌らしい。
当然ながら私も嫌だった。
誰が好き好んでこんな怪しいお面野郎にベッドを借したりするか。昨日干したてのふかふか布団だぞこんちくしょう。
だけど仕方がないだろう。
私の家族はあまり掃除をしない人たちだし、自分の部屋以外の掃除なんて以ての外だ。
客人用の部屋なんてずっと使ってないから、当然掃除はされていない。あり得ないけどPM2.5あるんじゃねーのとツッコみたいくらい汚い。
不本意だけど、こいつを説得するために私は懸命に言葉を重ねた。
「客人用の部屋は随分掃除してないんです。入ったら咳が止まらなくなるほどでして。本当に止めた方が良いです。悪化とかそんなレベルじゃないことになってしまいます」
「………………わかった」
不承不承ということわざを体現したような鬱屈とした声だったが、なんとかトビは了承してくれた。
多分私が真面目に言ったからだろう。
自分でもわかるくらい、今までで一番真面目な顔をしていたんだから。