2話 無明と無名
あなたの名前は?
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……訳が、分からなかった。
右手を背に捻りあげられた私は、フローリングに顔を押し付けさせられている、らしい。
首には何か冷たいものが。目を無理矢理ぐりんと動かしてその方向に向けてみれば、黒光りする何かが添えられているようだった。
頭が状況に追い付かない。
「貴様は何者だ」
耳触りの良い、低い問いかけが聞こえる。
わーい内田さんボイスだー。めちゃかっこいいな。
……なんて、間抜けな事を考える余裕はないのに、混乱して馬鹿なことしか考えられなかった。
だって私、本当に一瞬のうちに床に転がっていた。
こんなの何があったのかすら飲み込めないし、何を言われてるのかすらよくわからない。
なのに、容赦なく時間は過ぎていく。
「何者かと聞いている」
黙っている私に痺れを切らしたのか、さっきよりさらに低い声。
それでも私の口は動くことなく、貝みたいに固く閉じられたままだった。
ううん、動いてくれなかった。答えようにも何と答えれば良いか分からなかった。
本当に私は愚かだ。こんな時に命乞いすらすぐには言えないんだから。
「最後だ、答えなければ殺す」
ぐい、と宛がわれた刃物──おそらくクナイだろう──が、より強く首に押し付けられた。
「貴様は、何者だ」
「……ッ!?」
ぞわり、と。
問いかけとも命令とも取れる言葉と共に、何かが肌を強く刺激した。
何だろう、これは。
ビリビリしていて──気持ち悪い。
もしかしたらこれが殺気というものなのかもしれない。吐き気が急に湧いてきた。
おまけに目眩まで。横たわっていなければフラついていただろう。
同時に首に鋭い痛みが走った。
クナイで切られたのかもしれないが、痛みに暴れることすらできない。
ぶわっと、殺気と同じくらい悍ましい感覚に身が粟立つ。
身近になった「死」に凄まじい恐怖が襲ってきた。
「ひっ……!?」
ああ、なんて情けない声だろう。
でも、生まれて初めて殺される恐怖を味わったんだから仕方ないと思いたい。
「なんで、嫌……っ……やだ、私、何も、してない……!」
漸く口が動き出した。
ぱくぱくと意味もなく開閉する。自分でも何を言っているのかわからない言葉が溢れて、混乱していることを自覚した。
今更涙が溢れてきた。
嗚咽が堪えきれなくなるし、しゃくりあげてしまって上手く話せない。こんなのもっと事態を悪化させてしまうのではないか。
うちはオビトは、ただ黙っているだけだった。
危機感に少しだけ頭が回りだす。
このままじゃ駄目だ。
本当に殺されるかもしれない。
そんなの嫌だ。こんな死に方、絶対にありえない。
しゃくりあげるのを堪えて、一度大きく深呼吸をする。
酸素が入ったからか、考えた言葉は先程よりするすると出てきてくれた。
「私、ただ、歩いてたら……貴方が突然、私の家の前に空から落ちてきて、ビックリして……熱が凄かったから家に入れて、休ませてた、だけです……!」
嗚咽が漏れかけること数回、何とか言いたいことは全部伝えられた。
だが、それでもうちはオビトは何も言わない。私を捩じ伏せたままだった。
それはそうだろう。自分が空から落ちてきたなんて話、簡単に信じる方がバカだ。
けど今は、これに賭けるしかなかった。私の言葉を信じてくれることを、祈るしかなかった。
……フローリングの冷たさが、私の熱で完全に消えるくらいになった時。
ようやくうちはオビト私の右手を離し、私の上から退いてくれた。
信じてくれた、と取っていいのか。
恐る恐る起き上がって、見下ろしてくる男を見上げた。
──仮面の穴ぼこから、赤い何かが見えた、気がした。
夢見心地になっていく。
ぼんやりとして、頭が回らない。
そして何故か、私の口は自然と語りだした。
「貴方が……突然空から落ちてきて……私が助けました……っ!?」
話しているうちに意識は明確になりだし、言い切る頃には完全に目が覚めて、私は混乱に目を剥いた。
なんだこれは──!?
一瞬何が起こったのか分からなくて混乱したけど、すぐにはっとする。
写輪眼だ。
60巻でも、うちはサスケが白ゼツ相手に幻術を掛け話させていた。
うちはオビトも私に同じことをしたのか。
「まさか、そんな与太話が本当だとはな……」
「……ッ!」
クソが──こいつ、こんな普通の人間に幻術なんてかけるか、普通!?
怯えよりも怒りが湧いてくる。そのせいで、うちはオビトを思いきり睨み付けてしまった。
それに応えるように、奴は写輪眼のまま睨み返す。
否、見下ろしただけなのかもしれない。こんな奴にとっては。
それでも奴の瞳はとても鋭くて、震え上がってしまいそうなくらい、冷たかった。
すぐに怒りは鎮火し、再び恐怖が沸き上がる。
格上相手に堂々としていられるわけがない。できるのは相当の強者か、愚か者くらいだろう。
合った視線を先に逸らしたのは私だった。
また幻術を掛けられでもしたら堪らない。目を合わせるだけで寿命が縮んでいきそうだ。
うちはオビトは気怠げに周りを見回した。
それだけで恐怖が再発するから、こいつの一挙一動全てを観察してしまう。もちろんのことだが目付近は見ずにだが。
「……まあいい、次の質問だ。
ここは何処の隠れ里だ」
……どう答えようか。想定していたけど、かなり悩みたくなる質問だ。
恐怖で答えられないというわけではなかった。しかし、迷いがないわけでもなかった。
ここは、私はNARUTOを知らないという設定でいくべきか?
だって知ってたらオレの正体知ってるのかじゃあ死ねとか言われそうだし。
そんな口封じっぽく軽いノリで殺されるのは嫌すぎる……いやそんな短気じゃないだろうけど、最悪の場合は有り得なくもないし……
まあ、異世界で自分のことを知ってる人間なんてこいつの計画の妨げにもならないだろうし問題ないかもしれないが。
でも今のこいつはここが異世界とか知らないし適当は言えないし、ああもう──!
とりあえず、ここでの正しい回答になることを祈ってゆっくりと答える。
「里? えっと、ここは日本ですが……」
「ニホン? ふざけているのか」
「いや、ふざけてるわけじゃなく……!」
演技臭くならないよう心がけながら、私は答えた。
オドオドしてしまうのは半分演技で半分本気だ。とてつもなくこの男が恐ろしいから、気をつけないと寧ろ半狂乱になって怯えてしまいそうだった。
目を合わせないよう、私は奴の腹辺りに目を向けたまま口を噤む。
こいつが私をどう見ているのかは知らないが、別段不自然ということもないだろう。
「……里ではないのなら、ここは何という国だ」
「へ? 国名が日本です……隠れ里というのは聞いた覚えがありません、が……」
目を合わせなくても分かるくらい、うちはオビトは苛立つような雰囲気を強めていた。勘弁してくれ。
だってそんな風にされても困るんだけど……信じてないよなこいつ……
……そうだ、地図を見せれば良いんだ! そうすれば信じざるを得ないだろう!
「ちょ、ちょっと待っててください……今地図を見せますからっ、あっ、怪しいことはしないので!」
両手を上げたまま立ち上がり、慌てて勉強机の上に置いてある本立てから社会の地図帳を引っ張り出す。
表紙を震える手で捲って、日本地図を見せた。
「見てください。これが日本地図になります」
今度はページを捲り、手で指し示す。
「えっと、一応これが世界地図、です。
見覚えはあります……よね?」
沈黙したままのうちはオビト。それが否定だと私はわかっていた。
……仕方がない。頭を悩ませた私は、早速切り込んでしまうことにした。
あまりすぐにこれを言ってしまうと怪しまれるかもとは思ったが、この重い空気を打破して話を進めるためにも言ってしまおう。
「その……凄い馬鹿げてるとは自分でも思う、のですが……
貴方が記憶喪失とかには見えないし……嘘を仰ってる様子でも無いのはわかります。
もしかすると、貴方はこの世界の人間じゃないとか……あり得ない、でしょうか」
「……」
「私、隠れ里なんて初めて聞いたし……そもそも貴方みたいな他人に無理矢理喋らせる超能力は使えないですし」
驚愕と混乱によるものか、うちはオビトは固まっていた。
しかしすぐに我に返ったらしく、変わらず落ち着き払った冷淡な口調で私に問う。
「これが本物という証拠はあるのか?
別世界という話より、まだ貴様の作った空想の地図という方が現実味はあるが」
そう言われてしまうと確かに、と納得してしまうのが痛い。いや、私が納得してちゃまずいのだけど。
「う……た、確かにそうですけど、でも。殺されかけて……じゃないっ、こ、こんなときに嘘なんてつけません!」
つい口が滑ってしまったが、どうやらこの慌てぶりが私の切羽詰まった様子に信憑性を持たせ、プラスの方向へと進んだらしい。
うちはオビトは腕を組み、悩むような素振りを見せた。
こいつだって、私が嘘をつけるわけがないと理解しているはずだ。
さっきだって、写輪眼の幻術をかけられたときに抵抗できなかったのだから。
もし嘘をついていると思ったのなら、また幻術をかければよいのだから。
だから頼む、これ以上疑うのは止めてくれないか。
私からしたら、こんな重圧の中に居続けるのは死ぬほどつらい。
「まだ信じられないなら、他にも色々この国のものをお見せしますから! お願いします、信じてくれませんか?」
深々と頭を下げる。
ぶっちゃけると、そこまで有効な手段とは思えない手ばっかりだ。
例えばテレビを映してニュースを見せるとか。これにしたって作り物とか、幻術とか言われてしまえばそれで終わる。
多少なりとも効果はあると思いたいが、楽観視はできないし。
何にせよ、今は信じてもらえることを祈るしかない。
「……この状況で、嘘をつく馬鹿もいないか」
うちはオビトは長い沈黙の果てにそう呟くと、「わかった。ではまずこの世界について話せ」と存外普通に指示してきた。
そう思うのは、こいつに恐怖を植え付けられて感覚が麻痺しているだからだろう。普通「話せ」なんて命令口調で言うものか。