10話 氷解は春風とともに
あなたの名前は?
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いつの間にか年は明けて風も僅かに暖かくなりだした。
そのうち3月がきてすぐに学年も上がる。その前に目前に迫った中間試験のために、私は今度こそ成果を出すべく勉強に励んだり励まなかったりしていた。
あれからの私は割と息抜きを意識的にとるようになった、と思う。そのおかげかあんまり学校への忌避感も次第になくなっていって、今では9割教室登校ができるようになっていた。
落ちていた体力も、ジョギングしながらチャクラの知覚を試みたりすることでかなり取り戻せた。
何なら引きこもっていた時期より体力があると思う。3kmくらいなら通しで走れるようになったし。息切れ気味だけど。
なんだかんだ頻繁にスタミナを切れさせてチャクラの知覚を試みている。
今はそんなに感覚を忘れたりはしなくなったけど、やっぱりスタミナが切れている時が一番感じやすいし、日常的なチャクラの知覚にもなってコントロールしやすくなるかもだし。
ただやった後はかなり疲れて動けなくなるから毎日は無理なんだよね。
あと気のせいかもしれないけど、スタミナ切れするまで耳を澄ませる度に澄ませられる時間が伸びてる気がするんだよなあ。多分。
そんなこんなで必然的に運動量が増えたし、良いリフレッシュになっていた。
成績もまずまず。授業はもちろんついていけてるし、小テストの類もほぼ満点を取れるようになった。
多分試験もそんなに悪くならない、はず。
そんな私が今何をしているかと言うと、数学の勉強をしながら耳を澄ませてみる、というものだった。
もし上手く聴力強化ができれば、窓の外の音だって聞き取れる。
私が「もしかしたら天才かもしれん」と兄さんに言ったら「あっそ」と秒で流されたのは、約1ヶ月前のこと。
何故そんなことを言ったかと言うと、もう複雑なことをしながらチャクラを使って耳を澄ませるのをマスターしたためだった。
勉強中はもちろん、友達や家族と会話中でも難なく耳を澄ませられるようになっていた。
凄くない? トビに指示されてから1ヶ月くらいでマスターしたわけじゃん。
調子に乗っちゃうのもしゃーないと許してほしい。
ということで、計算式を書きながらも外から聞こえるらしい車の走る音や下校中の生徒の声に耳を傾けていた。
残念ながらトビの言った通り、距離まではピントを絞れずにいる。
諦め切ってはないけど、今のところ推定だと100m〜300mくらいまでの距離の音を無差別に拾ってしまっている状況だ。
ある程度強弱は感じられるし、どの音が遠くてどの音が近いとかはわかるんだけども。
今後の課題はチャクラの量を知覚して、聴力の強化に使う量を調整できるようになることだ。
現状じゃチャクラ無制限で強化しちゃうから長時間はできないしなあ。
さっき言った通り、ほんの少しずつだけど耳を澄ませられる時間も伸びてはいると思う。
とはいえ微々たる変化だから、スタミナ切れを起こすとかチャクラを知覚するとかは今でも難しい。
もう少し目に見えてチャクラ量が増えたらチャクラ量の知覚もできそうだと思うんだけどな。
まあ、無い物ねだりをしても仕方ない。
今は大人しく耳を澄ませるのを継続しつつ数学を進めてしまおう。
──と、思ったその時。
それなりの重さの何かが落下するような音が聞こえた。
それもかなり近くで。
多分、100m……いや50m以内な気がする。
それにこの音からして、もしかするともしかするかもしれない。
まさかという半信半疑の感情を抱きつつ、慌てて部屋を飛び出す。
廊下を滑りながらも走り抜け、階段を1個飛ばしで降りる。
玄関の鍵を開けてそのまま飛び出せば、予想通りの人がそこにいた。
ただ、ちょっと想像と違う部分もあったけど。
「と、トビさん……お久しぶり、です」
初めてこちらに来たばっかりの彼に挨拶をしたかもしれない。
だって今の彼は気を失ってもいなければ、倒れてもいない。
仁王立ちでもしているかのような威圧感を纏って、普通に立っていたのだから。
トビはこちらを見ているの見ていないのかわからない雰囲気で「ああ」と返した。
返事が来るとは思っていなかったので少し面食らうも、なんとか笑みを浮かべることができた。
怪我や体調不良らしい様子も見られない。どうして今回は無事にこちらに来たのだろう。
……と思っていたのだが、聴力強化をしているおかげか彼の心音がやたらと早いことに気がつく。
呼吸の音さえ耳につく。普段なら息を殺しているのかと思うほど静かな人なのに。
………………もしかしてこいつ、ただ起きてはいるだけで体調は普通に悪い?
なんて指摘をする間もなく(まあ時間があっても私に聞く勇気はないが)、トビは自分の立っている場所を見下ろした。
前みたいにしゃがんで手をついたりはしてないけど、何かを思案するように動かない姿に、こちらも口を挟めなかった。
しかし思っていたよりすぐに彼が顔を上げてこちらを向いたので、慌てて姿勢を正す。
「……悪いが、すぐに帰れそうにはない。しばらくまた世話になる」
「そ……うですか。わかりました、全然気にしないでください。じゃあ、どうぞ」
流石に3回目ともなれば大してまごつくことなく家を指し示すことができた。
トビも首肯して、慣れた様子で家へ向かう。
……少し意外だった。前の様子からしてある程度元の世界に戻る方法は確立してるっぽかったし、すぐ帰っちゃうのかと思っていた。
もしかしたら、今回も来なくて済む方法を考えるために時間を設けたいのかな。
まあ、私が考えても仕方のないことだ。
とりあえず少し後ろを歩いて家の中に入り、彼の部屋に洗濯済みのシーツを持っていかなくちゃな、あと体調不良っぽいけど何もしないほうがいいのかな、とか考えていたら、いつの間にかさっきの疑問は消えていった。
少しばかり違和感があった。
それはトビにとって重要性はなく、敢えて指摘する必要もなかったため、名前に共有されることはなかったが。
トビが名前の世界へ3度目の転移をしたとき、名前はすぐに家を飛び出てトビの目の前に現れた。
彼女の異常な聴力を知っている彼は驚かなかったが、数ヶ月ぶりに邂逅した彼女の様子が以前とやや異なることに一瞬気を取られた。
家に篭りきりだった時のやや太り気味だった彼女とも、2度目の転移時に会ったときの病的な痩せ方をしていた彼女とも違う。
単なる体型に関しては、以前までとは大違いに健康的なものだ。
ただ──僅かに。彼女の顔には少しだけ疲れのようなものが表れていたことに気がついた。
しかし大した疲労具合には見えない。
話し方も挙動もはっきりとしていて、病気や怪我などが伺えるものではなかった。
何より先に示した通り、トビにとってこの少女の疲労具合など大した重要性はなかった。
だからこそトビは何も言わず、そしてそのことをすぐに思考から追い出した。
彼にとって、優先すべきは自分の世界から戻る術を考えることだ。それ以外のことなど考慮に入れる余地もない。
ただ。
実のところ、トビは自分が名前を僅かにでも思考の対象に含んだことに驚いていた。
以前までなら彼女の違いなど気づきすらしなかった可能性もある。
いや、そもそも名前のことをまともに見ることさえなかっただろう。
──無駄なことをした。
内心苦々しく思うトビは、何故自分が名前を僅かにでも気にかけてしまうのか理解していた。
「私、まだトビさんのこと怖いと思ってますよ」とさも当然のように語り、それでいて飾りけのない感謝を伝えてくる名前の明け透けさが、彼には新鮮だった。
どう考えても脅威になり得ない脆弱な存在のくせに、怯えながらも真っ直ぐに感情をぶつけてくる子どもなど、彼の世界にはそういない。
そもそもこの世界──チャクラが存在せず、戦争は地域によってはあるものの、少なくとも一国は非戦国家として成立できる世界が、彼にはあまりにも未知数だった。
平和ボケした国にいる、平和ボケした子ども。
場合によっては疎ましさすら感じたかもしれない存在。
けれど彼が理想とする世界に近い存在でもある。
──だが、それが何だというのか。
あの子どもが己の計画に関係することはない。そして自分にとって重要な存在になることもない。
あの存在を考慮することで、己の理想に近づくわけでもないのだ。
トビは自嘲混じりの内省をしたきり、名前に関しての思考を打ち切り、今度こそ帰還の術について思考し始めた。
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お久しぶりです。
だらだらしてたらフォレストページサービス終了しちゃってました。諸行無常。
そのうち3月がきてすぐに学年も上がる。その前に目前に迫った中間試験のために、私は今度こそ成果を出すべく勉強に励んだり励まなかったりしていた。
あれからの私は割と息抜きを意識的にとるようになった、と思う。そのおかげかあんまり学校への忌避感も次第になくなっていって、今では9割教室登校ができるようになっていた。
落ちていた体力も、ジョギングしながらチャクラの知覚を試みたりすることでかなり取り戻せた。
何なら引きこもっていた時期より体力があると思う。3kmくらいなら通しで走れるようになったし。息切れ気味だけど。
なんだかんだ頻繁にスタミナを切れさせてチャクラの知覚を試みている。
今はそんなに感覚を忘れたりはしなくなったけど、やっぱりスタミナが切れている時が一番感じやすいし、日常的なチャクラの知覚にもなってコントロールしやすくなるかもだし。
ただやった後はかなり疲れて動けなくなるから毎日は無理なんだよね。
あと気のせいかもしれないけど、スタミナ切れするまで耳を澄ませる度に澄ませられる時間が伸びてる気がするんだよなあ。多分。
そんなこんなで必然的に運動量が増えたし、良いリフレッシュになっていた。
成績もまずまず。授業はもちろんついていけてるし、小テストの類もほぼ満点を取れるようになった。
多分試験もそんなに悪くならない、はず。
そんな私が今何をしているかと言うと、数学の勉強をしながら耳を澄ませてみる、というものだった。
もし上手く聴力強化ができれば、窓の外の音だって聞き取れる。
私が「もしかしたら天才かもしれん」と兄さんに言ったら「あっそ」と秒で流されたのは、約1ヶ月前のこと。
何故そんなことを言ったかと言うと、もう複雑なことをしながらチャクラを使って耳を澄ませるのをマスターしたためだった。
勉強中はもちろん、友達や家族と会話中でも難なく耳を澄ませられるようになっていた。
凄くない? トビに指示されてから1ヶ月くらいでマスターしたわけじゃん。
調子に乗っちゃうのもしゃーないと許してほしい。
ということで、計算式を書きながらも外から聞こえるらしい車の走る音や下校中の生徒の声に耳を傾けていた。
残念ながらトビの言った通り、距離まではピントを絞れずにいる。
諦め切ってはないけど、今のところ推定だと100m〜300mくらいまでの距離の音を無差別に拾ってしまっている状況だ。
ある程度強弱は感じられるし、どの音が遠くてどの音が近いとかはわかるんだけども。
今後の課題はチャクラの量を知覚して、聴力の強化に使う量を調整できるようになることだ。
現状じゃチャクラ無制限で強化しちゃうから長時間はできないしなあ。
さっき言った通り、ほんの少しずつだけど耳を澄ませられる時間も伸びてはいると思う。
とはいえ微々たる変化だから、スタミナ切れを起こすとかチャクラを知覚するとかは今でも難しい。
もう少し目に見えてチャクラ量が増えたらチャクラ量の知覚もできそうだと思うんだけどな。
まあ、無い物ねだりをしても仕方ない。
今は大人しく耳を澄ませるのを継続しつつ数学を進めてしまおう。
──と、思ったその時。
それなりの重さの何かが落下するような音が聞こえた。
それもかなり近くで。
多分、100m……いや50m以内な気がする。
それにこの音からして、もしかするともしかするかもしれない。
まさかという半信半疑の感情を抱きつつ、慌てて部屋を飛び出す。
廊下を滑りながらも走り抜け、階段を1個飛ばしで降りる。
玄関の鍵を開けてそのまま飛び出せば、予想通りの人がそこにいた。
ただ、ちょっと想像と違う部分もあったけど。
「と、トビさん……お久しぶり、です」
初めてこちらに来たばっかりの彼に挨拶をしたかもしれない。
だって今の彼は気を失ってもいなければ、倒れてもいない。
仁王立ちでもしているかのような威圧感を纏って、普通に立っていたのだから。
トビはこちらを見ているの見ていないのかわからない雰囲気で「ああ」と返した。
返事が来るとは思っていなかったので少し面食らうも、なんとか笑みを浮かべることができた。
怪我や体調不良らしい様子も見られない。どうして今回は無事にこちらに来たのだろう。
……と思っていたのだが、聴力強化をしているおかげか彼の心音がやたらと早いことに気がつく。
呼吸の音さえ耳につく。普段なら息を殺しているのかと思うほど静かな人なのに。
………………もしかしてこいつ、ただ起きてはいるだけで体調は普通に悪い?
なんて指摘をする間もなく(まあ時間があっても私に聞く勇気はないが)、トビは自分の立っている場所を見下ろした。
前みたいにしゃがんで手をついたりはしてないけど、何かを思案するように動かない姿に、こちらも口を挟めなかった。
しかし思っていたよりすぐに彼が顔を上げてこちらを向いたので、慌てて姿勢を正す。
「……悪いが、すぐに帰れそうにはない。しばらくまた世話になる」
「そ……うですか。わかりました、全然気にしないでください。じゃあ、どうぞ」
流石に3回目ともなれば大してまごつくことなく家を指し示すことができた。
トビも首肯して、慣れた様子で家へ向かう。
……少し意外だった。前の様子からしてある程度元の世界に戻る方法は確立してるっぽかったし、すぐ帰っちゃうのかと思っていた。
もしかしたら、今回も来なくて済む方法を考えるために時間を設けたいのかな。
まあ、私が考えても仕方のないことだ。
とりあえず少し後ろを歩いて家の中に入り、彼の部屋に洗濯済みのシーツを持っていかなくちゃな、あと体調不良っぽいけど何もしないほうがいいのかな、とか考えていたら、いつの間にかさっきの疑問は消えていった。
少しばかり違和感があった。
それはトビにとって重要性はなく、敢えて指摘する必要もなかったため、名前に共有されることはなかったが。
トビが名前の世界へ3度目の転移をしたとき、名前はすぐに家を飛び出てトビの目の前に現れた。
彼女の異常な聴力を知っている彼は驚かなかったが、数ヶ月ぶりに邂逅した彼女の様子が以前とやや異なることに一瞬気を取られた。
家に篭りきりだった時のやや太り気味だった彼女とも、2度目の転移時に会ったときの病的な痩せ方をしていた彼女とも違う。
単なる体型に関しては、以前までとは大違いに健康的なものだ。
ただ──僅かに。彼女の顔には少しだけ疲れのようなものが表れていたことに気がついた。
しかし大した疲労具合には見えない。
話し方も挙動もはっきりとしていて、病気や怪我などが伺えるものではなかった。
何より先に示した通り、トビにとってこの少女の疲労具合など大した重要性はなかった。
だからこそトビは何も言わず、そしてそのことをすぐに思考から追い出した。
彼にとって、優先すべきは自分の世界から戻る術を考えることだ。それ以外のことなど考慮に入れる余地もない。
ただ。
実のところ、トビは自分が名前を僅かにでも思考の対象に含んだことに驚いていた。
以前までなら彼女の違いなど気づきすらしなかった可能性もある。
いや、そもそも名前のことをまともに見ることさえなかっただろう。
──無駄なことをした。
内心苦々しく思うトビは、何故自分が名前を僅かにでも気にかけてしまうのか理解していた。
「私、まだトビさんのこと怖いと思ってますよ」とさも当然のように語り、それでいて飾りけのない感謝を伝えてくる名前の明け透けさが、彼には新鮮だった。
どう考えても脅威になり得ない脆弱な存在のくせに、怯えながらも真っ直ぐに感情をぶつけてくる子どもなど、彼の世界にはそういない。
そもそもこの世界──チャクラが存在せず、戦争は地域によってはあるものの、少なくとも一国は非戦国家として成立できる世界が、彼にはあまりにも未知数だった。
平和ボケした国にいる、平和ボケした子ども。
場合によっては疎ましさすら感じたかもしれない存在。
けれど彼が理想とする世界に近い存在でもある。
──だが、それが何だというのか。
あの子どもが己の計画に関係することはない。そして自分にとって重要な存在になることもない。
あの存在を考慮することで、己の理想に近づくわけでもないのだ。
トビは自嘲混じりの内省をしたきり、名前に関しての思考を打ち切り、今度こそ帰還の術について思考し始めた。
────────────────
お久しぶりです。
だらだらしてたらフォレストページサービス終了しちゃってました。諸行無常。
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