9話 彼方の人は帰路に立ち

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「最初に言っておく。今までのお前を見るに、恐らく制御は不可能だ」




 なんて容赦もへったくれもなく言ってのけるトビに、かけてもいない眼鏡がずり落ちる錯覚をした。




「………………え、えっと……それは教える気がないというのを、遠回しに言ってくれてる感じですか……?」

「違う。良いから最後まで聞け」




 良かった。懸念するようなことはないらしい。
 とはいえ「私には不可能」というのはどういうことなのだろう。それなら教えたところで無駄でしかないし、彼だって無意味なことはしない人だ。


 いや、とにかく話を聞こう。
 一度「はい」と返事をしてから、言われた通り静かに待つことにした。



「以前も言ったが、お前のチャクラはかなり少ない。オレの世界の人間ならば誰でもチャクラが体内を巡っているが、お前にはその流れすらほぼ見えない」



 ん? なんか滅茶苦茶ディスられてる?

 あまりにも自然な口ぶりなのでショックとか悔しいとかそういう感情すら湧かず、ただ妙な顔にしかなれない。
 多分トビも気づいてそうだけど、やはり全く触れることなく話し続けた。




「チャクラは体内を循環するものだ。身体強化や術の使用時以外は無駄な消費を抑えるよう、体内で調整している。
 そのチャクラの通り道を経絡系、調整する部分を点穴という。経絡系は全身に及び、点穴も無数にある」




 あ、懐かしいワードだ。
 ここ数ヶ月NARUTOを読んでいないし忘れそうになっていたけど、流石に覚えていたらしく、軽くホッとした。いや、そんなことよりそれって……


 と、口を挟みそうになったけどすんでで口を閉じる。
 危ない危ない、最後まで聞けと言われたの秒で忘れるところだった。


 しかし、何故か当の本人に「どうした」と言われるので身が強張る。




「すみません、黙って聞きます」

「折角だ。言ってみろ」




 何の気まぐれか知らないが話すよう促されるので、遠慮しつつも聞いてみることにした。



「私のチャクラは量がないから経絡系っていうものの中をちゃんと流れてるかも怪しいし、少なすぎて点穴っていうもので調整しようがないってこと、ですかね?」



 喉が痛いのと、自信が無さ過ぎるのとで消え入るような声になってしまった。


 しかし、トビが「そうだ」と肯定したので小さくガッツポーズ。苗字さん正解したらしい、やったね。



 そんな私に対してトビは冷めた様子になるでもなく、ただじっと見つめてくるからちょっとビビる。ガッツポーズはこっそり解いた。

 しかしトビは何を言ってくるでもなく、すぐにまたいつも通りの雰囲気で話し出した。




「これも以前話したが、お前の身体全体にもチャクラは確認できるが、ごく僅かだ。
 そもそも点穴で量を調整するまでもないほどにな」

「なるほど」

「そしてお前の体内でまともな量のチャクラを確認できるのは、耳周辺のみ。
 点穴は耳にも存在はするが……これまで見てきた限り、お前の場合はそれも機能していないようだ」

「ダメすぎですね」




 思わず合いの手を入れてしまうくらい、私の身体はダメダメらしいことを痛感した。

 いやマジでチャクラ持ってる意味ある? 二次創作的展開じゃんとか笑ってられないくらい持ち腐れてるんだけど。



 でも、そうか。
 前に私のチャクラは彼の世界の人間のチャクラとは少し異なるって説明されたけど、それは流れがロクにないってことだったのかな。

 あの時は経絡系のことを説明する気はなかったみたいだし、曖昧な説明だったのも納得だ。




「身体強化を緻密に行うためには、点穴の調整機能が不可欠になる。
 耳には多少チャクラがあるにも関わらず、そこの点穴すらまともに機能していないお前に聴力強化を制御するのは無理だ」




 なるほど、それで冒頭のセリフなわけね。






 …………………………いや、聞けば聞くほどどうにもならない気しかしないな。




「故に点穴に頼らず、お前自身がチャクラの使用を制限できるようになるしかない」

「えっ、でも点穴がないと制御は無理って……」

「あくまで緻密な制御はできないだけだ。
 強化の度合いを調整できない──例えば、10m先の会話を聞くために聴力を強化したつもりが100m先の音まで聞いてしまう、と言えばわかるか」




 首肯して続きを促す。




「そういった細かな調整はできないが、聴力強化をする・しないの切り替え自体は、訓練すればできる筈だ。
 それだけでも、お前の言う「勝手に使ってしまう」という問題は解決できるだろう」




 そういう意味だったのか。

 ……それは勿論、できるのなら調整だってしたい。便利なものには変わりないから。
 でもできないなら仕方がない、で諦められる程度だ。別にできなくても死ぬわけじゃないんだし。



「わかりました。それじゃあ、その方向で教えてもらえると助かります」



 また小さく頭を下げる。トビも慣れてきたのか、鬱陶しそうにはしなかった。




「尤も、これも所詮推測に過ぎん。
 オレの予想を外れて、今後の訓練次第でお前の点穴が機能するようになるかもしれないし、チャクラの量が増えて流れも確認できるようになるかもしれない。
 それくらいの感覚でオレの話は聞いておけ」




 私みたいなチャクラの持ち主は前例がないみたいだし、確証を持って話されても疑わしくなるだけだから、そう言ってもらえるほうがホッとする。


 理解を示すべく頷けば、「それでは具体的な説明をする」と言われたため、慌てて居住まいを正した。



 ここから先はメモを取って聞いていたから少し端折ろうと思う。
 そんなに説明は難しくなかったし、端折るまでもないんだけど。


 トビはまずいきなり何をするかは言わず、流れを話した。


 前までの限界まで縄跳びをしながら耳を澄ます──体力とチャクラを使い切ることで、お前はチャクラを使っている感覚自体は掴めるようになった。



 だが、それはあくまで単純な運動だったからだ。本来チャクラの使用は繊細なコントロールが必要とされるもの。
 複雑な動作をしている時、恐らくお前は聴力強化を維持できなくなるだろう。



 このトビの言葉で波の国の木登り修行を思い出した。
 たしかはたけカカシが「戦闘中にチャクラのコントロールを維持するのは大変」みたいなことを言っていた気がするし、トビの言葉には説得力がある。

 意外と覚えているもんだなあ。



 いけない、脱線した。
 そしてトビは次にやるべきこととして、より複雑な動作をしている時に聴力強化状態で耳を澄ませるよう提示した。



 縄跳びより複雑なものっていくらでもある。逆にありすぎて何をすればいいかわからない。


 そういう旨を伝えれば、「会話の最中や勉強中でも何でもいい。日常動作の中で、その動作を途切れさせずに耳を澄ませられるか試してみろ」と言われた。


 今まで会話を止めずに耳を澄ますとかやったことなかったな。だって耳を澄ますってそもそも集中するものだし……いや、普通の人がそうなのかは知らないけど。



 それができれば、私はほとんど意識的にチャクラでの聴力強化をできる状態になった、と言えるらしい。その頃には無意識の強化などもしなくなっているだろうとのこと。



 ただ、かなり難しく、コツすら掴めない可能性は高いらしい。私もそんな気がする。

 私、手と足が別の動きする必要のあるスポーツとか苦手だし……ダンスとかも手と足一緒に動くし……


 不安に思っていたら、トビはやるべきことの1つを付け足した。



「日頃からチャクラを知覚するよう意識してみろ。気休めだが、多少なりとも身体が覚えるものはあるだろう」



 メモを取り終えた私は、「わかりました」としっかり答えた。



「ありがとうございました。凄くわかりやすかったです。
 ただ、しばらくまともに起きてられそうにないので、チャクラの感覚を忘れないか不安で……元気になってから、またチャクラ切れを狙って起こすとかしたら、感覚掴み直せますかね?」



 今はいいけど、高熱が出ている時は本当に朦朧としていてチャクラが何だとか言っていられない。
 多分相当体力がないからか、ぼーっとしてても聴力強化できてないし。

 トビは私の言葉少し吟味してから頷いた。




「それが手っ取り早いだろうな。お前のチャクラとスタミナは直結していないし何らデメリットもないだろう。やるだけやってみればいい」

「わかりました。体力取り戻しがてらやってみます」
 



 実際あの縄跳び地獄はかなり体力育成には役立つ。トビがいなくなるんだし、ランニングとかでも良いかも。





 ……そっか。そうだ。


 いなくなるんだったな、この人。




 暫く立って話して体力を使ったからか、また熱が上がってきた気がする。
 少し咳も出やすくなってきたし、薬が切れかけているのかもしれない。

 なんだか頭がうまく回らないので、早いところ言いたいことを言って戻ろう。



「今回もお世話になりました、って言ったら怒られそうですけど……やっぱり感謝させてください。本当にありがとうございました」



 途端にトビの纏う空気はまた冷たくなった。うわ、やっぱ怖いなこいつ。

 いつもより数段冷ややかに、そしてくだらなさそうに吐き捨てる。




「しつこい奴だな。
 お前のそれは、オレへの恐怖を感謝で上書きすることで精神安定を図っているだけだ。冷静に考えればわかる筈だがな」




 あー、ストックホルム症候群みたいな?……って言っても伝わらないのか。

 私も最初はそれはあり得る、と思ったけど。多分違うというか。


 ダメだ、やっぱり上手く言葉が出てこなくなってきたな。
 ぼんやりするまま、とりあえず否定の言葉を返した。




「そういうわけではないと思いますよ。
 だって私、まだトビさんのこと怖いと思ってるし、されたことも未だに許せなくて引きずってますもん」




 トビは結構ビックリしたのか、動きを止めて私を見下ろしてきた。
 目元は見えないけど、多分まじまじと見られている気がする。



 
「私、トビさんと初めてお会いした日以降、あんまり首を触れなくなったんですよね。
 あ、結構前だし覚えてないですかね? 私、トビさんに首を切られたんですよ。それが今もトラウマ気味で」




 もう傷跡すら消えたのに、触るたびにあの恐怖がフラッシュバックして冷静でいられなくなる。

 我ながらダサいとは思うんだけど、どうにもできなかった。あと他人に触られるのも、首に手を伸ばされたり近づかれるのもかなり無理感ある。

 首元を出してるのも落ち着かなくて、ハイネックの服ばかり着るようになったし。春夏になったらどうしようかな。




「全然怖いままですよ。脅されたのも覚えてますよ。多分ずっとこれは変わりません」




 この男がメリット・デメリットで人を殺せるロクでもない人間なのは、最初から今に至るまで忘れていない。

 だから別に、そんな風に思われる謂れはないんだけどなあ。




「……ならば、何故」




 不意にトビが口を開いた。
 その声がいつになく驚いているというか、不思議そうというか、困惑しているように聞こえたから、首を傾げてしまった。




「何故そこまで恐怖していながら、気安くオレに近づき、あまつさえ感謝など口にする」












…………………………ん?















………………………………………あれ?






「……私、今とんでもないこと言ってました……?」




 今更何言ってんだと焦りが湧いて変な汗が出てきた。


 いやマジで何言ってんの私馬鹿なの誰が激ヤバ人間の前で直接お前こえーよこの恨みゼッテー忘れねェから!!とか宣言するよお前だよボケ



 思わず頭を抱えてやっちゃったと呻けばトビも気が抜けたらしい。
 少し空気が弛緩して、呆れたように「相当熱でやられているようだな」と呟かれた。



「みたいですね、あはは……
 ……まあ、ここまで言っちゃったからちゃんと言いますけど」



 というか、言わないと私も落ち着かない。
 そんなに頭がやられているならさっさと帰れとか言われるかと思ったけど、意外にもトビは答えを待ってくれているようだった。



「怖いとか苦手とかそういうのと、感謝するのとは、別であるべきじゃないですか」



 トビは何も言わない。だけど、意味不明と言いたげなのは明らかだった。

 参ったな、どう言えば伝わるんだろう。
 何とか茹だる頭をフル回転させて言葉紡いでいく。




「怖いから感謝しないとか、苦手だから恩はないとかって考えるのは、おかしいじゃないですか。
 トビさんが怖いのも、感謝しているのも、どっちも本当ってだけです。どっちかだけが正しいとかじゃないんですし、無理にどっちかに偏る必要はなくないですか」




 つーかややこしく考えすぎじゃないのこの人。なんでそんな真か偽かの両極端!みたいな答えを出させようとするの。
 私は松竹梅だと竹を選ぶタイプだしこんな問答を明快に答えるのは到底無理です。


 伝わると良いんですけど、と付け加える。トビは暫く黙りこくってから「……なるほど」と溢した。
 あ、わかってもらえた感じ?




「お前はかなり割り切りの良い人間らしいな」

「えっ? 割り切りの良い人は多分しつこく怖がらないと思います、けど……」

「それは単に学習しない愚かな人間だろう」




 そうなのかな。恐怖みたいな感情こそさっさと割り切りたいものだけどな。




「こんな平和な世界で生まれた割に……いや、こんな世界だからこそか」

「まあ、平和ボケしてるタイプですよね、私。
 この国以外の戦争してる国だったり、荒れてる国の人だったら、私みたいなこと言う人は少ないのかもしれませんね」




 私は私の世界しか知らないし、別に自分が割り切りが良いとは思えないし、実感はないけど。

 日本がほぼ例外なだけで、未だにこの世界でも戦争している国はたくさんある。戦争していなくても、政情不安とか貧困とかで荒れている国は多いし。
 そういう国で、私が同じような価値観を育める保証はない。




 そういえば、トビ──うちはオビトは第三次忍界大戦で大怪我をして死んだ扱いになって、第四次忍界大戦を引き起こした張本人なんだっけ。



 ふと思い出してしまって、少し緊張を覚える。変に態度に出ないと良いんだけど。





 ……でも、そうか。

 この人は、というかこの人の世界は、それだけ戦争が身近にあるのか。



 前にも思ったけど、あの仲間思いの優しい少年がこんな風になったのは、どうしても解せない。
 それは、関わりが増えたことでより強まった疑問だった。



 多分だけど、何となくだけど、この人がこうなったのはあの戦争が原因なんだろう。
 そう考えると、無性に変な気持ちになった。悲しいとか、辛いとか、そういう類の。




 ……ダメだ。バカみたいなことしか考えていない。
 足もふらついてきたし、そろそろ戻ろう。




「長々とすみません、明日はお気をつけて。
 私はまたお会いできたら嬉しくは思いますけど……トビさんが二度とこの世界に来なくて済むよう祈ってます」




 結局、二度と来なくて済む方法は見つかったのかとか、そもそもこの世界にこれからも来る羽目になる確証は得られたのかとかは聞かないでおいた。

 トビはただ「ああ」とだけ応じる。小さくお辞儀をしてから、彼の部屋を後にした。





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最近1話の文字数が長すぎるのでもっとコスパ良く書けるようにしたいです。
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