8話 努力の果てに何を見る
あなたの名前は?
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………………頭、痛い。
……あれ?
私、なんで寝てるんだっけ……というか、今何時……
薄く目を開けば、見慣れた天井が私を迎える。
明かりもついていない薄暗いリビング。そこに置かれているソファーの上で、私は寝ているようだった。
掛け時計を見上げれば、時刻は17時過ぎらしかった。
何故だろう。私はたしか、いつものようにトビにチャクラの制御指導を受けていたはずなのに。
「おかしいなあ……」
思わず呟けば、呼応するようにまた頭がズキズキと痛んだ。
驚いておでこに手を当てると凄まじく熱くてビックリ。何これ。もしかしなくても微熱どころの体温じゃないが。
このところ、学校に行くたびの不調が悪化して熱もそこそこ出るようになっていた。
とはいえ、精々上昇しても37.5℃くらいまでだったし、慣れてきていたから普通通りに過ごしていた。
ただ、今日はいつもより身体が重くて寒気もしたから、風邪の引き始めかな、と思ってはいたんだけど──
「──っ、そうだ、悪化したのか!」
思い出した。
そういえば、普段通りにトビに指導してもらっていたら立てなくなったんだ。その後まともに起きていられないくらい怠くなった、のは覚えているんだけど……
しかし、今私がいるのは中庭ではなくリビングのソファーの上。
え、瞬間移動できるようになったのかな。ってそうじゃない。
もしかして、トビが運んでくれたのか。
信じられない。あの男が病人とはいえ倒れた人間を屋内に運ぶなど──いや、それくらいはしてくれるかな、あいつでも。
目の前で知人が倒れて発熱してるのに寒い外に放置するとか、合理的とかじゃなく単に加虐趣味の人間でしかないし。いやあいつ加虐趣味の気はあるけど、そういうことをするタイプの加虐趣味ではなさそうだし。
でもまさか、律儀にソファーの上に置いてくれるとは。特にブランケットとかは掛かってないから寒いけど、それでもありがたいことこの上ない。
「うっわー……情けなさすぎるな……」
気分最悪だ。きっとトビの方がそう思っているだろうけど。
迷惑をかけてしまって只管申し訳ない。そこそこ重かっただろうに。
まだ酷く身体が重たく、節々が鈍く痛みはしたが、動けないことはなさそうだ。一先ず謝罪と礼を言いに行くことにした。
汗のせいで服が張り付いていて気持ち悪いが、どうせ後でシャワー浴びるし今はこのままでいいか。
胸の奥から何かがせり上がるような感覚。何回か咳き込めば、胸の辺りがほんの少し痛んだ。
流石に体が冷えているので、暖かいもこもこの半纏を着込んでリビングを出る。念の為にマスクをつけて。
階段を上ることがここまで辛いとは。マジで何度あるんだろう、今の私。
ぜえぜえ言いながらも何とか上りきり、少し呼吸を整える。
少し廊下を歩いた先にあるトビの部屋の前で立ち止まり、ノックを数回した。
「名前です。ちょっといいですか」
先に名前を言い、用件を伝える。
返事は来ないが、いつものことだ。だから私もいつものように静かに扉を開けた。
数度咳き込みながら、私は静かに扉を開けて部屋を覗き込んだ。
部屋は相変わらず暗い。灯りをつければいいのに、なんて思っていれば赤い光を見つけた。
なんだ?とよく目を凝らせば──まあ、当たり前のように、トビの写輪眼だったわけで。
「ひぃうえっ!? なっ、ななな、なんでまたその眼を!?」
トラウマとなっているそれを見せられれば、元気がないのに無駄に絶叫しかけてしまった。
マジで怖いんだよあの目は。突然の自白くらいフツーにさせられるのヤバすぎない? つーかマジでなんで今使ってんの?
「……お前は、本当にチャクラコントロールを覚える気があるのか?」
「…………えっ?」
口を開いたかと思えばよくわからない質問をされたから、恐怖はまだあるのにぽかんとしてしまった。
なんでそんなこと言われるんだろう。手間をかけさせるなとか怒られるのは想定していたんだけど。
……どうやら、ふざけていい空気ではなさそうだ。
現に私の身体は恐怖で竦んだままだったし、トビも容赦なく写輪眼で睨んでくるのだから。
「え、えっと……なんでそんなこと、聞くんですか?」
「何故も何もない。
──貴様は今、自分がどのような状態か本当に理解しているのか?」
それは流石に、わかっていた。
なかなかチャクラを感知することすら成功せず、足踏みしている状況。やっとできたかと思えば体調を崩してしまい、トビの前でぶっ倒れてしまう始末。この不出来さは自分ですら情けなくて許せない。
我慢できなかった咳を数回してから、いがいがする喉を堪えて言葉を返した。
「それは、申し訳ないと思ってます。本当にすみません。
ただでさえ覚えるのが遅いのに、少し熱が出たくらいで倒れてしまって……」
「少し、か。ハ──笑わせるな」
せせら嗤うような、しかし苛立ちのようなものが感じられる声に口を噤む。自然と身が強張っていた。
「今の貴様はただの風邪ではない。症状から鑑みて肺炎か、それと同等の病だ」
な、と戸惑いの声が自分の口から漏れた。
肺炎って──そんな大袈裟な。そう言いたかったけど、トビの声音からして冗談や脅し半分で言っているわけではないことはわかってしまった。
「おかしいとは思わないのか?
貴様の今の顔は酷い有様だ。咳き込み方もただの風邪より激しく、呼吸に雑音が混ざっている。熱も40℃近いだろうな。
これでもまだ「少しの熱」と言い張るつもりか?」
たしかに──それなら咳き込むたびに胸が痛むのも、呼吸するだけでごろごろ変な音がするのも納得できる、けど。
「……すみません。気づきませんでした」
告げられた病状に割りかし本気のパニックになりつつも、何とか謝った。
トビはそれが意外だったようで沈黙する。
面倒くさそうにため息を吐き、私を睨む力を緩めた。
どうやら、多少は溜飲を下げてくれたらしい。
「……その表情からすると、本当に分かっていなかったようだな。呆れる奴だ」
流石にそんな状態で指導を受けるのは、トビにも迷惑がかかるだろう。可能性は低そうだけど、もし感染したりしたらと思うとゾッとする。
苛立ちを隠さない眼差しから赤色がすっと失せた。写輪眼を解除してくれたらしい。
「多少の無理はいい。寧ろその程度の努力をしないのは許さない。
だがロクに体調管理もできないのならば、もう何も教える気はない。次はないと思え」
「はい……すみませんでした、本当に」
同じ空間にいるわけだから体調管理も自分の問題だけではなくなる。私が全面的に悪い。
「それじゃあ、私1人でやれることは頑張ってみます。何か1人でもできるようなことを教えて頂けないでしょうか」
お願いしますと頭を下げたものの、トビが「待て」と怪訝そうな声を発したため、顔を上げた。
「まさか、まだ続ける気か」
「え、ええと、はい。病院行った後にでも、何かできないかな、って……」
言っているうちに、トビの視線が絶対零度のそれになったため、尻すぼみになってついには黙ってしまった。
出会ってばかりの頃の、私と話していても欠片も興味を向けていない視線とはまた少し違う。
あの頃の常に何処か遠くを見ているような目ではなく、ちゃんと私を見ている。
そんな目が殺意のような苛立ちすら感じさせるのだから、もうどうしようもない。
「えっ……と、また私、何か気に触るようなこと言っちゃいましたか……?」
シラフでイキリ主人公みたいなこと言うのキツいな……いやそんなこと考えている場合じゃないんだが!?
邪念を振り払い恐る恐るトビを見つめるも、彼は変わらず冷めた雰囲気のままだった。
「……成る程。どうやら貴様は生粋の馬鹿らしいな」
「な、なんで突然罵倒されてるんですか、私!?」
最早失望を通り越して哀れみすら感じるような声色。こっちが理解不能で困惑する。
なんだってんだ、私そんなに馬鹿にされるようなこと言ってないでしょ……ないよね……いや言ってるのかも……
混乱してきた私を見据えたまま、トビは酷く冷たい声で吐き捨てる。
「貴様の頭はどうなっている。オレが注意しているのは「体調管理もできずに平気だと言い張った」ことだ。
だが貴様は「体調管理もできずに迷惑をかける」ことと勘違いしているだろう」
「……あ。えーと、もしかして「治るまで休め」って意味合いだったんですか?「治るまで一人でやれ」ではなく?」
ようやく理解して、念のため確認するために問うてみたけど彼は答えない。そんな当たり前のことすらわからないのか?とでも言いたげに。
なんかマジで申し訳なくなってきたな……
しばらくして、彼は不快感を隠しもしない低い声で語り出した。
「……いいか。オレは救いようのない馬鹿を相手にする気はない。
わかったらさっさと病院に行くか、それが無理なら親が帰るまで寝ていろ」
あまりにもごもっともなお言葉に、わかりましたとしっかり頷く。彼なりに忠告をしてくれたのだから従うべきだろう。
「……本当にすみませんでした、それからありがとうございます。
治って、その時にトビさんがまだいらしたら、また教えてもらって良いですか?」
「その状況ならばな。良いからさっさと戻れ」
追い払うように──否、実際追い払いたいのだろう。トビの鬱陶しげな声に苦笑いしつつ、失礼しましたと頭を下げて部屋を後にした。
廊下を進みながら、大きく息を吐く。
喉や胸の痛みより、自分のみっともなさや情けなさが身に沁みた。
壁に寄りかかり、熱くなってきた目元を気にしないようにして鼻をすする。
「ダッサいなあ、私……」
しゃがみ込みたくなったけど、そのまま立てなくなりそうだから、何とか階段までずるずる歩いた。
まだ何もできていないのに、このザマとか。
自分が惨めったらしくて、一際強くズキズキと頭が痛んだ。
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とりあえずこれにて8話終了のため、章にまとめました。
そして書き溜めた下書きも尽きました。ヤバいな。
それからコメント下さった方、ありがとうございました。とても嬉しいです。一応コメント返信のところに返信を書かせて頂きました。