8話 努力の果てに何を見る
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「はひ、ごほっ……も、もー無理です……すみませ、や、休ませてください……」
「起きろ。まだ終わっていないぞ」
命乞いをするかのように頼み込んでも、人の皮を被った悪魔は許可してくれない。いや、仮面をつけた悪魔とでもいうべきか。
昼下がり。
私、そしてトビは、家の中庭──大して広くはないが、デッキチェアを置いて日光浴したり洗濯物を干したりはできる──に出ていた。
昨日、トビからチャクラを制御する方法を教えるといわれたのだが、その後何故か「お前がよくやる運動は何だ」と聞かれた。
一見支離滅裂なように思えたが、私がチャクラを持っている話をする時だって出だしは理解不能だった。何か意味があるのだろう。
とりあえず何も聞き返さずに「運動といえるようなものはそんなに……精々ウォーキングとかです。あと、今は全然ですけど、2年くらい前までは縄跳びとか好きでした」と答えた。
やはりロクな答えがなかったからか、トビは返答もせず黙り込んでしまった。内心不安でびくびくしていたが、トビは空気を緩めると「明日、お前は何か予定があるか」と問うてきた。
「いえ、特に何も」
「では、明日の14時頃に縄を持って中庭に来い」
「わかり、ました……?」
「そんなもの使って何するんですか?」と聞きたくなったが、まあ運動何するとかの質問の流れで縄跳び持ってこさせて縄跳びをしなかったら流石にこいつ頭おかしいんちゃうか案件だし。
再び尋ねるのはぐっと堪え、その日はそこで話を終えた。
……で、今日。中庭にて。
先に来ていたらしいトビは、私を見るなり「良いというまで耳を澄ませた状態で跳び続けろ。二重跳びでだ」と言い放った。
流石に突然すぎるから意図を聞きたくなったけど、明らかに質問は受け付けないといいたげな態度で腕を組まれたら、どうしようもなかった。
二重跳びとか久々過ぎる。それに、縄跳びが好きとは言っても上手いわけじゃない。そんなに連続してできない気がする。
しかも耳を澄ませてって言われても。ただ遠くの車の音とか人の話し声とか聞こえてくるだけだし、縄跳びに集中できなくなりそうなんだけど。
そんな風な思いを抱きつつやりだしたのだが、トビは本当に「良い」というまで跳ばせる気のようで。
少しでもひっかけて失敗すると「続けろ」と圧をかけ、息切れを起こして手を緩めると「ペースを落とすな」ともっと圧をかける。おまけに「耳を澄ませるのを忘れるな」と念押しまで。
おかげでひいひい言いながら死ぬほど失敗しつつも二重跳びをし続ける羽目に。
何? この人S級犯罪者から縄跳び鬼コーチに転職でもするの?
(失敗して立ち止まるのを何度も挟みつつだが)大体50回くらい跳んだところで、私は縄に両足を引っ掛けつんのめってあわあわした結果、仰向けに倒れた。
それで、冒頭の弱音を吐くに至るわけだった。結局起きろとかいわれてしまったけど。
息が上がってどうしようもない。視界がぐるぐるしているような感覚。冬なのにこんなに暑くなるなんてなかなかないぞ。というか、いつもより疲れやすい気がする。
そろそろ死ぬんじゃないかな、なんて思いながら仰向けの状態から起き上がる。ぷるぷるする足に力を込めて立とうとしたが、力が入らずがくっと地に手をついてしまった。
辛うじて膝立ちになれば、トビはプレッシャーを放つのをやめてため息をこぼす。そして、呆れきったような冷めた声で質してきた。
「何度も言っているだろう、跳び続けろと。何故このレベルのことができない?」
「申し訳ないんですが……ずっとはちょっと、無理です……運動しばらくしてないし……二重跳びとか、できてた時でも……連続だと30回くらいしか……」
「……お前、本当に14歳か?」
「少なくとも、この世界なら二重跳び出来ない人、割と多いと思います……私の友達もできない子……結構多いですし……」
信じられないといいたげな声色に苦笑いを返してからなんとか立ち上がり、両手で縄跳びの末端を握りしめる。草の揺れる音や遠くの車のアクセルの音を聞くように意識しながら。
喉が張り付く感覚に顔を顰めつつ、大きくジャンプした。
「いったぁ!?」
べちりと素肌の部分にゴムの縄が叩きつけられた。ダメだこりゃ。
こんなことならレギンスを履くんだったなと今更後悔する。七分丈のジャージでは少しばかり寒さと痛みが辛い。さっきから縄を当てすぎて赤くなってきてるし。
「……はあ」
再び呆れの溜め息を吐いたトビが恨めしく、じとりと見上げる。
それに気がついているのか気がついていないのかは知らないが、トビは完全にスルーした。
げほごほと咳き込みながら、震える足に力を込めてなんとか立ち続ける。
多少はマシになってきた息で大きく空気を吸い込む。何気なく縄跳びを見つめれば、ふと当たり前の疑問が再燃し、ついに聞いてみることにした。
「あの……なんで私は、こんなことをしてるんでしょうか。その、できれば理由だけでも聞きたいなあって……」
かなり丁寧に聞いたのに、トビの答えはすげないものだった。
「説明したところでお前にはわからん。考える暇があるなら只管跳び続けるんだな」
それはそうかもしれないけどさあ。
人間は意味の感じられない作業を続けるの、滅茶苦茶苦手だと思うんだけど。
精神的にも肉体的にも限界は近い私だったが、何とか返事をして再度跳び始める。
幾ら殺気が向けられなくなったからって、まだまだ慣れ親しんだ関係ではない。私のほうが立場は断然下だし。一応教えを乞うてるほうだし。
……いやでも、この人一応「お前の能力が広まって目立てばオレが困るから」っていったわけだし、この人が下手に出ても良いのでは?
なんてことはいえないまま、耳を澄ませて鬼コーチの視線を受けつつ二重跳びを失敗しつつもこなし続けた。
大体10分くらい経った頃、ついに私の身体は「もう無理です」と言わんばかりにぎこちなくなり、突如崩れ落ちるように地面に倒れ伏してしまった。
ぜえはあと耳障りな呼吸が止まらない。汗が目に入って痛いし、頭も胸も痛い。
「うぐ、はあっ………………うえぇ……」
「……まさかここまで運動神経がないとはな。体力がないのはどうとでもなるが……手始めに走らせたほうが良かったか」
「!?!?!?!?!? っ……! ……!?」
何言ってるのこの人、と仰天して見上げる。
対するトビも怪訝そうに私を見下ろした。そんな態度を示されても騙されないぞ。
「走らせごっほげほっ……走らせるって、どういうことなんです?
縄跳びの必要はなかったんでしょうか……?」
「縄跳びならば敷地内でできる。オレを知られて困るのはお前とて同じだろう」
「……そう、ですね」
この人なりに考慮した結果なのか。ならば文句は言えまい。確かに私としてもこの人に見てもらいながらランニングとかしたくないもの。
一応今は中庭でやっているわけだが、これが外から見えるところだったら拒否していたかもしれないし。
理解不能の指示への溜飲を下げる。
それに、指導を頼んだのはやはり私だ。教えて貰う立場でブーイングばかりというのは図々しいことこの上ない。
小さく頭を下げてありがとうございます、と一応いっておく。
その直後、1つの推測が浮かび上がり、思わずあっと声を上げてしまった。
「なんだ、どうかしたのか」
不審そうな、というよりは面倒そうな声音に身が縮こまりそうだ。
とりあえずふざけるのはよそう。これ以上は殺意を向けられそうだし。
この運動の目的が、もしかしたらわかったかもしれない。
喉を鳴らし調子を整え、頭の中で質問内容を固めてから問い掛けることにした。
「違うかもですけど……これって、もしかしてチャクラを使い果たさせる為にやってるんですか?
チャクラっていうのは、身体エネルギーと精神エネルギーだっていってましたよね?
運動しながら耳を澄ませる──私が耳を澄ませたらチャクラを使用するわけですし、運動と同時並行でやったら凄い勢いでチャクラを消費しそうかなって。
精神エネルギー?とかはよくわかりませんけど、少なくとも身体エネルギーはなくなりそうだし、そうなのかなと思いまして」
もしかしたら、さっき「いつもより疲れやすい」と感じたのはチャクラを使っているせいなのかもしれない。
本当「気がする」程度のものなので自分のチャクラの量の矮小さが身に染みるけど。未だにある感覚なんて全くないし。
言い切ってからチラリとトビを見上げれば、彼は静かに驚愕していた。多分だけど。
仮面をつけているから実際どうかはわからない。なんか怖くなる沈黙だな……
「その通りだ。よくわかったな」
「あはは……ありがとうございます。でも珍しいですね、その、トビさんが、そんなふうに驚くなんて」
この人が私を褒めるなんて珍し──いや、初めてじゃないか?
つい頭を掻きながら目を逸らす。少し照れてしまった。
トビは暫く沈黙する。が、すぐに落ち着いたのか、いつもの平坦な声で話し出した。
「チャクラについてロクな説明もしていないのに、ほぼ理解されては誰でも驚く。大したものだ」
「え、えーっと……ありがたいです、そう言っていただけると……はい。
でも、ただの勘ですから……」
こうも激褒めされては慌てふためいてしまう。
でも私がわかったのはチャクラについて多少は知識があったから(うろ覚えではあるけど)だし、頭の回転はそう速くなんかない。
変に邪推されてもまた疑われるのでは、と困ってしまうだけだし。勘弁して頂きたい。
トビは僅かに何か思考するような態度を見せたが、それもすぐに終わる。
ほっとしたのも束の間、彼はいつもの冷めた雰囲気に戻った。
「お前の予想通り、この運動は全てのエネルギーを使い切らせるためだ。
お前は無意識のうちにチャクラを使用し、聴力を強化している。
それが標準になっている状態を矯正しようにも、正攻法で教えていれば時間がかかる。しかしオレはこの世界に長居するつもりはない。だから力技で直すことにした」
なるほど、と頷く。
それにしても、私がここまで推測することが意外だったのだろうか。まさかこんなにきちんと説明してくれるとは。
私の気持ちを露知らず、トビは淡々と語り続けた。
「チャクラを使い果たしたお前が耳を澄ませば『チャクラを使わず耳を澄ませた状態』を体感できる。その感覚を掴ませることがこの運動の目的だ。
そして、オレの能力でお前からチャクラが無くなった状態は見抜ける。だからオレが許可するまで跳び続けろと指示したんだ」
「はあ〜……納得です……!」
思わず上擦った間抜けな声が出るほど、今度は私がビックリさせられた。
そういうことか。
確かに『チャクラを使用して聴力を強化している状態』からエネルギーを使い切って『チャクラを使用できない状態』になれば、耳を澄ませようとしてもチャクラでの強化をしようがないし。
能力というのは……写輪眼のことだろうか、多分。
意外ときちんとした理由はあったのかと心底ほっとする。良かった、ただこの人が縄跳びのスパルタ指導をしたくなったとかの変な理由じゃなくて。
ただ、1つだけ疑問が湧き上がった。
あまり聞くのもどうかと思える内容だが──ええいままよ。
「あの……それなら尚更、なんで私にこんなこと教えてくれるんですか?
トビさんは私の能力が世間に知れたら自分にも迷惑がかかるから教えるって言ってましたよね。
長居するつもりがないなら、こんなの教える必要はないんじゃないのかなって。いや、すっごくありがたいんですけども!!」
あくまで疑問に思っただけで煽りたいわけではないとわかるように、慌てて感謝も伝えておく。
実際、この指導は本当にありがたかった。だからこそ不思議にもなる。
トビがただの厚意で教えてくれるわけがない。だってこの人は、(少なくともどうでも良い他人に対しては)かなり合理的な筈だ。
私のことがどうでもいいからこそ簡単に怪しむし、場合によっては殺せるし、デメリットが大きいからなんて理由で殺さないのだ。
そんな人が、どうでもいい人間に対してメリットもないのに時間を割くだろうか。ましてや、すぐにでも元の世界に帰りたいだろう人が。
非難したいわけではない。ただそういう人だと知っているから、よくわからなくなってしまっただけで。
トビは私の問いに気分を害した様子はなかった。
しかし、何も言ってくれないまま私を見下ろすから居心地が悪いなんてものじゃない。
弁解したとはいえ、やっぱり烏滸がましい問いかけだっただろうか。
そんな泣き言を抱きかけるも、トビが呟くような調子で「確かに、これでは誤解を招くか」といったため、すぐに霧散した。
「詳しい話は省くが──オレは元の世界に帰還できたとしても、今後もまたこの世界にくる可能性が高い」
「……えっ。そう、なんですか?」
「まだ確証はないがな。オレが現れた場所を調べ続けるうちにその可能性が出てきた。
何より、一度戻れたのにこうやってまたこの世界にきたことが良い例だ。
だから、この世界に長居する気はないが、もしまた来る羽目になった時にお前が悪目立ちしていれば面倒になる」
そう説明を受ければ、納得できた。
彼が1回目ここに来た時どうやって帰還したかはわからないが、今回帰ろうとした時に印を組んでいたわけだし、何らかの忍術を使って帰還したのだろう。
それが失敗して「通り路が消えた」なんていっていたわけだし、今後何が起こってもおかしくはない。
「勿論、来なくて済むように解決策は講じるつもりだがな。
今回まだ帰っていないのはそれが理由だ」
「え、ええっ──その言い方だと、もしかしてもう帰れるんですか!?」
トビはああ、と何の気無しに答える。
マジかよ。こいつとんでもないネタぶち込みやがった。
「もう既に今回帰還する手段は見つけた。いつでも帰ることができる状態だが……解決策もないまま大手を振って帰るのも不毛だからな」
「でも、大丈夫なんですか? あ、いや、私なんかが気にするのも失礼ですけど……元の世界でのお仕事とか。突然いなくなってるわけですし、大変なことにはならないんですか?」
「……問題ない。多少の間はオレがいなくとも回るようにしてある。そう長くはないが」
また「お前には関係ない」とバッサリいかれるかと思ったが、淡々と答えてくれた。
まあ私が先手を打って卑屈になったからかもしれないけど。
「そのため、タイムリミットを決めた。
今日を含めた1週間後。仮に解決策を練られずともオレは帰還する。
お前の指導もそれまでだ。加えて、そう長い時間を割いてやるつもりもない。制御したいと思うのなら、精々全力でやることだな」
なるほど、あと1週間か。
……いや全然時間なくないか?
「わ、わかりました! すみません、それじゃ今度はちゃんと使い切れるくらいまでちゃんと頑張ってみます!」
ヤバいじゃないか、それなら早いところチャクラ切れを起こして強化をしない感覚を掴めるようにならなければ。
手元で小さくまとめておいた縄跳びを解き、もう一度二重跳びにチャレンジしようと意気込む。
「ってうわわわわふぎゃっ!?」
慌てすぎた為か、縄跳びが足に絡まって転んでしまった。
バタンと顔からコンクリの床に倒れこんでしまった。痛い、色んな意味で痛すぎる……
「……」
うつ伏せで痛みに悶える私だったが、トビの呆れたような視線が突き刺さるのは確かに感じた。
────────────────────────
トビの口数が多すぎて不安になってきました。まだ全然仲良くないんだしこんな喋っちゃダメなのでは?でもなんだかんだ長い付き合いになってきてるわけだし多少はいいのでは?と疑心暗鬼になる。
トビとしては主人公がそれなりに頭を使う人間だと理解したのと、またあーだこーだ聞かれても面倒だし多少情報開示するか……くらいの感覚です。多分。
とりあえず、今後は1ページずつ書いたら投稿して、その後まとまったら◯話として章にまとめていきたいと思います。
「起きろ。まだ終わっていないぞ」
命乞いをするかのように頼み込んでも、人の皮を被った悪魔は許可してくれない。いや、仮面をつけた悪魔とでもいうべきか。
昼下がり。
私、そしてトビは、家の中庭──大して広くはないが、デッキチェアを置いて日光浴したり洗濯物を干したりはできる──に出ていた。
昨日、トビからチャクラを制御する方法を教えるといわれたのだが、その後何故か「お前がよくやる運動は何だ」と聞かれた。
一見支離滅裂なように思えたが、私がチャクラを持っている話をする時だって出だしは理解不能だった。何か意味があるのだろう。
とりあえず何も聞き返さずに「運動といえるようなものはそんなに……精々ウォーキングとかです。あと、今は全然ですけど、2年くらい前までは縄跳びとか好きでした」と答えた。
やはりロクな答えがなかったからか、トビは返答もせず黙り込んでしまった。内心不安でびくびくしていたが、トビは空気を緩めると「明日、お前は何か予定があるか」と問うてきた。
「いえ、特に何も」
「では、明日の14時頃に縄を持って中庭に来い」
「わかり、ました……?」
「そんなもの使って何するんですか?」と聞きたくなったが、まあ運動何するとかの質問の流れで縄跳び持ってこさせて縄跳びをしなかったら流石にこいつ頭おかしいんちゃうか案件だし。
再び尋ねるのはぐっと堪え、その日はそこで話を終えた。
……で、今日。中庭にて。
先に来ていたらしいトビは、私を見るなり「良いというまで耳を澄ませた状態で跳び続けろ。二重跳びでだ」と言い放った。
流石に突然すぎるから意図を聞きたくなったけど、明らかに質問は受け付けないといいたげな態度で腕を組まれたら、どうしようもなかった。
二重跳びとか久々過ぎる。それに、縄跳びが好きとは言っても上手いわけじゃない。そんなに連続してできない気がする。
しかも耳を澄ませてって言われても。ただ遠くの車の音とか人の話し声とか聞こえてくるだけだし、縄跳びに集中できなくなりそうなんだけど。
そんな風な思いを抱きつつやりだしたのだが、トビは本当に「良い」というまで跳ばせる気のようで。
少しでもひっかけて失敗すると「続けろ」と圧をかけ、息切れを起こして手を緩めると「ペースを落とすな」ともっと圧をかける。おまけに「耳を澄ませるのを忘れるな」と念押しまで。
おかげでひいひい言いながら死ぬほど失敗しつつも二重跳びをし続ける羽目に。
何? この人S級犯罪者から縄跳び鬼コーチに転職でもするの?
(失敗して立ち止まるのを何度も挟みつつだが)大体50回くらい跳んだところで、私は縄に両足を引っ掛けつんのめってあわあわした結果、仰向けに倒れた。
それで、冒頭の弱音を吐くに至るわけだった。結局起きろとかいわれてしまったけど。
息が上がってどうしようもない。視界がぐるぐるしているような感覚。冬なのにこんなに暑くなるなんてなかなかないぞ。というか、いつもより疲れやすい気がする。
そろそろ死ぬんじゃないかな、なんて思いながら仰向けの状態から起き上がる。ぷるぷるする足に力を込めて立とうとしたが、力が入らずがくっと地に手をついてしまった。
辛うじて膝立ちになれば、トビはプレッシャーを放つのをやめてため息をこぼす。そして、呆れきったような冷めた声で質してきた。
「何度も言っているだろう、跳び続けろと。何故このレベルのことができない?」
「申し訳ないんですが……ずっとはちょっと、無理です……運動しばらくしてないし……二重跳びとか、できてた時でも……連続だと30回くらいしか……」
「……お前、本当に14歳か?」
「少なくとも、この世界なら二重跳び出来ない人、割と多いと思います……私の友達もできない子……結構多いですし……」
信じられないといいたげな声色に苦笑いを返してからなんとか立ち上がり、両手で縄跳びの末端を握りしめる。草の揺れる音や遠くの車のアクセルの音を聞くように意識しながら。
喉が張り付く感覚に顔を顰めつつ、大きくジャンプした。
「いったぁ!?」
べちりと素肌の部分にゴムの縄が叩きつけられた。ダメだこりゃ。
こんなことならレギンスを履くんだったなと今更後悔する。七分丈のジャージでは少しばかり寒さと痛みが辛い。さっきから縄を当てすぎて赤くなってきてるし。
「……はあ」
再び呆れの溜め息を吐いたトビが恨めしく、じとりと見上げる。
それに気がついているのか気がついていないのかは知らないが、トビは完全にスルーした。
げほごほと咳き込みながら、震える足に力を込めてなんとか立ち続ける。
多少はマシになってきた息で大きく空気を吸い込む。何気なく縄跳びを見つめれば、ふと当たり前の疑問が再燃し、ついに聞いてみることにした。
「あの……なんで私は、こんなことをしてるんでしょうか。その、できれば理由だけでも聞きたいなあって……」
かなり丁寧に聞いたのに、トビの答えはすげないものだった。
「説明したところでお前にはわからん。考える暇があるなら只管跳び続けるんだな」
それはそうかもしれないけどさあ。
人間は意味の感じられない作業を続けるの、滅茶苦茶苦手だと思うんだけど。
精神的にも肉体的にも限界は近い私だったが、何とか返事をして再度跳び始める。
幾ら殺気が向けられなくなったからって、まだまだ慣れ親しんだ関係ではない。私のほうが立場は断然下だし。一応教えを乞うてるほうだし。
……いやでも、この人一応「お前の能力が広まって目立てばオレが困るから」っていったわけだし、この人が下手に出ても良いのでは?
なんてことはいえないまま、耳を澄ませて鬼コーチの視線を受けつつ二重跳びを失敗しつつもこなし続けた。
大体10分くらい経った頃、ついに私の身体は「もう無理です」と言わんばかりにぎこちなくなり、突如崩れ落ちるように地面に倒れ伏してしまった。
ぜえはあと耳障りな呼吸が止まらない。汗が目に入って痛いし、頭も胸も痛い。
「うぐ、はあっ………………うえぇ……」
「……まさかここまで運動神経がないとはな。体力がないのはどうとでもなるが……手始めに走らせたほうが良かったか」
「!?!?!?!?!? っ……! ……!?」
何言ってるのこの人、と仰天して見上げる。
対するトビも怪訝そうに私を見下ろした。そんな態度を示されても騙されないぞ。
「走らせごっほげほっ……走らせるって、どういうことなんです?
縄跳びの必要はなかったんでしょうか……?」
「縄跳びならば敷地内でできる。オレを知られて困るのはお前とて同じだろう」
「……そう、ですね」
この人なりに考慮した結果なのか。ならば文句は言えまい。確かに私としてもこの人に見てもらいながらランニングとかしたくないもの。
一応今は中庭でやっているわけだが、これが外から見えるところだったら拒否していたかもしれないし。
理解不能の指示への溜飲を下げる。
それに、指導を頼んだのはやはり私だ。教えて貰う立場でブーイングばかりというのは図々しいことこの上ない。
小さく頭を下げてありがとうございます、と一応いっておく。
その直後、1つの推測が浮かび上がり、思わずあっと声を上げてしまった。
「なんだ、どうかしたのか」
不審そうな、というよりは面倒そうな声音に身が縮こまりそうだ。
とりあえずふざけるのはよそう。これ以上は殺意を向けられそうだし。
この運動の目的が、もしかしたらわかったかもしれない。
喉を鳴らし調子を整え、頭の中で質問内容を固めてから問い掛けることにした。
「違うかもですけど……これって、もしかしてチャクラを使い果たさせる為にやってるんですか?
チャクラっていうのは、身体エネルギーと精神エネルギーだっていってましたよね?
運動しながら耳を澄ませる──私が耳を澄ませたらチャクラを使用するわけですし、運動と同時並行でやったら凄い勢いでチャクラを消費しそうかなって。
精神エネルギー?とかはよくわかりませんけど、少なくとも身体エネルギーはなくなりそうだし、そうなのかなと思いまして」
もしかしたら、さっき「いつもより疲れやすい」と感じたのはチャクラを使っているせいなのかもしれない。
本当「気がする」程度のものなので自分のチャクラの量の矮小さが身に染みるけど。未だにある感覚なんて全くないし。
言い切ってからチラリとトビを見上げれば、彼は静かに驚愕していた。多分だけど。
仮面をつけているから実際どうかはわからない。なんか怖くなる沈黙だな……
「その通りだ。よくわかったな」
「あはは……ありがとうございます。でも珍しいですね、その、トビさんが、そんなふうに驚くなんて」
この人が私を褒めるなんて珍し──いや、初めてじゃないか?
つい頭を掻きながら目を逸らす。少し照れてしまった。
トビは暫く沈黙する。が、すぐに落ち着いたのか、いつもの平坦な声で話し出した。
「チャクラについてロクな説明もしていないのに、ほぼ理解されては誰でも驚く。大したものだ」
「え、えーっと……ありがたいです、そう言っていただけると……はい。
でも、ただの勘ですから……」
こうも激褒めされては慌てふためいてしまう。
でも私がわかったのはチャクラについて多少は知識があったから(うろ覚えではあるけど)だし、頭の回転はそう速くなんかない。
変に邪推されてもまた疑われるのでは、と困ってしまうだけだし。勘弁して頂きたい。
トビは僅かに何か思考するような態度を見せたが、それもすぐに終わる。
ほっとしたのも束の間、彼はいつもの冷めた雰囲気に戻った。
「お前の予想通り、この運動は全てのエネルギーを使い切らせるためだ。
お前は無意識のうちにチャクラを使用し、聴力を強化している。
それが標準になっている状態を矯正しようにも、正攻法で教えていれば時間がかかる。しかしオレはこの世界に長居するつもりはない。だから力技で直すことにした」
なるほど、と頷く。
それにしても、私がここまで推測することが意外だったのだろうか。まさかこんなにきちんと説明してくれるとは。
私の気持ちを露知らず、トビは淡々と語り続けた。
「チャクラを使い果たしたお前が耳を澄ませば『チャクラを使わず耳を澄ませた状態』を体感できる。その感覚を掴ませることがこの運動の目的だ。
そして、オレの能力でお前からチャクラが無くなった状態は見抜ける。だからオレが許可するまで跳び続けろと指示したんだ」
「はあ〜……納得です……!」
思わず上擦った間抜けな声が出るほど、今度は私がビックリさせられた。
そういうことか。
確かに『チャクラを使用して聴力を強化している状態』からエネルギーを使い切って『チャクラを使用できない状態』になれば、耳を澄ませようとしてもチャクラでの強化をしようがないし。
能力というのは……写輪眼のことだろうか、多分。
意外ときちんとした理由はあったのかと心底ほっとする。良かった、ただこの人が縄跳びのスパルタ指導をしたくなったとかの変な理由じゃなくて。
ただ、1つだけ疑問が湧き上がった。
あまり聞くのもどうかと思える内容だが──ええいままよ。
「あの……それなら尚更、なんで私にこんなこと教えてくれるんですか?
トビさんは私の能力が世間に知れたら自分にも迷惑がかかるから教えるって言ってましたよね。
長居するつもりがないなら、こんなの教える必要はないんじゃないのかなって。いや、すっごくありがたいんですけども!!」
あくまで疑問に思っただけで煽りたいわけではないとわかるように、慌てて感謝も伝えておく。
実際、この指導は本当にありがたかった。だからこそ不思議にもなる。
トビがただの厚意で教えてくれるわけがない。だってこの人は、(少なくともどうでも良い他人に対しては)かなり合理的な筈だ。
私のことがどうでもいいからこそ簡単に怪しむし、場合によっては殺せるし、デメリットが大きいからなんて理由で殺さないのだ。
そんな人が、どうでもいい人間に対してメリットもないのに時間を割くだろうか。ましてや、すぐにでも元の世界に帰りたいだろう人が。
非難したいわけではない。ただそういう人だと知っているから、よくわからなくなってしまっただけで。
トビは私の問いに気分を害した様子はなかった。
しかし、何も言ってくれないまま私を見下ろすから居心地が悪いなんてものじゃない。
弁解したとはいえ、やっぱり烏滸がましい問いかけだっただろうか。
そんな泣き言を抱きかけるも、トビが呟くような調子で「確かに、これでは誤解を招くか」といったため、すぐに霧散した。
「詳しい話は省くが──オレは元の世界に帰還できたとしても、今後もまたこの世界にくる可能性が高い」
「……えっ。そう、なんですか?」
「まだ確証はないがな。オレが現れた場所を調べ続けるうちにその可能性が出てきた。
何より、一度戻れたのにこうやってまたこの世界にきたことが良い例だ。
だから、この世界に長居する気はないが、もしまた来る羽目になった時にお前が悪目立ちしていれば面倒になる」
そう説明を受ければ、納得できた。
彼が1回目ここに来た時どうやって帰還したかはわからないが、今回帰ろうとした時に印を組んでいたわけだし、何らかの忍術を使って帰還したのだろう。
それが失敗して「通り路が消えた」なんていっていたわけだし、今後何が起こってもおかしくはない。
「勿論、来なくて済むように解決策は講じるつもりだがな。
今回まだ帰っていないのはそれが理由だ」
「え、ええっ──その言い方だと、もしかしてもう帰れるんですか!?」
トビはああ、と何の気無しに答える。
マジかよ。こいつとんでもないネタぶち込みやがった。
「もう既に今回帰還する手段は見つけた。いつでも帰ることができる状態だが……解決策もないまま大手を振って帰るのも不毛だからな」
「でも、大丈夫なんですか? あ、いや、私なんかが気にするのも失礼ですけど……元の世界でのお仕事とか。突然いなくなってるわけですし、大変なことにはならないんですか?」
「……問題ない。多少の間はオレがいなくとも回るようにしてある。そう長くはないが」
また「お前には関係ない」とバッサリいかれるかと思ったが、淡々と答えてくれた。
まあ私が先手を打って卑屈になったからかもしれないけど。
「そのため、タイムリミットを決めた。
今日を含めた1週間後。仮に解決策を練られずともオレは帰還する。
お前の指導もそれまでだ。加えて、そう長い時間を割いてやるつもりもない。制御したいと思うのなら、精々全力でやることだな」
なるほど、あと1週間か。
……いや全然時間なくないか?
「わ、わかりました! すみません、それじゃ今度はちゃんと使い切れるくらいまでちゃんと頑張ってみます!」
ヤバいじゃないか、それなら早いところチャクラ切れを起こして強化をしない感覚を掴めるようにならなければ。
手元で小さくまとめておいた縄跳びを解き、もう一度二重跳びにチャレンジしようと意気込む。
「ってうわわわわふぎゃっ!?」
慌てすぎた為か、縄跳びが足に絡まって転んでしまった。
バタンと顔からコンクリの床に倒れこんでしまった。痛い、色んな意味で痛すぎる……
「……」
うつ伏せで痛みに悶える私だったが、トビの呆れたような視線が突き刺さるのは確かに感じた。
────────────────────────
トビの口数が多すぎて不安になってきました。まだ全然仲良くないんだしこんな喋っちゃダメなのでは?でもなんだかんだ長い付き合いになってきてるわけだし多少はいいのでは?と疑心暗鬼になる。
トビとしては主人公がそれなりに頭を使う人間だと理解したのと、またあーだこーだ聞かれても面倒だし多少情報開示するか……くらいの感覚です。多分。
とりあえず、今後は1ページずつ書いたら投稿して、その後まとまったら◯話として章にまとめていきたいと思います。