6話 消化不良のもどかしさ
あなたの名前は?
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
さて。とりあえずトビの部屋の前へと来た、わけだが……
うーん、マジでなんて言おう?
いざ持ってきたものの、「カレー食ってください!」とか言ったら「いらん」とか言われて扉を開けてくれないのがオチだろうし。
かといって嘘をついて扉を開けてもらってもキレられそうだ。後が怖い。
でも後者でしか開けてくれない予感もするし……
別にどうしても食べてほしいわけじゃないんだけど。いや自信作だし食べてほしさは勿論あるけど、それ以上に優先したいのは話すチャンスを掴むことだ。
「うーん……」
どうしようか。小さな声で迷いつつ、行き当たりばったりな自分を呪う。
しかしその直後、扉が突然開かれたため、私は目を見開いた。
ぽかんとしてしまい、呆然と立ち尽くす。
扉を開いたのは、当然部屋の主であるトビだった。
何故だろう、どことなく呆れやら猜疑心やらが感じられる雰囲気だった。
あと何か、苛立っている、ような?
「あ、え、トビさん?」
「……さっきから貴様はここで何をしている」
やはり明らかに不機嫌な低い声に、私の身は自然と竦んでしまった。
どうやらかなりフラストレーションが溜まっているらしい。
それもそうだろう。帰る手立ては約1週間経っても見つからず、あるのはお節介なクソガキだけ。嫌になるのも無理はない。合掌。
「というか、何故お気づきに……?」
「それの匂いと貴様の声が聞こえれば、嫌でも居るのは分かる」
「ああ、なるほど」
得心がいって、心の中でうんうんと頷いた。
というか、この人もかなり耳が良いんだな。流石は忍者だ、というべきか。
なんて呑気思っていても、トビの刺々しい視線は緩まらない。寧ろ「さっさと失せろ」と言いたそうにもっと冷たくなっていく。
や、ヤバい。早く本題に入るか。
「あ、あの! 多く作っちゃったので、良かったらこれ、食べてください」
怯えから早口になりながらも、私はカレーを差し出した。
「いらんと言ったはずだ。食事は不必要だともな」
「不必要でも、食べられないんじゃないんですよね? 栄養を取る分には問題ないのでは……?」
「いいと言っているだろう。しつこいぞ」
「うっ……わかりました、すみません」
説得を試みるが、案の定前回と同じように断られてしまう。
それでも、出会った当初と違って安易には殺気みたいなものを振りまかなくなってくれた。多分あまりにも最近の私がしつこいからだろう。
それだけでも嬉しい進歩だ。寿命が縮まらずに済むのだから。
しかしこれどうしようかなー、なんて内心困り果てていれば、トビが珍しく自分から話しかけてきた。
「……前々から思っていたが、何故貴様はオレに関わろうとする?」
「はい?」
その言葉の意味が分からず、首を傾げることしかできない。
トビはさらに不機嫌そうなオーラを纏う。
「言葉通りの意味だ。
この1週間、貴様はオレに無闇矢鱈と関わろうとしてきただろう。飲み物やら何やらを持ってきてな。
以前の貴様は寧ろ関わりたがらなかった筈だ。何故今はしつこく話しかけてくる」
飽き飽きだと言いたそうな声に、少々申し訳なさが湧き上がった。
でも私には私なりの事情がある。それに、減るものでもないんだから好意は素直に受け取ってほしい。
トビの素朴な疑問に返答するべく、短い思案の後に口を開く。
「その……トビさんに言いたいことがあったから、です」
折角の機会だ。ここで適当に誤魔化すのは悪手にしかならないし、切り出してみようか。
トビは怪訝そうな目つきで私を見下ろす。むず痒さを感じたが、状況が状況のために我慢する。
「オレに言いたいことだと? 何故普通に言わない」
「えと、普通に言いたくはあったんですが……恥ずかしいもので」
「……どういうことだ」
本当に理解できないと言いたげな声に苦笑しそうになるも、頑張って真面目な顔を維持し続ける。
ここまでくれば致し方あるまい。恥なんてかなぐり捨てて、さっさと言うのが吉だ。
臍を固め、私は下に下ろしていた視線をトビに向ける。
出会ってからほとんどまともに目を合わせていなかったため、新鮮さすら感じる。
トビもビビリな私がそうしたことに驚いたようで、少し不機嫌そうな気配を和らげた。
「お礼を、言いたかったんです」
畳み掛けるように言葉を紡ぐ。
「私、色々嫌になってて引きこもってたんですけど、トビさんのおかげでやめられたんです。
トビさんが「お前の価値なんてどうでもいい」っていってくれたから、割り切れるようになったんです」
「……」
「感謝しているんです。あの言葉のおかげで、人に八つ当たりしたり現実逃避したりするのはダメだって思えました。だから」
「そんなものは、オレが意図したわけじゃない」
切り捨てるような、吐き捨てるような、そんな容赦のない冷めた声に深く頷き返す。
そんなことは、他でもない私自身がよく分かっていた。
「はい、わかってます。
それでも、私にとってはトビさんに恩があることには変わりないんです」
一度大きく息を吐き切り、吸い込んでから頭を下げる。
「本当にありがとうございました。
あなたのおかげで、私は少しだけまともになれそうです」
カレーが溢れないように気をつけつつ、ゆっくり頭を上げる。
トビは黙したまま、冷然と私を見下ろしていた。
ただし、先程までの不機嫌さはなりを潜め、疑念だけが渦巻いているように見えた。
裏がある、とかそんなことを考えてるんだろうか。だとしたら深読みしすぎだと物申したい。
ただ純粋に感謝を伝えたいだけなんだから、そんな不純なものは一切ないと分かってほしい。
「……とまあ、それだけです。
できればこれ食べちゃってください」
「いらんと言っている」
この流れでそう言えるとかマジでこいつ何なの。心がタングステンか何かなの。
豆腐メンタルの私は死にかけになりながらも「わかりました」と返して最後に会釈し、階段を降りることにした。
仕方がない、兄さんと半分こして消化するしかないかな。
そのときの私は、この後に起こる事態を想像だにしていなかった。
というか、まさかここまで拒絶されてまた話しかけられると思っていなかったのだ。
お昼を過ぎて夕方になりかけた頃、私はトビから呼び出された。