6話 消化不良のもどかしさ
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薬を飲み、あまり頭を揺らさないようにゆっくり階段を上った私は、何の気無しに自室に入り絶叫しかけた。
部屋の扉を開ければ、トビがベッドの上で起き上がり、こちらをじろっと睨んできた(と、感じた。写輪眼ではないから推測に過ぎない)からだ。
気がゆっるゆるに緩んだ状態だったからもう本気でビビった。ついでに「ヒエッ」なんて変な声も出た。
「とっ、ととととトビさん……起きてらっしゃったん、ですね」
震える舌で言葉を紡げば、当然ながら裏返った滑稽な声しか出なかった。
自分のことながら、いや、自分のことだからこそ恥ずかしくなる。
トビは興味なさげに──いや、僅かに嫌悪感の覗く苛立たしげな態度で私のほうを見る。
けれどその嫌悪は、私そのものに向けたものではなく、私がいるという事態に向けられている、そう感じた。私を見ているのにおかしな話だが。
「……やはり、貴様の部屋か。ならばここは貴様の世界になるわけだな」
「は、はい」
アンニュイさを感じさせる、確信した上での問いかけに私は小さく肯定を示す。
トビは怒るでもなく悔しがるでもなく、ただ苛立ったように鼻を鳴らす。
気怠けに身動ぎする様は、彼の不愉快さをありありと示していた。
が、それを考慮して言葉を選んでいれば、私が知りたいことを聞き終えるまでに日が暮れてしまいそうだ。
体調が優れなさそうな中不躾に聞くのは申し訳ないが、しつこくならない程度に聞くとしよう。
自己主張の激しい心臓を心中で叱りつけ、平静を取り戻したように装い問いを投げた。
「あの……トビさんはどうしてこの世界に?
来るような理由もない、ですよね」
トビは真っ黒で真っ暗な瞳を一瞬私へと向けたものの、すぐに虚空へとずらした。
それは言いたくないからとかの無駄な意地ではなく、ただ単に私から完全に興味を失くしただけように見えた。
「……前回と同じだ。自発的にこちらに来たのではない」
どうやら、詳しい事情について説明する気はないらしい。
それを理解しているのに根掘り葉掘り聞こうとするのは野暮というものだし、何より「しつこい」とキレられても困る。
ため息を飲み下し、仕方なく次の質問へと移ることにした。時間の無駄は省くべきだろう。
「じゃあ、その……あちらの世界に帰る手立てはありますよね?」
「ああ、それについては問題ない」
ならばさっさと行動に移ろう。
私がその意見をオブラートに包んで言う前に、トビはすくっと立ち上がった。
やはり彼も私と同じことを考えていたようだ。好都合と思い、トビに1つ頼むことにした。
「その……ついて行っていいですか?」
「好きにしろ」
間髪入れずに吐かれた言葉は、抑揚のない、どこまでもフラットなものだった。
既に彼は私の事など眼中に無いらしい。そのほうが緊張しないしありがたかった。
礼を言って、彼の後を間を保ってついていく。
トビに、勝手に行かれてしまっては困るのだ。
私はこの男に礼を言いたい。言わなくちゃならない。
偶然とはいえ得られたチャンスを不意に振る気は毛頭なかった。
体調が良くないだろうに足早に進むトビを、私は小走りで追いかける。
この部屋の家主(?)である私よりも先に部屋を出るなんて、本当に不遜というか傲慢というか……
まあ、傲慢でなければ月の眼計画なんぞをしようなんて考えないか。
家の中でハプニングが起こったりすることはなく、私たちはトビが落ちてきた場所に再び立った。
きっと私はこいつが帰る瞬間を見ても、特に感慨が湧いたりすることもないのだろう。
それで別にいい。とにかくこいつが帰る直前に礼を伝えられればこんなもどかしさともお別れできる、それだけの話なのだから。
トビは前回のようにしゃがみこむ……ことはせず、無言のまま印を組んだ。
何の印かは忘れたが(というより、知らない印なのかもしれない)、まさかこんなところで術を使うつもりかと身構える。
しかし、火遁が燃え盛ったり風遁が吹き荒れたりなど物騒な現象が起こることはなく、ただ静かで穏やかな空気が流れ続けていた。
何の印なのだろう、と気になりはしたが邪魔をするのは危険なため沈黙を貫く。
また下手を打ってよくわからないトビの怒りとか警戒とかを買うのは御免だった。
……とはいえ、そろそろ伝えておかないと。もし突然消えるなんていうテレポーテーション型の帰り方だったら、マジで何してたんだって後悔するだろうし。
臍を固めて息を吸い込む。大丈夫、問題なんて何もない。
全身から変な汗が出てきそうで気持ち悪い。勿論出てきてないけども、この膠着状態が続けばそう遠くない未来で実現してしまう気がした。
若干の恐怖を吹き飛ばすように、勢いよく私は話し出した。
「あの! トビさんに言いたいことがあるん……」
「どういうことだ……何故通じない?」
真剣さの中に焦りを混ぜた声が、私の言葉を遮る。
ん?と首を捻りながら声の主であるトビを見つめれば、トビは印を解いて膝をついていた。
どうやら、初めてのときのようにしゃがみこんで何か調べている(ような動きをしている)らしい。デジャヴに不思議さは強まるも、彼の声音からは本気の焦燥が垣間見えたため、不用意に口を挟めなかった。
黙して調べ続けるトビだったが、唐突に立ち上がり、こちらを振り向いた。
気配は警戒するかのように刺々しいもので、どうやらその眼差しも不審そうに私に焦点を向けているようだった。
写輪眼への恐怖からすぐに目を逸らす。理解不能な反応に内心でも行動でも戸惑いを隠せなかった。
「一つ問う。オレが消えてから今日までに、ここで何か異変はなかったか?」
「え……?
いえ……何も起こってないと思います」
意図がよくわからない質問に、私の声は動揺が滲み出ていた。
トビは沈黙する。どう見ても納得していない……というより、不可解そうなのは確かだった。
暫くして、トビは再び口を開く。
「何らかの事情で、帰る為の通り路が消えている」
彼の口から出てきた宣告は、私の感情を掻き乱すには充分だった。
「なっ……!? なら、トビさんは当分帰られないんですか?」
そういうことになる、とさも不満そうに肯定する。不満なのはこちらもなのだが。
目の前が真っ暗になりそうだったが、この重苦しい空気を打破するために敢えて口を開いた。
「じゃ、じゃあ、前みたいに私の家を使ってください。家族には私からいいますから」
というか、そうならさっさと家に戻りたい。
こんな不審者然とした奴と外にいるのを誰かに見られたら憤死ものだ。早いところこれからのことを決めて家に避難しなければ。
トビは驚いた様子も当たり前と思った様子もなく、ただ「そうさせて貰う」と告げるのみだった。
当然だ。これが私たちにとっての最善であって、そこに善意も悪意もないんだから。
とりあえず、礼を言うのは当分保留だな。
大きな憂鬱感の下で僅かに生まれた安堵にも似た気持ちを抱きながら、私たちは家へと向かった。
部屋の扉を開ければ、トビがベッドの上で起き上がり、こちらをじろっと睨んできた(と、感じた。写輪眼ではないから推測に過ぎない)からだ。
気がゆっるゆるに緩んだ状態だったからもう本気でビビった。ついでに「ヒエッ」なんて変な声も出た。
「とっ、ととととトビさん……起きてらっしゃったん、ですね」
震える舌で言葉を紡げば、当然ながら裏返った滑稽な声しか出なかった。
自分のことながら、いや、自分のことだからこそ恥ずかしくなる。
トビは興味なさげに──いや、僅かに嫌悪感の覗く苛立たしげな態度で私のほうを見る。
けれどその嫌悪は、私そのものに向けたものではなく、私がいるという事態に向けられている、そう感じた。私を見ているのにおかしな話だが。
「……やはり、貴様の部屋か。ならばここは貴様の世界になるわけだな」
「は、はい」
アンニュイさを感じさせる、確信した上での問いかけに私は小さく肯定を示す。
トビは怒るでもなく悔しがるでもなく、ただ苛立ったように鼻を鳴らす。
気怠けに身動ぎする様は、彼の不愉快さをありありと示していた。
が、それを考慮して言葉を選んでいれば、私が知りたいことを聞き終えるまでに日が暮れてしまいそうだ。
体調が優れなさそうな中不躾に聞くのは申し訳ないが、しつこくならない程度に聞くとしよう。
自己主張の激しい心臓を心中で叱りつけ、平静を取り戻したように装い問いを投げた。
「あの……トビさんはどうしてこの世界に?
来るような理由もない、ですよね」
トビは真っ黒で真っ暗な瞳を一瞬私へと向けたものの、すぐに虚空へとずらした。
それは言いたくないからとかの無駄な意地ではなく、ただ単に私から完全に興味を失くしただけように見えた。
「……前回と同じだ。自発的にこちらに来たのではない」
どうやら、詳しい事情について説明する気はないらしい。
それを理解しているのに根掘り葉掘り聞こうとするのは野暮というものだし、何より「しつこい」とキレられても困る。
ため息を飲み下し、仕方なく次の質問へと移ることにした。時間の無駄は省くべきだろう。
「じゃあ、その……あちらの世界に帰る手立てはありますよね?」
「ああ、それについては問題ない」
ならばさっさと行動に移ろう。
私がその意見をオブラートに包んで言う前に、トビはすくっと立ち上がった。
やはり彼も私と同じことを考えていたようだ。好都合と思い、トビに1つ頼むことにした。
「その……ついて行っていいですか?」
「好きにしろ」
間髪入れずに吐かれた言葉は、抑揚のない、どこまでもフラットなものだった。
既に彼は私の事など眼中に無いらしい。そのほうが緊張しないしありがたかった。
礼を言って、彼の後を間を保ってついていく。
トビに、勝手に行かれてしまっては困るのだ。
私はこの男に礼を言いたい。言わなくちゃならない。
偶然とはいえ得られたチャンスを不意に振る気は毛頭なかった。
体調が良くないだろうに足早に進むトビを、私は小走りで追いかける。
この部屋の家主(?)である私よりも先に部屋を出るなんて、本当に不遜というか傲慢というか……
まあ、傲慢でなければ月の眼計画なんぞをしようなんて考えないか。
家の中でハプニングが起こったりすることはなく、私たちはトビが落ちてきた場所に再び立った。
きっと私はこいつが帰る瞬間を見ても、特に感慨が湧いたりすることもないのだろう。
それで別にいい。とにかくこいつが帰る直前に礼を伝えられればこんなもどかしさともお別れできる、それだけの話なのだから。
トビは前回のようにしゃがみこむ……ことはせず、無言のまま印を組んだ。
何の印かは忘れたが(というより、知らない印なのかもしれない)、まさかこんなところで術を使うつもりかと身構える。
しかし、火遁が燃え盛ったり風遁が吹き荒れたりなど物騒な現象が起こることはなく、ただ静かで穏やかな空気が流れ続けていた。
何の印なのだろう、と気になりはしたが邪魔をするのは危険なため沈黙を貫く。
また下手を打ってよくわからないトビの怒りとか警戒とかを買うのは御免だった。
……とはいえ、そろそろ伝えておかないと。もし突然消えるなんていうテレポーテーション型の帰り方だったら、マジで何してたんだって後悔するだろうし。
臍を固めて息を吸い込む。大丈夫、問題なんて何もない。
全身から変な汗が出てきそうで気持ち悪い。勿論出てきてないけども、この膠着状態が続けばそう遠くない未来で実現してしまう気がした。
若干の恐怖を吹き飛ばすように、勢いよく私は話し出した。
「あの! トビさんに言いたいことがあるん……」
「どういうことだ……何故通じない?」
真剣さの中に焦りを混ぜた声が、私の言葉を遮る。
ん?と首を捻りながら声の主であるトビを見つめれば、トビは印を解いて膝をついていた。
どうやら、初めてのときのようにしゃがみこんで何か調べている(ような動きをしている)らしい。デジャヴに不思議さは強まるも、彼の声音からは本気の焦燥が垣間見えたため、不用意に口を挟めなかった。
黙して調べ続けるトビだったが、唐突に立ち上がり、こちらを振り向いた。
気配は警戒するかのように刺々しいもので、どうやらその眼差しも不審そうに私に焦点を向けているようだった。
写輪眼への恐怖からすぐに目を逸らす。理解不能な反応に内心でも行動でも戸惑いを隠せなかった。
「一つ問う。オレが消えてから今日までに、ここで何か異変はなかったか?」
「え……?
いえ……何も起こってないと思います」
意図がよくわからない質問に、私の声は動揺が滲み出ていた。
トビは沈黙する。どう見ても納得していない……というより、不可解そうなのは確かだった。
暫くして、トビは再び口を開く。
「何らかの事情で、帰る為の通り路が消えている」
彼の口から出てきた宣告は、私の感情を掻き乱すには充分だった。
「なっ……!? なら、トビさんは当分帰られないんですか?」
そういうことになる、とさも不満そうに肯定する。不満なのはこちらもなのだが。
目の前が真っ暗になりそうだったが、この重苦しい空気を打破するために敢えて口を開いた。
「じゃ、じゃあ、前みたいに私の家を使ってください。家族には私からいいますから」
というか、そうならさっさと家に戻りたい。
こんな不審者然とした奴と外にいるのを誰かに見られたら憤死ものだ。早いところこれからのことを決めて家に避難しなければ。
トビは驚いた様子も当たり前と思った様子もなく、ただ「そうさせて貰う」と告げるのみだった。
当然だ。これが私たちにとっての最善であって、そこに善意も悪意もないんだから。
とりあえず、礼を言うのは当分保留だな。
大きな憂鬱感の下で僅かに生まれた安堵にも似た気持ちを抱きながら、私たちは家へと向かった。