6話 消化不良のもどかしさ
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何年ぶりかとすら思える、待ちに待った休日。1週間前も休みはあったのに大袈裟なくらい久々に感じた。
ベッドに身を投げ出しながら微睡みを楽しむ。
正午になりかけている暖かな空気は、私の大好きなものだった。
今、この家には私以外誰もいない。
父さんは出張に行っているし、母さんは土曜出勤。
兄さんは流石進学校と言うべきか、授業と補習の地獄に居るようだ。
一人暮らしには憧れないが、こういう静かで穏やかな空気は大好きだ。
今ではもう、トビとどんな会話をしたか、朧げにしか思い出せない。
別に忘れたかったわけではない。勝手に記憶が薄れていってしまったのだ。
もう季節は冬になりかけている。
時折雪がチラチラと降っているし、今年のクリスマスはホワイトクリスマスを期待できそうだ。
トビが現れたあの秋から、2、3ヶ月ほど経ってしまった。
いくらなんでも精々2週間程度しかいなかった男との会話なんぞ覚えていられるわけがない。
私はあの日から変わらず、学校に通い続けられていた。
……未だに学校にいると絶不調になり、あれ以来よく嘔吐するようになったから劇的に痩せてしまったが。
太っていたから良いじゃんと思われるかもしれないが、運動して痩せたわけではないため、見苦しい身体になっていた。
適度な筋肉はないのに脂肪だけかなり減ると、こう……貧相、もしくは汚い感じに。
頑張ってウォーキングも時々はしているが、体力が奪われるのであまり意味はない気がしてきた。
もともと着痩せするタイプだったから、劇的に減量したことに気づいた人は少ない。両親にすら、少し痩せたとしか思われていないようだし。
学力に関しては、不登校になる直前とまでは戻らずとも、クラスの平均かやや上にはなれた。
別にクラスや学校の中では元々成績は良いほうだったし、こんなのは当たり前だった。単にこの家の中では良いとは言えないし、兄と比べると見劣りするだけで。
というわけで、今の私は一応、真っ当に中学生をやれていた。
トビのことなど、ほとんど忘れかけて。
寂しさも悲しさもない。
嬉しさも喜びもない。
ただひたすらに、感謝を言えないのが悔しくって、残念な気持ちしか湧かなかった。
世の中はやはり理不尽だ。あんな傍迷惑な奴を寄越しておいて、都合が悪くなれば帰してしまう。身勝手にも程がある。
……そんな感情すらもう薄れてきているのだから、もっと虚しくなった。
私を変えてくれたきっかけすら忘れるような恩知らずにはなりたくないのに。
うとうとと、眠れそうだからこそ眠りたくない心地よい倦怠感を楽しみながら、私は目を閉じる。
毎日が苦痛でしかないからこそ、今日みたいな休みの日は有難かった。
ここ最近、頭痛の度合いが酷くなっている。
熱があるんじゃないかと思えるけど、体温計は平熱を示しているから困惑した。寧ろ吐いた後は低体温気味だし。
きっと、精神的なものだろう。
私のメンタルがもう少し強ければ、きっと学校に行くだけで吐いたりはしないのに。
打開策を見つけなくちゃ、そのうち気でも狂ってしまいそうだ。ネットなんかで解決策がないか調べてみようか。
…………でも、今は。
ひたすら、眠たい。
トロトロとした眠りの海に身を委ねる。
今は、今だけは、何もかもを忘れて休みたい。
ただそれだけの願望を胸に抱き、私は完全に意識を闇へと閉ざした。
──つもり、だったんだけど。
変な物音が小さく聴こえた。ドンッ、だったか。それともドサッだったかな?
家の中からじゃなく、外の方から聴こえた。もしかしたら何か事故でもあったのかもしれない。
でも、それにしては変な音だ。衝突音というより、落下音という方がしっくりくる。
飛び降り自殺とかだったらどうしよう? 近くにアパートがあるし、あり得ない話でもない……いや、そこまで高くもないアパートだったな。確か2階か3階までしかなかった筈だ。
じゃあ、一体今の音は?
なんなんだ、ったくもう。とか何とか文句をぶつくさ言いつつものそのそ起き上がる。
眠いとはいえ、あんな奇妙な物音を聞いたら眠気も吹っ飛んでしまうというものだ。
よっと、と軽快な掛け声と共に、椅子にかけていたコートを羽織る。パジャマだけど、上からコートを着ていれば問題ないだろう。
見られても……まあ、別に良いや。
コートのチャックを上げながら階段を駆け下りる。
不思議と足取りは重くなく、かといって軽いわけでもなかった。
……でも、なんか、嫌な予感がする。
こういう時の私の勘って大抵当たる、気がする。気のせいであってほしいけど。
若干の憂鬱さによって、外に出ることに対して躊躇いが生まれてしまった。
それでも足を無理矢理動かしてサンダルをつっかけ、鍵に手をかける。
もだもだしてしまいそうになるのをさっさと鍵を開けてしまうことで打ち切り、私は外へと飛び出した。
そこには、懐かしくも忌々しい、見たくなかったけれど会えて幸いだと思ってしまう奴がいた。
黒地のコートに浮かぶ紅い雲は、いつ見ても厨二心をくすぐられる。
青少年の憧れやら何やらを具現化したようなそれを纏い、地面に倒れているつんつんの黒の短髪野郎に、懐かしさを覚える。
どうやら私は、まだこいつに対して懐かしさを覚える程度の感覚はあったようだ.
「……うちは、オビト」
ぽつりと零れてしまった一言に、慌てて口を押さえる。
奴に聞かれてしまったら尋問されること間違いなしだ。気を抜いている場合か。
しかし幸運にも、うちは……いや、トビは意識がないようで。前回と同じように、ただ黙して地面に倒れていた。
念のため、本当にトビかを確認するべく私は恐る恐る駆け寄った。うつ伏せの彼を仰向けに転がした私は、大きくため息を吐く事となる。
ああ、こいつは本物のトビだ。
物音一つ立てずに死んだように眠っているのも、眠っていて尚も酷く張り詰めた気配を纏っているのも、全てかつてのトビそのものだ。
不思議と次々脳内に蘇り出すトビの鮮明な記憶に舌打ちし、私はどうしたものかと頭を抱えた。
マジで本人ならば、早いところこいつを家に入れなければ。
こんな奴をご近所様方に見られたら、恥辱と恐怖で死んでしまいそうだ。
……ああ、こんな気持ちすら懐かしい。
「よっ、せっと!
ちょっと、すみません、ね……!」
かけ声のようなものをぼやきつつ、トビの両脇に手を差し込んだ。
前回と同じ要領で彼の身体を引きずっていく。
痩せてしまったとはいえ、毎日登校するようになったから多少は体力がついた為、前よりは楽に感じられた。
それでも疲労がないわけではなくトビを玄関先に引っ張るだけで、ゼーハーゼーハーと荒い息が溢れてしまった。
息つく間もなく、トビを私の部屋へと引っ張っていく。
これまた前回と同じように高熱らしいトビは、私と同じく荒い息を繰り返していた。耳をすませばよく聞こえるそれに眉根が寄るのを自覚した。
朦朧とする意識に喝を入れ、トビを私の部屋まで引っ張り終えた。
半ば無理矢理押し上げて、ついさっきまで私のものだったベッドにトビを転がす。気休め程度に羽毛布団をかけてやり、一息ついた。
さて、とりあえず落ち着こう。
パニックで破裂しそうな頭を、時間の経過で冷静にさせる。
かなりの時間をかけたからだろう、私の呼吸は平常に戻っていた。
……うん。
「どうしろってんだよこんなの……」
本当は叫んでストレス発散したい。けれどそれはトビがいるから不可能なわけで。
何とか堪え切り、出し損ねた絶叫は腹の奥に飲み下した。
背中に厭な汗が伝う。みんなの前で自信のない問題を答えさせられるときみたいな、あの緊張感に苛まれる。
どうしようもない絶望と希望に板挟みにされ、押し潰されてしまいそうだった。
絶望の理由は至って簡単。こいつに対するトラウマは未だに私の心の奥に根付いていたからだ。
それはもうかなり重症なレベルで。なんせもうNARUTOを買って読みたいと、あまり思えなくなるほどだった。
考えてほしい。
何の気無しに殺そうとしてきた奴が出てくる漫画なんぞを読みたいと思える者がいるだろうか。いや、ない。
勿論そいつが身近にいて、そいつについて知る為ならば読もうと思えただろう。
しかしそれもいなくなり、学校に通う為に勉強や諸々に時間を費やしたい私には到底思えなかった。
ともかく、私には古傷を抉って喜ぶような被虐思想はなかったのだ。
今もトビの過去が気にならないわけではないが、わざわざ嫌な思いをしてまで知りたいとも思えなかった。
──どうせ、お礼も言えなくなった奴のことを知ったって。
そんな女々しい感傷も多分に原因の1つとなってはいたのだが。
……で、次に希望を感じた理由。
「こいつに礼を言うのワンチャンあるやん!」ということだ。以上。
ちなみに、絶望と希望の比率は9:1ほど。
どう考えても心労で倒れます本当にありがとうございました。
……でも、冗談抜きで参ったなあ。なんでまたこいつはこの世界に来たのやら。
というか、こいつを起こすべきか。それとも起きるまでひたすら待つべきか。どうしようか。
思案するも、すぐに結論付ける。
もしこいつが寝起き最悪で機嫌が悪いタイプだったら殺されるかもしれないし、黙って待っておこう。
いや、それでも殺されかける未来は幻視できるんだけども。
「嫌になるな……頭痛いし……今日は厄日か」
この人に礼を言いたいとは思っていたが、実際に対面すると早く帰ってほしい。我ながらマジでビビリだなと自嘲が湧く。
又もや嘆息を吐けば、頭痛の波が大きく速くなってきた。
いきなり動いたから、脳に酸素が回っていないのかもしれない。長引きそうな鈍痛に腹が立つ。
涙が滲むほどの痛みなので、我慢するのは諦めて最終手段の痛み止めを飲むべきかな。
一階のリビングにあるはずだし、ちゃっちゃか飲んでまたここに戻ろう。
ベッドに身を投げ出しながら微睡みを楽しむ。
正午になりかけている暖かな空気は、私の大好きなものだった。
今、この家には私以外誰もいない。
父さんは出張に行っているし、母さんは土曜出勤。
兄さんは流石進学校と言うべきか、授業と補習の地獄に居るようだ。
一人暮らしには憧れないが、こういう静かで穏やかな空気は大好きだ。
今ではもう、トビとどんな会話をしたか、朧げにしか思い出せない。
別に忘れたかったわけではない。勝手に記憶が薄れていってしまったのだ。
もう季節は冬になりかけている。
時折雪がチラチラと降っているし、今年のクリスマスはホワイトクリスマスを期待できそうだ。
トビが現れたあの秋から、2、3ヶ月ほど経ってしまった。
いくらなんでも精々2週間程度しかいなかった男との会話なんぞ覚えていられるわけがない。
私はあの日から変わらず、学校に通い続けられていた。
……未だに学校にいると絶不調になり、あれ以来よく嘔吐するようになったから劇的に痩せてしまったが。
太っていたから良いじゃんと思われるかもしれないが、運動して痩せたわけではないため、見苦しい身体になっていた。
適度な筋肉はないのに脂肪だけかなり減ると、こう……貧相、もしくは汚い感じに。
頑張ってウォーキングも時々はしているが、体力が奪われるのであまり意味はない気がしてきた。
もともと着痩せするタイプだったから、劇的に減量したことに気づいた人は少ない。両親にすら、少し痩せたとしか思われていないようだし。
学力に関しては、不登校になる直前とまでは戻らずとも、クラスの平均かやや上にはなれた。
別にクラスや学校の中では元々成績は良いほうだったし、こんなのは当たり前だった。単にこの家の中では良いとは言えないし、兄と比べると見劣りするだけで。
というわけで、今の私は一応、真っ当に中学生をやれていた。
トビのことなど、ほとんど忘れかけて。
寂しさも悲しさもない。
嬉しさも喜びもない。
ただひたすらに、感謝を言えないのが悔しくって、残念な気持ちしか湧かなかった。
世の中はやはり理不尽だ。あんな傍迷惑な奴を寄越しておいて、都合が悪くなれば帰してしまう。身勝手にも程がある。
……そんな感情すらもう薄れてきているのだから、もっと虚しくなった。
私を変えてくれたきっかけすら忘れるような恩知らずにはなりたくないのに。
うとうとと、眠れそうだからこそ眠りたくない心地よい倦怠感を楽しみながら、私は目を閉じる。
毎日が苦痛でしかないからこそ、今日みたいな休みの日は有難かった。
ここ最近、頭痛の度合いが酷くなっている。
熱があるんじゃないかと思えるけど、体温計は平熱を示しているから困惑した。寧ろ吐いた後は低体温気味だし。
きっと、精神的なものだろう。
私のメンタルがもう少し強ければ、きっと学校に行くだけで吐いたりはしないのに。
打開策を見つけなくちゃ、そのうち気でも狂ってしまいそうだ。ネットなんかで解決策がないか調べてみようか。
…………でも、今は。
ひたすら、眠たい。
トロトロとした眠りの海に身を委ねる。
今は、今だけは、何もかもを忘れて休みたい。
ただそれだけの願望を胸に抱き、私は完全に意識を闇へと閉ざした。
──つもり、だったんだけど。
変な物音が小さく聴こえた。ドンッ、だったか。それともドサッだったかな?
家の中からじゃなく、外の方から聴こえた。もしかしたら何か事故でもあったのかもしれない。
でも、それにしては変な音だ。衝突音というより、落下音という方がしっくりくる。
飛び降り自殺とかだったらどうしよう? 近くにアパートがあるし、あり得ない話でもない……いや、そこまで高くもないアパートだったな。確か2階か3階までしかなかった筈だ。
じゃあ、一体今の音は?
なんなんだ、ったくもう。とか何とか文句をぶつくさ言いつつものそのそ起き上がる。
眠いとはいえ、あんな奇妙な物音を聞いたら眠気も吹っ飛んでしまうというものだ。
よっと、と軽快な掛け声と共に、椅子にかけていたコートを羽織る。パジャマだけど、上からコートを着ていれば問題ないだろう。
見られても……まあ、別に良いや。
コートのチャックを上げながら階段を駆け下りる。
不思議と足取りは重くなく、かといって軽いわけでもなかった。
……でも、なんか、嫌な予感がする。
こういう時の私の勘って大抵当たる、気がする。気のせいであってほしいけど。
若干の憂鬱さによって、外に出ることに対して躊躇いが生まれてしまった。
それでも足を無理矢理動かしてサンダルをつっかけ、鍵に手をかける。
もだもだしてしまいそうになるのをさっさと鍵を開けてしまうことで打ち切り、私は外へと飛び出した。
そこには、懐かしくも忌々しい、見たくなかったけれど会えて幸いだと思ってしまう奴がいた。
黒地のコートに浮かぶ紅い雲は、いつ見ても厨二心をくすぐられる。
青少年の憧れやら何やらを具現化したようなそれを纏い、地面に倒れているつんつんの黒の短髪野郎に、懐かしさを覚える。
どうやら私は、まだこいつに対して懐かしさを覚える程度の感覚はあったようだ.
「……うちは、オビト」
ぽつりと零れてしまった一言に、慌てて口を押さえる。
奴に聞かれてしまったら尋問されること間違いなしだ。気を抜いている場合か。
しかし幸運にも、うちは……いや、トビは意識がないようで。前回と同じように、ただ黙して地面に倒れていた。
念のため、本当にトビかを確認するべく私は恐る恐る駆け寄った。うつ伏せの彼を仰向けに転がした私は、大きくため息を吐く事となる。
ああ、こいつは本物のトビだ。
物音一つ立てずに死んだように眠っているのも、眠っていて尚も酷く張り詰めた気配を纏っているのも、全てかつてのトビそのものだ。
不思議と次々脳内に蘇り出すトビの鮮明な記憶に舌打ちし、私はどうしたものかと頭を抱えた。
マジで本人ならば、早いところこいつを家に入れなければ。
こんな奴をご近所様方に見られたら、恥辱と恐怖で死んでしまいそうだ。
……ああ、こんな気持ちすら懐かしい。
「よっ、せっと!
ちょっと、すみません、ね……!」
かけ声のようなものをぼやきつつ、トビの両脇に手を差し込んだ。
前回と同じ要領で彼の身体を引きずっていく。
痩せてしまったとはいえ、毎日登校するようになったから多少は体力がついた為、前よりは楽に感じられた。
それでも疲労がないわけではなくトビを玄関先に引っ張るだけで、ゼーハーゼーハーと荒い息が溢れてしまった。
息つく間もなく、トビを私の部屋へと引っ張っていく。
これまた前回と同じように高熱らしいトビは、私と同じく荒い息を繰り返していた。耳をすませばよく聞こえるそれに眉根が寄るのを自覚した。
朦朧とする意識に喝を入れ、トビを私の部屋まで引っ張り終えた。
半ば無理矢理押し上げて、ついさっきまで私のものだったベッドにトビを転がす。気休め程度に羽毛布団をかけてやり、一息ついた。
さて、とりあえず落ち着こう。
パニックで破裂しそうな頭を、時間の経過で冷静にさせる。
かなりの時間をかけたからだろう、私の呼吸は平常に戻っていた。
……うん。
「どうしろってんだよこんなの……」
本当は叫んでストレス発散したい。けれどそれはトビがいるから不可能なわけで。
何とか堪え切り、出し損ねた絶叫は腹の奥に飲み下した。
背中に厭な汗が伝う。みんなの前で自信のない問題を答えさせられるときみたいな、あの緊張感に苛まれる。
どうしようもない絶望と希望に板挟みにされ、押し潰されてしまいそうだった。
絶望の理由は至って簡単。こいつに対するトラウマは未だに私の心の奥に根付いていたからだ。
それはもうかなり重症なレベルで。なんせもうNARUTOを買って読みたいと、あまり思えなくなるほどだった。
考えてほしい。
何の気無しに殺そうとしてきた奴が出てくる漫画なんぞを読みたいと思える者がいるだろうか。いや、ない。
勿論そいつが身近にいて、そいつについて知る為ならば読もうと思えただろう。
しかしそれもいなくなり、学校に通う為に勉強や諸々に時間を費やしたい私には到底思えなかった。
ともかく、私には古傷を抉って喜ぶような被虐思想はなかったのだ。
今もトビの過去が気にならないわけではないが、わざわざ嫌な思いをしてまで知りたいとも思えなかった。
──どうせ、お礼も言えなくなった奴のことを知ったって。
そんな女々しい感傷も多分に原因の1つとなってはいたのだが。
……で、次に希望を感じた理由。
「こいつに礼を言うのワンチャンあるやん!」ということだ。以上。
ちなみに、絶望と希望の比率は9:1ほど。
どう考えても心労で倒れます本当にありがとうございました。
……でも、冗談抜きで参ったなあ。なんでまたこいつはこの世界に来たのやら。
というか、こいつを起こすべきか。それとも起きるまでひたすら待つべきか。どうしようか。
思案するも、すぐに結論付ける。
もしこいつが寝起き最悪で機嫌が悪いタイプだったら殺されるかもしれないし、黙って待っておこう。
いや、それでも殺されかける未来は幻視できるんだけども。
「嫌になるな……頭痛いし……今日は厄日か」
この人に礼を言いたいとは思っていたが、実際に対面すると早く帰ってほしい。我ながらマジでビビリだなと自嘲が湧く。
又もや嘆息を吐けば、頭痛の波が大きく速くなってきた。
いきなり動いたから、脳に酸素が回っていないのかもしれない。長引きそうな鈍痛に腹が立つ。
涙が滲むほどの痛みなので、我慢するのは諦めて最終手段の痛み止めを飲むべきかな。
一階のリビングにあるはずだし、ちゃっちゃか飲んでまたここに戻ろう。