4話 比べるべきは
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次の日もトビは、外に出て落ちていた場所を調べた。
神威で元の世界に戻れないのだろうかと思ったが、未だに帰れていないのだからそういうことなのだろうと納得した。
印を組んで何らかの術を発動しようとした時は戸惑ったが、不発に終わった。
見たこともない印だったし、何より不発だったから攻撃系の術ではない筈。もしや時空間忍術なのだろうか。
そうした驚かされる行動の数々にも慣れつつあった私は、一応トビに許可を取った上で玄関の前で腰を下ろし一連の流れを眺めていた。
その次の日も、そしてまた次の日にも。
約1週間が経った。
奴の世界に帰る手立ては、まだ見つかっていないようだ。
基本私は家にいるから、奴が調査する時は無理矢理にでもついていっていた。
奴もあーだこーだと言われるのは嫌だったのだろう、私の存在を気にかけることもなく集中して調べていた。
私のことなど眼中にも無いらしく集中して何かを調べる姿はいっそ清々しい。こちらとて奴との会話は精神がすり減る程恐ろしいのでありがたいが。
奴も私との会話を望んではいないだろう。
さっさと帰り、月の眼計画でも何でも成し遂げてください。
どうせ悪役が勝つ少年漫画なんて無いだろうし、トビは負けるのでしょうけど。
……そう思うと、何だか悲しいような虚しいような、変な気分になった。
まあ、それはいいとして。
最近改めて不思議になったのは、何故あいつはご飯を食べなくても平気なんだろうということ。
チャクラってそんな能力あったっけ? いやないでしょ。そんなチートなら、秋道一族があの劇薬とも言えるような丸薬を使う必要は無いはずだ。
腑に落ちない。あいつだって人間の筈だ。なのにどうして、栄養を一切摂らなくとも元気なんだろうか。
というか、いつの間にか体調不良も治ってたみたいだし。どんな生命力しているの、あいつ。
調べたくとも、ここのところ母さんがパソコンを持って仕事に行ってしまうため一切知る手段はない。
ああ、もう。どうして望んだものが望んだ時に無いのだろうな。
マーフィーの法則を信じているわけではないけども、どうしても思い通りにならないことが続くとこう思ってしまう。仕方がないけど。
……ううむ、わからん。
最新刊まで読めたならこの疑問も解消されるんでしょうけど。
そろそろもう、うちはオビトの過去がつまびらかに明かされていてもおかしくないだろう。
ああ買いたい。自制心が抑えられない。とはいえ引きこもりだしてからお小遣いはもらってないし、貯金も少ないから、どの道買えないけれど。
アニメを見るって方法もあるけど、かなり危険な話だ。見ている最中にトビがリビングに下りてきたら。想像するだけでも恐ろしや。
ここ最近、嫌なこと続きで気が滅入る。
うちはオビトがトリップしてきたり、わざわざ助けようとしたら殺されかけたり、幻術かけられたり。もう踏んだり蹴ったり。苗字さん泣いても許されないか、これは。
まあ、娘が不登校引きこもりのクソガキの母さんと父さんよりはマシだろうが。
ギシギシと嫌な音を起てて軋む学習椅子にもたれ掛かり、旧型のウォークマンで音楽を聴きながらぼんやりする。
なんというか、本当に堕落しているなあと思う。
もう少し向上心というものを持たなくちゃ、絶対にこの不登校という泥沼からは抜け出せないだろう。
……いや私、何を他人事みたいに言ってるんだか。
虚しさだけが募って、嘆息しか出てこない。というか最近の私は溜め息をつきすぎだ。
ダメだよね、ため息は幸せを減らすらしいから止めておこう! 運気を高めればトビもさっさと消えてくれるかもだし!
……言ってて何だけど、胡散臭いな。
ひとり寂しく音楽のリズムを指でとる。
すると突然、それは聞こえてきた。
それなりの音量で聴いていたJ-POP。その隙間からかたり、という小さな物音が聞こえた。
聞き間違えかな? なんて思いつつ、ヘッドホンを外し呼吸を止めて耳を澄ませる。
やはり私の耳は正しかったらしい。
微かに、本当に聞こえないくらい微かに、足音が聞こえた。
音の方向からして、トビに貸している部屋だ。トビはいつも部屋にこもってるから、泥棒なんてあり得ないし。
──じゃあ、トビが部屋を出たのか?
そんな筈ない。
だってあいつ、トイレにすら行ったことないんだぞ(多分)!? 浴室は使ってるっぽいけど真夜中だけらしいし!
でも今は昼だし、あいつと私しかいないしあいつ以外あり得ないし……つまりどういうこと!?
そうこうしているうちに足音は遠ざかっていく。
何をするのか聞きたい。が、私はビビりなので聞くのは無理ですごめんなさい。
だけどただで通すわけにはいかないぞ! 何処に行くのかは知りたいぞ!
目を閉じて、耳に意識を集中する。
体が研ぎ澄まされるような感覚に身が震えた。
……足音。暫くして、玄関の扉の鍵を開ける音。
小さすぎて最初は何の音か分からなかった。だが、慣れ親しんだ鍵の回る金属音を忘れようがなかった。
どんな技術かわからないが、異様に音を小さくしてやっているらしいから、耳を澄ませてなかったら気がつかなかったかもしれないが。
扉が開かれる。無駄な音を発てず、すぐさま閉じられる。
到底私には真似できないような細やかな所作なのだろうと想像はできた。
……静寂。どうやら出ていってしまったらしい。
「はあっ、ごほっ、げほっ!」
緊張が解けたせいで、止まっていた呼吸が再び始まった。
唾も飲み込まずにいたから、一気に飲み込んでしまい気管に入ってしまった。思いきり噎せると涙が滲むが致し方ない。
繰り返し咳き込むことで気管から異物を吐き出す。ようやく落ち着いたときには息切れが凄まじかった。
全く、本当に死ぬかと思った。トビにも困ったものだ。
…… じゃなくて!!!!!
「ちょっと、何勝手なことしてんだあいつ……!?」
外出るときは一緒にって約束しただろうが!
この一週間は約束守っていたのに突然の裏切りとか想定外だよ流石に!
慌てて立ち上がるも、ふらりと倒れそうになってしまう。
あまりに集中しすぎてしまったらしい。自分の体力の無さをこれほど憎んだのは初めてだ。
ああもう! 面倒くさい!
まだ酸素が足りていないのか、視界が黒っぽく染まって見える。
力の入らない足に活を入れて、部屋を飛び出した。
「くそっ、今から追い付けるか……?」
無理に決まっている。あっちはS級犯罪者かつ世界大戦の戦犯、私は太りかけの引きこもり。結果は見えている。
というか何処に行くつもりなのか。飛段のようなヒャッハー系じゃないし、無闇矢鱈と殺生はしないだろうが、心配なものは心配だ。
……ともかく、探しに行こう。
何も出来なくても、このまま何もしないのは嫌だ。
間に合ってくれよ、と願い階段を三段飛ばすほぼジャンプに近い下り方をしながら、玄関まで駆ける。
転ばずに格好良く下りられたのは、近頃役立っている火事場の馬鹿力のお陰だろうか。
サンダルをつっかけ、コート掛けに掛けておいたジャージを羽織る。
体重を前の方にかけながら、勢いのまま扉を開けた──が。
「ってうおぁああああ!?」
「!?」
何ということでしょう。
扉を開ければあら不思議、トビが面食らったように立っていた。
もう少しで私はトビの鳩尾に力強い頭突きをするとこでした! あっぶな~い☆
……はい?
「あれ……? トビさん、何をしていらっしゃるんですか?」
「……それはこちらの台詞だ」
奴は呆けていたが、すぐに警戒心マシマシな声を返し、じろっと私を見下ろした。
お面の奥は黒い瞳。写輪眼でもないのに滅茶苦茶怖い。無意識のうちに身体が強ばっていくのを感じる。
幾らトビが怖くたって、そう簡単に負けるわけにはいかない。今回はこいつに非があるのだし。意思が折れないように拳を固め、ぎゅっと歯を食いしばる。
私だってやれば出来る。負けるものか──!
「いや、その……えっと、」
「ハッキリ言え。誤魔化しは効かんぞ」
「すいませんごめんなさいトビさんが外出ていくから尾けようとしました申し訳ありません!」
ごめん、うちはには勝てなかったよ。
ちくしょーこいつ私のトラウマになっている殺気的なものかけてきやがって。肌ビリビリするし息しづらくて苦しいんですけど!
一般人の私でも分かるレベルの殺気って何!? ズルい怖い悔しい!
心の中で地団駄を踏んでいれば、何故かトビはいつもより数倍キツいシリアス調で問いかけをしてきた。
「……いや、待て。貴様、いつオレが部屋を出たことに気づいた」
「はい? えーっと、多分最初からです。ドア開けた音が聞こえたので、それで、」
途端に、空気が変わるのが分かった。
いや最初から充分に重苦しいもんだったけど。
もう今はそれすらも有り難みを感じるくらい、鋭利なものになっていた。
ただでさえ冷たかった視線が、絶対零度となって私を襲う。
殺気なんてもう半端なくて、私は動悸が止まらなくなった。全身の毛穴から嫌な汗が溢れる、そんな感触に肌が粟立つ。
「ひっ……!?」
足から力が抜け落ちて、へたりこんでしまう。
震えが止まらないし、息がしづらい。過呼吸になりそうだ。譫言みたく意味のない言葉が口から漏れて止まらない。
ガクガクと無様に震え続ける私の胸ぐらを、トビは掴み持ち上げた。
突然のことに驚き、パニックは助長する。
いつもの私ならどんなことがあってもトビには使わないような口汚い言葉が溢れ出した。
「嫌……いや、やだっ! 離してよ、離せっ! 離せって──!!」
「黙れ」
ジタバタする私に放たれたその一言だけで、私は抵抗を止めた。
いや、できなくなった。怖すぎて、恐ろしすぎて。
もう何かすることすら殺されるんじゃないかと思えたのだ。
こいつの声には、こちらが死にたくなるくらいの重圧があった。その圧だけで私を潰し殺せそうなほど。泣き喚くのすらできやしない。
いっそ、いっそ殺してくれと頼みたくなる。きっとトビからしたらこんな殺気はただの小手調べで、こいつの世界では日常茶飯事なのだろう。でも、私に耐えられるわけもなかった。
ああ、トイレに行っておいて良かった。あんまり水分を摂ってなくて良かった。
出しきってなかったり飲み過ぎてたりしたら、漏らしてたかもしれない。
抵抗は止められても、震えを抑えることはならなかった。
細かく痙攣する舌を回そうとするが、出てくるのはやはり無意味な言葉の羅列だけだった。
そんな私には目も暮れず、トビは自分のペースを保ったまま口を開いた。
「幾つか問う。答えなければ、死よりも恐ろしい苦痛を知ることになると思え」
「え……は……?」
嫌だ、いやだ、イヤだ。
私が何をしたんだ。なんでこんな目に遭うんだ。なんで私は脅したりされなくちゃならないんだ。
いくつも際限無く湧き出る疑問に対する答えは見つからなかった。
そうするうちに、何も脈絡のないことが悪いように思えてきた。
というか、そうしないと原因不明の恐怖に耐えられなかった。
──引きこもってるのが駄目だったのか。確かに悪いことだけど、でも。なんで、なんで私だけ? 引きこもっているのは私だけじゃなく、全国全世界何処にでもいる。私だけがこんな死にたくなるくらい怖い目に合わないといけないほど、私は悪い人間なのか。
頭が回らなくなってきた。
馬鹿みたいだ。こんなの因果関係なんて何もないのに。
そんな馬鹿な私の考えは露知らず、トビは冷徹な声のまま語り出した。
「オレが忍の中でも特に強い力を持っていることは話したな」
「は、はい……」
「そのオレが使う歩法は、並大抵の忍でも気づけるものではない。
それを何の鍛練もしていない貴様が気づくなど、にわかには信じられないことだ」
そこで一度、奴は言葉を切って私を睨む力を強めた。
その瞳は黒から赤へと変化している、と思う。
断定できないのは私がこいつの目を直視できないから。何となく、視界の端で赤が見えた気がした。
私みたいなくだらない馬鹿なガキにそんな大それた物を使うなんて、トビは本当にどうかしている。
「今一度問う。貴様は……」
何者だ、と。
容赦無く突きつけられた問いに、私は瞬きすらできなくなった。
……意味が、分からない。
その質問の意味も、私の今の状況も、トビが存在している理由も。
何もかもが分からない。解らない。
私には、何一つ、わからない。
私は私なのに、なんでいつも比較されるのか。
こんな奴に殺される道理も何も無いのに、なんでこんな目に遭うのか。
なんで私は比較を乗り越えられず、頑張ることを諦めてしまったのか。
こんな私が何者かなんて、どうすればわかるのか。
こんなの理不尽じゃないか。
全部全部許せない。
私だって、自分が何なのかなんてわかりやしないのに、勝手に警戒されて勝手に怒られるなんて、ふざけすぎじゃないか。
私が何かなんて調べてくれないくせに、何もわからないくせに、私のことを誰も知ろうともしないくせに──!
視界が真っ白になるくらい頭が熱くなって、誰にたいしてかもわからないくらいの怒りで煮え滾る。
頭の片隅に残っていた冷静な部分でわかっていた。
私は今、凄い八つ当たりをし始めているのだと。
「……らない」
「はっきり話せ。それとも話すつもりがないのか?」
挑発するような、それでいて無関心を貫いているクソじみた声に、私の舌はついに滑らかに動き出した。
「わからないって言ったんですよ。何なんですか、私だって知りませんよそんなこと!」
全部理不尽だ。後から生まれて賢い兄を持っただけで、私が劣っていると看做されるなんて。
私をただの私として見てくれる人なんて誰もいないのに、私が何者かなんて聞いてくるなんて。
だから今私を理不尽な目に合わせているこいつも死ぬほど嫌いだ。許せないし、殺せるものなら殺してやりたい。
「私なんてただの引きこもりです。嫌なことから逃げてるだけですよ!」
──ああ、でも。
本当に殺してやりたいのはこの男などではなく。
何よりも憎悪しているのは比較してくる周囲の人間などではなく。
そんなことは分かっていた。分かってはいても、怨嗟の泣き言は止められなかった。
「……」
トビは固まっているのか呆れているのかわからないが、ただ黙っている。好都合と思い、今まで溜まっていた鬱憤を全て言うつもりで喋る。
「運動しなさすぎて太ったし、勉強だってもうついていけないくらい疎かにしてる、私はそんな社会のゴミのクソガキです!」
敬語は保っていた。最後の砦のようなもので、これすら無くしてしまえば理性なんて全て吹き飛んでしまう気がしたから。
ストレス発散を他人でするのは良くないとは分かっているが、我慢できなかった。
ずっと自分自身に言いたかったことを吐き出す。
「ゴミだしっ、クズだし、両親に迷惑ばかりかけてるしょうもない奴ですよ!
そんな私にそんなこと聞かないでくださいよ! 私だって自分のことなんか知りませんよ、なんで私生きてるんですか!?」
目頭が熱くなってきて涙が溢れ出した。
我ながら本当に惨めな女だと思う。
毛嫌いしている人間相手に醜態を晒して、その上お門違いな罵詈雑言を連ねる。
今私が何よりも嫌っている『理不尽』を、その私が体現している。なんて皮肉で、なんて無様なことか。
「何者か、なんて知らないですよ。こっちが知りたいんです。そんなこと言うなら、貴方が私が何なのか教えてくださいよ……!」
凄く理不尽だ。
私が何よりも理不尽で。
私が……私、は。
私って、何なの。
もう、全部、嫌だ。
胃の中のものを全部撒き散らしそうなくらい、ひどく気持ちが悪い。
「それがっ、出来ないなら……っぐ、もう一思いに、殺してよ……」
駄目だ、泣いたせいでしゃくり上げてしまうのが治まらない。
トビに苛立ったせいで泣いているのか、八つ当たりしてしまうダサさから泣いているのか、自分自身のことなのに全く分からなかった。
トビは私をどうするんだろうか。殺すんだろうか。
分からない。いや、もう考えたくない。これ以上苦しみたくない。
でも殺すのなら、一思いにサクッと殺ってほしい。痛いのは嫌だ。
どうしようもない沈黙が包む。私の嗚咽だけがよく響く玄関。
それを変えるように、トビは冷たく言い放った。
「……貴様の価値など、オレの知ったことではない」
……それは、そうだ。
突然こんなガキに泣かれたって、トビからしたら鬱陶しいだけだろうし意味がわからないだろう。
奴は私を離した。突然だったから、そのまま重力に従って冷たい床に落ちた。尻が痛い。
「貴様がただの人間だと、一先ずは信じよう。それならば殺す意味はない」
「……殺す価値すら、無いって言うんですか」
「貴様を殺すのはデメリットの方が大きいだろう」
……………………………………ああ。
「もう聞くことはない。
だが怪しいと思えば殺す。努努忘れるな」
そう言い放ち、トビは踵を返す。そのまま部屋へと戻ってしまった。
……
…………
………………私、は。
──────────────────────────
トビが外を出るのに神威を使わなかったのは、単にマーキングをしていなかったのとチャクラの無駄な消費を抑えたかったからです。そもそも気づかれるわけがないという自信があったため。
一応主人公の聴力云々についてはそのうち書きます。