4話 比べるべきは
あなたの名前は?
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「私が散歩から帰って家に入ろうとしたら、突然物音がして……ここら辺にトビさんが落ちていました」
今にも雨を振りだしそうな灰色の厚い雲が、空を覆っている。湿った空気が肌にまとわりついてくるのが鬱陶しい。
青臭い草の香りが鼻孔に侵入してきて、思わず顔を顰める。
長年暮らした土地ではあるのでこの匂いには慣れてしまった。しかし、好ましさは特になかった。
まあそんな中途半端な田舎アピールはどうでもいいか。やっていても虚しいし、ただ憂鬱になるだけだ。
現実逃避しがちな自分の頭を戒め、改めて辺りを見回した。
家の前のコンクリートが広がる平地に私たちは立っていた。
周りも住宅街のため家々が立ち並んでいるが、すぐ近くに余った土地がいくつかあって、大体が畑として活用されているため、このしつこい青臭さが拭えないのだった。
ここについ昨日トビが落ちてきたとは、我が目で見たこととはいえ信じられない。
ラピ◯タだったら女の子が落ちてくるのに、現実ではコスプレ野郎が落ちてくるとかどんな悪夢だこれ。夢だ、夢に違いない。夢だ、醒めろ醒めろ。ダメだこれじゃ千と◯尋だよ。
一人ツッコミをしてみても尚更虚しくなるばかり。
だって、私の目の前で腕を組み、黙考している男を見れば、現実を認めざるを得なかったのだ。
夢じゃ、ないんだよなあ……
トビにバレないよう静かに嘆息する。これくらいしても許されるだろう。
奴が倒れていたコンクリートの辺りには、血がついていたり大きく破壊されていたり──なんて物騒な状態ではなく、ただまっ平らに広がってるだけだった。
つまり、いつも通り。だからこそ訝しくもなる。本当に逆トリップなんてこんなショボ田舎で起こるのかと。
尤も、私から見ればの話だが。忍者であり、うちはでもあるトビの目を通せば、何か違うものが見えるのかもしれない。
それはもう熱心に(私にはそう見えるだけだが)、何の変哲もないコンクリートを見つめているんだから。
1、2分何の動きもとらなかったトビが、突然しゃがんだ。
そこまで広くもないコンクリートに、奴は組んでいた腕の片方を地につけて俯いたのだ。
……え? 何コレ?
私どうすりゃ良いの? チャクラとか無いから何もできないけど、何か手伝えること無いわけ? 無いですよねえ。
手持ち無沙汰を慰めようにも特に何が出来るわけでもないので、ただ奴の作業が終わるのを待ち続ける。
何だか居心地が悪くなってしまった。
だって私だけ立ってるってなんかおかしくない? なんというか、申し訳なさが……って私何考えているんだ。まるで意味がわからんぞ。
声をかけるのは、うん、止めておこう。迷惑がられるのは目に見えている。何らかの目的があってこんな事をしているのだろうし、邪魔するのは良くない。
やっぱり、とりあえず黙って待つしかないか。
少々の気まずさを抱きつつも、私はひたすら待つことにした。こいつに話しかけるくらいなら沈黙し続けるほうがマシだし。
まあ、いうほど待ってもないけれど。
1分も経たないうちにトビは立ち上がった。
前振りが一切無い自然な動作に、私も慌てて猫背がちな背筋を伸ばす。
「ど、どうでしたか?」
「……駄目だ。手がかりはあるがまだ帰られそうにはない」
「そうですか……」
肩を落としかけるも、一応こいつがいる手前慌てて堪えた。いくら何でも本人の前でこういうことをするのはマナー違反だろう。
でも、私としても残念な気持ちには変わりない。
こいつに長居されても困るし、さっさと帰ってほしいし。なんかこいつの近くにいると首の怪我を思い出して心臓がバクバクするし。
ただ、よく見る二次創作ではそんなすぐに帰る手立ては見つからないし、こんな可能性もあるだろうなくらいには思っていたから、そこまでのショックはなかった。
それでもやはり、奴の背からは微かな落胆のようなものが感じられた。
いくら化け物じみた能力を持つこの男だって人間なのだ(多分)。当然といえば当然だろう。人並みに落ち込むくらいの心はある……あるよね? あるのか?
ちょっと首を捻りたくなるくらいには怪しいところだが、今はあると仮定しましょう。
慰めの言葉でもかけるか?
いや、そんなことをしても厭わしく思われるだけだろうし「黙れ」とか言われるのがオチだ。というか私自身こいつにそんなことをしたいとも思えない。
それに、放っておいても大丈夫な気がする。
こいつからは確かに落胆を感じたけれど、諦念は無かった。
熱意も根性も存在していないように見える奴だが、諦めるなんてことはしない筈。
そんなことで絶望するくらいなら、第四次忍界大戦なんて大仰なものを引き起こしたりしなかっただろうし当たり前だが。
知ったような口を聞いていることに、自分の事ながら呆れてしまう。
そんな私のことなんか露知らず、トビはあのフラットな声で私に指図する。
「そろそろ戻るぞ。もうここにいても意味はない」
「わ、わかりました」
羽織っていたマントの裾を翻し、家へとずかずか歩いていくトビ。
随分と我が物顔だな、この野郎。内心で激しく毒づく。
お面をしていても我が物顔と言えることに何もおかしくもないのに笑えてきた。うわクソくだらな。
つまらない奴だという自覚はあるんだけど、どうやらこういう癖は直せないらしい。
……さて、しかしこれからどうなるものか。
慌てて奴の背を追いながら考える。
私、というよりこの世界の人間には何も手伝えることはないが、早く元の世界に戻れるよう祈っておこう。
面倒くさいことになったなあ、と小さく溜め息を吐いた。