4話 比べるべきは
あなたの名前は?
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
トンデモコスプレ野郎──ではなく、トビが我が家の目の前に落ちてきた、次の日。
今日は火曜日。
つまり、平日。
月曜日の憂鬱さには負けてしまうだろうが、それでも火曜日には火曜日特有の嫌さがある。
その嫌なものに含まれる『学校』の存在。
月曜日を過ぎてもまだ休日(当たり前に家にいて良い土日は、不登校の私からしてもありがたいもの)の空気が抜けきらない、なのに平日なのが火曜日だ。
そんな日に学校に行くだなんて、今の私には到底無理な話だった。
「休む」
今日も今日とて私は学校をサボる。
ただ一言だけ告げて私はリビングを出た。
逃げるように、否、正しく逃げる為に。母さんに怒られるのは、いくつになっても恐ろしい。
しかしすぐに「待ちなさい」と母さんの苛立ちを隠さない声が発せられ、私の足を止めさせた。
振り返れば、不機嫌そうに歪められた顔がそこにある。
対する私は完璧な無表情。ここで怯むとサボれないとわかっているから。内心ではいつぶたれるかと震えていたが。
そんな私の胸中も知らず(いや、わかっているのかもしれないけど)、母さんはいつもより1オクターブ低い声を飛ばす。
「あんた、昨日も休んだでしょ」
「わかってる」
「わかってないでしょ!?」
急な怒鳴り声に、私は意図的に顔を顰めた。
怒りたいのはよく分かる。私ももし自分の子供がこんな奴だったら叱っている。
でも、それとこれとは別の話。
私は親ではなく、脛齧り引きこもりのクソガキだから母さんを慮ったりはできない。簡単に言うと、学校には行きたくない。
怒られるのを覚悟で口答えする。
「今日は休むの。頭痛いし、昨日の怪我がまだ痛いし」
母さんは私の言い分に、さらに声を荒げた。
「だからって休むの? それを理由にしてサボっていいと思ってんの!?」
「別にそれが理由じゃない。というか母さん、私のこと元々期待してないでしょ。ほっといてよ」
母さんの顔からスッと表情が消える。
あ、ヤバい。
早足で私の眼前に立った母さんが、思いっきり横面をひっぱたいてきた。
痛みは大したことはない。うちは体罰は仕方ない派の家だから慣れっこだし。寧ろ避けた方が怒りが長引くのだ、こういうのは。
なのに、不思議と涙が滲んでくる。あまりにも自分が惨めったらしいからか。
なんとか堪えて流しはしなかった。自分への呆れと怒りが再燃し、どうしようもないほど暴れたくなる。
……ああ、本当に、情けない。
「あんたが心配だから言ってるんでしょ! 何様のつもり!?」
「……うん、それはごめん。
でも今日は絶対行きたくない。学校に連絡しなくてもいいから」
最悪、母さんが仕事に行ってから自分で電話すればいいし。
声で子供だと気づかれるからサボりと認識されるだろうけど、先生達も私が引きこもりと認知しているし、今更別にいいか。
話は終わった。もう全部どうでもいいし、部屋に行こう。
飽きたり面倒臭くなれば全部を放り投げてしまうのは、引きこもりになってから生まれた私の悪い癖だった。
母さんも諦めてくれたらしく、それ以上詰問等はせず舌打ちして台所へと向かった。
息を殺して二階への階段を上る。もうそろそろ兄さんが起きだす頃合いだ。できるなら会わずに済ませたい。
私のようなしょうもない理由で引きこもる奴は、虐めや酷いストレス要因があって不登校になっている子に対して失礼でしかない。
引きこもり出したのは、私の自業自得だった。
幼い頃から、兄さんと比較されているような感覚が拭えなかった。
私よりも頭の良い兄さんを勝手に羨んで嫉妬して、勝手に母さんが贔屓していると思い込み、閉じ籠った。それだけだ。
本当に羨ましくて悔しかったなら、もっと勉強して追いつこうとすれば良かったのに。
でも事ある毎に──とりわけテストや習い事の成績開示や表彰会の時に──母さんは私と兄さんを比較するのだ。
贔屓は私の思い込みかもしれない。けど、比較する言葉は真実だ。
私には、それが暗に何を言いたいのか勝手に想像してしまえて、耐えられなかった。
「お兄ちゃんはあと10点いけてたな」
そうして、いつの間にか母さんだけではなく、学校の先生や習い事の先生にまで兄さんの話を出されるようになった。
きっと悪意はないのだ。卒業してしまった生徒の妹が来て、懐かしんでいるだけで。
「はは、苗字妹は暗記科目が苦手かあ。兄貴は暗記のが好きってよく言ってないか? あいつ本当授業中うるさかったのに、ちゃんとテストは取ってなあ」
「バタフライは難しいし仕方ないよ。次はきっと成功できるって。お兄さんもできたんだし」
「英検3級合格おめでとう! 頑張ったね。
次は準2目指してゆっくり頑張ろう! あ、お兄さんみたいに準1級とかまで取らなくても良いからね? あの子が取ったのも中学入ってからだったし、中学入ってから考えれば良いよ」
冗談めかして言ったって、私を兄さんと比較して出来が悪いと思っているのは伝わってくる。
本当に「頑張ったね」なんて言うのなら、いちいち兄さんの名前を出して発破をかけようとなんてしないでほしかった。
ああ、わかっている。
私なりの努力を認めてくれ、と主張するのは身勝手だ。
私が兄さんに劣っているのは事実だし、特に暗記科目なんて興味がないと中々覚えられない。だから人より何倍もやらなくちゃいけないのに、私は人並み程度の努力しかできなかった。
そして兄さんは恐らく、比較されてようやく頑張れた私なんかよりも数倍努力していた。
だから地元でも進学校と評判の高校に通えているのだ。
わかっている。
私が、勝手に邪推しているだけなんてことは。
わかってはいるけれど、また学校に通い出してしまえば、この劣等感はもっと強まるともわかっていた。
だってもう、私は頑張っていたあの時よりもっと馬鹿になっているんだから。