3話 如何にして理解を得るか
あなたの名前は?
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ああでもないこうでもないと頭を悩ませていると、時間はすぐに過ぎ去った。まさしく光陰矢の如し。
まあ私の頭が悪いからだろうけど。無駄なことに時間を取りすぎた。現実逃避も程々にしてくれないかなマジで。
聞き慣れたエンジン音が耳を揺らす。
この音は母さんの車の……ってことは、もう帰ってきたんだ。
「ま、まずい……! まだ考えまとまってないのに!」
思わず独り言を叫んでしまう。
すぐにトビが休んでことを思い出して慌てて口を抑えた。
まあ、私の部屋は2階だし、そんなに大きな声でもないから聞こえないだろうし大丈夫か。
掛け時計を確認してみれば、トビが寝てから1時間半近く経っていた。マジか。
私ったらどんだけノロマなんだ。現実逃避する暇あったら、少しでも脳を働かせろってんだ役立たず。
自分の馬鹿さに歯噛みしてると、何やら車のドアが閉められる音が2回聞こえた……ということは。
母さんが帰宅するついでに、高校が終わった兄さんを拾って一緒に帰ってきたのだろう。
……これは好都合なのか、逆に不都合になるのか。
どちらにしても私の説明が、私たちの命運を決めるわけだ。
まあそこまで重大なことではないかもだけど、そう思っておいたほうが腹を決められるというもの。
でもせめてシャワーには入っておきたかった。汗でべたべただから正直落ち着かない。
まあ、トビがいるのにそんな無用心なことしない方がいいよな。
家探しとかされたら嫌だし。そんな物取りみたいなことするとは思えないけど念のため。
がちゃがちゃと、我が家に入る分には当たり前の無造作な鍵の解除の音。
2階へ向かう階段と玄関は近いから、トビがうるさいと思っていないと良いが。ひどくハラハラする。
またもや無造作に扉が開けられて、母さんと兄さんの楽しげな話し声がここまで聞こえてきた。
あまり大声で喋らないでほしいとこちらから頼みに行きたいレベルだ。いや多分私が今神経質になってるだけで、本当はそこまでうるさくないんだけど!
足音がだんだんと近づいてきて、ついにリビングに入ってきた。
2人は入室してすぐに私がいることに気がついたようで、少し意外そうな顔をしてから気まずそうに視線を落とし、またこちらを見た。
自業自得とはいえこちらも苦しくなる。
ただいま、と一応言ってくれる2人にできるだけ落ち着いた声でおかえりと返し、手をリビングへと向けた。
「兄さん、母さん、ちょっと話したいことあるし座ってよ」
「……オレも?」
「うん、ほら早く。今すぐじゃないと駄目なんだよ」
2人は不可解そうに顔を見合わせたけど、それでも私の言う通り座ってくれた。
こたつテーブルに3人で向かい合う。
ヤバい、緊張で死んじゃいそう。
バクバクうるさい心臓を無視して、私は真剣な顔で口を開けた。
「実はね、今日散歩したんだけど……」
「なんだ、学校に行くって話じゃないのね」
母さんが、それはそれは残念そうにため息とあからさまな台詞を溢した。
わざとらしさを隠そうともしない、寧ろ残念さをわからせるための話し方。
私が悪いしこんなことで腹を立ててはいけないとわかっていても苛々しそうになる。
いつもならここで会話を打ち切っていただろうが何とか堪えきる。今はそんなことしてる場合じゃない。
「いいから聞いて。それでね、家についたら男の人が倒れてたんだ」
「は? マジ?」
「あのさ、嘘でこんなこといわないから」
兄さんの疑わしげな声に短く返す。
話したいと頼んでおいてこの始末。我ながらどうかと思う対応だ。
口を閉ざしてしまった兄さんを尻目に、母さんが真剣な顔で尋ねてきた。
「でもそれじゃあどうしたの? 救急車呼んで、付き添いに行ったとか?」
少し心配そうな声音に、私はそうではないと首を振る。
ここからが本題なんだから頑張らなくちゃ。できるだけ真剣に見えるように真顔になる。
「落ち着いて聞いてね。その男の人……」
…………いやホントどう説明するのこれ?
母さんと兄さんの目が怪訝そうに細まった。
駄目だ駄目だ。今はどうやって言うか早く決めないとなのに。
でもさ、こんな状況を上手く処理するとか無理じゃない!?
こんな状況──言わば夢小説にありがちな状況ってご都合主義で進むじゃん!
大概の逆トリ夢小説に出てくる親の頭はパープリンだし二つ返事で「じゃあここに泊まってもらえば☆」って言ってくれるじゃん? 現実の親がそこまで頭緩いわけないんだよなあ。
いや、頭が弱いのは私も同じか。
ええいままよ、もういっそいきなり言ってしまえ。
どうせトビが本物だって言わなくちゃただのコスプレ野郎と思われるだけ。そんな奴の滞在を許してくれるわけがない。
息を吸って、間髪入れずに言い切った。
「その男の人、この世界の人間じゃないんだよ」
私を見る目が、一瞬で冷たくなった。
……我ながら何だこの言い方は。こんなの信じてもらえるわけないだろ馬鹿か。
「じゃあ幽霊ですってか?」
「いや、その……異世界の人、っぽい」
「あのね、冗談ならもう少し笑えるものにして」
予想通りの反応に嘆息する。それは2人に向けたものじゃなくて、私自身に対してのもの。
もっと頭の良い人なら言い様があったのかもしれないな、と無念に思う。
「本当なんだって。こんな冗談言わないよ」
「はいはい分かったから」
手をヒラヒラさせて茶化すように溜め息をつく兄さん。
まずい、どう話を修正しよう。
証拠を見せようにもトビの顔を見せることはできない。トビが見せてくれる気がしない。
本格的に焦りだす。このままじゃバッドエンド直行だ。もっと夢小説読んでおけば良い手があったのかもしれない…… いやそれはないな。
ふざけている割に、私の心臓は身体をぶち抜いて飛び出そうなくらいに激しかった。それが焦りを助長する。
これ以上は二人を引き止められないし、トビも騒々しさに訝しんで降りてくるかもしれない。
私は黙って(というより、何かを言えるほどの余裕はなかった)策を考える。
ヤバいなあと頭を掻いて天を仰げば、突然母さんが悲鳴じみた声を上げた。
「名前、その首どうしたの!?」
「へ?」
当の私は何のことやらわからず、ぽかんとしてしまう。
とりあえず手を顎下にもっていけば、ざらついたようなベタついたような感触が手に拡がった。
そして鋭く走る痛み。
昔、料理をしていたときに包丁で指を切ったことがあるんだけど、まさにそれと同じ。
どうやら、切り傷があるらしい。
今はもう血は止まっているようだから慌てはしなかったけど、結構な痛みだったので一瞬にして焦慮は吹き飛んだ。
変わりに出来上がったのは困惑のみ。
いつ、私はこんなものを作ったんだっけ……?
あの兄さんでさえも食い入るように私を見つめ出したから、結構目立つんだろう。
何でこんなものが、と頭を悩ませるが、しばらくすると合点がいった。
「ああこれ、さっき切られたやつか」
自分でもどうかと思うくらいけろりと呟く。
というか、ビックリしすぎてこんな言葉しか出なかった。
母さんはヒステリック気味に再び問うてくる。
「は、はあ!? 切られたって誰に……!」
「だからその異世界の人に。
ってこれじゃ頭おかしい人みたいじゃん……」
上手く説明ができなくって頭を抱える。
私の反論ってどう聞いても酔っぱらいとか、イっちゃってる人のそれだよね。
ああ、もうヤケだ。こうなったら一か八かに賭ける。
「その人、NARUTOのトビってキャラなの。
いやほんとマジな話で冗談じゃないから。こんな将来黒歴史になりそうなこと言わないし、切られたんだから嘘とか言える余裕ないし!」
ツッコミを入れられないくらいの勢いでにまくし立てると、兄さんはぽかんと阿呆面を晒した。
母さんはぎゃあぎゃあと怒鳴るように傷の詮索を続けている。
「……マジで言ってるぽいけど、病院連れてこうか?」
兄さんの本気で心配しているらしい問いに被りを振る。
「マジだし、病院もいい。
今から連れてくるよ。コスプレにしか思えないとは思うけど、私クナイっぽいもので首やられたから。
今は信じなくていいから、変なこと言って刺激はしないで」
「ただの自分をトビと思い込んでるやべー奴にしか聞こえないけどな、そいつ……ああもう、わかったよ」
疲れた様子だったが、とりあえずは頷いてくれた兄さんにほっとする。
全く信じてくれた様子はないが、まだ話を聞いてくれただけマシだろう。哀れむような目で私を見るのは気に食わないが。
当然、まだ理解も納得もしていない母さんは目を見開く。
「あんたに怪我させたやつが今いるの!?」
「さっき上にいるって言ったじゃん」
「しっちゃかめっちゃか過ぎね? この状況」
今回ばかりは兄さんと同意だ。私にも訳が分からない。
「凄く体調不良だったみたいだから私の部屋で休ませてる。今呼んでくるわ」
「誰もいなかったらマジで殴るぞ」
「いなかったら良かったけどな。こんなつまらん嘘はつかんっての」
売り言葉に買い言葉を返す。
こういう会話は昔からだから気兼ねなくやれるし、パニックになりそうな私に日常を思い出させてくれるから助かった。
まだこうして相手をしてくれるだけ精神が安らぐというものだ。トビとはマトモな会話もできないしなあ。
とりあえずまだ動揺しているらしい母さんはスルーして、リビングを出た。
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トビが怪我させていなかったら話が全く上手くいかずいざ対面、となっていたので高確率で詰みます(3敗)