きみは宇宙人
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ある日の放課後。
亜蓮はグラウンドの見える渡り廊下の隅に立っている。
理由は特になかったが、なんとなくムシャクシャしていて帰るのが面倒な日だった。
静かな場所に身を置きたいなと考えながら、吹奏楽部の練習の音を片耳に夕日の落ちるグラウンドに目をやると、体操着姿の澪の姿が見えた。
「……チンタラしてんなァ、相変わらず」
陸上部でもないのになぜかひとりでグラウンドを走っている。
部活動を終えた運動部の人間はほんど残っておらず、澪が土を蹴る音だけがグラウンドに響いていた。
──気にしてねェとは言ってたが、自主練してるって事は、実はめちゃくちゃコンプレックスなんじゃねぇのか?
亜蓮は以前と同じように窓枠にもたれて変なフォームをじっと見つめる。
視線に気づいたのか、澪が髪をかきあげながらゆっくりと近付いてくる。
「また見てるね」
「頑張ってんなぁと思ってよ」
見ていた事をあっさり認めると、澪はほんの少し眉を下げた。
走り終えた彼の呼吸は浅く、肩が微かに上下していた。
額には汗が浮き、頬にはその余熱がうっすらと色を差している。
陽射しのせいか、あるいは彼自身がまだ熱の中にいるからか。
その表情は本人の知らぬまま誰かの視線を奪うようなものだった。
「見てたんなら、責任とってね」
「は?」
「最後まで付き合って」
指をさしてニヤリと口角を上げる姿に、亜蓮は釣られて笑う。
「仕方ねえな」と腕まくりをして、靴を履き替える為に下駄箱へと向かった。
―
「走んのはドMの競技じゃねえのかよ」
「でも成績に影響するらしいよ」
「諦めるしかねえな」
「つらーい」
無表情で何度も辛いと口にする澪の本心はわからないが、恐らくはそんなに気にしていなさそうだ。
すっかり暗くなった夜の校舎の一角で座り込みながら水を飲む。
思いの外体力のあった澪だったが、流石に疲れたのか隣で大の字になっていた。
「ちゃんと水飲めよ」
「つかれた。今飲んだら吐いちゃうかも」
「無駄な箇所を動かしすぎなんだわ」
「それ先生にも言われた」
まだひんやりと冷たいペットボトルを澪の額に当てる。
気持ち良いのか目を瞑ると「あ゛ー」と風呂上がりのような声を出している。
「オッサンか」
「まだぴちぴち」
「オッサン臭」
「へへ」
めずらしく声を出しながら笑った澪と目が合う。
微笑みながらいつの間にかこちらを向いていたらしい。
「みず飲ませて」
「自分で飲めよ」
「だめ。起き上がれない」
「ほらよ赤ちゃん、自分で飲みな」
「んふふ」
最近気が付いた事だが、澪は少し変な笑い方をする。
決して大きな笑い声ではないけれど、安心できる優しい笑い声だ。
「あ」
「仕方ねえな」
雛鳥のように口を開けてまっている澪から一度目を逸らすようにペットボトルの蓋を開ける。
そのまま開いた口に水を注いでやると、満足そうにまたにんまりと笑った。
「オラ、もう起きろ」
「ぐえぇ起きる」
鼻をつまんでやると澪は逃れるように上半身を起こした。
すっかり暗くなった空にはいつの間にか月が出ていたらしい。
月明かりに照らされた澪の瞳がいつもより光が差し込んでいるように見え、一瞬きらりと光った。
「っし、…帰るか」
「うん。あ、着替えないと」
「っしゃ、行くか」
軽やかに立ち上がって先を歩くその姿に亜蓮は見とれる。
夜風が吹いて澪の髪をさらりとなびいた。
隣に来ない亜蓮を不思議に思った澪は振り向いて見てまた笑う。
「あー……」
胸の奥がチクチクするような初めて感じる痛みと高揚に、亜蓮はどうして良いかわからずギュッと胸の辺りを強く抑えた。
なんだか妙に動悸が収まらない。走りすぎたのだろうか。
「ん?まだしんどい?」
「いや、」
「亜蓮?」
「なんでもねえ」
「変な亜蓮」
隣に駆けて行くと、満足そうに澪は笑う。
めずらしくニコニコしている日だと表情をまじまじと見ていると、澪は亜蓮の袖をぎゅっと掴み立ち止まる。
「澪?」
「亜蓮、僕のこと好きでしょ」
「え゛」
「なんてね」
またニヤリと笑った澪はそのままスタスタと歩いていってしまう。
「ラーメン屋に行こう」なんて呑気な事まで話している。
―好き。
亜蓮は澪の言葉を何度も反芻するも、答えが出ることは無く諦めて考えを頭の隅に追いやった。
どうやら今日は可愛いバイトがいると友人達が言っていたラーメン屋に向かうみたいだ。
