短編
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「澪!どうしたんだよその顔…誰かにやられたのか!?」
いつもより随分遅れて教室に入った俺を見て焦った顔で駆け寄ってくる眼鏡の男、窪谷須亜蓮は、俺の頬に出来た赤黒いアザを心配そうに撫でる。
自分よりも高い目線の亜蓮はかがんでまで俺の顔を覗き見た。
心底心配そうにするその表情に少しの罪悪感を覚えたが、整った顔が自分の為だけに歪むその様子を見て俺は言い様の無い高揚感を覚える。
「いやぁドジった。昨日階段から落ちてさぁ」
「階段から落ちてこんなアザになる訳ねーだろ!!誰にやられたんだよ!またどっかのチンピラか!?」
「亜蓮さんヤンキー出てる」
「はっ!」
亜蓮はすぐに周りを見渡し先程の発言を聞かれていないかと深く警戒した。
幸い同級生達はクラスのアイドル照橋心美に夢中でこちらの声には気付いていない様子だった。
一瞬斉木と目が合った気がしたが俺は気にせず亜蓮の方へ向き直る。
「ちょっと来い!」
「おわっ!亜蓮!」
亜蓮は俺の手を引き教室を出て廊下を大股で進んで行く。
身長差がそこそこあるので少し小走りになったが眼鏡越しに見える亜蓮の瞳を盗み見る。
明らかに怒りを含んだ鋭い眼差しだったが、触れた手の温度が熱くてもどかしくて胸が高鳴る。
「亜蓮、痛い…」
「っ、わり」
踊り場に着くと亜蓮は手を離し再び俺に目線を合わせる。
本当はもっと手を繋いでいたかったがそんな素振りを見せずに痛いと嘆く。
本当はもっと痛くても我慢が出来るだろうがそんな事は一言も口にはしない。
亜蓮は腫れた目尻をゆっくり撫でて心配そうに眉を下げた。
「なあ最近どうしたんだよ…なんでこんなに怪我が多いんだよ」
「不注意…心配かけて申し訳ない」
「お前それ前にも言ってただろ!?この前もチャリで転んだとかで顔に傷作ってたじゃねーか!…なあ、お前これ殴られた傷だろ」
「ほんとに違うってば!心配しすぎだ」
「…クソ、」
亜蓮は悔しそうにぎゅっと唇を噛みしめる。
そして俺の手を強く握って強い視線でこちらを向いた。
「あ、亜蓮?」
「お前ほっとけねぇよ…」
「…ごめん」
「俺が守ってやるからもう怪我するような事すんなよ」
「ううっ…かっこいい…」
「茶化すんじゃねえ。本気だ」
「…ありがとう」
より一層握る力が強くなった亜蓮の手をそっと握り返す。
体温が低い自分とは違い暖かくて男らしい手だ。
強くて逞しい。そんな亜蓮が俺を守るって言った。早く自分だけのものにしたいな。
(好きだ、亜蓮)
時は半年前に遡る。
........
その日は不調だった為、ぼーっとした思考で帰り道を歩いているとドンッと肩に誰かが当たった。
「あ、すみませ…」
「あぁ!!??いってぇなテメェ!!!」
「んんっ!?」
謝罪も言い終わらないうちに胸ぐらを掴まれる。
相手は俺よりも随分とガタイのいい地元じゃ有名な不良だった。
(最悪だ)
あまり回らない思考でぐるぐると考える。
力では到底敵わなそうだ。
「お前のせいで肩痛めたんだけど!?どう落とし前付けてくれんだよゴルァ!!」
「ふ、落とし前て…昭和かよ」
「あぁ!?ナメた口叩いてっとまじぶっ殺すぞクソが!!」
「あ、やべ」
頭の中で吐いたつもりの悪態がどうやら口に出ていたようだ。
やばい、とは思ったがもう頭が回らない。
暑いのに寒い。首も詰まって意識が飛びそうだ。
「死にてえのか!?」
不良がなんか言ってる。
だめだ、寝そう…。そう思った時だった。
ガクンと膝から崩れ落ち飛びかけていた意識がまた戻ってきた。
「ん、?」
数秒後、自分が地面にへたり込んでいた事を理解する。
「あれ、」
「オイ大丈夫か?」
「窪谷須亜蓮…?」
「ケガねえか?」
「大丈夫…」
周りを見渡すとさっきの不良が倒れていた。
鼻血を出しているので恐らく殴られたのだろう。
こんな一瞬で喧嘩に勝つ人間漫画以外で見た事ない。
「これ、窪谷須くんが?」
「クラスメイトが詰められてる所なんて見たくねえしな…。これ俺がやったの皆には黙っててくんね?」
「助けてくれてありがとう…。わかった秘密にしてる」
「サンキュ。立てるか?」
そう言って手を差し出す窪谷須。
その手を取りゆっくり立ち上がった。が、
「おっ、と」
「うわっ」
唐突な目眩でバランスを崩し窪谷須にもたれ掛かる形になる。
平均より軽いとはいえ軽々と男一人を片手で支えたこの男は本当に男子高校生だろうか。
そもそもこの状況で抱えられている自分が恥ずかしくてたまらない。
「うわっ!お前あつ!熱あるんじゃねーか!?」
「フラフラする…」
「まじか、家どこだ?」
「こっから15分くらい」
「俺ん家近所だしちょっと休んで行くか?」
「ほんとごめん…お願いしていい?」
「おう。歩けるか?」
あまりにも具合が悪く、余計な考えがグルグル回るので図々しいのも承知で窪谷須の家にお邪魔することにした。
風邪を移してしまうかもしれないが、有名な不良をワンパンで倒せる位の屈強な体なら大丈夫だろうと結論付け俺はついていく事にした。
「ついたぞ」
「うわっ!なにこれすげえ」
「ま、ちょっと汚ぇけど休めるとは思う」
「…窪谷須くんヤンキーなんだね」
「……」
窪谷須家のとんでもない外壁に若干引いたが今はそんなこと言っている場合では無い。
申し訳ないが図々しくも布団を借りる。
「わりぃ片付けしてねえが…飲みもん以外に何かいるか?」
「いや、いい…ごめんありがとう窪谷須くん」
「亜蓮でいいぜ。とりあえずちょっと寝たらマシになるだろ」
「すまん…」
目を瞑るや否や眠気が襲う。
窪谷須が何か言っていたが答える気力はなくそのまま眠りについた。
…
「そろそろ起きろ」
「…ん?」
体を揺すられ目が覚める。
ライトが逆光になって表情は見えないが、窪谷須がこちらを覗いていた。
「体マシになったか?」
「うわ!ごめんめっちゃ寝てた!」
「別に構わねえよ。具合は?」
「めっちゃ回復したわ」
「よっしゃ」
窪谷須は微笑む。
ラーメン作ったけど食う?とどんぶりを差し出して来た。
「まじでごめんな。そんなに仲良くも無いクラスメイトの俺にここまでしてくれて」
「困ってたら助けんのが普通だろ?別に仲良い悪いとかも関係ねえよ」
「カッケ」
「まあ、またしょーもねぇ奴らに絡まれたら俺に言ってこいよ」
「…ありがとう」
男前な窪谷須に少し照れてラーメンをすする。
寝起きのラーメンは格別に美味かった。
…
それからはよく話すようになり、放課後も時々2人で遊ぶようになった。
趣味が似ていて気が合うのだ。
相変わらず学校ではヤンキーを隠しているが、節々に尖った思考や発言が見え隠れしていてこれがまた面白い。
「亜蓮、今日ラーメン食べにいこう」
「あーわり、今日は瞬と約束があんだよ。また今度な?」
「おー。了解」
仲良くなれたとは思うが亜蓮はよく海藤瞬と一緒にいた。
厨二病患者を拗らせた奴だったがそこそこ気が合うらしく、亜蓮はよくこの男と一緒にいた。
「なんだ亜蓮。呼んだか?」
「あ、瞬。澪にお前と遊ぶって話してた」
「おおそうか。仲良しだな」
「まあなー」
亜蓮は海藤瞬に向けて笑う。
この時俺は自分でも理解し難い不快感を覚えた。
ちくちくと胸が痛むような、モヤモヤとした曖昧な感情。
「今日燃堂達とゲーセン行くんだが、一緒に行くか?」
「お、それいいな瞬。澪行くだろ?そっから帰りにみんなでラーメン食おうぜ」
「あー…」
屈託の無い笑顔を向ける亜蓮にさらにモヤモヤとした。この気持ちはなんだ。
「行きたい!けど、なんか具合悪くなってきてラーメンやっぱ食えなそう」
「またか?大丈夫かよ。お前体弱いんか?」
「や、大丈夫大丈夫!海藤くん誘ってくれたのにごめんな」
「いいや。それより本当に大丈夫か?」
「おう」
へらりと笑ってその場を過ごす。
この気持ちはきっと気付いてはいけない。
…
ある日、また1人で帰路を歩いていると以前の不良が手前から歩いてきた。
こちらに気付いた相手は鋭い形相で近付いてくる。
「お前この間の…会いたかったぜ」
「うわっ」
不良はニヤリと笑う。
そのまま路地へと引き摺り込まれる。
「うわっ!」
「この間のアイツ、窪谷須亜蓮だろ?よくもまァあんな奴呼んでくれたなァ」
「いや、別に俺が呼んでないっすよ」
「刃向かってんじゃねーよ」
「っ!?ぅ、」
突拍子もなく腹を殴られる。
不良ってやつは知らない人間をこうも簡単に殴るのか。本当に信じられない。
「てめえには借りがあるからよ、たっぷり可愛がってやるよ」
「っ、くそ」
そう言って不良はまた拳を力任せに振り下ろした。
…
ふらふらと夜道を歩く。全身が痛い。
口の中も切れてしまったようで鉄臭い匂いが口内いっぱいに広がっている。
「最悪だ、クソ」
自販機で水を買おうと思ったが、殴られた挙句小銭までまるまる取られてしまったので買う金もない。
小銭まで取るとかどんだけガメツイんだよと、とても本人の前では言えないが不機嫌が最高潮な俺はこれみよがしに悪態をついた。
「あー…」
突然惨めになってその場にへたり込むが、このままでいる訳にもいかないのですぐに立ち上がり歩き出す。
ふらふらと当てもなく彷徨っていると見覚えのある家が見えてきた。
「あれ」
物騒な落書きを壁一面にされた一軒家は以前来た事のある亜蓮の家だった。
「夜見るとまた迫力すげーな…」
へらっと笑って落書きまみれの塀にもたれ掛かる。
冷静に何をやってるんだと我に帰ってため息を一つ吐いた。
「澪?」
「へぇ?」
完全に気を抜いていた為間抜けな声が出る。
向かいから声を掛けてきたのはなんと亜蓮だった。
「は?お前なんだよこれ」
「あ、ごめん気付いたら辿り着いてて…かえるな」
「違ぇ。殴られたのか?」
「あ?あー…」
恥ずかしくなって下を向く。
何も抵抗できなかった事に対して今更苛立ちが沸きあがる。
「こないだの野郎か」
「あ、えっと…うん」
「ここで待ってろ」
そう言うや否や亜蓮はバイクに跨り飛び出してしまった。
追いかけようにも気力が無くてすぐに諦める。
救急箱でも持ってきてくれるのかと思い大人しく待っていると遠くからバイクの音と呻き声の様なものが聞こえた。
帰ってきたのかと思い立ち上がる。
「亜蓮?」
「おー」
バイクのライトが眩しくて目を瞑るとドサリという音と「ぎゃ」と小さな悲鳴が聞こえて目を開ける。
そこにはボロボロになったあの不良が震えて横たわっていた。
「えっ」
「謝らせようと思って引き摺ってきた」
「ヒィ!ごめんなさい!!ごめんなさい!!」
色々な所から血を流し傷だらけの不良は泣いて縋って謝ってくる。
自分を殴っていた時とは違い頭を地面に擦り付けて謝るあまりにも不憫なその姿にうん、と一言しか頷けなかった。
「てめえ二度とコイツにちょっかい出すんじゃねえぞ」
「すっ、すみませんでした!!」
不良は泣きじゃくりガタガタと震えている。
ある程度大人の人間がここまで怯えている姿を見る機会が今まで無かったので妙に関心してしまう。
「亜蓮何したの…」
「秘密。体大丈夫か」
「うん大丈夫。ごめん」
「とりあえずうち入れよ。手当てしねーと」
「ごめんな」
「なんで?」
「優しいな」
ふっと笑って亜蓮に着いていく。
1度お邪魔した事のある亜蓮の部屋の座椅子に座り制服を脱ぐ。
横腹が広範囲に渡って真っ赤に腫れていた。
「これは痣になんな」
「まじか…超痛い」
「今日は助けてやれなくてごめんな」
「いや、そんな…」
心配そうな顔に不覚にもドキリとした。
眼鏡をかけていない亜蓮は随分と端正な顔立ちだと知る。
「……引いたか?」
「ん?」
「いや、そのよ…お前にはあんま不良してる所見せて怯えられたくねえなって」
「2度も助けられたし怯えてないよ」
「なら良かったけどよ」
亜蓮は笑う。
無邪気な笑顔を見て頬に熱が集まっていくのを感じた。
ああきっと俺は…
「澪?顔赤いぞ。また不調か?」
「あっ!いや、えっと…大丈夫」
「そうか?」
「…うん」
まともに亜蓮の顔を見れなかった。
普段とは違う一面を見てしまった。
ドクドクと心臓がなる。
こうして俺は亜蓮への感情が恋だと知る。
…
翌日学校へ行くと亜蓮は1番に駆け寄ってきてくれた。
少し恥ずかしかったが上手く取り繕って会話が出来たはずだ。
「体痛くねーか?…って、痛いに決まってるな」
「いや!大丈夫だ!ありがとう」
痛々しい程のアザは顔や体の至る所に出来ていた。
体育の授業やふとした瞬間アザが見える度に亜蓮は心配そうに気にかけてくれる。
自分の為だけに心配そうに声をかけてくれる事が嬉しくて、いけないとわかっていてもこのまま怪我が治らなければいいのにと思った。
だがそれもすぐに不安に変わっていく。
「痣消えてきたな」
「え?…あぁ、もう2週間も経ってるしな」
「調子も良さそうで安心だぜ」
「ありがとう」
2週間も経てばアザは消えていく。
毎日大丈夫か?と声をかけてくれていた亜蓮もだんだんといつもの日常に戻っていくのだ。
たまらなく寂しくて仕方がなかった。
(また殴られたら心配してくれるかな)
そんな考えが頭をよぎる。
これはきっと良くない思考だ。
そんな時だった。
「危ない!!!」
誰かの叫び声でハッとしたのもつかの間、目の前が真っ暗になり頭に激痛が走る。
重たい衝撃音がしてそのまま前に倒れてしまった。
「おい澪大丈夫か!!」
「……いたい」
消え入りそうな声でせめてもの意思表示をした。
ほぼ痛みで麻痺した顔面にはぬるりとした不快な感覚。
(これ怪我かな…でも、また亜蓮が構ってくれるかな)
そのまま音と視界がが途切れていく。
…
「ぅ」
「あ、起きた?」
「…」
目が覚めると強烈な頭痛に顔を歪ませる。
とんでもなく不快な痛みだ。
「昼休みにバスケボールが後頭部に直撃して、その反動で目の前の塀に顔面強打したのよ。意識ははっきりしてる?」
「あ、はい…」
頭痛だと思っていたものはどうやら顔面痛らしい。
盛大に鼻血を流したようで貧血気味なのか少しふらつく。
「目も覚めた事だし病院今から行きましょう」
「…はい」
そうしてそのまま保健室の先生と共に近くの病院で診察をしてもらい、レントゲンも脳波も異常が無かった為6限には学校へ戻れた。
どうやらボールを頭に飛ばした奴はクラスメイトだったらしい。
「澪ごめん…いちご牛乳奢る」
「いちご牛乳で許される傷じゃないんだが?」
「ごめんってぇ!!!」
仲の良い友人が大声で謝罪するのを横目に亜蓮の方を見た。
その瞬間視線が合ってしまい、何となく見つめていると「大丈夫か」と口パクで伝えて来た。
その反応が嬉しくてたまらない。
何物にも変え難い快感が背筋を伝う。
ああ……
(ダメだ。もう…とめられない)
…
「亜蓮、いつも一緒にいてくれてありがとうな」
「あー?澪は怪我が耐えねえからな。体も弱いしよ」
困ったように亜蓮は笑う。
2人で歩く帰り道はとても短く感じた。
「なあ、ラーメン食べに行こうぜ」
「お前この間もラーメンだったろ」
「…じゃあ亜蓮の家に行ってもいい?」
「いいぜ。昨日の傷も消毒してやるよ。駅の階段から落ちたんだろ?マジで気付けろよ」
「ありがとう」
「おう」
亜蓮の制服の袖を掴む。
転びそうだからって言えば「しょうがねえな」って苦笑いで許してくれるんだ。
(好きだ)
どろどろとした純粋な愛を込めて俺はきつく亜蓮の腕を掴んで微笑んだ。
「守ってね」
……
「アレ?アイツって窪谷須亜蓮っすよね?」
「あぁ!?」
「ほら半年くらい前先輩鬼ボコボコにされてたじゃないっスか。アレきっかけで不良辞めたんスよね?」
「…クソが」
金髪の男とその後輩は路地で煙草をふかしながら大通りを通った学生2人をじろりと睨む。
「窪谷須の隣にいるあのガキ知ってます?」
「あー?前に1回ボコったことあるぜ。何も出来ねえ奴だろ」
「いや、アイツヤバいんすよ。最近有名で……なんスか先輩。知らないんですか?」
「なんだよ」
後輩はやけに神妙な面持ちで近付いてくる。
「あんま大声では言えないんスけど、この辺の不良に片っ端から金渡して殴って欲しいとか傷付けて欲しいってお願いしてるんスよ」
「は?」
「やべぇでしょ。高校生であんなエグい性癖持っちゃうなんて将来が心配ッスわ」
後輩はニヤリと笑う。
「実はオレ、昨日アイツに駅の階段から突き落としてくれって依頼されたんスよね」
そうして後輩はポケットからぐしゃぐしゃになった2万円札を見せつける。
金髪の男はポロリと吸いかけのタバコを落としてしまった。
「…きめぇ」
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