短編
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夜風がカーテンをやわらかく揺らしている。
開け放たれた障子の向こうには、ぼやけた満月。
少し湿った空気がふたりのあいだをなにも言わずに通り抜けていく。
「銀時はもう飲まねぇの?」
「んー、もうイラネ」
「よっわ」
「うるせぇな……つかそれ、もう炭酸死んでんぞ」
「これがいいの。まぬけな味してて、クセになる」
そう言って笑う顔は、ほんのり赤い。
酒と、月と、たぶん俺のせい。そう思いたい。
「お酒弱いの、かわいーね?」
「バカにしてんだろ」
「ふへっ」
「おめーも充分可愛いよ」
ふと零れた声に、自分でも驚く。
けれど別に取り繕う必要もない。
澪が少しだけ眉をひそめて、こっちを見る。
目が合った。ただただ静かに。
「酔ってんの、銀時?」
「かもな。夜って、そういう時間だし」
「なにそれ、ダッサ」
「マダオが前言ってたやつ」
ソファーに腰をかけたまま、ふとその肩に頭を預ける。
澪が持つグラスが、しゅわりと音を立てた。
「なあ、あの肉屋のギャルの姉ちゃん、結婚したって知ってた?」
「マジで? あの子まだ10代だったろ」
「デキ婚。相手、10コ上」
「田舎の奇跡だな」
ふたりで笑って、ふたりで黙った。
沈黙が、こんなにやさしくて、静かで。
「……なあ」
ぽつりとつぶやく。
「俺らも、将来すんのかなとか、ふと思ってさ。結婚とか」
「……うん」
「なんとなく、お前と一緒にいるの、自然すぎて、あんま考えたことなかったけど」
「俺が女だったら、してた?」
「即してた。プロポーズしに神社まで全力疾走してた」
「なんで神社」
「雰囲気だよ、雰囲気」
また笑う。
でもその笑い声は、少しだけ掠れていて、ほんのすこしだけ、震えていた。
「てかお前が女だったら、いまごろ子どもできてるな。双子」
「想像やばすぎ」
「男二人。全員目死んでんの」
「銀時似かよ」
そんな風にくだらない話をして、また黙る。
でも、その静けさが、たまらなく心地よかった。
「そうだ」
澪が、ポケットから何かを取り出す。
小さくて、拳に収まるくらいのものを、そっと差し出した。
「手、出して」
言われるがままに手を差し出すと、ころん、と何かが落ちてくる。
冷たくて、小さくて――金属の重み。
「……これ、」
「そっちが先にプロポーズしそうだったから、先に渡しとく」
言葉に詰まって、銀時は一度まばたきをした。
「指輪……?」
「スリコのやつじゃないよ、ちゃんと選んだ」
「……それ、結婚指輪?」
「違う。まだ、そこまでじゃない。けど、たぶん、途中地点」
“これからも一緒にいたい”ってことだよ、って。
そう言いながら、澪は照れたように目をそらした。
「お前ってさ、たまにほんとずるい」
「どこが?」
「……男前で、先回りすんの。ずりぃ」
「よく言われる」
苦笑しながら、そっとその指輪を薬指にはめた。
サイズはぴったりだった。
「……似合うじゃん、銀時」
「うるせぇよ」
月明かりの中で、指先がきらりと光った。
ふたりの時間は、まだ言葉にならないまま、静かに、優しく、重なっていく。
指先の重みは、まだ未来を約束するほどじゃない。
でも、確かに“ここ”にいると伝えてくれているような気がした。
