短編
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バイトの帰り道。
冷たい風が吹く夜道を総悟と2人で歩いていた。
さっき自販機で買ったホットココアを熱そうに袖口で持っている。
「マジでフラれた…」
総悟は心底ガッカリしたような表情で白いため息を吐いてから、少し俯いた。
「残念だったな。ま、お前イケメンだし次あるだろ」
そんな事微塵も思ってないけど。
本当は俺だけのものにしたい。
そんな邪な思いに気付かれないように総悟を慰める。
それにしても振った女はどうしようもなくバカだ。
総悟はアホだけど、イケメンだし。
何だかんだ友達思いでどこに欠点があると言うのだろう。
「マジで付き合いたかったんでさァ…」
「その女、ドSだったんじゃね?」
「本物のSの女はドMにもなれるから関係ねぇや」
「あっそう」
そう言って寂しそうに笑う総悟はホットココアの缶を頬に当てる。
少し下を向いたので亜麻色の前髪に隠れて綺麗な瞳は見えなくなってしまったが、暖かい缶がじんわりと頬を温めてゆるやかに色付くのが見えた。
「ココアあち。つれぇ…」
「次あるよ」
少し大きめのダウンの袖で総悟は目元をゴシゴシと擦っている。
別に泣いてなんかいないんだろうけど。
赤くなるぞって思ったけど、上手く言葉に出来なくて総悟から目をそらす。
「ココア冷めんぞ」
「うん。飲む」
カシュと軽快な音が鳴り缶を開く。
まだ中のココアは思いの外冷めていなかったようで、ひと口飲んでからあちっと唇を舐めていた。
そんな些細な仕草も可愛くて、同時にとてつもなく胸が苦しい。
もう少し一緒にいたいのにもうすぐ大きな十字路に着いてしまう。
この曲がり角を曲がればすぐに分かれ道だ。
そんな事を思いなが、ゆっくりと歩いていたら総悟が立ち止まりこちらへ向いた。
「澪…ありがとうでさァ。疲れてんのに話聞いてくれて」
「総悟の話だから聞くんだぜ」
「イケメン。抱いて」
「おわっ!ちょ、」
抱きついてぐりぐりと肩口に頭を押し付けてくる総悟はきっと俺の事は何とも思ってないんだろうな。
ズキズキと心が痛む。
俺はなんでもない素振りでヘラヘラと笑った。
きっと他の友達同士ともこうやってじゃれるのが、安易に想像できる。
俺より少し背の低い総悟の頭を優しく撫でてそっと抱き寄せる。
わかっていても馬鹿な俺はすぐに期待してしまうから、触れたいなーなんて思ってしまった。
「澪?」
「おー。振られて可哀想なかわい子ちゃんを俺様が慰めてやる」
これは友達としての行為と言い訳をして抱き寄せた背中をとんとんと優しく撫でた。
ココアの缶をあてていたほっぺたは少し温度が高くて、じんわりとした温もりが布越しに伝わってくる。
「あったけェや」
「…だな」
へらりと笑う。顔をあげた総悟は笑顔だった。
ああ、この笑顔を俺だけの物にできたらいいのに。
とても本人には言えないような言葉を思い浮かべてはまたチクリと胸が痛む。
「っと、そろそろ帰んねぇと。姉ちゃんが心配する」
「…そうだな。さみぃ……」
抱き締めていた総悟が腕の中からするりと抜ける。
離れ際、ふわりとココアの甘い香りが漂った。
再びゆっくりと歩き出す。すぐ分かれ道だ。
もうこのまま世界が止まればいいのに、とか。
柄にもない事を願う。
「あーでもなんか元気出たきがするぜィ」
「だろ」
「慰めてくれたおかげですぜィ。ありがとな澪」
「いつでもドーゾ。じゃ、また次のシフトでな」
「おつ」
「おつー」
そうして分かれ道。冷たい風が頬を撫でる。
強い風のせいでマフラーが解けて、体の芯から震える様な寒さが全身を駆け巡ったが、総悟が触れた所だけは温かかった。
「さむ…」
俺の心はこんなにも冷たくて満たされないというのに。
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