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ガチャリと玄関のドアを開けると眩しい太陽の光が差し込み眩しいと目を細める―
…はずだったのだがドアを開けると目の前には逆光で黒つぶれになったデカい男が立っていた。
「うわ!」っと驚いて声を出すがそんな事はお構いなしに男は無表情におはようと言って来る。
「んだよ轟か…。でけー…ビックリした」
「驚かせたか。わりぃな」
「玄関にいるって連絡入ってたけどまさか目の前にいるとは思わんかったわ…」
「わりぃ」
「全然思ってなさそーだな!」
べし!っと軽く腕を叩いてエレベーターへと向かって歩く。
今日のスケジュールは佐々木が言っていた轟との雑誌撮影だったので現場が一緒だ。
轟は昨日とは違いスポーツブランドの細身なスウェットセットアップを着ている。
撮影は脱ぎ着が多いのでラフな格好が最適だと判断したのだろう。
「それ去年の限定のヤツじゃね」
「ん?この服か?あんま知らねぇけど撮影の時にもらった。着心地良くて結構気に入ってんだ」
「それやたら人気だったけどもしかしてモデルやったりした?」
「ああ。これと次の新作?のやつ着せてもらった」
「バスケットウェアとのコラボのやつ!?あー!それでメンズなのに女に人気だったんか!」
「おお…詳しいな」
そんな会話をしながら車に乗り込み現場に向かう。
運転は事務所専属の運転手だ。
轟は雑誌の撮影やスポーツウェアのモデルの仕事も割と多い様で共通点が多々あった。
向かっている現場は女性誌の特集ページの撮影だったが、話を聞いていると世間の需要が割と似ている様だった。
「なんか今後現場で会う事あるかもな」
「ああ。俺もそんな気がする」
自宅から現場までは1時間と少し。
まだまだ道のりは長いので欠伸をしてからスモークフィルムが貼られた窓の外を見る。
「ちょっと寝ようかな」
「ああ。着いたらちゃんと起こすから安心しろ」
「よろしく」
そう言って目を閉じるとすぐに眠気が襲ってくる。
隣で轟が体勢を変える気配がしたがそんなことを考え終わるうちに意識が微睡みに溶けて言った。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
まるでカーレースの様なブレーキの激しい音と強烈な揺れに驚いて目を覚ます。
グンっと前に引っ張られるような衝撃があったが隣にいた轟の左手とシートベルトに抑えられていた為頭を打つ事はなかったが、急な停止に腰を痛めてしまったかもしれない。
「何だ急に!」
「澪怪我ねえか?」
「大丈夫!え!これ何!?」
「大丈夫だ。念の為にシートベルトだけ外して窓から姿が見えない様に屈んでてくれるか」
「わかった!」
言われた通りに頭を低くし外から見えないようにする。
寝起きにこの状況なので少しパニックになったが運転手の叫び声が聞こえ冷静になる。
運転席には黒いカーテンが掛かっており前から座席は見えなくなっているが、取り乱している運転手を落ち着ける為に轟がカーテンを勢い良く開ける所が見えた。
「おい大丈夫か!!」
「あ!あああ!!!!うわぁ!!!!」
「っ!澪!絶対顔を出すなよ!」
「っ!」
カーテンの隙間からちらりと見えたのは血まみれの運転手の腕と、その腕に深く刺さり赤く染まった銀色のナイフだった。
ドクドクと心臓が鳴り呼吸が浅くなる。
運転手の腕からは血が滴りとめどなく流れていく。
ひどく恐ろしいのに目をそらす事が出来なかった。
「っは、はっ!」
「澪!しっかりしろ!」
「う、うううっ!」
「大丈夫だから息しろ澪!」
上手く息が吸えなくて涙が滲む。
轟が呼びかけながらカーテンを閉めた。
「これでなんも見えねえから大丈夫だ。大丈夫…」
轟がそっと俺の両耳を塞ぐ。
運転手の叫び声も遠くから聞こえるサイレンも聞こえなくなった。
誰かが救急車を呼んだんだろうか。
そんな事を考えていると再び意識がどろりと溶ける。
「―っ!澪!」
「ぅ」
聞こえてるから呼ばないでくれ。
そう口にしたかったが上手く言葉が出てこず目の前が真っ暗になった。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「ん…」
意識が浮上する。
ゆっくり目を開けるとトラバーチン模様の天井画目に入る。
「澪、起きたか?」
「……轟?」
声がした方をゆっくり見ると心配そうな表情の轟が見えた。
ハッとして勢いよく起き上がる。
「運転手は!?」
「大丈夫だ。命に別状はないし治療を受けてもう帰宅してる」
「良かった…」
落ち着いて周りを見てみるとここは病院らしい。
またかと思い頭を抱えた。
「ごめん轟ビックリしたよな」
「いや。澪が刃物が苦手なのは頭に入ってたのに急な事故でちゃんと対応出来てなかった。すまねえ」
「あ、そっか資料渡したって佐々木も言ってたわ。ごめん」
俯き自分の掌を見つめる。
震えはとっくに落ち着いており呼吸も安定していたが重い気持ちがのしかかった。
「前に刃物で襲われた時のトラウマってやつ?不安な状況とかで刃物見ると過呼吸になっちゃうんだよな。普段は大丈夫なんだけど」
「配慮が足りなかった。申し訳ない」
「こっちこそ急に取り乱してごめん」
「澪が謝る事じゃない。犯人が早く捕まるように警察も動いてるから安心してくれ」
「…ありがと」
轟の優しい言葉にふっと笑うとコンコンとノックが鳴った。
返事をすると若い看護師が入ってくる。
「起きられましたか?具合はどうですか?」
「ちょっと頭痛いけど全然もう大丈夫です」
「よかった。落ち着いたらこのままお帰り頂いて大丈夫ですよ」
受付に案内してもらい会計を済ませ病院を出る。
持っていたスマートフォンで時間を確認するとすっかり昼を過ぎた時間だった。
「うわ仕事…」
「ああ大丈夫だ。あの後佐々木さんに事故があったって撮影スタッフに伝えてもらってる」
「そっか」
「今日は疲れてるだろうし午後の仕事全部キャンセルしたから休んでくれって佐々木さんから伝言だ」
「さすがに仕事はキツイから有難いわ」
「そうだな。帰ろう」
「…うん」
轟が車を停めてあると言うので着いていくと車高が低めの黒い車があった。
どうやら轟自身が運転するらしい。
「これ轟の車?」
「いや事務所のだ。あんまねぇけど時々護衛の仕事が来るからその時に使う用のちょっと防御力が強いやつ」
「……最初からこれ乗っとけばよかったくね」
「悪ぃ。忘れてた」
少しバツの悪そうな顔をして轟はエンジンをかける。
今度何事もなく自宅まで帰れるといいが。
「でさ、今朝のあれなんだったの」
「ああ。走行中に助手席側から運転手を狙ってナイフを投げ込まれてる。幸い上手くブレーキを踏んでくれたおかげで大きな事故にはなってねえけど犯人は捕まってねえから何ともだな」
「ナイフね。的確に腕を狙ったってことか?」
「今の所何も分かってねえんだ。以前澪を襲った犯人も捕まってねえし同一犯だとは思ってる。…ここまでやってくるって事は当日何が起きるかわかんねえしやっぱ例のフェスには参加しねえ方がいいと思うんだが」
「それはダメだ!」
「何でだ?」
「それは…っ」
言い澱んで唇を噛む。
どういう回答をすれば良いかわからず困っていると轟は言葉を放った。
「別に言いたくないならいい」
「…ごめん」
気まずい空気になってしまったので窓の外を見る。
ちょうど赤信号で止まって見えたのは下校中の高校生だった。
ギターケースやドラムケースを担いで楽しそうに笑い合っている。
ふと昔の自分とかつての仲間達を重ねて少し微笑ましく思った。
「デビュー前の元メンバーが今度のフェスにずっと出たがっててさ。バンド時代は色々重なって出れた事なかったから…そん時の気持ちの供養?じゃないけどまあ、そんなとこ」
「…知らなかった」
「そいつ1年しかいなかったしなー」
ヘラりと笑ってまた窓の外を見た。
楽しげな高校生達はもうとっくに追い越して彩度の低いビルだけが見える。
まるで少し沈んだ心の内を映しているようだった。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「え!昔のメンバーッスか?」
「はい。急に電話してすみません。ちょっと気になることがあって」
「んー困ったなぁ…言っていいのかなぁこれ…」
歯切れの悪い回答をする佐々木に謝罪をしながら轟はもういちど問いかける。
元メンバーについて貰った資料を確認してみたが脱退したメンバーがいた事は書かれていなかった。
今回の事件に関係があるかどうかは分からないが、一応確認しておいて損は無いだろう。
個人的に気になってしまったのもあるが。
「まぁ、事件とかには関係ないとは思うッスけど…」
「…そんなに重い理由で抜けたんですか?」
「や、まぁ…重いってか、亡くなっちゃってるんスよね。その人」
「え…」
予想外の回答に何と返事をして良いか分からず思わず狼狽える。
そうかそうきたか。だから供養だと言っていたのかと妙に納得してしまった。
「その人…ハルヒって人なんスけど、メジャーデビューする1年前に事故で亡くなってて…。ちゃんと聞いてないから詳しくは知らないんスけど、多分今回のフェスに出たがってるのもそのハルヒさんが目標にしてた所で…ってあー…こんなに言っちゃっていいのかな」
「…秘密は守ります」
「昔からのファンはハルヒさんの事知ってる人もいるッスけど、その時はまだインディーズでウチじゃない事務所に所属してたんス。そこの方針でハルヒさんが亡くなったのは公表されてないんスよ。ウチに来てからの解散理由も割とそこから拗れたのもあって…あんまり蒸し返してあげないで欲しいッス…。すみません」
「わかりました。すみませんこんな事聞いて」
「いやいや!護衛ありがとうございます。俺今中々現場に行けないのでホントに感謝してるッス!澪くんの事お願いします」
挨拶をして電話を切る。
元メンバーのハルヒさん…。曲はよく聞いていたとはいえメンバーには特に興味がなかったので何も知らなかった。
検索エンジンでハルヒの名前を検索する。
「うわ」
やはり界隈では有名だったのか元メンバーとして記事が沢山出てきた。
佐々木さんが言っていた通り死亡は公表されておらず脱退理由はどうだとか、現在はどうしているかなどの真偽が分からない記事が沢山書かれている。
面倒臭くなって画像検索欄をクリックすると澪とハルヒさんらしき人が仲良く写る写真が沢山出てきた。
関連には仲良しだったり不仲だったりと、様々なワードが並んでいる。
「はー…」
特に情報も得られずため息をついて伸びをすると誤タップがあったのか開いていないはずの画像がアップになった。
澪とハルヒさん、そして背の高い女の子が肩を並べて笑顔で写っていた。
何となくその写真が気になりそこからリンクに飛ぶとハルヒのかつてのTwitterアカウントが出てきた。
更新は亡くなったとされる8年前で止まっている。
「…はぁ」
ため息を吐いてから写真が載せられていたツイートを確認してみるとどうやら仲良く写る女の子はハルヒの双子の妹のヒナタとらしい。
どちらかといえば化粧が濃い女の子で気付かなかったが言われてみれば顔が似ている様な気がする。
「まぁ関係ねえか」
ハルヒのアカウントはバンド用のアカウントだったみたいだが、メンバーとの特に澪との仲の良い写真を沢山載せていた様だ。
最近テレビではあまり見なくなった澪の自然な明るい笑顔がそこには写っていた。
 ̄ ̄ ̄ ̄
「はあ」
ため息をつきながら携帯の画面を見る。
もう使われなくなったハルヒのTwitterの画像欄を見て少しだけ口元が緩んだ。
この時はまだ高校1年生だったから馬鹿みたいに笑って馬鹿みたいな写真撮ってSNSにアップしてたっけ。
「ふはっ」
スクロールすると2人で抱き合いながら変顔をする写真が出てきて思わず笑ってしまった。
思い出すと時々見に来てしまうハルヒのアカウントは8年前から更新されないままだ。
「もうちょっとだよハルヒ」
そしてごめんなさい。
そう心の中で呟いて目を閉じる。
どうかこれで彼に許されるように祈るばかりだ。
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