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【人気ベーシストまたもや熱愛か!?】
低俗な週刊誌の見出しを見て舌打ちをする。
元メンバーの下品な写真の下には面白可笑しく貶すように大きくバンド名が書かれていた。
「まーた記事出てる。うち辞めた後もこんな記事ばっかで相変わらずッスね」
「超キメェよな」
最近マネージャーになったばかりの佐々木が間延びした声で言った。
年は1つ年下で今年の4月に入社したばかりだという金髪の男だ。
いかにも若者といった見た目で話し方も随分アホっぽいがこれが意外と高学歴らしいと聞いた。
「マジでクソ」
「再三言ってるけど現場ではそんな言葉使っちゃ駄目ッスからね!一応澪君はアイドル系で売ってんだから!イメージ大事!」
ホント、今の状況を2秒で説明するとしたらクソって言葉以外出てこない。
週刊誌に載ってるアホ面のコイツも、頭の悪い脅迫文を送ってくる馬鹿も、顔顔言ってくる事務所の方針も何もかもが終わってる。
そもそも別にアイドル系でもねーし。
イライラを募らせているとピコンと携帯の通知が鳴った。
画面を確認するとバンド時代の先輩バンドマンからのメッセージが表示されている。
舌打ちをして通知を開くと煽った様なスタンプと文字が画面いっぱいに広がった。
[お前んとこのベースヤリチンすぎて草]
[ソロ失敗したらウチのスタッフで雇ってあげるね笑]
知らねえよ。しかもお前が言うなや。
アホの週刊誌が出る度煽ってくるコイツらもクソだ。
全てにイライラする。何もかも上手くいかない。
ただ純粋に自分の好きな音楽だけを追ってたあの頃が今は酷く懐かしい。
イライラを飲み込むように佐々木の入れた甘い香りのインスタントラテに口を付ける。
喉が潤うかどうかは一旦置いておいて、くどくない程度の甘みと抹茶の風味が鼻を抜けて幾分か頭がスッキリした。
「そうそう話の続き!今回護衛に付いてくれるのはプロヒーローのショートッス!澪くんと同い年だし、顔的なクオリティも結構トントンなんで、たまたま同じ現場になったって設定で今日から1週間護衛についてもらいます!」
「じゃ今週は仕事するフリして休み?」
「いや普通にショートと二人で雑誌の撮影があるっス!しかも2回!」
「ちゃっかりしてんなぁ!」
佐々木はこういう所は抜け目なく仕事を入れてくるので本当に優秀なのかもしれない。
そんな事を考えていると室内にノックの音が響いた。
返事をするとゆっくり扉が開く。
部屋に入って来たのは紅白頭の若い男だった。
「あ、ショートさん!急な依頼を引き受けてくれてありがとうございます!ほら澪くんちゃんと挨拶して下さいッス!」
「……澪です」
「ショートです」
ショート。エンデヴァーの息子の若手ヒーローとして度々話題になる人物だ。
おめでたい頭の色で妙に印象深い男だった。
佐々木の指定で私服で事務所に来たショートは無表情のまま軽くお辞儀をする。
「今日から1週間自宅から現場への移動、帰宅までを彼に護衛してもらうッス!澪くん、ショートと2人で仲良くッスよ!」
「え、2人?ちょっと待って佐々木は?」
「俺はもう1人担当してるタレントの女の子に付きっきり。現場でセクハラ受けたみたいで付き添いお願いされてんスよ。あ!もちろん1週間後のフェス当日は一緒に行くから安心して下さい!」
「……マジで」
専属の担当じゃないから毎回現場に着いてこないのは当たり前なんだけどまさか初対面の相手と2人にされるとは思ってもみなかった。
ショートは普段からポーカーフェイスと称されクール系男子とかなんだとかで女に人気のヒーローだったはず。
現にこの部屋に入ってきてから1度も笑わないし正直仲良くなれる気もしない。
別に仲良くなるつもりは毛頭ないけど。
「心配しなくても俺は何度か護衛の経験もあるので不安にならなくても大丈夫です」
「別に不安には………や、もういいや別に。てか同い年らしいから敬語辞めようよ。仕事も一緒らしいし。1週間よろしくヒーロー」
「お。わかった」
右手を差し出すとしなやかな手が伸びて俺の手を掴み握手を交わす。
掴んだショートの右の手は少しだけひんやりとしていた。
……
「澪って本名か?」
「え?あ、うん。芸名の人も多いけど俺は本名使ってるよ。苗字は公開してないけど……。好きに呼んでくれていーよ」
「ああ」
佐々木から送られてきた1週間のスケジュールを確認しながらまた抹茶ラテを一口飲む。
ショートは向かいの席に座り何通りかの質問を投げかけてきた。
「あーそうだ。2人でいてあんまり目立つといけないから1週間は派手じゃない私服でお願い」
「ああ。普段から服はそんなに派手じゃねえから大丈夫だと思う」
ショートはそう言うと同じく佐々木から送られているであろうスケジュールの連絡を確認している。
綺麗な顔立ちだと思ったが、あまり笑わないタイプの人間の様でここに来て数十分表情がほとんど変わらなかった。
「あ、名前」
「お」
「ショートって有名人だし外でヒーロー名で呼んでたら目立つと思って。名前で呼んだ方が良くね?」
「確かにそうだな。轟だ。轟焦凍」
「焦凍?え、ショートって本名なん?」
「ああ。学生時代に適当に付けた」
「マジかおもしれー。じゃ轟って呼ぶわ。焦凍じゃバレるだろ」
「ああ。好きに呼んでくれ」
世の中たくさんのヒーローが溢れ返っているが、普通はヒーロー名になにか意味を込めて名前をつけるはずだ。
そんな中無頓着な轟の答えに少し拍子抜けしてしまい少し笑う。
「そんな笑う事か?」
「だってんな適当なヒーロー中々いなくね?」
「そうかもしんねえ」
轟は少しだけ口角を上げる。
仲良くはなれない思っていたが意外と話せば楽しい奴なのかもしれない。
「あ、そうだ。今日は事務所でイベントに向けての歌練なんだけど俺が練習してる間轟はどうすんの?」
「自宅以外は基本どこでも一緒だ。事務所にいるとは言え万が一って事もあるしそういう契約だからな」
「わかった。じゃあ1週間よろしくな」
「ああ。こちらこそよろしく頼む」
念の為連絡先を交換して会議室を出る。
送られてきたスケジュールによればこのまま練習場に向かいレッスンに入る予定だ。
その後はスタイリストとイベントの衣装決め、歌番組の打ち合わせと仕事が詰まっていた。
スタスタと慣れた社内を歩きながらエレベーターに乗って2階に移動する。
「ここ」
「お。すげえな」
「そこはダンススタジオ。歌練する所は防音室じゃないとダメだから1番奥にあんの」
「初めて見た」
「ヒーロー事務所にスタジオは無いもんな」
「ああ。歌う個性の奴はいないからな」
「そういう話でもないと思うけど……」
「そうなのか?」
「……轟もしかして割と天然?」
「…………たまに言われる」
少し顔を顰めた轟がおかしくて笑う。
やっぱり話せば仲良くなれそうなやつだ。
そんな事を考えていると防音室の前にたどり着く。
「中入る?」
「他の所にいた方がいいか?」
「別に大丈夫。まあどっか適当に座って」
部屋の隅にある丸椅子に腰掛けた轟を横目に準備を始める。
発声練習をしながら体を捻ったり横に曲げたりストレッチも完璧に行った後、パソコンをいじりながら線の繋がった黒いヘッドフォンを首にかけた。
「聞く?」
もう1つの白いヘッドフォンを轟に差し出す。
受け取り耳に当てるとパソコンから選曲した音源がヘッドフォン内で流れる仕組みだ。
「よっしゃー」
「あ、声も聞こえる」
「うん。マイクの音も繋がってるから」
「すげえ」
「ヘッドフォンも初めて?」
「ああ」
マウスをクリックするとヘッドフォンからベースの音が流れてくる。
そしてすぐさまギターやドラムの音が加わり軽やかな伴奏が流れ出す。
すうっと息を吸い込みその軽やかなメロディに寄り添うようにして歌声を乗せる。
「あ…」
驚くような、キラキラしたような、そんな変な顔をした轟と目が合った。
あれ、意外と表情豊か?とか、色々な感情が過ったがすぐさま感動したような笑顔になり拍手をする轟を見て忘れていた感覚が呼び起こされる。
そうだ。この顔が好きだった。
自分の歌を聞いた人達のこの表情を見るのがたまらなく好きだったのだ。
視線に射抜かれたように目が離せない。
ヘッドフォンからは相変わらず伴奏が流れ続けている。
「…名前?」
「あ、わり…」
こてんと首を傾げた轟にハッとして目を逸らす。
ヘッドフォンから既に音は聞こえなくなり誤魔化すようにマウスをいじってパソコンの画面を見た。
「うわ、懐かし」
「お」
曲のリストを弄っていると、バンド時代まだまだインディーズだった頃の曲のタイトルが出てきた。
初めてシングルアルバ厶を出した時の曲だ。
基本バンド時代の事は思い出したくはないので曲は封印していたが、この曲だけは思い入れが深くどこかで出そうとそっとしまっておいたものだった。
何となくクリックしてみるとヘッドフォンから音源が流れ始める。
「あ、この歌好きだ」
「え…こんな古い曲知ってんの?」
「ああ。学生の時に友達が教えてくれてから気に入ってて今も結構聞いてる」
そう言うと轟はスマートフォンを取り出しポチポチといじった後に画面を見せてきた。
それは音楽サブスクアプリの画面で海のジャケット写真が写っており、中途半端に再生バーが止まっている。
「…ほんとだ。轟って俺のファンだったりする?」
「ああ。すまねえ。言うと気使わしちまうと思って…」
「ぶは!なんだそれ!」
気まずそうに俯いた轟がおかしくて思わず吹き出してしまう。
ヘッドフォンから流れる伴奏はちょうどサビ前に差し掛かったところだった。
その音にハッとしてすぐにマイクを握る。
こちらを見上げる色違いの双眸と目が合った。
歌い始めると綺麗な瞳が緩められライトに照らされてキラキラと輝いている。
「生で聞くのは初めてだ」
そう言って笑う轟を見て自然とこちらも笑みが零れる。
その刹那に思うのは、その笑顔に心臓を撃ち抜かれたという事だ。