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学生時代に緑谷の勧めで初めて聞いてみたあの曲の衝撃は今でも鮮明に覚えている。
イヤホン内から耳へと広がる優しい歌声は、明け方の穏やかな海みたいな優しくて心地の良い音だった。
俺はその音の海の波に乗って気持ちを解放させる。
ありがちな表現に例えればそんな感覚。
お前はこの広い海を泳いでどこまでも行けるのだと。
そう強く背中を押された気がした。
……
「…―ト、焦凍ォ!」
「お」
自分の名前を呼ぶ大きな声でバチンと泡が弾けたように思考が現実に戻ってくる。
眉を顰め暑苦しい程の眼差しで親父が腕を組みロッカールームの入口から再度名前を叫ぶ。
「何回も呼ばなくても聞こえてる」
「三度呼んだのに返事をしなかったのはお前だ焦凍!」
「うるせぇ。なんの用だ」
「お前に依頼が入った。着替えが終わったら俺の所に来い」
「...すぐ行く」
「ああ」
言い終えると親父はくるりと背を向けロッカールームを後にする。
脱ぎっぱなしにしていたインナーを畳みバッグに詰めて手に持っていた携帯を確認すると、時刻は20時を少し過ぎた所だった。
通知パネルにはいくつかのニュースと出勤時に聞いていた曲のコントロールパネルが並んでいる。
今朝聞いていたのは先程思い出していた緑谷オススメのバンドの曲だった。
瑠璃色の海に白地でタイトルが書かれたシンプルなアルバムジャケットは、半年前に解散したこのバンドのボーカルが撮った写真が使われていると昔緑谷が言っていた気がする。
この声とこの曲にピッタリ合う綺麗な写真だと思った。
「ショート?行かなくていいの?」
「すみません。すぐ行きます」
隣にいた2年先輩のサイドキックの声にハッとして顔を上げる。
疲れているのか今日はぼーっとしてしまう事が多かった。
帰ったらすぐに風呂に入って早めに休もうと心に決め俺はロッカールームを出る。
すれ違うサイドキック達に挨拶をして親父が居る部屋へ向かった。
「依頼ってなんだ」
「歌手のボディガードだ。殺害予告がここ1ヶ月毎日事務所に送られて来るらしい。イタズラだろうとマトモに取り合わなかったが、先日帰宅の際に刃物で襲われたそうだ」
「歌手?」
「これだ」
そう言って手渡されたのは冊子になった資料だ。
依頼内容と護衛の対象者のプロフィール、そして襲われた時の状況が事細かく書かれてある。
「……澪?」
「知っているのか?」
「ああ。結構好きだ」
護衛の対象者は先程思い出していたバンドのボーカルだった。
半年前に解散してからすぐにソロ活動を始めた若手歌手、澪だ。
受け取った資料の1枚目には澪のプロフィールが書かれており、知らなかった事も詳細に記入されている。
高校1年生の時の同級生同士で結成した若手人気バンド。
結成してから2年後にメジャーデビュー後6年活動して1年前に音楽性の違いで解散。
その後すぐソロデビューして今に至るといった所だ。
俺と同い年で整った顔立ちからソロデビューしてからもアイドル的人気があると認識している。
2枚目以降にはビッシリと書かれた脅迫文のコピーも記載されていた。
罵詈雑言や心無い言葉が沢山並んでおり、その全てには5日後に開催されるフェスイベントに出演するなと強めに主張する内容が書かれている。
「期間は1週間だそうだ」
「1週間か。こんだけ脅迫文来てんなら出演中止にした方が良くねえか」
「詳しくは知らんが出ない訳にはいかんらしい。顔合わせの場所と時刻はメールを送らせる。後で確認してくれ」
「ああ」
資料に目を通しているとピコンとスマホが鳴った。
事務員から送られて来た顔合わせ場所を軽く調べてメモを取る。
どうやら明日は朝早くからの仕事になるらしい。
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