短編
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夕陽が校舎の窓を朱色に染めていて、校庭に長く影が伸びていた。
放課後の雄英高校。
喧騒はすっかり静まり返り、夏の名残を抱いた風がそっと校舎を通り抜ける。
人気のない校庭裏のベンチには二人分の影が並んでいた。
片手にスポーツドリンクを持つ勝己と、その隣に少し距離を置いて座る澪。
どちらもトレーニング終わりで大量に汗をかいており、静かに呼吸を整えている。
気怠そうにベンチに体を預ける澪の横顔に勝己の鋭い視線が注がれる。
その瞳はいつものように攻撃的な炎を灯している。
「ンだよその距離感。もっとこっち来いや」
低く苛立ちを含んだ声は命令のようでいて、どこか甘えた響きもあった。
澪は小さく眉をひそめながらも渋々と距離を詰める。
肩が触れるか触れないか、そんな絶妙な位置。
「こんなもん?」
勝己は不機嫌を隠す素振りも見せず舌打ちをすると、口の端をわずかに吊り上げる。
「全然ダメだ。もっと詰めろ!距離感が気に食わねェ」
「はぁ?」
不満げな声を漏らす間もなく、ぐいっと肩を引き寄せられる。
汗ばんだ身体が触れ合う何とも言えない感覚に澪は思わず身をよじるが、勝己はそのまま満足げに腕を離そうとしない。
逃げようとすれば勝己の手が肩をガッシリ押さえつける。
まるで子どもが大事なものを離したくないかのようだ。
「なに、くっつきたいの?」
呆れ気味に問いかけると勝己はじろりと睨みつけながら言い返す。
「あ?お前が勝手にくっついてきてンだろが」
「引き寄せてきたのにその態度こわぁ…」
「良いからだ黙って抱かれてろや!」
「えー…だって汗、気持ち悪い」
「いつも汗だくで抱き合ってんだろうが」
「オエェ下品!」
当然のように言い放った勝己はさらにぴたりと頭を預けてくる。
汗に濡れた前髪が頬に触れてくすぐったい。
「暑いんやが」
「お前が悪い。ウゼェ顔すんじゃねぇ」
「ウゼェ顔なら離れたら?…つーか、どんな顔だよそれ」
「ちったァ黙ってろやテメェ!!」
吐き捨てるような口調。
なのに言っている内容はどう考えても甘えん坊の子供だ。
腹立たしいような、愛おしいような。
そんな感情が胸の奥に広がって澪は小さく肩をすくめた。
「わがまますぎると浮気されちゃうよー」
「あ?やってみろや。そいつごとブッ飛ばすかンな」
「あ、俺もぶっ飛ばされんだ」
「鈍いから気付いてねぇだろうけど、今日もキメェ野郎がお前の事見てた」
「そうなの?」
「クソが!オレが近くいねぇとすぐこれだ!」
「え、誰かが俺の事見てたって理由だけでいっつも先輩とか威嚇してんの?やべーよ、辞めな?」
「じゃテメェが今からブスになれや!!!」
「情緒不安定やめてもろて」
ぶつぶつと文句を言いながら勝己は肩を引き寄せ、ぴったりと密着して離れようとしない。
悪態をついても体の距離感はまるで甘える猫のようで澪は思わず笑ってしまう。
「あ?なに笑ってんだよ」
「ううん。可愛いね」
「調子乗んなよテメェ」
「わ、いててっ!」
優しく肩を抱いていた左手が澪の頬を容赦なくつねる。
照れ隠しにしてはやや力強すぎると文句を言いながらも、澪は勝己の肩にそっと頭を預けた。
「もうちょっとこうしてよっか」
「ったく、しゃーねぇな」
澪の言葉に気を良くしたように勝己は満足気に低く呟く。
そしてまた強く澪の肩を抱きしめた。
まるでその存在ごと閉じ込めるように肩を抱き寄せる。
「………近くに居ると、安心する」
頭の上に落ちたその声はいつもなら絶対に聞けないような言葉だ。
素直だけどどこか情けなくて、けれど確かに優しい音。
力がこもった左手は、抱きしめているというよりも、ここにいることを確かめるような甘えにも近い。
澪は何も言わず、代わりに背中をぽんと軽く叩くと、勝己は小さく息を吐いてさらにぎゅう、と力を込める。
ここまでされると少し痛いなと澪はぼんやり思いながらも、心地の良い痛みは嫌ではなかった。
「もーちょいこのままでいてやる」
「ありがとー」
その声はいつも通りぶっきらぼうで乱暴だったが、頬にかかる吐息だけはひどく優しくてあたたかかった。
「……ったく、しゃーねえな」
そう言った声も、心なしかいつもより優しく聞こえた気がした。
