短編
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90年代にヒットしたガールズバンドの曲を口ずさみながら軽やかなステップで靴を鳴らす。
先週から急激に冷え込んだ秋の夜は冬の匂いと少しのアルコールの香りがした。
恐らくアルコールは自分から発せられた匂いだが。
「飲みすぎだわ」
「んっふふふ」
「笑い方キメェ」
先日お揃いで買った黒い革製のバケットハットを深く被った爆豪がこちらを睨む。
黒い帽子と黒いマスクに覆われた全身黒ずくめのこの男は澪の恋人である。
周りに人がいない事を確認してからその逞しい腕に自分の腕を絡める。
「外」
「深夜だし誰もいないよ?」
「そーいう問題じゃねえ」
「えー」
澪は絡めた腕をパッと離してかわりにお揃いのバケットハットを奪う。
お揃いとは言え今日は被ってきていないので、奪った後は自分の頭に乗せるとピッタリ収まった。
「いい加減にしろや酔っ払い」
「だってそんな全身真っ黒だったら夜だと顔見えねーじゃん」
「毎日死ぬ程見てんだろ」
「365日かつきのこと見てたいから…っ!」
「チンタラくっちゃべってねェでとっとと歩けや!」
「おいーす」
千鳥足でとぼとぼ歩いていたので爆豪は痺れを切らし強めの語尾で話す。
もちろん深夜の住宅街なのでそこまで声は大きくないが、澪には十分効果があったようだ。
再び同じ曲を口ずさみつつも少しだけ足を早めた。
「つーか選曲古っ」
「えー?いい歌じゃん」
「まあ、悪くはねえな」
隣を歩きながら澪は爆豪の目を見る。
同じくこちらを見た赤い瞳と視線がぶつかった。
なんとなく照れくさくなったので目線を逸らしてふっと笑う。
「ンだよ」
「勝己の顔がかっこよすぎた」
「わーってる」
「好き」
「シラフの時に言えや」
「うん。毎日超言う」
「あー…それはそれでうぜぇな」
「なんだとっ」
勢いよく爆豪の方を見るとそのまま両頬を手で潰すように包まれた。
ぐいっと引っ張られて軽く口付けされる。
お互い目は開いたまま勢いで重なった唇はすぐに離れて爆豪はスタスタと前を歩いてしまった。
「な、ちょ!ここ外なんだけど!もっかいして!!!」
「酒くせえし帰って風呂入ってからな」
「超帰る!風呂一緒に入ろうぜ!」
「声でか」
「風呂!なあ湯船一緒に入ろ!」
「アホかテメェ。酒飲んでんだろ死ぬ気か」
「もったいない!!」
うるさいと罵りつつも爆豪は笑う。
自分にも他人にも厳しい爆豪はなんだかんだで澪に甘い所がある。
本人も自覚がある様で時々頭を抱えているが、そういう所も好きなんだよなあと澪はしみじみ思った。
毎日甘やかされて愛されてもうすっかり爆豪のトリコだ。
澪には上手く伝える手段がなくて端的な言葉になってしまうが。
「入浴剤は柚のやつ入れようなあ」
「湯船は危ねぇって言ってんだろ」
「心配してくれてんの?超かっけぇじゃん好き!」
「いいからとっとと歩けや!」
「うぃーす」
風も強くなってきたので早々に歩いて自宅へ向かう。
1年前から一緒に住み始めた高層マンションはセキュリティ対策もバッチリだ。
家賃はやや高めだがお互いに満足のいく物件で即決だった部屋は、どちらかと言えば爆豪の好みの黒基調のインテリアが並んでいる。
重く黒い玄関の扉を開けると、こちらも爆豪がお気に入りのルームフレグランスの香りが鼻腔を通り抜けた。
「ただいまあ」
「手ェ洗えよ」
「まかせろ」
早々に脱いだ靴下を洗濯機に放り込み洗面台に向かう。
大理石で出来た洗面台のふちに手を付くとひんやりと冷たさが広がりぶるりと背筋を震わせた。
「さっむ」
「脱いだモンは洗濯機に入れろよ」
「うおっ」
荷物を置いてから同じく手洗いとうがいをしに来たらしい爆豪がひょっこりと扉からこちらを覗く。
ニヤリと不敵の笑みで澪に近付き勢いよくトレーナーの中に手を入れた。
冷えきった爆豪の手は澪の脇腹を掴む。
「うおあああ冷たァ!!」
「早くしねぇからお仕置だわ」
「ちょっとイラッとした!」
「お前酒飲むとほんとうるせぇな」
「なん…っ!んむっ」
抵抗しようと手を振り上げるとその手を軽々と捕まれそのままキスされる。
脇腹を撫でていた冷たい左手はいつの間にか頬に移動しており耳の縁を優しく撫でた。
「ん、っふ…」
擽ったくて身をよじると離さまいと言う様に口付けが深くなる。
舌で撫でるように口内を暴かれるとゾクリと何かが背筋を這い上がる。
(きもちい)
フワフワした高揚感で思考が回らなくなる。
ただただ爆豪を感じたくて回した腕に力を込めた。
「ぁ、……んぅ…っ」
「えっろい顔」
ちゅっと音を立て唇が離れ、至近距離で爆豪が澪の顔を覗く。
目にかかりそうだった前髪をはらって愛おしそうに赤い瞳が緩んだ。
「かつき…」
「ん?」
「うがい……まだしてない…」
「……俺もだわ」
甘い雰囲気から一転、よそよそしく2人は離れてふっと笑った。
こんな何気ない日常が愛おしい。
「もー手洗いはいいや。このまま風呂はいってゆっくり寝ような」
「ん」
軽い返事をしながら爆豪は風呂場の電気をパチリとつける。
浴室はひんやりと冷たかったが、澪の心はじんわりと温かかった。
「柚のやつ入れような!」
「何回も言わすんじゃねえ。湯船は明日だ」
「えー…」
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