酔って候!
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「腹の傷はどうだ」
土方の唐突な質問に対して澪は驚き少し目を見開いたが、意味をすぐに理解し笑顔で答える。
「だいぶ良くなりました。江戸に来てからの2ヶ月間は安全な仕事だけ頂いてましたし」
「そうか」
土方は煙草に火をつける。
大きく息を吸って肺に煙を入れてからゆっくり吐き出すと澪の方を向いた。
「近々隊の再編成を行うつもりだ。傷が癒えたンならそろそろお前にも現場に出てもらおうと思ってな。大阪での活躍ぶりは聞いてはいるが正直どこの隊に入れるか決めかねてる」
「えー?」
澪はあからさまに分からないと言うように首を傾げる。
てっきり自分は土方の下に着くと思っていたからだ。
どこかの組に入れられるという事はこの煙臭い部屋とはお別れなのだろうか。
「絶対とは言い切れねぇが一応希望を聞いておく」
「うーん…。って言っても正直土方さんと書類仕事しかやってないんで何とも言えないですね…」
「だよな」
「はぁい」
土方は灰皿に煙草を置いて頭を抱えた。
唸りながら何か考えているようだ。
「俺としてはもうこのまま永遠に事務処理を手伝ってもらえると有難ェんだがそうもいかねえしな。実際上からの通達も来てる」
「永遠はちょっと重いっす。…上からの通達って事は松平長官ですか?」
「ああ。今朝松平のとっつぁんから連絡があってお前に請け負って貰いたい仕事が回ってきたんだがいけるか?」
「まあ大体の事は出来ます」
土方に向き直り澪は背筋を伸ばした。
江戸に来て2ヶ月。実質初仕事の様なものだ。
自分の腕の見せ所だと思った澪は少し興奮気味だ。
「ここ最近歌舞伎町のとあるバーでの連続少年失踪事件が起きてる。元々未成年を平気で入れているような店で摘発対象にはなってたんだが別件の失踪事件と繋がってな」
「失踪事件」
「ああ。失踪届が出てるガキ共の最後の目撃情報をたどって行くと大体この店に繋がってる」
「うわぁ…。あからさま過ぎて逆にホワイトさを感じますわ」
「十五から十八位の設定で行け。居なくなったガキはその間の年齢だ。ンでこれ詳細」
土方は手元にあった写真と詳細情報の書類を澪に渡し「見てみろ」と指を差す。
写っていたのは歩いている所を盗撮したであろうガタイの良い男だった。
やや切れ長な目はいかにも悪人面だったが、お行儀の良い顔のパーツは世間的に見ても整っていると言えるだろう。
「えっらいイケメンやな」
「そいつは中村篤郎。その店のオーナーで過去に未遂だがガキにレイプ紛いな事をやってる。そんなにデカい事件にはならなかったみたいだがな」
「へー。こんな男前でも無理矢理ってあるんやね」
土方は続ける。
「お前は見た目も若ェし失踪したガキ共と共通点もある。コイツが黒かどうか掴んで来るのが今回お前の仕事だ」
「共通点?」
土方はまた小さく唸った。
何度か煙を吸った後に嫌そうにこちらを見る。
「いやどっちかって言うと可愛い顔だろお前。いや俺はそういうのはよく分かんねえけど」
「あー。ゴリッゴリに女顔ですもんね俺」
「…ゴリッゴリって効果音が似合わねぇ顔だな」
確かに澪は幼い顔立ちだった。いわゆるベビーフェイスと言うやつだ。
それを活かしてこの手の犯罪組織の潜入や密偵を行っていた事もあり、自分の魅力や活かし方は分かっていたつもりだ。
事実澪は可愛いと言われるのは嫌ではなかったりする。
それは自分の才能を褒められているような気持ちになるからだ。
「大阪ではこの手の事件の捜査を専門に担当してたって聞いたからよ。局長も今回お前に期待してる」
「そうです。これ系なら大丈夫やと思います。この案件は任せて欲しいです。」
「頼んだ。まあ大まかな期間はあれど明確な日程の指定はねぇからお前のタイミングでいい。何かあったらすぐ報告しろよ。あと極力手は出さなくていい。黒だと確信したらすぐ引き上げろ」
「わかりました」
写真を懐に入れて澪は部屋を出た。
戸を占める際に土方を見るとまた新しい煙草に火を付けている。
視線に気付いたのかちらりとこちらを見たが、頭を下げると「ん」と言って手を上げていたので少し笑って澪はゆっくり戸を閉めた。
……
「あ、澪さん」
「タイチョーや。ヤッホー」
沖田と廊下ですれ違い二人は挨拶を交わす。
例のライター事件以来、謎行動や土方に対する執着心にも似たようなイタズラを毎日の様に仕掛ける沖田を見てかなり変わった奴だ思っていたが、話してみると案外気の良い奴だと澪は感じていた。
歳も近い事もありすぐに打ち解けて今では時々非番の日に一緒に出かける様な仲だ。
相変わらず変わった奴だとは思っていたが、澪は友人として沖田に好意を抱いている。
「また仕事サボったやろ。土方さんさっきめっちゃ怒ってたで」
「シラネ。あーそうだ角の団子屋に可愛いネーチャン入ってた」
「まじか今度行こ。え?てか団子屋におったん?」
「へい」
「仕事せえよ」
沖田はニヤリと笑って「めしー」と言いながら廊下を歩く。
団子食った後に?とも思ったが沖田がまだ十代だった事を思い出し、成長期なのだろうと結論付け澪も後を追った。
「そういや隊長も顔可愛い系よな」
「なんでィ急に。キメェな」
「え?あー別にそう言うんじゃないねんけどさ」
澪は沖田の顔を見た。
可愛らしい顔立ちや隊長という揺るぎない立場もあり町の女に人気だと以前山崎から聞いたことがある。
本性はドSのクソガキだが顔だけは良かったとジッと沖田の顔を見つめる。
「なんでィ」
「あ、ごめん。隊長マジで顔だけは抜群に良く産んでもらってほんまに良かったな」
「あ?どういう意味でィ」
沖田はいつもと変わらぬ無表情ではあるが明らかに声が不機嫌だ。
「ちゃうねん。実は潜入捜査行くことになってな?ほら俺ベビーフェイスやん。せやから選ばれたらしいねんけど、そういう意味では隊長も可愛い顔やなって思って」
「お前と一緒にすんじゃねェよブス」
「あ?誰がブスやねんシバくぞ」
後ろから沖田のモモに蹴りを入れた。
ひょいっと避けられてしまったがつま先が当たったようで「いてっ」とうめいている。
「例の失踪事件の件ですかィ?」
「そうそれ。知ってるん?」
「声は掛かってたんでさァ。けど流石に俺位イケメンで顔が割れてるとなるとバレちまうってえ事で、多分澪さんに話が回ったんだと思いやす」
「あーね。有名やもんね」
「美しく産まれてきてしまった自分の不甲斐なさに心底腹立ちまさァ…!」
「ちょっと黙っててくれる?」
軽口を叩いて食堂へ向かう。
歩く縁側は夕日が入り込み沖田や澪の肌をオレンジ色に染めていた。
なんとなくボーッと眺めていると、ふと沖田が足を止めくるりと回転し澪の方を見た。
相変わらずの無表情でじっと目を見つめる。
「あん?なんや?」
「これやる」
「え、どしたん急に」
沖田がポケットをガサガサと漁り何かを取り出した。
小さな巾着袋だったが中を見ると白い錠剤が数粒入っていた。
「なにこれラムネ?」
「おまもり」
「ほんまに何これ?危ないやつ?」
「ケージっていう新種の薬物らしいですぜ。The rabbit's cage。ウサギちゃんの檻って意味。天人から押収したやつでさァ」
「はぁ!?ケイジ!!??誰やねん!!!アホちゃうほんまにシバかれんで!返してこいよ!」
「ケージな。それ多分後に役立つと思うんで。まァ気休め程度に持って行って下せぇ」
「いやこれ持ってたら俺が捕まるやん…」
「それはそれでウケんな」
そう言うと沖田はまたスタスタと歩いていってしまった。
追いかけようと思ったがなんとなく澪はもう一度巾着を見る。
えんじ色の小さな小袋はたしかに見た目もお守りのようだ。
「ま、置いといたらええか…」
何だったんだとは思いつつもまたいつもの沖田の気まぐれだと完結して巾着を胸ポケットにしまう。
「待ってやー!」
オレンジの夕日が差す縁側をすり抜け澪は沖田を追いかけた。
その瞬間からはもう夕飯の事で頭がいっぱいだった。