酔って候!
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携帯の時計を確認すると11時半を回った頃だった。
飲み足りなかった澪は途中で山崎と別れふらふらとあてもなく飲み屋街をさまよっている。
「歌舞伎町らしい店どっかないかな」
そもそも歌舞伎町らしい飲み屋ってなんだ?とは思いつつ、キョロキョロと建物を見回す。
室内での仕事を任されている澪は歌舞伎町に来て2週間ほとんど外に出た事がなかった為、次に入る店に戸惑っていたのだ。
「せっかくの休みやのにどこ行けばええかわからん。変な店入ってぼったくりやったら嫌やしなあ」
歩き疲れた澪はもう帰ろうかと思った時ある店がふと目に留まった。
スナックお登勢とデカデカと書かれた看板は、歌舞伎町にしては地味な外装だと感じる。
「ここでええか」
面倒になった澪は酒が飲めればいいやと思い立ちスライド式の扉を開ける。
古いそうな扉はやはりガラガラと音が鳴ったが見た目よりも滑らかに開いた。
「いらっしゃい」
店内は案外広くボックス席には数人の客とホステスが座っている。
猫耳が生えた女がいた気がしたが一旦スルーしておく。
空いていたカウンター席に腰を下ろすと中にいた恐らくママであろうおばさんに声をかけらた。
「アンタ初めてのお客さんだね?随分若く見えるけどいくつなんだい?」
「はたち。麦の緑茶割り下さい。あ、ボトル下ろします」
「あいよ。疑って悪かったね」
初めての飲み屋では年齢確認をされるのはいつもの事だったので、身分証を見せながら答えるとおばさんはすぐにボトルとグラスを取りに行った。
キッチリと着込んだ着物と綺麗に結った髪はママである貫禄を感じさせるなと澪は思う。
「おばさんがこの店のママ?」
「誰がおばさんだ。そうだよ私がこの店のママだ。お登勢さんと呼びな」
「お登勢さんか。あ、どうぞ何か好きなん飲んで下さいね」
「ありがとう」
酒をつぎ終わったお登勢を見て2人で乾杯する。
挨拶を交わしただけだったが、大阪にいた頃にお気に入りだった行きつけのスナックのママに少し似ているなと思った。
「アンタ名前は?」
「澪です。最近歌舞伎町に来て今日初めて飲みに来たんですよ」
「そうかい澪かい。ここはやかましい町だけどいい所だよ」
「はい。面白そうな所もいっぱいあるからこれから楽しみです」
お登勢は笑う。
澪はどちらかというと派手な店より昔ながらのスナックやラウンジが好きだった。
ゆったり話せて酒が飲める空間を歌舞伎町でも作りたかった澪はここは絶好の場所だと酒を飲みながら思う。
「にしてもアンタよく飲むね。ホストかなんかやってんのかい?」
「そんなエエもんちゃいますよー。すぐ二日酔いになるし」
へらりと笑う。
自分は酒が強いタイプだとは思っていなかったが、ここ最近は強いと言われることが増え若干の優越感を覚える。
気をよくした澪はお登勢と言葉を交わしているとガラリと店の戸が開いた。
ふらふらと銀髪の男が店内に千鳥足で入ってくる。
「ババア水くれ」
1番に目に付いた白髪頭に老人でも入ってきたのかと思ったが、やたらと派手な着物とその着こなし方が気になり顔を見ると思っていたよりも若い男だった。腰には木刀をさしている。
「あン?何見てんだよォ」
「あ、すんません」
「やめな銀時。全くアンタは酔って人様に絡むんじゃないよ!」
銀時と呼ばれた男は酒に酔った赤ら顔でこちらに近付いて来る。
相当飲んだのかふらふらとしていて酒臭い。
「おいおいババアまだガキじゃねーかよォ!おめぇここは大人のお店だぜ?これ何酒?お前酒飲んでんの?お兄さんが代わりに飲んでやるよ!」
「あ、ちょっ」
肩を組んできた男はそう言ったや否や澪のグラスを一気に飲み干した。
ぶはーっと勢いよく飲みきり、ニヤニヤしながらまだ絡んで来ようとする様子を見ていたお登勢はどこからともなくハリセンを出し男の頭を思いっきり叩いた。
ふらついたのをいい事に男に馬乗りになりそのまま平手打ちをしている。
「銀時ィ!!!てめぇ大事なお客様に何やってんだ!二度と酒飲めねぇ体にしたろかワレェ!!!!」
「ちょ、っいた!痛!!やめ、やめて!!!」
「あああ…」
流石に可哀想になった澪はお登勢を止めに入る。
すまないねと頭を下げられたが、酔っ払いあるあるだよと笑うとお登勢も申し訳無さそうに少し笑ってくれた。
「立ちな銀時。ちゃんとこの子に謝るんだよ」
「オエッ、あー、すんません…」
「いえいえ。あ、じゃあ一緒に飲みます?」
「え、まじ?」
男は目を輝かせた。隣の席に座りもうヘラヘラとしている。
現金なヤツだなと思ったが、飲み仲間が出来るのは悪くないので澪は男に1杯入れてやってくれとお登勢に頼んだ。
「お兄さん名前は?」
「俺ぇ?ああ、俺ね!俺は銀さんでぇす。この店の2階で万事屋やってんの。困ったらいつでも呼んでね」
「俺は澪です。銀さん、万事屋って?」
「何でも屋だよ。そぉれはもう何でもやんだよ!な?ババア!」
「誰がババアだ腐れ天パ!」
怒鳴るお登勢を他所に、銀時は鼻をほじりながら出された水割りを飲んだ。
「困った奴はおめぇだよ!」とお登勢は銀時の頭をもう一度しばいていたが、会話から察するに親しい間柄なのだろうと澪は感じた。
「にしても澪ちゃんよォ。若いのに気前がいいな。ここよく飲みに来んの?」
「ううん。ここは今日初めて来た。歌舞伎町に来たんも2週間前やし」
「なに田舎から出てきたの?関西出身?タコ焼きボーイか?」
「たこ焼きボーイ…?なんやそれ、まあええや。まあそうやね。大阪から出てきたばっかり。歌舞伎町に飲みにくるのも初めてやし…。銀さん何でも屋さんやってるんやったら色んな店知ってるんちゃう?」
「知ってるもなにも歌舞伎町は銀さんの庭だからね。色々知ってるどころか俺の庭だっつーの!」
「えぇ…自分の庭とかいうのオッサンあるあるやねんけど。しかも2回言うたし」
ガハハ!と笑う銀時はドン!っと自分の胸を叩いた。
笑顔で言い切ったのは良いものの、相当酔っているようで力の加減が分からなかったのかゲホゲホと咳き込んでいる。
「ったく、なにやってんだいこの酔っ払い!ほら、水飲みな」
「あァ!?酔ってねーよ!」
「なんやおもろいなこの人」
しばらくお登勢と言い合いをした後、銀時は机に伏せたまま動かなくなった。
いきなり酔いつぶれたらしくすやすやと眠っている。
「オイ銀時ィ!ここで寝るんじゃないよ!」
「急に寝てもうた…」
「迷惑かけちまってすまないね。ろくでもない奴だけど、まぁ何か困った事がありゃこいつを訪ねな。バカだけど頼りにはなるんだよ」
「いえいえ。お登勢さん、この人とはめっちゃ親しいんですね」
「やだよこんな奴、一緒にいるとバカになっちまう」
お登勢はフゥと煙草の煙を吐いた。
目を伏せ微笑んでいるその姿は言葉とは裏腹に頼りにしているんだなと澪は表情で読み取る。
「この人この上に店あるんですよね?」
「ん?ああ、コイツの自宅兼事務所になってるよ」
「ここで寝るのもアレやし俺送っていきましょうか?」
「放っておいても良いよ。迷惑かけちまうだろう?」
「銀さんガタイ良いし、女の人が男の人持ち上げるのはしんどいやろうし…俺結構力持ちなんで行ってきますよ?」
「そうかい?…じゃあお願いしようかねぇ」
「まかしてください」
万事屋という不思議な職場も気になり野次馬感覚で申し出た澪は銀時を担いで店を出た。
迷惑をかけたから今日の所は代金はいらないと言ったお登勢に甘え「また来ます」と言って手を振るとにこやかに送り出してくれた。
「銀さーん。起きてる?」
「あー?酔ってねぇよ」
「しっかりしてやー」
よいしょ、と銀時の腕を担ぎ直し階段を上る。
意識はどこかに飛んでいっているようだが辛うじて足は動かせるようだ。
「銀さん家着いたよ。鍵ある?」
「ケツポケット」
「えー…それは自分で出してぇや」
「んー…」
酒が周りふにゃふにゃになった銀時は鍵を出す様子はない。
仕方が無いので嫌々尻を触ると案外簡単に鍵が出てきた。
「いやん」とかなんとか言っていたがイラッとしたので無視して鍵を開ける。
「…あれ」
と、思ったが元々鍵が開いていたようで逆に扉が閉まってしまった。
ため息をつき澪は再び鍵を開けて中に入る。
薄暗い廊下の電気を付けようと思ったがスイッチが見当たらないのでそのまま銀時を連れて進んで行くと、奥の和室には乱雑に敷布団が敷いていた。
「銀さん玄関開けっ放しは不用心やで。ちゃんと鍵締めなあかんよ」
「んだよォ…母ちゃんかよおめーはよ」
「警察や。ほんま用心しいや」
「警察ゥ?うんこかよこの税金泥棒!」
「…」
目覚めたらしく悪態をついてきたので澪は少しイラッとして銀時を布団に投げつける。
ゴロンと転がった銀時はそのままいびきをかいて大の字で眠ってしまった。
「今度なんか奢ってや!」と澪は銀時に言い捨て枕元に鍵を置いてそっと万事屋を出た。
「万事屋…面白そうやなあ」
欠伸をひとつ落とす。
まだまだのみ足りなかったが面倒になった澪は屯所に帰り飲み直す事にした。
「山崎さん起きてへんかな」
江戸に来て2週間。
良い飲み友達を探そうと思った夜だった。