酔って候!
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江戸に来て2週間。
資料室にて書類整理をしていた澪は湧き上がる笑みが止められずにいた。
いつもなら面倒だと思っていた分厚いファイルに1枚ずつ膨大な書類を挟んでいく作業も、今日は楽しいと言えるだろう。
「ふっ、ふふふ…」
「ええ…怖いよ水酉」
「山崎さん。へへっ」
同じく隣で書類整理している黒髪の男は山崎退だ。監察方という少し特殊な仕事をしているらしい。
大阪では同じく密偵や潜入といった仕事をこなしていた澪は山崎に妙な親近感を抱いていた。度々会う機会もある事から積極的に声をかけている。
「休みそんなに嬉しい?」
「だってこの2週間ほぼ土方さんと紙しか見てないですもん。こんなん笑わずには居れないですよ。酒飲める…幸せ……」
「へーそう」
山崎はさほど興味もないようでこちらを見る事もなく淡々と仕事をこなしている。
手際の良さに感心して、澪も再び手を動かした。
「そーいや山崎さんも明日休み言うてましたよね?」
「うん。俺も休みだよ。これが終わったら今日の仕事は終わり」
そう言って山崎はこちらを向き手に持った書類をヒラヒラさせてニコリと笑った。
若く見えるが32歳だと先日の会話で教えられた澪は未だにその実年齢を疑っている。
「やっぱ山崎さん笑ったらめっちゃ若く見えますね」
「そうかなあ。自分ではあんまりそうは思わないんだけどね」
「正直30代っていうの絶対嘘やろってまだ思ってます」
「ははっ。嬉しいよ」
山崎は右手を後頭部にあてて、照れた様にもう一度笑った。
その典型的な照れ方のあざとさもこの男を若く見せているのだろうか?と澪は考えている。
「よっしゃ終わったー!」
「終わった?お疲れ様。俺もおしまいだ」
「山崎さんもお疲れ様です」
分厚いファイルを棚に収める。
時計を見ると午後7時を指していた。
同じく山崎も時計を見ていたようでポツリと呟く。
「7時か。腹減ったなー」
「ですね。…あ、」
「ん?」
山崎はまとめていた後ろ髪を下ろし数回頭を振った。
少し長い襟足がはらりと解けてくるりと外向きにはねている。
「あ!山崎さん一緒に飯行きません?」
「メシ?」
「はい。俺歌舞伎町に飲みに行ってみたいです!」
「えー…」
山崎は少し考える素振りを見せる。
うーんと唸りどうやら悩んでいるようだがすぐに笑顔になった。
「俺あんまり店とか詳しくないけどいいよ」
「マジか!やったー!」
……
金曜日の夜の歌舞伎町は酔っ払い達の喧騒で溢れ返っていた。
町へ出た山崎と澪も例外ではなく騒がしい酒場で酒を酌み交わす。
「山崎さんがホンマに一緒に来てくれると思いませんでした」
「休みだったしなあ」
山崎はだし巻きをつまむ。
既にグラスは5杯目に差し掛かっていたが、普段と変わらない様子から、酒には強いようだと澪は悟る。
「にしても水酉よく飲むね。初日から酒持って入ってきた奴がいるってちょっと噂になってたし」
「あれは新幹線で飲んでたんをたまたま手に持ってて…でも昔は全く酒飲めんかったんですよ」
「昔って…また20歳だろ?」
「へへっ」
澪は山崎に飲みかけのグラスを見せてからグビっと勢いよく飲み干した。
どうやらこの店はキープボトルがあるらしく、お気に入りの焼酎を1瓶頼み好みの濃さでもう一度酒を注ぐ。
「実は昔近藤さんに助けて貰ったことがあって」
「ん?局長に?」
「はい。せやから俺江戸に来たってのもあるんですよ」
緑茶を注ぎマドラーで中身を混ぜた。
グラスはカランと涼しい音をたてる。
「俺15からこの仕事してるんですけど、昔から見た目も年に比べたら若く見える方やからちょっと特殊犯罪の潜入とかやってたんですよ」
「うん。前に言ってたね」
「はい。その経緯もあって4年前に上司に連れられて大阪と江戸幕府の会食に参加した事があって。その時に初めて近藤さんに会ったんです。ああ土方さんもいたな」
「入隊1年でそれはエリートじゃん…」
「いやいや。若いからって理由だけで連れ回されてた感じです」
山崎は少し氷の溶けたグラスに口をつけた。
一口飲んでからまたこちらに耳を傾ける。
「でも若いからめっちゃ舐められて、強い酒とか強要されるんですよ。偉い人との酒の席あるあるやと思うんですけどね」
「でも当時は未成年だろ?」
「はい。けど上司もアルハラ野郎やったんで、結局ばかデカい盃に濃い酒入れられてそれ飲めよ!って言われて」
「うわあ…」
山崎は可哀想と言わんばかりの顔でまた一口酒を飲む。
澪は飲んでいる最中もしっかり飯を体に入れるタイプだったが、どうらやら山崎は違うようでちみちみとツマミをつまんでいた。
「お偉いさんに言われたらもう飲むしかないから、頑張って飲んだんです。でも口はつけたものの、案の定ガキにはまだ飲める様な酒じゃなくて」
「聞いてるだけで辛い…」
「けど負けたくないから根性で飲みきったらまた酒を継ぎ足されて。あーもうこれは今日死ぬなって思った時に、遠い席に居たはずの近藤さんが何故か隣に居て、その盃代わりに全部飲んでくれたんですよ」
「近藤さん…男前だ」
「ですよね。それを気に入ったお偉いさんの標的が結局近藤さんになっちゃって。まあ俺もその時点でもうベロッベロで、あんまり記憶はないんですけど…。近藤さんも潰れるほど飲まされてたって後から聞いてずっと申し訳なかったんです」
「うん。それで?」
「その数ヵ月後に仕事で江戸に来た時に近藤さんに会う機会がって、その時の事謝ったらあの人なんて言ったと思います?」
「んー、無難だけど気にすんな!とか?なとなんの事だ?とかも言いそう」
山崎は少し首を傾げて考えた後に答えた。
澪はへにゃりと笑って返答する。
「あの人俺の頭撫でながら守ってやれんくてごめんって言ったんです。1杯目辛かっただろ?すぐ行けなくてごめんなって。自分の方が絶対辛かったのに」
「局長らしいなあ。でも当時の水酉いくつだ?結構大変だったんだな…」
「はい。当時15とか16やったかな?大阪の警察まじでロクでもない奴ばっかりなんですよ。せやから俺その時近藤さんにときめいて、いつかこの人の下で働いてみたいなあってその時思ったんです」
「じゃあ今は希望が叶ったんだ」
「やから江戸に来れたんは凄い嬉しいです。まあ今はほとんど土方さんの顔しか見てないですけどね!」
「あはは、そうだった」
澪は笑う。
喋りすぎた、とまたグラスを空にすると再び酒を継ぎ足し満足そうにツマミを頬張った。
「けどまさかこんな形で江戸に来るとは思わんかったんやけどね。まあこうやって山崎さんとも会えて嬉しいんですけどね」
「あー…」
どうやら澪がどうして江戸にやって来る事になったかを知っているらしく、山崎は気まずそうな顔をする。
「あれだよね、なんか色々あったとは聞いたけど…」
「はあー…。ホンマ色々ありましたよ。聞きます…?」
「うんまあ気にはなる、かな?」
酒のせいで少し赤くなった澪は机に肘をついてまた笑う。
元々表情は豊かな方だと思っていたが飲むと余計に笑うようになるんだな、と山崎は思った。
「俺の元上司はホンマに女癖と酒癖が悪くて、男で密偵やるんやったら酸いも甘いも知るべきや!とか言うて色んな所連れ回されたんです」
「え?そんな理由で連れ回されてたの?」
「はい。クソですよね」
山崎はうっ、と言葉を詰まらせた。
何かを言いかけたようだが堪えたようだ。
澪はゆっくり話を続ける。
「もうほんまゴミみたいな奴で…。まあでも色々教えて貰って絶対こんな大人になりたくない!って当時は思ってました。……でも俺も社会に揉まれて大人になったんやろな。酒も女もマジ最高!ってね」
「いや5年で何があったんだよ!」
「幹部にもなって調子に乗った俺は上司の教え通り色んな女に手を出しました。若いし顔もそこそこ良いのでもうそれはそれはモテました。とんでもなくモテました」
「え??なんか自慢されてる?ちょっとイラッとしたんだけど」
山崎は少し乱雑にだし巻きをつまんでいる。
卵が好きなのだろうか?と澪は会話をしつつも頭の中で思った。
「で、最後に手を出した子が鬼メンヘラやったんですよ。連絡1時間放置するだけで200件とか来てました。鬼電もね」
「やば、」
「別に女に困っても無かったんで仕事に支障でるしもう別れてって言いに行ったんです。そしたら泣き叫ばれて別れたくないって暴れられて、止めに入ったら逆ギレされて腹をメッタ刺しにされました。1ヶ月と少し前の出来事です。なんとその女、クソ上司の娘でした。あはは!」
「笑えないんだけど限りなく自己責任な気が…」
澪は自分の腹部をゆっくり撫でた。
まだ完全に傷が塞がっている訳ではないようで、精神的なものも含め思い出すと傷が痛むようだ。
「ほんま死ぬかと思ったんですけど奇跡的に助かりました。職場での地位は死んでたんですねどね。まあでも一応?被害者なので俺をクビにする訳にはいかんってことで、俺の希望もあって無事江戸送りになったんです」
「…希望が通ったならまだよかったんじゃないかな?」
「ついこの間幹部になったばっかりやったんですけどね、あははは!」
笑えねえよ。
山崎はそう思ったが口には出さず手に持ったグラスを飲み干した。
5杯目を飲み終わった所で酔いが回ってきたようで、山崎は水を頼む。
「酔ったなあ」
「あれ大丈夫?水酉も水いる?」
「ダジャレっすか?山崎さん酒強いですね」
「俺も結構酔ってるよ」
「うそーん」
澪は伸びをした後頬杖をついて山崎を見た。
特に顔色は変わらずだったので分からない人だ、と呟く。
「でも、そろそろ帰ろうか」
「そうですね。…今何時やろ」
時計を見ると11時を回ったところだった。
割と長い時間一緒にいたんだなと思う。
会計を済ませ店の外へ出るとムワッとした夏の暑さが身を包む。
まだまだ騒がしい夜の町はきらきらとネオンが輝いていた。
「大阪も飲み屋街はいつも明るいですけど、歌舞伎町はすごいですね。人めっちゃおる」
「俺も久しぶりに飲みに出たよ。大阪もこんな感じだろ?」
「んー、まあそうかもしれないです」
緩い会話をしながら街を歩く。
スナックやキャバクラの呼び込みが度々声を掛けてきたがうまくかわして屯所を目指した。
「山崎さん今日はありがとうございました。楽しかったです」
「こちらこそ。俺も楽しかったよ」
「俺めっちゃ喋っちゃったから」
「面白かった」
ふっと笑った山崎の顔はやはり幼い印象だったが、聞き上手で世渡り上手なその話しぶりは年の功なのかもしれない…と澪は酔った頭で考えた。
が、元々こういう性格なのだろうと結論付けて頭を自分の頭を掻く。
「退さんって呼んで良いですか」
「急だね…。嫌なんだけど」
「仲良くなりたいです」
「酔ってんの?」
「少しだけ」
「変な子だなあ。まあ、いいよ」
「やった」
どうやら懐かれたなと山崎は思ったが、それも悪くないので可愛がってやろうと思い澪の頭を乱雑に撫でた。
澪はやめてくださいと言いつつもへらへらと笑っている。
「じゃあ俺も澪君って呼んでいい?」
「澪でいいですよ」