酔って候!
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屯所に来て3日目。
翌日から仕事が始まり澪は与えられた事務作業を黙々とこなしていた。
元々書類仕事は好きだったので特に苦もなく筆を進めている。
土方ともそれなりに親交を深めたつもりだ。
だが少し問題があった。澪は若干イライラしながら土方に問う。
「土方さん」
「…」
「おーい。土方さん」
「…」
「土方はーん」
「んだようるせぇな。気ィ散んだろが」
「ちゃんと聞いて下さいよ。マジでお願いがあるんですけど…」
「あ?」
土方が睨む。澪は負けじと強く言い放った。
「たばこくさい!」
「アァ!?うるせェなここ俺の部屋なんだよ!!黙って手動かせや!!」
「ひど!!」
澪が来る前からずっと部屋に缶詰め状態らしい土方は青筋を立ててキレる。
机の端にある灰皿はもう吸殻でパンパンだ。
「毎日一緒の部屋で仕事してる俺の身にもなってもらっていいですか?副流煙で死にそうなんですけど!もう肺真っ黒なんですけど!!」
「うるせえテメェの肺はもう産まれた時から真っ黒なんだよ。この世に生を受けたその瞬間から黒ずんでんだよ死ね!」
「なんやと!?田舎の母ちゃんに謝れ!!!」
澪が声を荒らげたと同時に12時を告げる携帯のアラームが鳴る。
この煙臭い部屋から開放される天使の音色だ。
「あ!お昼なんでメシって来ますわ!わーい!この煙くせぇ部屋とはおさらばだー!!」
どたどたと走って部屋を出る。
後ろからは「メシって来るって言い方絶妙に腹立つ!」と土方の怒声が聞こえたが気にせず部屋を出た。
どうやら事務ばかりの上司は怒りの沸点がおかしくなっているらしい。
「てか俺まだ3日目やねんけど。あんな変な人やと思わんかったマジでキショい」
悪態をついて廊下を歩く。
食堂に移動する前に自室に戻り麦の緑割りを1杯だけ煽る。
冷たい酒を入れると怒りも若干収まったので食堂へ向かい、段々近付いて来ると揚げ物のいい匂いがした。他の隊士も続々と集まっているようだ。
「唐揚げやー」
日替わり定食のおかずの品名が木のメニュー表に書いていた。
こんがりあつあつ出来たての唐揚げ定食を頼みゆっくり食堂を見回す。
時間も時間なので混んでいて座る席がなかなか見つからない。
席を探していると、とん。と背中に何かがあたった。
人にぶつかったのかと思いゆっくり後ろを向くとサバ定食を持った色素の薄い髪の青年がいた。
「あ、すいやせん当たっちまいやした」
「あーいえいえどうも」
ぺこりと頭を下げる。
幼い印象だが幹部服を着ているので恐らく年上だろうと澪が考えていると、無表情の青年は抑揚無く問うた。
「見ねえ顔でさァ。最近来た水酉さんってェのはアンタの事ですかい?」
「ああはい。大阪から来ました」
「女にぶっ刺されて出世街道左遷したって聞きやしたけど」
「ううっ傷が…」
唐揚げ定食を片手に持ちながら腹部を抑える。
この3日で気付いた事だが、どうやら隊長格の隊士達は何故澪が江戸に来たかを知っているらしい。
殆ど土方の自室から出ず仕事をしているが、やはり噂が広まるのはあまり良い気分ではない。
考え込んでいると青年がまた声をかけてきた。
動き出した隊士達がいる机を指差す。
「…あ、席2つ空きやしたよ。あそこ」
「ほんまや。…一緒に食べます?」
「良いですぜ。…沖田です」
「沖田さんって事は1番隊の隊長さん?はじめまして」
「はじめまして」
澪はもう一度ぺこりと頭を下げる。
沖田の名前は書類にもよく出てくるので覚えていた。
空いた席へ進むと後ろにいた沖田も一緒に着いてくる。
向かい合って座ると沖田が澪を見ており、変わらずの無表情だったが何か言いたそうだ。
「ん?俺の顔何かついてます?」
「…いやあ水酉さん若ぇなって。歳はいくつなんで?」
「はたちです。沖田さんは?」
「ん、年上だ。俺ァ18になりやした」
「鬼若いやん」
若い隊士だと思ってはいたが、まさか10代だったのかと澪は大層驚いた。
18で隊長格になるという事は相当な手練れのはずだ。
「んや、でも水酉さんがー番歳が近ぇや。俺の隊も20代後半からの奴らが多いし」
「若い人ってそんなに多くないんですね。俺この三日間土方さんの部屋に篭もりっきりで他の人と全く交流ないから何も知らんかった…」
「今は土方さんと事務仕事やってるんでしたっけ。あんなヤニくせえ部屋、俺ァ1分ともたねぇや」
「……わかってくれる?」
「ん?」
意外な共感に澪は目を輝かせた。
前のめりになり沖田を見つめる。
「めっちゃヤニ臭いんですよほんまに。やめて!って言うてるのに逆ギレしてくるし俺ほんま意味わからんくて」
「いやぁ、それは大変そうでさァ」
沖田はニヤリと悪い顔をした。
すぐに真顔に戻ったが上機嫌で鯖を口に放り込んでいる。
「心中お察ししやす水酉さん。アレはテロです。屯所の喫煙者はもう奴しかいませんぜ」
「わかる。いや、別にタバコは良いんですよ。けど密室で何時間もモクモクやられたらさすがにたまらん。辛い」
うんうんと沖田は聞いている。
ひとしきり愚痴を言い終わると少しだけ口角を上げ沖田は言った。
「いい方法があるんでさァ」