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sister.


「…ううっ、目が覚めちゃった」

時計の針は朝6時を少し過ぎた辺り。
前日の夜、なかなか寝付けなかった千花は、
早く目が覚めてしまった。

義父の傘寿を家族でお祝いする為、
昨日から温泉旅館に泊まりに来ていた。
家族で集まる事も早々ないからと、
みんなでお祝いする計画を立てたのは、
夫・祥平の兄、航平だった。

航平も家族で来ており、
両親はスイートルーム、
息子家族はそれぞれ普通室に宿泊したのだ。

「スーッ、スーッ…」

隣で寝ている祥平に目を移すと、
寝息を立て、
気持ちよさそうに熟睡している。

(ぐっすり寝られて羨ましいなぁ…)

「はぁ…。
枕変わるとなかなか眠れないんだよね…。
飲み物でも買ってこようかな」

布団から出ると、
バッグから財布を取り出し、
スマホと部屋の鍵を手に外に出ると、
隣の部屋からトレーニングウェアに
身を包んだ航平が出てきた。

「あ、お義兄さん」

「おはよう、千花さん。早起きだね」

「おはようございます。その服装…」

「あぁ、これ?
朝にジョギングするのが日課でね。
今朝はやろうか迷ったけど、
やらないと落ち着かないから。
千花さんは?
財布持って、こんな時間に買い物?」

「早く目が覚めちゃったので、
飲み物でも買いに行こうかと思ったんです」

「そっか。なら一緒に行く?」

「でも、ジョギングは?」

「ウォーキングに変更」

航平は笑いながら答えた。

「いいんですか?」

「もちろん。ここ来るの初めてだし、
地元民の千花さんに、
色々案内してもらおうと思って」

「正確には地元じゃないですけど」

「でも、住み始めてから長いでしょ?」

「そうですね。今年で7年目になります」

「7年?結構経つねー。
なら、もう地元民でいいんじゃない?」

「あはは、確かに」

2人は階段を使って1階に降り、
旅館の正面玄関から外に出た。

「んーっ!!
はぁ、やっぱり朝の空気は美味しいなぁ」

航平は深呼吸しながら背伸びをして言った。

「千花さんも背伸びしてみたら?
気持ちいいよ」

「はい」

航平に促され、
千花もウーンっと言いながら背伸びをする。

「どう?」

「はい!とっても清々しいです」

「でしょ?じゃ、どっちから行こうか?」

「そんなに時間ないですよね…」

「そうだねぇ。
この近辺で有名なスポットはない?」

「この近辺で…。
あっ、あそこ見える橋はどうですか?
神楽橋って言って、
映画の舞台になった事があるんです」

「へぇ、映画の舞台になった橋か。
行ってみよう」

「はい」

2人は歩きながら色々話し始めた。

「毎朝ジョギングされてるんですか?」

「仕事の関係で出来ない時もあるから、
時間があれば続けてやるって感じかな」

「マラソンに参加したり、スキューバーやったり、
ご夫婦揃って、本当アクティブですよね。
ウチとは大違いです」

「そう?まぁ、何となくで始めて、
そのまま夢中になったんだけどね。
あいつも運動部出身なんだよ?」

「高校の頃、
山岳部にいたって話は聞きました。
遭難しかけてどうのって」

「あー、そんなこともあったね。
相当昔の話だけど。
千花さんも運動部出身じゃなかったっけ?」

「一応、そうですね」

「あれ?聞いたらいけなかった?」

「いえ、大丈夫です。
学生時代はソフト部にいました。
ずっと補欠でしたけど」

「ソフト部かー。ポジションは?」

「センターとか、外野が多かったです」

「そうなんだ?肩、強かったんだね」

「そんな事はないと思うんですけど…。
あ、橋見えてきましたよ」

「本当だ。この橋?」

2人が橋にやってくると、
袂には橋に関する詳しい解説と、
映画の撮影風景を撮った写真が
数枚張り出された木の看板が立っていた。

「へぇー。
映画、結構色んな人が出てたんだね」

「みたいですね。見た事ないですけど」

「そうなの?」

「はい。
こっちに引っ越してくる前の話なので」

「なら、知らないのも無理ないか」

「すみません…」

「気にしないでいいよ。ちょっと座ろうっか?」

「はい」

2人は橋の中心辺りにある休憩スペースに
移動し、木の長椅子に腰かけた。

「ここからの眺めもきれいだなぁ」

「本当ですね。
ちゃんと見た事なかったので、
こんな感じなんだなって」

「祥平も仕事頑張ってるみたいだね」

「はい。ただ…」

「ただ…?」

「店長さんとあまり仲が良くないみたいで、
一緒に働くのが億劫だって、
最近言うようになりました」

「そっか。あいつはあいつなりに、
ちゃんとやってるんだろうけど。
まぁ、昔からマイペースだからね」

「お義兄さんの職場は、
どんな感じなんですか?」

「僕の職場?技術職だから野郎ばっかりで、
大学時代の研究室みたいな感じかな」

「何だか楽しそうですね」

「でも、お互い言い合い放題だから、
よくぶつかるけどね」

「実家に戻られる予定はないんですよね?」

「そうだなぁ…。仕事の事はもちろん、
奥さんのこともあるし、
家のこともあるしで正直難しい…かな」

「ですよね…」

「でも、千花さん達の所も大変でしょ?」

「祥平さんが将来的には実家を継ぐって、
言ってたんです。
なので、私もそのつもりでいます」

「そっか。
祥平がそんな事言ってたのか…。
なら、安心だな。有難う」

「…いえ」

「しかし、お互い結婚してから長いよなぁ」

「そうですね」

「祥平が結婚したのって、
俺たちが結婚してから、
そんな経たないうちだったよね?」

「確か、そうだったと思います」

「千花さんと初めて会ったのは、
結婚式でだったかな」

「そうですね」

「挨拶された時、"あいつ、こんな可愛い子
捕まえたのか!"って思った」

航平は笑いながら言った。

「可愛くないですよ。
田舎出身の垢抜けない子でしたし。
私も"お義兄さんは素敵な方だな"って、
思いました」

「本当に?嬉しいなぁ…。
会うの、何十年ぶりだけど、
あの頃と変わってないね」

「そんな事ないですよ。
もういい年なので…」

「僕からしたら、まだまだ若いよ。
あ、左目の下にまつげ付いてる」

「えっ?まつげですか?」

航平に言われ、
千花は左手で取ろうとしたが、
なかなか取れずにいた。

「もう少し右かな?あ、ちょっと待って」

「…?」

見かねた航平は椅子から立ち上がり、
千花のすぐ隣に座ると、
手を伸ばしてまつげを取った。

「はい、取れた」

「あ、有難うございます…」

「やっぱり可愛いなぁ…」

「…お義兄さん?」

千花がそう言ったのとほぼ同時に、
航平は千花の右頬に軽くキスをした。

「…ごめんね。可愛かったからつい…」

「び、びっくりしました…」

「千花さん」

「はい?」

「佐伯家に来てくれて有難う。
これからも祥平を支えてやって下さい」

航平はニコッと笑い、軽く頭を下げた。

「お義兄さん…。
こちらこそ、よろしくお願いします」

千花もそう返し、軽く頭を下げる。

「それと…」

「今の事は内緒で」

「分かりました。でも…」

「ん?」

「素敵だなって思ってたお義兄さんから、
可愛いって思ってもらえていたことが、
とっても嬉しかったです。
有難うございます」

「…千花さん」

笑顔で言う千花を見た航平は、
次の瞬間、思わず抱き締めた。

「…っ!?」

「少しだけ、このままでいさせて?」

「…はい」

「…」

「…」

「…ごめんね」

「そんな、謝らないで下さい。
あっ、もうそろそろ帰らないと…」

千花は持っていたスマホをチラッと見た。

「本当だ。みんな起きてきちゃうね」

「喉乾いちゃいました」

「あ、ごめん。飲み物買うんだったね。
帰りに買って帰ろう。
僕も買うから、千花さんの分も一緒に」

「そんな、いいですよ…」

「奢ることなんてないんだから、
気にしないでいいよ」

「じゃ、お言葉に甘えて…」

「うん。じゃ、帰ろうか」

「はい」

2人は椅子から立ち上がり、
旅館に向かって、来た道を戻り始めた。

「千花さんが義理の妹でよかった」

「私もお義兄さんが、
航平さんで良かったです」

「ちょっと、"航平"って呼んでみて」

「え?でも…」

「いいから」

「…航平」

「千花…あー、照れる」

「ですね…」

「またこうして、
みんなで会う機会作らなきゃなぁ」

「そうですね」

「その時はまたよろしくね」

「はい」


話しながら歩く2人の頭上には、
綺麗な青空が広がっていたー。
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