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置いていくのはどちらでしょう


 俺の後輩がいなくなった。
 後輩の名前は、高尾という。
 部活の無断欠席はいただけないが、さすがに幼稚園のお子様じゃあるまいし、家出か何かだろうと思っていた。いつも一緒にいる緑間に聞いても、何も連絡はありませんの一点張り。まぁ、嘘ついたって何もならないから本当のことを言っているのだろうけど。
 しかし、3日経った今日、朝一番のミーティングで集められた俺たちの前に、深刻な顔をした顧問が現れた。部員の中に、高尾の姿はない。
「昨日も伝えたと思うが、高尾が家に帰っていない。今朝、高尾の親御さんと警察から連絡があったのだが、学校の西側の歩行者用の狭い道があるだろう。そこで、高尾のスニーカーと、血痕が見つかったんだ。まだ血痕は高尾のものと断定されたわけではないが……。最近、隣の市で通り魔事件が起きているのは知っているか?」
 部員全員の顔つきが暗くなる。顧問は全てを語らなかったが、雰囲気全てが事の深刻さを物語っていた。とうとう警察が動き出したのだろう。昨日まで笑っていた俺たちの心の隅に見え隠れしていた陰りが、一気に全てを覆い隠していく。一体、どんな顔をしていいか分からなかった。
 誰一人喋ろうとはしない、沈黙の中で高尾の一番の友人である緑間が気になった。斜め後ろにいるはずのそいつをふと盗み見れば、いつものような真顔で真っ直ぐに前を見つめていた。高尾の無事を、緑間だけは確信してなければならないと何故だか思った。俺たちがどんなに心配したり、悲しんだり、別にどうでもいいとさえ思っていたとしても、緑間だけは、高尾が明日にでもひょっこり戻ってくると分かっていなければならないと思った。もしも緑間が、高尾は事件に巻き込まれたと諦めてしまったとたんに、高尾は帰って来れなくなるような気がしたからだ。
 結局、その日の部活は早々に解散となり、部員達もまた高尾の捜索協力を求められた。どんな些細なことでもいいから、気づいたことがあれば教えてくれないかな?ドラマでしか聞いたことのないセリフで、二人組の警察官が、部員一人づつまわって聞いていく。
「宮地、緑間、お前らはちょっと残れ」 
 体育館の隅で、聞き込みされるのを待っていると、顧問がいきなり俺の名を呼んだ。嫌な予感しかしない。
 俺と緑間は他の部員がいなくなった後で、部室の椅子に座らされた。自分の真正面に警察官が二人も座る。隣に顧問がいるとはいえ、なんだか悪いことをしたようで気分は良くなかった。
「ごめん、宮地君と緑間君だったね。ちょっと話をさせてくれるかい?」
 二人組の警察官は、それぞれ西村と戸部と名乗った。
 何故、俺たちだけがこんな風に残されているのかというと、奇しくも高尾の携帯からの最後の発信は俺の携帯で、最後に別れたのが緑間だったからだと言う。
「高尾の、携帯とか、荷物とかって…」
「あぁ、見つかっていないんだ。高尾君が持っていてくれていると嬉しいんだが」
 俺が言いづらかった質問を察したのか、西村が苦笑しながら答える。もしも、次に見つかったのが、持ち物だけならば。その持ち主は。
 俺の携帯に残った着信履歴を確認すると、そのまま携帯が返された。画面に表示されたその名前と、その時間。高尾和成、8月1日13時04分。
「12時半ちょっと過ぎに高尾と別れました」
 ぼんやりと画面を見つめていると、警察官二人組の興味は緑間に移ったようだった。質問に緑間が淡々と答えた。
「そういえばさっき他の部員から、君と高尾君は一緒にいつも帰っていると聞いたけど?」
「3日前は、部活終わりに図書館で勉強するつもりでした。今朝も言いましたが、高尾とは、着替えて昼食をとった後別れました。高尾は用事があるから、と。図書館に着いたとき時計を確認してそのくらいの時間だったので、確かだと思います」
「具体的に、どんな用事だったか聞いていないかな?」
「さぁ、……何も聞いてないです」
 西村が質問をして、その答えを戸部がメモしていくというスタイルで会話は続いた。珍しくいつもの奇妙な語尾は一切のなりを潜めており、緑間は丁寧な敬語で話を続けている。
 高尾はどんな奴なのか、学校外の交友関係、彼女の有無などなど、こんな風に行方不明になるとプライベートなことまで聞かれるのかと他人のことながらゾッとした。
 そんな時、緑間がきっぱりとした口調で言い切った。
「いつも一緒にいるからって、全部は知りません」
 その一言に、警察はもちろん、顧問や俺までポカンとしてしまった。当たり前のことを言っているのにもかかわらず、確かにな、と頷いてしまった。あれほどいつも一緒にいるのに、知らないこともあるのかと思ってしまったのだ。顧問もまた同じことを思ったような顔をしている。
「そうだよな、質問攻めにしてすまなかった。緑間君はもう帰っていいよ、ありがとう。なにか高尾君から連絡があったらここに連絡をくれるかい?」
 苦笑した西村は、感謝の言葉と共に名刺を一枚差し出した。一礼した緑間がスポーツバックを肩にかけ部屋を出て行く。
「さて、宮地君だけど」
 緑間がいなくなったことで、警官の興味がまた自分に戻ってきたようだった。
「高尾君とは、よく電話するの?」
「いいえ。……正直電話かかってきたのは初めてです」
「着信履歴を見ると、不在着信だったみたいだね」
「あー、その時ちょうど他のチームメイトと昼食食べながら試合の録画見てて……。気が付かなくて」
「電話の要件に心当たりは?」
「メールなら多少はしますが、電話となると…」
 そこまで伝えると、俺もまた名刺を渡されて帰宅の許可が出た。緑間にならって一礼し、部屋を後にすれば、なんだかどっと疲れた。あの西村と戸部の言い方や視線、他のいろんなことが俺を疑っているような気がして息苦しかった。
 お前が高尾をどっかにやったんじゃないか、と。
 人気のない廊下を歩き、そのまま昇降口で靴を履きかえる。今日はどこも部活動に励んでいる生徒がいないのか、校内は静かだった。建物を出ると、日差しは強く、遠くの空に入道雲が見える。いかにも夏の日、というような暑さに辟易した。
 いきなり俺に電話をよこしていなくなった高尾。こんな時に限って電話するなよ、と悪態をつきたくなった。お前、どこ行っちゃったんだよ。
 さっき、最後に万年仏頂面の緑間の目が一瞬たじろいだのを俺は見逃さなかった。友達悲しませんなよ、心配させんなよ。
 ペットボトルの中身を喉へと押し込み、校門を出る。そこで、俺は高尾のスニーカーが見つかった裏の道は、高尾の自宅とは方角が少し違うことに気付いた。俺が気づくぐらいだから、警察はもちろんもう気づいていると思うが、考えれば考えるほどに高尾の身に何かがあったのではないかと思い知らされる。
 自宅への道の途中、ちょうど小さな児童公園に差し掛かった時、たまに感じる「アレ」の予感がした。背中がぞわぞわする。
 俺には、霊感が、ある。体質なのか、遺伝なのか、母譲りの霊感は若干ながらも確実にその存在を感じ取る。あぁ、またか。目に映らないように、俯きがちに歩く。無意識にそうするのが小さい時からの癖だった。
 ただその時だけは、なんとなく顔を上げなければと思った。夏休みではしゃぎまわる子どもたちの声が聞こえる。その中に何かが紛れ込んでいるかもしれないのに、俺は顔を上げてしまった。その視線の先、ベンチに座っているのは、見覚えのある顔だった。
「お前…、高尾か?」
「宮地、サン?」


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