置いていくのはどちらでしょう
ふと目が覚めると、そこは学校の裏の小道だった。俺は、その小道と学校の敷地を隔てるフェンスにもたれかかって寝ていたようだった。寝ぼけ眼に、夕暮れの日差しは眩しすぎる。ボリボリと頭を掻きながら立ち上がると、校舎が目についた。どこも電気がついていない。もう生徒は帰ってしまったのだろう。
何故こんなところで寝ていたのかは、皆目見当もつかないが、そこまで気にならなかった。まぁいいや、帰ろう。
家の前まで着いたところで、父さんが玄関から飛び出してきた。スーツ姿のまま、おかえりと言った俺の姿に目もくれず、車に乗って出て行く。そんなに急いでどこへ出かけるのだろう。
それから自分の家に入ると、そこはまるで別の場所だった。
おろおろする母に、携帯を握りしめて俯いたままの妹。ただいま、そう言っても二人は振り向きもしない。一体どうしたんだよ、そう聞く間もなくつけっぱなしのテレビから陽気な声が聞こえてくる。
「おはようございます!8月4日、今日もおは朝が5時をお伝えします!」
みんなして俺をからかっているんだろう。そんな俺の考えは、ものの一時間で打ち砕かれることになる。父さんと共に、家に警察が来る。担任が来る。顧問が来る。そして、一番の友人も父親を連れて来た。
しばらくリビングの隅で呆然としていると、集まった人たちの話から、どうやら俺は一昨々日から行方知れず、らしいことが分かった。
なぁ俺は、ここにいるんだよ。見えなくなっちゃったの? みんなの言う高尾和成が家に帰ってこないなら、ここにいる俺はなんなの。
「3日前のことを聞かせてくれるかな?」
10人近い人間がざわざわしている中で、目元のはっきりした警察が、俺の友人もとい、緑間真太郎に話しかけた。話しかけられた真ちゃんに、みんなの視線が集まった。妹だけが、ずっと俯いている。
自宅にいるのがいたたまれなくなった俺は、近くの公園のベンチに座り込んでいた。青々とした葉の間からこぼれる光が、足元でゆらゆら揺れている。夏休みで学校が休みの子どもたちが、公園中を鬼ごっこして走り回っていた。
何故俺は、携帯はおろか、鞄を持っていないのか。どうやって家に入ったのかすら覚えていない。そして今、俺の足元には俺の影がない。
なんだ、俺、幽霊にでもなっちゃったのか。
不思議とそんなに怖くなかった。どーにかなるでしょ、そんな感じで、非現実的なこの状況を楽しんでいる自分がいた。
未だにこの状況を信じられない訳は、俺に3日前からの記憶がないからだ。
夏休みに入って、変わらず部活動に励む日々。確か、1日は午前中で部活が終わって、真ちゃんが課題終わらせるからって別れた、ような気がする。そこから、どう頑張っても思い出せない。気づけば、学校の裏で寝てて、しかも3日経っているときた。まるで夢を見ているようだ。
それでも、俺は俺のことを思い出せない。
事故かなんかで死んだとしても、あまりに実感がなさ過ぎて信憑性に欠ける。それでも、足元がふわふわしておぼつかない焦りを感じる。
そんな時だった。
「お前…、高尾か?」
「宮地、サン?」
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