【ンズラド】ふわふわふわんず!
「で? さっきからコソコソと俺らの様子を伺ってたようだが、何の用だ?」
ラドヴァンと別れた後、というよりも、ラドヴァンがこの場を後にしてからローエンは近くを彷徨いていた男に話しかけた。布で口元を隠し、手に写影機を持った男。どう考えてもまともではない。
「べ、別に何も……ただの通りすがりだようん……」
「へぇ? じゃあその後ろ手に隠してる物、見せられるよな。何もやましい事はねぇんだろ」
「た、ただの写映機だぞ!? 景色を撮って何が悪いんだ!?」
「これがその“景色”か」
ローエンはひらひらとそれを見せつけた。草原の中、呑気に眠るライトキーパーとちいさな生物が写った写真。男に声をかける直前に奪い取ったものだ。
男の顔色がどんどん青ざめていくのを横目に、ローエンは写真をまじまじと眺めていた。
「ライトキーパーを撮る趣味でもあんのか? あんなのどこにでもいると思うけどな」
「い……いつの間に……!?クソ、こうなったら……!!」
男は回れ右して走り出した。
捨て駒にしても酷すぎる。こんなものにあの男が破れるなんてことはないだろうが、万が一なんてものはだいたい当たるものだ。何か情報を握るにしても、あの男を餌にもう少し協 力 者 を募っても良いだろう。
「——逃さねぇ」
それからはトントン拍子で物事は進んでいった。逃げる男をすぐにとっ捕まえて、少しばかり交渉してからもう一人関係者を呼び出してもらったのだ。まあそれなりに手間は掛かったが、最終的にはにこやかに応じてくれたし、良しとしよう。それはそれとして、一発手合わせには付き合わせたが。
ローエンは手に入れた情報と共に、施設の中へと潜入していた。見張り数、内部構造、全て頭に叩き込んだものの何か物足りないような気がする。奇襲においてそんなに重要ではないが、作戦としては必要な、そんなものが。
「……まあ良い。一応あの部屋も見ておくか」
締め上げた見張りをその辺に放り投げてから、ローエンはその場を後にした。
部屋の中でも奥まった場所、檻が大量に放置された部屋がある。そこに新しいスペースがあったから、多分近々動物か何かを連れてくるつもりじゃないか。聞き出した話をまとめるとこうだ。あのライトキーパーと会ってから少し時間が経っているし、あるいは——。
見張りの首を掻き切ってから、隠し持っていたらしい鍵を取り出した。それで部屋を開けると、夥しい量の檻が保管されている。殺風景かつ物々しい雰囲気に気圧されることなく、ローエンはその中を進んでいく。薄暗いためか、仄かな青い光に気づくことができた。それだけは感謝したい。
比較的小さめの檻の中、まるで三角座りをするようにうずくまるランプのようなそれがいた。
「よっ、ちび助」
「……ふわ?」
声をかけてみると、首を傾げるような仕草をする。
「俺のことは……覚えちゃいねぇか。会ったのなんてあの一回切りだしな」
「ふわ……ふわふわ……」
「まあ良いや。ほらよ、出してやっから待ってろ」
錠前を外して檻を開けると、ふわふわのそれはおずおずと出てきた。怪我をしている様子もない。あとは——どうしたものか。
「あいつ探しに行くにしても、お前をどうするかだな……あのバカ、大切にしてるって言ってた割には簡単に連れてかれてんじゃねぇか」
「ふわ……! ふわ! ふわふわー!!」
「っ!? なんだよ!?」
何か癇に障ったのか、ふわふわのそれが顔に突進してきた。小さいのと、冗談抜きでふわふわの体なため全くもって痛くないのだが。
「ふわー!!」
「わーったから離れろ!! ったく……そんな体当たりで抵抗できてるわけねぇだろ」
「ふわ! ふわー!」
「つか暴れんな見張りにバレる!!」
なんとか持ち手のような場所を掴んで引き剥がすが、ジタバタと暴れて逃げようとする。いや、こんなのよく相手できたなあいつ。ガキの相手は得意とかほざいてた気がするが、よくわからない。本当に。
ふと、遠くから規則正しくテンポが早い足音が聞こえてきた。走っている。音の指向性からして、こちらに向かってきている。見張りが来たのだろうか、だとしたらちょうど良い。外にいたあれと同じ目に遭わせるだけだ。
ローエンはふわふわの口を手で塞いで、檻の影に隠れた。袖の下に隠したダガーを取り出しながら、息を潜めて入り口を凝視する。足音はどんどん大きくなってきている。まだだ、機を読み違えるな。
「——ここか」
青い光。
その光を携える赤髪。
あまりに見覚えのある姿に、思わず言葉を失った。
「ふわわー!!」
「あっおいバカ!!」
ふわふわの生き物はローエンの手を振り払って飛び出した。あまりにすばしっこい。宝盗イタチですらあそこまで早く動けないだろう。いや待て、知り合い相手に隠れる必要なんてあったか……? 俺は何から隠れてんだよ。
「ふわんず!? 無事だったのか……!!」
「ふわわ! ふわわ! んー!」
「ッ……」
ふわんずと呼ばれた生き物がラドヴァンに頬擦りをしていると、次第に彼の表情が曇っていった。今にも泣きそうで、でも、それをしきりに堪えている顔だ。今まで、あんな顔見たことがなかった。ローエンとラドヴァンの関係性を考えればそれもまあ、当然と言えばそうなのだが。
「ふわわ?」
「……ごめん、ごめんな、ふわんず……私がしっかりしてなかったから、私が、弱かったから、お前を怖い目に遭わせたんだ……」
やめろ。
否定するな。
「私が守るって決めたのに……! 私は……私はッ……!!」
本当に弱かったら、ここまで意地で来れてない。
お前の強さを否定したら、何が残る。これまでのお前はどうなる。
俺の灯台を、否定するな。
つい溢れ出た言葉は、声となって消えていった。
嗚咽混じりの懺悔が途絶えて、沈黙だけが部屋を支配する。……ん? あ? 待て、今俺なんっつった!?
「ふわ! ふわー!」
理解が追いつかない頭で現状を整理していると、ふわんずが再び目の前まで飛んできた。まだ何かあるのかと思いながら目を合わせると、「ふわ!」と鳴いてにこりと微笑んだ。礼でも述べたつもりだろうか。
「ふわんず……? 誰かそこに——は?」
「…………」
見ていない。何も見ていない。良い年した男が目元を擦る姿なんて見ていない。滾るなんて思っていない。
「は……いや、え? な、おまっ……はァ!? いつ、いつ……!?」
「最初からいた。ここまで気づかねぇとは思わなかったんだが」
「はァ!? いやそうじゃなくて!! 今なんか言ったよな!? はっきり聞こえた気ィするんですけど!?」
「〜〜〜〜ッせえ!! なんだ悪ぃか!! こうなってんのも全部お前のせいなんだから責任取れ!!」
「いやなんで私がキレられるわけ!? つかなんだよ責任って!!」
「うるせえバーカ!! 今から主犯ぶちのめしに行くぞお前も来い逃げたら承知しねぇからな!!」
「意味わかんないんですけど!?」
半ば強引にラドヴァンの腕を引いて、ローエンは走り出した。これが戦場でなければ、民衆はこの光景に喝采を送っただろう。
ラドヴァンと別れた後、というよりも、ラドヴァンがこの場を後にしてからローエンは近くを彷徨いていた男に話しかけた。布で口元を隠し、手に写影機を持った男。どう考えてもまともではない。
「べ、別に何も……ただの通りすがりだようん……」
「へぇ? じゃあその後ろ手に隠してる物、見せられるよな。何もやましい事はねぇんだろ」
「た、ただの写映機だぞ!? 景色を撮って何が悪いんだ!?」
「これがその“景色”か」
ローエンはひらひらとそれを見せつけた。草原の中、呑気に眠るライトキーパーとちいさな生物が写った写真。男に声をかける直前に奪い取ったものだ。
男の顔色がどんどん青ざめていくのを横目に、ローエンは写真をまじまじと眺めていた。
「ライトキーパーを撮る趣味でもあんのか? あんなのどこにでもいると思うけどな」
「い……いつの間に……!?クソ、こうなったら……!!」
男は回れ右して走り出した。
捨て駒にしても酷すぎる。こんなものにあの男が破れるなんてことはないだろうが、万が一なんてものはだいたい当たるものだ。何か情報を握るにしても、あの男を餌にもう少し
「——逃さねぇ」
それからはトントン拍子で物事は進んでいった。逃げる男をすぐにとっ捕まえて、少しばかり交渉してからもう一人関係者を呼び出してもらったのだ。まあそれなりに手間は掛かったが、最終的にはにこやかに応じてくれたし、良しとしよう。それはそれとして、一発手合わせには付き合わせたが。
ローエンは手に入れた情報と共に、施設の中へと潜入していた。見張り数、内部構造、全て頭に叩き込んだものの何か物足りないような気がする。奇襲においてそんなに重要ではないが、作戦としては必要な、そんなものが。
「……まあ良い。一応あの部屋も見ておくか」
締め上げた見張りをその辺に放り投げてから、ローエンはその場を後にした。
部屋の中でも奥まった場所、檻が大量に放置された部屋がある。そこに新しいスペースがあったから、多分近々動物か何かを連れてくるつもりじゃないか。聞き出した話をまとめるとこうだ。あのライトキーパーと会ってから少し時間が経っているし、あるいは——。
見張りの首を掻き切ってから、隠し持っていたらしい鍵を取り出した。それで部屋を開けると、夥しい量の檻が保管されている。殺風景かつ物々しい雰囲気に気圧されることなく、ローエンはその中を進んでいく。薄暗いためか、仄かな青い光に気づくことができた。それだけは感謝したい。
比較的小さめの檻の中、まるで三角座りをするようにうずくまるランプのようなそれがいた。
「よっ、ちび助」
「……ふわ?」
声をかけてみると、首を傾げるような仕草をする。
「俺のことは……覚えちゃいねぇか。会ったのなんてあの一回切りだしな」
「ふわ……ふわふわ……」
「まあ良いや。ほらよ、出してやっから待ってろ」
錠前を外して檻を開けると、ふわふわのそれはおずおずと出てきた。怪我をしている様子もない。あとは——どうしたものか。
「あいつ探しに行くにしても、お前をどうするかだな……あのバカ、大切にしてるって言ってた割には簡単に連れてかれてんじゃねぇか」
「ふわ……! ふわ! ふわふわー!!」
「っ!? なんだよ!?」
何か癇に障ったのか、ふわふわのそれが顔に突進してきた。小さいのと、冗談抜きでふわふわの体なため全くもって痛くないのだが。
「ふわー!!」
「わーったから離れろ!! ったく……そんな体当たりで抵抗できてるわけねぇだろ」
「ふわ! ふわー!」
「つか暴れんな見張りにバレる!!」
なんとか持ち手のような場所を掴んで引き剥がすが、ジタバタと暴れて逃げようとする。いや、こんなのよく相手できたなあいつ。ガキの相手は得意とかほざいてた気がするが、よくわからない。本当に。
ふと、遠くから規則正しくテンポが早い足音が聞こえてきた。走っている。音の指向性からして、こちらに向かってきている。見張りが来たのだろうか、だとしたらちょうど良い。外にいたあれと同じ目に遭わせるだけだ。
ローエンはふわふわの口を手で塞いで、檻の影に隠れた。袖の下に隠したダガーを取り出しながら、息を潜めて入り口を凝視する。足音はどんどん大きくなってきている。まだだ、機を読み違えるな。
「——ここか」
青い光。
その光を携える赤髪。
あまりに見覚えのある姿に、思わず言葉を失った。
「ふわわー!!」
「あっおいバカ!!」
ふわふわの生き物はローエンの手を振り払って飛び出した。あまりにすばしっこい。宝盗イタチですらあそこまで早く動けないだろう。いや待て、知り合い相手に隠れる必要なんてあったか……? 俺は何から隠れてんだよ。
「ふわんず!? 無事だったのか……!!」
「ふわわ! ふわわ! んー!」
「ッ……」
ふわんずと呼ばれた生き物がラドヴァンに頬擦りをしていると、次第に彼の表情が曇っていった。今にも泣きそうで、でも、それをしきりに堪えている顔だ。今まで、あんな顔見たことがなかった。ローエンとラドヴァンの関係性を考えればそれもまあ、当然と言えばそうなのだが。
「ふわわ?」
「……ごめん、ごめんな、ふわんず……私がしっかりしてなかったから、私が、弱かったから、お前を怖い目に遭わせたんだ……」
やめろ。
否定するな。
「私が守るって決めたのに……! 私は……私はッ……!!」
本当に弱かったら、ここまで意地で来れてない。
お前の強さを否定したら、何が残る。これまでのお前はどうなる。
俺の灯台を、否定するな。
つい溢れ出た言葉は、声となって消えていった。
嗚咽混じりの懺悔が途絶えて、沈黙だけが部屋を支配する。……ん? あ? 待て、今俺なんっつった!?
「ふわ! ふわー!」
理解が追いつかない頭で現状を整理していると、ふわんずが再び目の前まで飛んできた。まだ何かあるのかと思いながら目を合わせると、「ふわ!」と鳴いてにこりと微笑んだ。礼でも述べたつもりだろうか。
「ふわんず……? 誰かそこに——は?」
「…………」
見ていない。何も見ていない。良い年した男が目元を擦る姿なんて見ていない。滾るなんて思っていない。
「は……いや、え? な、おまっ……はァ!? いつ、いつ……!?」
「最初からいた。ここまで気づかねぇとは思わなかったんだが」
「はァ!? いやそうじゃなくて!! 今なんか言ったよな!? はっきり聞こえた気ィするんですけど!?」
「〜〜〜〜ッせえ!! なんだ悪ぃか!! こうなってんのも全部お前のせいなんだから責任取れ!!」
「いやなんで私がキレられるわけ!? つかなんだよ責任って!!」
「うるせえバーカ!! 今から主犯ぶちのめしに行くぞお前も来い逃げたら承知しねぇからな!!」
「意味わかんないんですけど!?」
半ば強引にラドヴァンの腕を引いて、ローエンは走り出した。これが戦場でなければ、民衆はこの光景に喝采を送っただろう。
