【ンズラド】ふわふわふわんず!

 またまた別の日のお話。
 ボーンモス高原の最中、ラドヴァンとふわんずはまったりと昼寝をしていた。最近、昼間は妙に眠い。仕事が夜警というのもあり、暖かくなると昼間は眠ってしまう。稀にアイノやイネファが授業を口実にこちらを探しに来るものの、今の所この平穏を崩された試しがない。そう、ラドヴァンにとってこの時間が唯一一人きりで安寧を享受できる瞬間なのだ。今はふわんずも一緒にいるため一人ではないが。
 しかし、やはり平和というものは束の間であるらしい。急激に浮上した意識と、背に纏わりつく『嫌な予感』がその証拠だ。
 ラドヴァンは飛び起きると同時にふわんずを抱えて地を蹴った。直後に腹の奥まで響く轟音と若干の興奮を帯びた笑い声が鼓膜を振るわせる。
「相変わらずどういう反射神経してんだ?」
「人の昼寝邪魔しておいてそれかよ」
「魔物がうろついてる場所で呑気に昼寝できるお前の方がどうかと思うんだが」
 ここ最近妙に付き纏ってくる騎士、ローエンは槍を握り直した。
 面倒だ。あまりに面倒がすぎる。しかしこの男を相手にする以前に眠くて仕方がない。今戦ったところで半分も全力は出せそうにない。
 ラドヴァンは呑気に伸びをしてからまた草むらに寝転んだ。足音がわざとらしく立てられながら近づいてくるのすらどうでも良い。この男とて全力で相手をしないラドヴァンなど望んでいないだろう。
「おい寝るな。暇してんなら一発付き合え」
「やーだ、私の束の間の平和邪魔すんな。あとコイツが起きるだろ」
「ふーん、じゃあ次会った時片腕吹っ飛ばしてから耐久戦な。どっちが良い? 利き手か?」
「なんでだよ私に不利益しかねぇだろそれ!!」
「どうせくっつけりゃ元に戻んだろ」
「傷口塞がったら不可逆なのは変わらねぇわボケ!!」
「……ふわ?」
 意味のない口論の最中、腕の中から微かにそんな鳴き声が聞こえてきた。二人同時に視線を下すと、眠気まなこのふわんずがふよふよとラドヴァンの腕から離れた。
「あ゛ーーーもうお前が変なこと抜かすからふわんず起きちまったじゃねぇかよ!!」
「お前がギャーギャー喚くからだろ。つかさっきから気になってたんだが、なんだそいつ? 新手のスライムかなんかか?」
 ローエンが覗き込むと、ふわんずは不思議そうに傾いた。普段なら相手の周りをくるくる回るくらいには興味を示すはずだが、妙に反応が薄い。まだ眠りから完全に覚めていないのだろうか。
「ふわ……ふわ?」
「ん? なんだ、ちび助」
「ふわぁ……」
 まるでゼンマイが切れたおもちゃみたいに、ふわんずは重力に従って落ちていく。ローエンが咄嗟に片手で受け止めてくれたおかげで地面に激突する事態は避けられたが、何かあったのだろうか。まあ、その心配も微かに届く寝息によって払拭されたのだが。
「……おいおい、初対面の人間の目の前で寝落ちとか随分肝が据わってんな」
「いや、警戒心無さすぎるだけな気がせんでもねぇんだけど……こいつ、なんかあるとすーぐどっかに飛んで行くからさ」
 ふーん、と興味なさそうな返答。
 差し出されたふわんずを起こさないように抱きしめると、確かな体温が伝わってくる。それだけが、ラドヴァンの心を満たしてくれるのだ。
「お前にしちゃ珍しいんじゃねぇの。そんなのも避けるもんだと思ってたんだがな」
「目覚めてからずっと私にべったりなんだよコイツ。懐かれちまったもんはしょうがねぇよ。それに——」
 ラドヴァンは改めてふわんずを抱きしめた。ぷぅぷぅと安らかな寝息が耳元に届く。
「私にとって、コイツは物じゃない。家族だ。せっかく生まれ落ちたってのに、ずっと暗い所に押し込めるなんてできない。私が隣で守れば、コイツは安心して外の世界を見て回れるんだよ」
「——最悪の場合、死ぬ羽目になってもか」
「当たり前だろ。大切な家族の命が守れるなら、端金も同然な私の命なんざいくらでもくれてやる」
 ローエンはそれ以上何かを問いかけなかった。
 未だに、この男について何もわからない。時折、一人で行動しているところを狙って奇襲を仕掛けているものの、胸の内が全く読めないのだ。今もそうだ。何やら大切そうなもののためなら軽率に命を賭けるくせに、その裏には死に対する恐怖が隠れている。その恐怖がただ単純なものではないところがまた、この男の難解さを助長しているのだ。
 わからない。何も。ラドヴァンについても、ローエン自身がラドヴァンに抱くこの黒々とした感情も。
 ただ、気まぐれの一言ぐらいは残しても良いだろう。彼の腕の中で眠る魔物とも月霊ともつかない生き物を失ったら、ラドヴァンがどうなるかなんてなんとなく予想できるから。
「……なら、忠告だ。この周辺に主に生物の密猟で稼いでる輩がいるらしい。どうしてもそいつの散歩がしたいってんなら、せめてこことは違うルートを通るんだな」
「それ、西風騎士団が追ってる案件か? 私に漏らして平気なわけ?」
「いや、ただ俺が退屈凌ぎにぶっ潰そうとしてるだけだ」
「そ、それはそれでどうなんだ……?」
「とにかく、忠告はしといたからな。後はご自由に」
 手をひらひらと振りながら、ローエンは踵を返して立ち去ってしまった。ただ黙って後ろ姿を眺めていたラドヴァンだが、なぜか、その姿に妙な影りを見出している。気のせいだろう、きっと。
「……まあ……私には関係ねぇか。どうせ教えてもくれねぇだろうし……帰るか」
 どうせ、ナド・クライにいる間の仲だ。深く知ったところで藪を突いて蛇を出すようなものだろう。知らなくて良い、聞かなくて良い、知る必要もない。
 ラドヴァンも立ち上がって、ローエンに背を向けるように夜明かしの墓へと向かい始めた。




「で? さっきからコソコソと俺らの様子を伺ってたようだが、何の用だ?」
「——」
「へぇ? じゃあその後ろ手に隠してる物、見せられるよな。何もやましい事はねぇんだろ」
「——」
「これがその“景色”か。ライトキーパーを撮る趣味でもあんのか? あんなのどこにでもいると思うけどな」
「——」

「——逃さねぇ」

 ぐしゃり、現像されて間もない写真を握りつぶす。
 手遅れになる前に、さっさと片付けてしまおうか。
4/10ページ
スキ