【ンズラド】ふわふわふわんず!

 これはまた別の日のお話。
 ラドヴァンとフリンズは食料の買い出しのためナシャタウンを訪れていた。もちろん、ふわんずも連れて来ている。人目の多い場所にこんな珍妙な生物を連れて行って良いものかと二人してあれこれ議論した結果、小さな彼には些か危険な物がある場所に一匹取り残して、後で大惨事を知るよりは自分達と共に行動したほうが良いと判断した。
「ふわふわ〜!」
 はしゃいでどこかに飛んで行きそうになるふわんずをラドヴァンは後ろから優しくつついた。
「ふわんず、私との約束覚えてるよな。勝手にどっかに行ったらダメだろ?」
「ふわ、ふわぁ……」
 しょんもりと項垂れる姿は目当ての古銭が手に入らなかった時のフリンズによく似ている。曲がりなりにもフリンズの一部なのだと改めて実感できて、なんだか愛おしさが増すのだ。
 一人と一匹の様子を眺めながら、フリンズは無いはずの心臓がぽかぽかと暖かくなる感覚を堪能していた。フェイと人間の間に子が生まれる事例は多々あったものの、あいにくラドヴァンとは同性であり、幾度と体を重ねたところで子を成すことはない。故に、このような幸せを享受できるとは考えたこともなかった。半分は諦めたと言うべきだろうか。まるで本当の親子のようなやり取りが、あまりにも微笑ましい。
「ふふ、可愛い人」
「あ? なんか言ったか?」
「いえ、何も」
 ラドヴァンはため息をついた。この男のことだ、どうせ自分のことを可愛いだのなんだとのおだてるに決まってる。おべっか妖精の扱いには慣れたものだ。つか表情がわかりやすすぎんだよお前そんな気の抜け切ったツラしてねぇだろ普段から。
 仕方ない、こうなったら徹底的に恋人らしい振る舞いをしてやろう。ラドヴァンはふわんずを呼ぶと右腕で優しく抱き上げてから、左手をフリンズに差し出した。わざとらしくこてん、と首を傾げるフリンズから思わず目を逸らしたのは黙っておこう。どうせ気づいているだろうし。
「おや、どうしました?」
「な、なんだよお前がかわいいとか言うからそれ相応の振る舞いしてやってんのにさァ!? つーかわかって言ってんだろ!!」
「おやおや、可愛い恋人のお誘いを断るわけにはいきませんね。ふふ」
 差し出された手を恋人繋ぎにして、二人はナシャタウンを歩き出す。片やその髪や瞳と同じくらい顔を真っ赤にした男で、片や普段のポーカーフェイスをかなぐり捨てたような浮かれ顔の男である。まあ、これはナシャタウンが平穏な楽園として運営できている証でもあるのだが。
「よっ、お二人さん。噂には聞いてたがお熱いなぁ」
 若干の冷やかしが混じった声がかかり、そちらに視線を移した。西風騎士団大団長・ファルカが気さくに手を振っている。昼間からここにいるということは、言わずもがなだろう。そういえばたまにマスター・ライトキーパーとも飲んでいる聞いた覚えがある。
「げっ……ファルカさんなんでいんだよ」
「面と向かって『げっ』ってなんだよ『げっ』って……ん?」
 ファルカはラドヴァンの胸元にいるふわんずを見つめた。怪訝な顔をして見つめるファルカの表情など気にならないのか、ふわんずは「ふわ!」と一言鳴いて春の陽だまりに勝るとも劣らない笑顔を見せる。うん、可愛い。私の子マジ可愛い。産んでねぇけど。
 それからファルカはラドヴァンとフリンズを交互に見た後、なぜか片手を額に当てた。よし、反論の準備はできた。いつでも言え。
「あ〜〜〜〜〜……その、なんだ、ええと……」
「産んでねぇからな?」
「同性でなければ可能性はありましたが、産ませてはいませんよ」
「おい今サラッとすごい事言ったな? なら地脈異常か何かで産まれたってところか」
「厳密には僕の力のごく一部がなぜかこんな姿をとってしまったんですがね。原因がわからないのでなんとも言えませんが、ラドヴァンが気に入ってしまったようなのでそのまま放置しています。それに、ほら」
 フリンズはラドヴァンの手を離すと、代わりに彼の肩を抱き寄せた。
「こうして見ると僕達の子にも見えるでしょう?」
「さっき産んでねぇって言ったよな私?」
 なぜだろう、予想以上に甘い。甘すぎてアルコールの苦さが恋しくなるほどだ。以前、旅人とパイモンからフリンズとラドヴァンの惚気相手にはならない方が良いと忠告を受けたことがあったのだが、これは確かに手に余る。どんなに強い酒を流し込んでもここまで酷い胸焼けはなかった。
 若干顔が引き攣っていたファルカだが、ふと、後ろが気になって振り返った。そこにあったのはただの人混みで、商人やら冒険者やらが入り乱れる街中としては至極当然の風景だけが広がっている。
 ——気のせいか? 今誰かが俺らを見てたような……。
「ファルカさん? どうしたんだ」
「……いや、なんでもない。さて、俺はフラッグシップで一杯やるとするか。悪いな引き止めちまって」
「ハッ、ド真っ昼間から良い御身分だよ。ふわんず、こういう大人にはなったらダメだからな」
「辛辣ぅ……」
「そうですよふわふわの僕。昼間から飲む人間に碌な人間はいませんからね」
「お前が言うな!!」
「ファルカさんよりも酒カスの奴が何言ってんだよ!!」
「ふわ?」
3/10ページ
スキ